ご家族が認知症と診断され、今後の生活費や介護費用をどうしようかと悩んでいませんか?銀行に相談したら「成年後見人を立ててください」と言われたけれど、具体的にどうすれば銀行口座が使えるようになるのか、不安に思いますよね。成年後見人を立てると、確かにご本人の銀行口座を再び動かせるようになります。しかし、それは「ご家族が以前のように自由にお金を引き出せる」という意味ではありません。この制度には知っておくべき手続きや注意点があります。この記事では、成年後見人を立てた場合の銀行口座の扱いや手続きの流れ、そしてメリット・デメリットについて、優しく分かりやすく解説していきます。
認知症になると銀行口座はどうなる?
まず、なぜ認知症になると銀行口座の利用が難しくなるのか、その理由からご説明します。決して銀行が意地悪をしているわけではなく、ご本人の大切な財産を守るための重要な措置なのです。
口座が凍結されてしまう「きっかけ」
銀行は、口座名義人ご本人の「意思能力」が低下したと判断した場合、預金を守るために口座からの出金を制限(事実上の凍結)します。医師の診断書がなくても、銀行が以下のような状況を把握した時点で、取引が停止されることがあります。
- 窓口で本人が自分の名前や生年月日を言えない、または書けない。
- 行員からの質問に答えられなかったり、会話が成り立たなかったりする。
- ATMの操作で何度も暗証番号を間違えたり、キャッシュカードや通帳の紛失が続いたりする。
- ご家族が窓口で「本人は認知症で来られないので、代わりに手続きします」と伝えてしまう。
- 他のご親族から銀行へ「本人は認知症だから、勝手にお金を引き出させないでほしい」と連絡が入る。
このように、ご家族の何気ない言動がきっかけで口座が凍結されてしまうケースも少なくありません。
口座凍結で「できなくなること」「できること」
口座が凍結されると、ご本人の意思確認が必要なほとんどの取引ができなくなります。一方で、一部の取引は継続されることもあります。
項目 | 内容 |
---|---|
できなくなること | ・ATMでの現金引き出し、振り込み ・窓口での出金、振り込み、各種手続き(住所変更など) ・定期預金の解約 ・投資信託や株式などの金融商品の売却 ・通帳やキャッシュカードの再発行 |
継続されること | ・年金や給与の自動入金(ただし引き出しは不可) ・公共料金、家賃、クレジットカードなどの自動引き落とし(口座残高がある限り) |
家族が勝手に引き出すのは絶対NG!
「凍結される前にキャッシュカードで引き出しておけばいい」と考えるかもしれませんが、それはとても危険です。たとえ介護費用に充てるためであっても、ご本人の意思確認なく家族が預金を引き出す行為は、後々大きなトラブルにつながる可能性があります。他のご兄弟などから「財産を使い込んだのではないか」と疑われ、相続の際に深刻な争いになることもあります。法的には窃盗罪や横領罪にあたる可能性もゼロではありません。必ず、法的に認められた手続きを踏むようにしましょう。
成年後見制度とは?基本をわかりやすく解説
口座凍結の問題を解決する法的な手続きが「成年後見制度」です。これは、認知症などで判断能力が不十分になった方を法律的に保護し、支援するための制度です。
成年後見制度の2つの種類「法定後見」と「任意後見」
成年後見制度には、ご本人の状況によって2つの種類があります。すでに認知症が進んでいる場合は「法定後見制度」を利用することになります。
種類 | 内容 |
---|---|
法定後見制度 | すでにご本人の判断能力が低下している場合に、家族などが家庭裁判所に申し立てて後見人を選んでもらう制度です。 |
任意後見制度 | まだご本人の判断能力がしっかりしているうちに、将来に備えて自分で後見人を選び、あらかじめ契約(任意後見契約)を結んでおく制度です。 |
後見人には誰がなれる?
「後見人には、当然、家族がなれるもの」と思いがちですが、実際はそうとは限りません。財産管理の公平性を保つためなどの理由から、弁護士や司法書士、社会福祉士といった専門家が家庭裁判所によって選ばれるケースが多いのが現状です。最高裁判所の統計によれば、成年後見人に親族が選ばれるのは全体の約2割にとどまっています。
成年後見制度にかかる費用
成年後見制度を利用するには、主に2つの費用がかかります。
- 申立てにかかる費用
家庭裁判所への申立て時に、収入印紙代や郵便切手代などで1万円程度の費用が必要です。また、ご本人の判断能力を医学的に鑑定する必要がある場合は、医師による鑑定費用として別途5万円~10万円程度かかることがあります。 - 後見人への報酬
専門家が後見人に選ばれた場合、その報酬をご本人の財産から支払う必要があります。報酬額は管理する財産額によって異なりますが、目安としては月額2万円~6万円程度です。この支払いは、後見が終了する(ご本人が亡くなる)まで続きます。
成年後見人を立てた後の銀行口座の手続き
家庭裁判所で成年後見人が選任されたら、その足で銀行に行ってもすぐにお金を引き出せるわけではありません。銀行で所定の手続きを行う必要があります。
銀行への届出に必要な書類
後見人が銀行で手続きをする際には、主に以下の書類が必要になります。金融機関によって異なる場合があるため、事前に電話で確認しておくとスムーズです。
- 登記事項証明書:後見人であることが記載された法務局発行の公的な証明書です。
- 成年後見人の実印と印鑑証明書
- 成年後見人の本人確認書類(運転免許証、マイナンバーカードなど)
- ご本人の通帳、キャッシュカード、届出印
手続き後の口座の使われ方
銀行への届出が完了すると、口座の名義が「被後見人 山田太郎 成年後見人 鈴木一郎」のように変更され、成年後見人がその口座を管理できるようになります。成年後見人は、ご本人の財産を守る責任を負っており、家庭裁判所に対して財産目録や年間の収支状況を報告する義務があります。そのため、すべての入出金は記録され、何にお金を使ったのかを明確にする必要があります。
口座は使えるようになるが「自由」には使えない
ここが最も重要なポイントです。成年後見制度を利用すれば、凍結された銀行口座は「使える」ようになります。しかし、それはあくまで「ご本人の利益のため」に限定されます。例えば、以下のような使い方は認められません。
- 家族の生活費の足しにする
- 相続税対策のために生前贈与を行う
- ご本人の財産で株式投資などリスクのある運用をする
介護費用や医療費、施設利用料、ご本人の生活費といった正当な目的のためにのみ、後見人がお金を引き出して支払うことになります。家族が自由に使えるお金ではない、ということをしっかり理解しておく必要があります。
成年後見制度のメリットとデメリット
成年後見制度を利用するかどうかは、メリットとデメリットをよく理解した上で慎重に判断することが大切です。
メリット:法的に保護され、財産が守られる
最大のメリットは、法的な権限を持った後見人がつくことで、ご本人の財産がしっかりと守られる点です。悪質な訪問販売や詐欺などから財産を守ることができますし、後見人が代理人となって介護サービスの契約や施設の入所契約などを進めることもできます。また、財産管理が透明化されるため、親族間での金銭トラブルを防ぐ効果も期待できます。
デメリット:費用と手間、財産活用の制限
一方、デメリットも少なくありません。専門家が後見人になれば継続的な報酬の支払いが発生し、ご本人の財産が減っていくことになります。また、家庭裁判所への定期的な報告義務があり、財産管理には手間がかかります。そして、前述の通り財産は厳格に管理されるため、相続税対策として不動産を売却したり、孫への教育資金を援助したりといった柔軟な財産活用はできなくなります。一度制度を開始すると、ご本人が亡くなるまで原則としてやめることはできません。
成年後見制度以外の選択肢は?
「成年後見制度は少し大げさかも…」と感じる方もいるかもしれません。残念ながら、すでにご本人の判断能力が低下してしまった後では選択肢は限られますが、まだお元気なうちであれば、より柔軟な対策を準備しておくことができます。
元気なうちに備える「任意後見制度」
ご本人が元気なうちに、将来判断能力が低下したときに備えて、信頼できる家族などを後見人としてあらかじめ契約しておく制度です。誰に何を任せるかを自分で決められるのが大きなメリットです。ただし、実際に効力が発生する際には家庭裁判所が「任意後見監督人」(多くは専門家)を選任し、その監督人への報酬(月額1万円~3万円程度)が発生します。
柔軟な財産管理ができる「家族信託」
近年注目されているのが「家族信託」です。これは、ご本人が元気なうちに、自分の財産(預金、不動産など)の管理を信頼できる家族に託す契約を結ぶものです。成年後見制度よりも柔軟な財産管理が可能で、例えば、相続対策として不動産を売却したり、賃貸経営を続けたりすることもできます。家庭裁判所の関与がないため、費用や手間を抑えられる可能性があります。
緊急的な対応としての銀行の特例措置
2021年に全国銀行協会が方針を示し、成年後見制度を利用していなくても、本人の医療費や介護費の支払いに限って、親族からの払い出しに柔軟に応じる金融機関が増えてきています。ただし、医師の診断書や費用の請求書など、厳格な書類の提出が求められます。これはあくまで緊急的・一時的な対応であり、継続的な財産管理の解決策にはなりません。
まとめ
認知症になって成年後見人を立てると、法的な代理人である後見人がご本人の銀行口座を管理・利用できるようになります。これにより、介護費用や医療費の支払いが滞る心配はなくなります。しかし、その利用はあくまで「ご本人のため」に厳しく制限され、ご家族が自由に使えるわけではないことを理解しておくことが何よりも大切です。成年後見制度は、財産を守る強力な仕組みである一方、費用や手続きの手間、財産活用の制限といったデメリットも存在します。可能であれば、ご本人がお元気なうちに、ご家族で将来のことを話し合い、「任意後見」や「家族信託」といった、よりご家族の意向に沿った対策を準備しておくことが最善の策と言えるでしょう。もし、どの方法が最適か迷われたら、司法書士などの専門家に相談してみることをお勧めします。
参考文献
認知症と成年後見人の銀行口座に関するよくある質問まとめ
Q.認知症で成年後見人がつくと、銀行口座は凍結されますか?
A.認知症と診断されただけでは凍結されませんが、銀行が意思能力の低下を把握すると、詐欺被害などを防ぐため口座での取引が制限(事実上の凍結)されることがあります。成年後見人が選任され、銀行に届け出ることで、後見人が本人に代わって口座を管理できるようになります。
Q.成年後見人は本人の銀行口座を自由に使えるのですか?
A.自由には使えません。成年後見人は、本人の生活費や医療費、介護費用など、本人の利益のためにのみ財産を管理・使用します。家庭裁判所の監督下にあり、私的な流用は固く禁じられています。
Q.成年後見人がついた後、本人は銀行でお金をおろせますか?
A.原則として、本人が単独で銀行手続きを行うことはできなくなります。預金の引き出しや各種手続きは、本人の財産を守るため、すべて成年後見人が代理で行うことになります。
Q.成年後見人が選任されると、家族は本人の口座からお金をおろせなくなりますか?
A.はい、その通りです。成年後見人が法的な代理人となるため、たとえ家族であっても本人の口座から自由にお金を引き出すことはできなくなります。必要な費用は成年後見人に相談し、手続きを依頼することになります。
Q.成年後見人が銀行口座を管理するために必要な手続きは何ですか?
A.家庭裁判所が発行する「登記事項証明書」と後見人自身の本人確認書類などを銀行に提出し、所定の届出を行います。これにより、後見人が正式な代理人として口座を管理する権限があることを銀行に証明します。
Q.成年後見制度を利用しない場合、認知症の親の預金はどうなりますか?
A.本人の意思能力がないと銀行に判断された場合、口座が凍結され、家族であっても預金を引き出せなくなる可能性があります。その結果、介護費用や医療費の支払いに困るケースがあるため、早めの対策が重要です。