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認知症の相続人がいる場合、法定相続でOK?遺産分割協議書なしの問題点

2025-03-23
目次

ご家族が亡くなり相続が発生したとき、相続人のなかに認知症の方がいらっしゃると「遺産分割協議はどうすれば…」と頭を悩ませてしまいますよね。「話し合いが難しいなら、法律で決まった法定相続割合で分ければ、遺産分割協議書もいらないのでは?」と考える方もいらっしゃるかもしれません。しかし、その選択には思わぬ落とし穴が潜んでいます。この記事では、認知症の相続人がいる場合に、遺産分割協議書を作成せず法定相続割合で財産を分けることの問題点や、知っておきたい対処法について、わかりやすく解説していきます。

認知症の相続人がいると遺産分割協議はできない?

そもそも、なぜ認知症の相続人がいると遺産分割協議が問題になるのでしょうか。それは、遺産分割協議が「法律行為」であり、有効に成立するためには相続人全員が合意する必要があるからです。認知症などにより、ご自身の行為の結果を正しく判断できる能力(意思能力)がないと判断される場合、その方が参加した遺産分割協議は無効になってしまいます。

「意思能力」の有無はどう判断される?

意思能力の有無は、医師の診断書や介護認定の状況、日常の言動などから総合的に判断されます。例えば、「長谷川式認知症スケール」といった専門的なテストの結果も参考にされることがあります。軽度の認知症で、遺産分割の内容を十分に理解し、自分の意思で判断できる状態であれば協議に参加できる可能性はあります。しかし、後から他の相続人に「あの時は正常な判断能力がなかった」と主張され、協議が無効になるリスクも残るため、慎重な判断が必要です。

遺産分割協議ができない場合の選択肢

認知症の相続人がいて有効な遺産分割協議ができない場合、遺産の分け方には大きく分けて2つの道があります。

  1. 家庭裁判所に申し立てて「成年後見人」を選任してもらい、その成年後見人が本人に代わって遺産分割協議に参加する。
  2. 遺産分割協議を行わず、法律で定められた「法定相続割合」で財産を分ける。

今回は、2番目の「法定相続割合で分ける」という方法に焦点を当てて、その具体的な問題点を見ていきましょう。

遺産分割協議書なし!法定相続割合で分ける5つの問題点

「法律通りの割合で分けるのだから、公平で問題ないはず」と思いがちですが、実際にはさまざまな手続きが滞ったり、金銭的なデメリットが生じたりする可能性があります。ここでは特に注意したい5つの問題点を解説します。

問題点① 相続税が高くなる可能性がある

相続税には、納税者の負担を軽減するための特例がいくつかありますが、これらは遺産分割が確定していることが適用の前提となります。法定相続割合で分ける(=未分割の状態)場合、これらの特例が使えず、結果的に相続税が高額になってしまうことがあります。

代表的な相続税の特例 未分割の場合の取り扱い
配偶者の税額軽減 配偶者が実際に取得した財産を基に計算するため、未分割の状態では適用できません。法定相続分で取得したものと仮定して計算することもできません。
小規模宅地等の特例 亡くなった方の自宅や事業用の土地の評価額を最大80%減額できる強力な特例ですが、こちらも誰がその土地を相続するかが決まっていないと適用できません。

相続税の申告期限(相続開始を知った日の翌日から10ヶ月以内)までに遺産分割が決まらない場合は、一度法定相続分で申告・納税し、後から分割が決まった際に特例を適用して還付を受ける(更正の請求)という手続きも可能ですが、一時的に多額の納税資金が必要になります。

問題点② 預貯金の解約・名義変更ができない

亡くなった方の預貯金を解約したり、相続人の口座へ移したりする手続きでは、金融機関から遺産分割協議書の提出を求められるのが一般的です。遺産分割協議書がない場合は、相続人全員の署名・押印(実印)がされた金融機関所定の書類と、全員分の印鑑証明書が必要になります。しかし、認知症で意思能力がないと、実印を押すという法律行為ができませんし、そもそも印鑑登録自体が難しいケースも多く、預貯金口座が凍結されたままになってしまいます。葬儀費用や当面の生活費を引き出せず、他の相続人が立て替えなければならない事態にもなりかねません。

問題点③ 不動産が共有名義になり売却・活用が困難に

法定相続割合で不動産を相続すると、その不動産は相続人全員の「共有名義」となります。例えば、配偶者と子供2人が相続人なら、不動産は「配偶者1/2、子供A 1/4、子供B 1/4」という持分割合の共有財産になります。共有名義の不動産は、売却したり、誰かに貸したり、大規模なリフォームをしたりする際に、共有者全員の同意が必要です。認知症の相続人がいると、その方の同意を得ることができないため、不動産を売却して現金化することも、賃貸に出して収益を得ることもできず、事実上「塩漬け」状態になってしまうのです。

問題点④ 株式などの有価証券の手続きが煩雑に

株式などの有価証券も、法定相続割合に応じて各相続人に分割されます。この手続きのためには、原則として相続人全員がその証券会社に口座を開設する必要があります。認知症の方が新たに証券口座を開設するのは、金融機関のコンプライアンス上、非常に困難なことが多いです。また、株式数によっては1単元(通常100株)に満たない「単元未満株」が発生し、売却が難しくなるという問題も起こり得ます。

問題点⑤ 相続した財産の積極的な運用ができない

仮にすべての手続きがうまくいき、認知症の相続人が法定相続分どおりに財産を取得できたとしても、新たな問題が待っています。認知症ご本人は、相続した預貯金を引き出したり、不動産を管理・活用したり、株式を売買したりといった財産管理行為ができません。つまり、せっかく相続した財産が凍結されたのと同じ状態になり、将来の介護費用や医療費に充てるための資産活用ができなくなってしまうのです。

認知症の相続人がいる場合の対処法とは?

法定相続割合で分けることには、これだけ多くの問題点があります。では、どうすればスムーズに相続手続きを進められるのでしょうか。

成年後見制度の利用を検討する

どうしても遺産分割協議が必要な場合は、「成年後見制度」を利用する方法があります。これは、家庭裁判所に申し立てを行い、判断能力が不十分な方の代理人として「成年後見人」を選任してもらう制度です。成年後見人が本人に代わって遺産分割協議に参加することで、協議を有効に成立させることができます。
ただし、成年後見制度には以下のような注意点もあります。

  • 申立てから選任まで数ヶ月かかることがある
  • 弁護士や司法書士などの専門家が後見人に選ばれると、本人が亡くなるまで月額2万円~6万円程度の報酬が発生する
  • 後見人は本人の財産を守ることが最優先のため、法定相続分を下回るような分割案には基本的に同意しない
  • 一度選任されると、遺産分割が終わったからといって簡単にやめることはできない

費用や手続きの負担が大きいため、利用は慎重に検討する必要があります。

生前にできる最善の対策は「遺言書」

こうした相続発生後のトラブルを防ぐ最も有効な対策は、財産を遺す方が生前に「遺言書」を作成しておくことです。有効な遺言書があれば、原則として遺産分割協議は不要となり、遺言書の内容に従って相続手続きを進めることができます。「不動産は長男に、預貯金は認知症の妻の今後の生活費として」というように、財産の分け方を具体的に指定できるため、相続発生後の手続きが格段にスムーズになります。特に、公証役場で作成する「公正証書遺言」は、内容の不備で無効になるリスクが極めて低く、最も確実な方法としておすすめです。

まとめ

相続人の一人に認知症の方がいる場合、遺産分割協議書を作成せずに法定相続割合で相続すること自体は可能です。しかし、その方法を選ぶと、相続税の増加、預貯金の解約不可、不動産の共有化による活用困難など、多くの深刻な問題に直面する可能性があります。問題を回避するために成年後見制度を利用する方法もありますが、長期的な費用や手続きの負担は決して軽くありません。
これから相続を迎える方は、ご家族のために公正証書遺言を作成しておくことが、残された家族を守る最善の対策と言えるでしょう。すでに相続が発生し、どうすればよいかお困りの方は、問題を先送りにせず、お早めに相続に詳しい専門家へ相談することをおすすめします。

参考文献

相続人に認知症の方がいる場合の遺産分割に関するよくある質問

Q.相続人の一人が認知症です。遺産分割協議書なしで、法定相続分の預金を引き出せますか?

A.原則として、遺産分割協議書がなくても法定相続人全員の同意があれば預金の解約は可能ですが、認知症で判断能力が不十分な場合、その方の同意が法的に有効と認められず、金融機関は手続きに応じないことがほとんどです。

Q.認知症の相続人が参加した遺産分割協議は有効ですか?

A.認知症の進行度合いによりますが、判断能力が著しく低下している状態で参加した遺産分割協議は、後から無効と判断されるリスクが非常に高いです。

Q.認知症の相続人がいる場合、遺産分割を進めるにはどうすれば良いですか?

A.家庭裁判所に「成年後見人」の選任を申し立てるのが一般的な方法です。選任された成年後見人が、ご本人に代わって遺産分割協議に参加します。

Q.遺産分割協議はできませんが、不動産を法定相続割合で登記することはできますか?

A.はい、法定相続割合での相続登記は可能です。ただし、その不動産を売却したり、担保に入れたりする際には、最終的に相続人全員による遺産分割協議が必要となります。

Q.成年後見制度を利用する以外に、認知症の相続人がいる場合の方法はありますか?

A.被相続人が生前に「遺言書」を作成していれば、遺産分割協議を経ずに相続手続きを進められる場合があります。遺言書の内容通りに手続きを行うため、最もスムーズな方法の一つです。

Q.親が認知症になる前に、相続対策として何をしておくべきですか?

A.本人の意思が明確なうちに、公正証書遺言を作成しておくことが最も有効な対策です。また、将来の財産管理に備えて家族信託や任意後見契約を検討することも選択肢となります。

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