ご家族が亡くなり相続が始まったとき、財産に「土地を借りる権利」が含まれていることがあります。このときによく耳にするのが「賃借権(ちんしゃくけん)」と「借地権(しゃくちけん)」という言葉です。この二つ、似ているようで実は大きな違いがあり、相続税を計算するときの評価額に大きく影響してくるんです。知らずにいると、思ったより高い相続税がかかってしまうことも。今回は、賃借権と借地権の根本的な違いと、それぞれの相続税評価がどうなるのかを、具体例を交えながら優しく解説していきますね。
賃借権と借地権、基本的な違いって何?
どちらも「土地を借りる権利」という点では同じですが、その目的や法律上の扱いで大きな違いがあります。まずは、それぞれの権利がどのようなものなのか、基本からしっかり押さえていきましょう。この違いを理解することが、相続税評価を理解する第一歩になりますよ。
賃借権とは?
賃借権とは、とても広い意味を持つ言葉で、「賃料を支払って他人のモノを借りる権利」全般を指します。土地に関して言えば、建物の所有を目的としない土地の貸し借りで発生する権利が、一般的に賃借権と呼ばれます。例えば、駐車場や資材置き場、テニスコートとして土地を借りる場合などがこれにあたります。この場合、借主の権利を守る「借地借家法」という強い法律は適用されず、民法に基づいて契約が結ばれます。
借地権とは?
一方、借地権は、「建物を所有することを目的として」土地を借りる権利(土地の賃借権または地上権)のことです。自宅やアパートを建てるために地主さんから土地を借りるケースが代表的ですね。借地権は「借地借家法」という法律によって、土地を借りている人(借地権者)の権利が非常に強く保護されています。地主さんは正当な理由がなければ契約の更新を断れなかったり、契約期間も最低30年と長く定められていたりと、借主が安心して建物を所有し続けられるようになっています。
賃借権と借地権の主な違いを比較
二つの権利の違いを分かりやすく表にまとめてみました。一番のポイントは、やはり「建物の所有目的があるかどうか」です。この違いが、権利の強さや法律の適用、そして後の相続税評価額に大きく関わってきます。
| 権利の種類 | 賃借権 |
| 主な目的 | 駐車場、資材置き場など建物の所有を目的としない利用 |
| 適用される法律 | 民法 |
| 権利の強さ | 契約内容によるが、一般的に借地権より弱い |
| 権利の種類 | 借地権 |
| 主な目的 | 自宅やアパートなど建物の所有を目的とする利用 |
| 適用される法律 | 借地借家法、民法 |
| 権利の強さ | 借地借家法により借主の権利が強く保護されている |
相続税評価における「借地権」の評価方法
借地権は、借地借家法で強く保護されていることからもわかるように、非常に価値の高い財産です。そのため、相続が発生した際には、もちろん相続税の課税対象となります。では、具体的にどのように評価額が計算されるのでしょうか。
普通借地権の評価方法
最も一般的な借地権である「普通借地権」の評価は、比較的シンプルです。以下の計算式で求められます。
借地権の評価額 = 自用地としての価額 × 借地権割合
「自用地としての価額」とは、その土地を更地として、誰も権利を持っていない状態で評価した価額のことです。路線価方式や倍率方式で計算します。
「借地権割合」は、その土地の価値のうち、借地権が占める割合を示すもので、国税庁が地域ごとに定めています。路線価図に「70D」と書かれていれば、借地権割合は70%です。一般的に、都心部や利便性の高い場所ほど借地権割合は高くなる傾向にあります。
土地を貸している側(底地)の評価方法
逆に、あなたが土地を貸している地主さんの立場で相続を迎えた場合、その土地の評価額はどうなるでしょうか。貸している土地は、借地権という他人の権利が付いているため、自由に使うことができません。そのため、その分だけ評価額が減額されます。これを「貸宅地(かしたくち)」や「底地(そこち)」と呼びます。
貸宅地の評価額 = 自用地としての価額 × (1 – 借地権割合)
例えば、借地権割合が70%の地域であれば、地主さんが持つ底地の権利は残りの30%分として評価されるわけですね。
相続税評価における「賃借権」の評価方法
借地権に当てはまらない、駐車場や資材置き場などのための賃借権も、財産的な価値があるため相続税の対象となります。ただし、その評価方法は借地権とは異なり、少し複雑になります。
賃借権の評価は2パターン
土地の賃借権は、その権利の強さに応じて、次の2つのパターンに分けて評価されます。
- 地上権に準ずる権利として評価される賃借権
- 上記以外の賃借権
どちらに該当するかで、評価額の計算に使う割合が変わってきます。
地上権に準ずる権利として評価される賃借権
これは、通常の賃借権よりも権利として強いものと認められるケースです。具体的には、以下のような場合が該当します。
- 賃借権の登記がされている
- 設定の対価として権利金や一時金の支払いがある
- コンクリートや鉄骨造など、簡単には取り壊せない堅固な構築物の所有を目的としている
この場合の評価額は、以下の計算式で求めます。
賃借権の評価額 = 自用地としての価額 × (法定地上権割合と借地権割合のいずれか低い割合)
「法定地上権割合」は、契約の残存期間に応じて定められています。例えば、残存期間が15年超20年以下なら20%となります。
| 残存期間 | 法定地上権割合 |
| 10年以下 | 5% |
| 10年超~15年以下 | 10% |
| 15年超~20年以下 | 20% |
| 20年超~25年以下 | 30% |
| 25年超~30年以下 | 40% |
| …(以下続く) | … |
上記以外の賃借権
地上権に準ずる権利に該当しない、一般的な賃借権(例えば、登記も権利金もなく、アスファルト敷きの駐車場など)の場合は、評価がさらに低くなります。
賃借権の評価額 = 自用地としての価額 × 法定地上権割合 × 1/2
先ほどの法定地上権割合を、さらに半分にして計算するわけですね。権利の強さが弱い分、財産価値も低く評価されるという考え方です。
賃借権や借地権の評価が特殊なケース
すべての土地の貸し借りで、これまで説明したような評価がされるわけではありません。特定の条件下では、評価額が大きく変わったり、ゼロになったりすることもあります。
使用貸借の場合(無償での貸し借り)
親子間などで土地を無償(タダ)で、あるいは固定資産税程度の負担のみで貸し借りしている場合があります。これを「使用貸借(しようたいしゃく)」といいます。この場合、借りている側には権利としての財産価値はないとみなされ、借地権や賃借権の評価額はゼロになります。相続税はかかりません。
ただし、注意点があります。土地を貸している親の側で相続が発生した場合、その土地は他人に貸していることによる評価減(貸宅地評価)ができず、自用地(更地)と同じ100%の評価額で計算されてしまいます。節税対策のつもりが、かえって相続税を高くしてしまう可能性があるので注意が必要です。
相当の地代を支払っている場合
権利金の授受がなく、その土地の自用地評価額の年6%程度にあたる「相当の地代」を支払っている場合、借りている側の借地権の評価額はゼロになります。これは、高い地代を支払うことで権利金分をカバーしているという考え方に基づきます。
このとき、土地を貸している地主側の評価額は、「自用地としての価額 × 80%」となります。土地の上に他人の建物が建っているという利用上の制約が考慮され、20%の評価減が認められるのです。
具体例で見る相続税評価額の違い
それでは、具体的な数字を使って、借地権と賃借権で評価額がどれくらい変わるのかを見てみましょう。条件は以下の通りとします。
- 土地の自用地評価額:5,000万円
- 借地権割合:60%
- 契約の残存期間:18年
ケース1:建物を建てるために土地を借りている場合(借地権)
これは借地権の評価です。計算はシンプルですね。
5,000万円(自用地評価額) × 60%(借地権割合) = 3,000万円
この場合、借地権の相続税評価額は3,000万円となります。
ケース2:駐車場として土地を借りている場合(一般的な賃借権)
こちらは登記や権利金のない、一般的な賃借権とします。残存期間18年の法定地上権割合は20%です。
5,000万円(自用地評価額) × 20%(法定地上権割合) × 1/2 = 500万円
この場合、賃借権の相続税評価額は500万円となります。
評価額の違いが相続税に与える影響
いかがでしょうか。同じ土地を借りる権利でも、その目的によって評価額に2,500万円もの差が出ました。この評価額の差は、そのまま相続税額に直結します。どちらの権利なのかを正しく判断することが、いかに重要かお分かりいただけるかと思います。
まとめ
今回は、賃借権と借地権の違いと、相続税評価への影響について解説しました。最後にポイントをまとめておきましょう。
- 最大の違いは「建物の所有を目的としているか」どうか。目的があれば「借地権」、なければ「賃借権」となります。
- 借地権は借地借家法で強く保護されており、財産価値が高く評価されます。(評価額 = 自用地評価額 × 借地権割合)
- 賃借権は借地権に比べて評価額が低くなる傾向があり、権利の強さによって2つの評価パターンがあります。
- 親子間の無償での貸し借り(使用貸借)など、契約内容によっては評価がゼロになることもありますが、貸主側の評価に注意が必要です。
土地の権利関係は非常に複雑で、契約内容や地代の支払い状況など、個別の事情によって評価方法が大きく変わります。もし相続財産にこうした権利が含まれている場合は、ご自身で判断せず、まずは賃貸借契約書などの書類を確認し、相続に詳しい税理士などの専門家にご相談されることを強くおすすめします。
参考文献
国税庁 No.4627 貸駐車場として利用している土地の評価
賃借権と借地権の違いと相続税評価のよくある質問まとめ
Q.賃借権と借地権、一番の違いは何ですか?
A.一番の違いは「建物を所有する目的があるかないか」です。建物の所有を目的として土地を借りる権利が「借地権」、駐車場や資材置き場のように建物の所有を目的としない権利が「賃借権」となり、相続税評価に大きく影響します。
Q.借地権とは具体的にどのような権利ですか?
A.建物を所有するために土地を借りる権利で、借地借家法で強く保護されています。財産的な価値が高く、相続時には財産として評価され、相続税の課税対象となります。
Q.相続税評価における「賃借権」とは何ですか?
A.建物の所有を目的としないで土地を借りる権利を指します。例えば、駐車場や資材置き場としての利用が該当します。借地権とは異なり、相続税評価額はゼロとして扱われることがほとんどです。
Q.借地権はどのように相続税評価されるのですか?
A.土地の自用地評価額に、国税庁が地域ごとに定める「借地権割合」を掛けて評価額を計算します。例えば、自用地評価額1億円で借地権割合が60%なら、借地権の評価額は6,000万円になります。
Q.賃借権も相続税の対象になりますか?
A.建物の所有を目的としない一般的な賃借権は、権利金などの特別な設定がなければ財産的価値が低いとされ、相続税の対象とならないケースがほとんどです。
Q.親が土地を借りていました。相続でまず何を確認すればよいですか?
A.まず土地の賃貸借契約書を確認し、「建物の所有が目的か」を確かめてください。これにより、相続税の申告が必要な「借地権」か、そうでない可能性が高い「賃借権」かを判断する第一歩となります。