ご家族が亡くなった後の相続。大切な家族との間で、お金のことで揉めたくはないですよね。しかし、遺産の分け方を口約束だけで済ませてしまうと、後から「言った言わない」のトラブルに発展してしまうことがあります。そんな悲しい事態を防ぐために、非常に重要な役割を果たすのが「遺産分割協議書」です。この記事では、なぜ遺産分割協議書が必要なのか、その作成の基礎知識から注意点まで、わかりやすく解説していきます。
そもそも遺産分割協議書って何?なぜ必要なの?
相続が発生したとき、誰がどの財産をどれだけ受け継ぐのかを、相続人全員で話し合って決めます。この話し合いを「遺産分割協議」といい、その全員の合意内容を正式な書面として記録したものが「遺産分割協議書」です。この書類には、主に3つの大切な役割があります。
「言った言わない」のトラブルを未然に防ぐため
遺産の分け方を口約束だけで決めてしまうと、後になって「そんな話は聞いていない」「約束した内容と違う」といった水掛け論になりがちです。遺産分割協議書を作成し、相続人全員が内容を確認した上で署名・実印を押すことで、合意内容が法的な証拠として明確に残ります。これにより、将来起こりうる親族間の無用な争いを防ぐことができるのです。
不動産や預貯金など、名義変更手続きに必須だから
遺産分割協議書は、様々な相続手続きを進める上で「鍵」となる書類です。例えば、以下のような手続きでは、遺産分割協議書の提出が求められます。
- 不動産(土地・建物)の名義を故人から相続人に変更する「相続登記」
- 金融機関で故人の預貯金口座を解約し、払い戻しを受ける手続き
- 株式や投資信託などの有価証券の名義変更
- 自動車の所有者名義の変更
これらの機関は、相続人全員が遺産の分け方に合意していることを客観的に確認できないと、手続きに応じてくれません。遺産分割協議書は、そのための「公的な証明書」の役割を担っているのです。
相続税の申告や特例の適用に必要だから
遺産の総額が基礎控除額(3,000万円+600万円×法定相続人の数)を超える場合、相続税の申告が必要になります。税務署へ申告する際、どのように遺産を分割したかを証明するために、遺産分割協議書の添付が求められます。特に、「配偶者の税額の軽減(配偶者控除)」といった大幅な節税につながる特例を適用するには、実際に配偶者がどの財産を取得したかを証明する必要があり、そのために遺産分割協議書が不可欠となります。
遺産分割協議書はいつまでに作成すればいい?
遺産分割協議書の作成自体に、法律で定められた明確な期限はありません。しかし、関連する相続手続きには期限が設けられているため、そこから逆算して計画的に進めることがとても大切です。
相続税の申告期限がひとつの大きな目安
相続税の申告と納税は、被相続人が亡くなったことを知った日の翌日から10か月以内に行わなければなりません。前述の通り、相続税の申告には遺産分割協議書(またはその写し)の提出が必要です。もし、この期限までに遺産分割協議がまとまらないと、税金の軽減特例が使えないまま、一旦法定相続分で申告・納税することになり、後で修正の手間や余分な税金が発生する可能性があります。そのため、この10か月が一つの大きな目標期間となります。
相続登記の義務化も忘れずに
2024年4月1日から、不動産の相続登記が義務化されました。これにより、不動産を相続したことを知った日から3年以内に名義変更の登記を申請しないと、正当な理由なく怠った場合に10万円以下の過料が科される可能性があります。相続登記の申請にも遺産分割協議書が必要となるため、不動産を相続した場合は、遅くとも3年以内に協議をまとめて書類を作成する必要があります。
自分で作成できる?遺産分割協議書の作り方
遺産分割協議書は、法律の専門家でなくても、相続人自身で作成することが可能です。決まったフォーマットはありませんが、法的に有効な書類とするために、必ず記載しなければならない項目や守るべきルールがあります。不備があると手続きで受理されず、作り直しになることもあるので、ポイントをしっかり押さえましょう。
必ず記載すべき必須項目
遺産分割協議書には、最低限、以下の内容を盛り込む必要があります。記載漏れがないように、一つひとつ確認しながら作成しましょう。
| 項目 | 記載内容のポイント |
|---|---|
| 被相続人の情報 | 故人の氏名、死亡年月日、最後の本籍、最後の住所を戸籍謄本や住民票の除票の通りに正確に記載します。 |
| 相続人全員の合意 | 「相続人全員で遺産分割協議を行い、以下の通り合意した」という旨の一文を入れます。 |
| 財産の分割内容 | 「誰が」「どの財産を」「どれだけ」相続するのかを、具体的に、明確に記載します。 |
| 後日判明した財産 | 協議後に新たな遺産が見つかった場合に、その財産をどうするか(例:特定の相続人が取得する、法定相続分で分けるなど)を記載しておくと、再度の協議を防げます。 |
| 作成日と署名・押印 | 協議が成立した日付を記載し、最後に相続人全員が住所・氏名を自署し、実印で押印します。 |
財産の書き方のポイント
遺産分割協議書で最も重要なのが、財産の特定です。誰が見ても「どの財産のことか」がわかるように、公的な書類に基づいて正確に記載することが鉄則です。
| 財産の種類 | 記載例とポイント |
|---|---|
| 不動産(土地・建物) | 法務局で取得する登記事項証明書(登記簿謄本)の記載通りに、一字一句間違えずに転記します。(例:【土地】所在、地番、地目、地積 【建物】所在、家屋番号、種類、構造、床面積) |
| 預貯金 | 通帳や残高証明書を確認し、金融機関名、支店名、預金種別(普通・定期など)、口座番号を正確に記載します。協議時点での残高を記載すると、より明確になります。 |
作成時に絶対に守るべき注意点
遺産分割協議書を有効なものにするために、以下の点は必ず守ってください。
- 相続人全員の参加と合意:一人でも欠けていたり、反対していたりすると、その遺産分割協議書は無効になります。
- 署名は自筆で、押印は実印で:ワープロ作成でも構いませんが、最後の署名だけは必ず本人が自筆で行い、市区町村に登録した実印を押印します。
- 印鑑証明書の添付:相続人全員分の印鑑証明書(発行後3か月以内や6か月以内など、提出先によって有効期限が異なる場合があるので注意)を添付します。
- 契印(けいいん):書類が2枚以上になる場合は、ページとページの間に、相続人全員の実印をまたがるように押印(契印)します。これにより、書類の差し替えや抜き取りを防ぎます。
トラブル回避!専門家への依頼も検討しよう
相続人同士の関係が良好で、財産内容もシンプルであればご自身で作成することも十分可能です。しかし、以下のようなケースでは、思わぬトラブルを招いたり、手続きが複雑になったりすることがあるため、専門家への依頼を検討することをおすすめします。
どんな場合に専門家に頼むべき?
- 相続人同士で意見が対立している、またはその可能性がある場合
- 相続財産の種類が多い、不動産が複数ある、評価が難しい財産(非上場株式など)がある場合
- 相続人の中に行方不明者や未成年者、認知症の方がいる場合
- 相続関係が複雑(前妻の子がいる、代襲相続が発生しているなど)な場合
- 仕事が忙しく、自分で手続きを進める時間がない場合
どこに頼めばいい?専門家ごとの役割
依頼する専門家は、状況によって異なります。それぞれの専門家の得意分野を知っておきましょう。
| 専門家 | 主な役割と依頼に適したケース |
|---|---|
| 弁護士 | 相続人間で既にトラブルが発生している、または交渉が難航しそうな場合に最適です。唯一、代理人として他の相続人と交渉できます。 |
| 司法書士 | 相続財産に不動産が含まれており、相続登記の手続きが必要な場合に。登記とセットで遺産分割協議書の作成を依頼できます。 |
| 税理士 | 相続税の申告が必要な場合に。節税を考慮した分割案の提案や、申告書の作成と合わせて依頼できます。 |
| 行政書士 | 相続人間に争いがなく、合意内容が固まっている場合の書類作成を依頼するのに適しています。預貯金や自動車の名義変更手続きの代行も可能です。 |
もし遺産分割協議書を作成しなかったら…
「うちは家族仲が良いから大丈夫」と、遺産分割協議書の作成を省略してしまうと、どのようなリスクがあるのでしょうか。口約束だけで済ませることの危険性を知っておきましょう。
相続手続きが完全にストップする
最も直接的なデメリットは、不動産の名義変更や預貯金の解約などの手続きが一切進められなくなることです。財産は故人の名義のまま凍結され、売却することも、使うこともできません。結局、手続きを進めるために後から作成することになり、二度手間になってしまいます。
後々の「争族」の火種になる
今は円満でも、時間が経てば人の気持ちや状況は変わるものです。数年後、誰かの経済状況が悪化したり、新たな家族の意見が加わったりして、「やっぱりあの時の分け方は不公平だった」と不満が出てくる可能性があります。書面がなければ、合意があったことを証明できず、深刻な家族トラブルに発展しかねません。
新たな相続(数次相続)で権利関係が複雑化する
遺産分割をしないうちに相続人の一人が亡くなってしまうと、その人の相続権はさらにその配偶者や子へと引き継がれます(これを数次相続といいます)。すると、話し合うべき相手がネズミ算式に増えていき、面識のない親戚とも協議をしなければならなくなります。関係者が増えれば増えるほど、合意形成は格段に難しくなってしまいます。
まとめ
遺産分割協議書は、単なる手続き上の書類ではありません。それは、相続人全員が納得して出した結論を形にし、未来の家族関係を守るための「お守り」のようなものです。「言った言わない」の悲しいトラブルを防ぎ、故人が遺してくれた大切な財産を円滑に引き継ぐために、必ず作成するようにしましょう。
作成に少しでも不安があれば、抱え込まずに専門家へ相談することも賢明な選択です。正しい知識を持って、後悔のない相続手続きを進めてください。
参考文献
遺産分割協議書のよくある質問まとめ
Q. 遺産分割協議書に期限はありますか?
A. 書類自体の作成に法的な期限はありません。しかし、相続税の申告(被相続人の死亡を知った日の翌日から10か月以内)や相続登記(相続を知った日から3年以内)には期限があるため、それらの手続きに間に合うように作成する必要があります。
Q. 相続人全員が集まれない場合はどうすればいいですか?
A. 全員が一堂に会する必要はありません。作成した遺産分割協議書を郵送などで順番に回し、各自が内容を確認して署名・実印を押す「持ち回り」という方法でも有効に成立します。
Q. 遺言書がある場合でも遺産分割協議書は必要ですか?
A. 原則として遺言書の内容通りに相続するなら不要です。ただし、遺言書に記載のない財産が見つかった場合や、相続人全員が合意の上で遺言書とは異なる内容で遺産を分割する場合には、遺産分割協議書を作成する必要があります。
Q. 遺産分割協議書を紛失してしまいました。どうすればいいですか?
A. 遺産分割協議書の再発行という制度はないため、残念ながらもう一度作成し直す必要があります。再度、相続人全員から署名と実印の押印をもらわなければなりません。コピーでは手続きに使えないため、原本は大切に保管しましょう。
Q. 実印がない場合はどうすればいいですか?
A. 遺産分割協議書には実印での押印と印鑑証明書の添付が不可欠です。もし実印をお持ちでない場合は、お住まいの市区町村役場で印鑑登録の手続きを行い、実印を作成してください。
Q. 借金などのマイナスの財産も記載するのですか?
A. はい、記載すべきです。プラスの財産だけでなく、借入金などのマイナスの財産についても誰がどのくらい引き継ぐのかを明確に合意し、その内容を記載しておくことで、後々の債権者とのトラブルなどを防ぐことができます。