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遺言と家族信託はどっちが優先?効力の違いと最適な選び方を解説

2025-10-19
目次

ご自身の財産を「誰に、どのように遺すか」を考えるとき、「遺言」と「家族信託」という言葉を耳にすることがあるかもしれません。「どちらも似たようなもの?」と思われるかもしれませんが、実はこの二つ、目的も効力も全く違う制度なんです。そして、もし両方の内容がぶつかってしまったら、原則として「家族信託」が優先されます。この記事では、なぜ家族信託が優先されるのか、それぞれの制度の違いやメリット・デメリットを比較しながら、あなたにとって最適な選択ができるよう、分かりやすく解説していきますね。

遺言と家族信託、効力が優先されるのはどっち?

ご自身の財産について、遺言と家族信託の両方で異なる定めをしていた場合、どちらの効力が優先されるのでしょうか。これは生前対策を考える上で非常に重要なポイントです。結論からお伝えすると、信託契約の対象となった財産については、家族信託の内容が遺言に優先します。

原則は「家族信託」が優先

なぜ家族信託が優先されるかというと、家族信託契約を結ぶと、その財産の所有権が形式的に「委託者(本人)」から「受託者(家族など)」に移るからです。登記簿上の所有者名義も受託者に変更されます。つまり、信託した財産は、もはや遺言を書いた本人の財産ではなくなるため、遺言で「この財産は〇〇に相続させる」と書いても、その効力は及ばないのです。契約が成立した時点で財産の所有権が動く家族信託は、本人が亡くなった後で効力が発生する遺言よりも時間的に先んじている、とイメージすると分かりやすいかもしれません。

遺言で信託契約を「上書き」できるケース

原則として家族信託が優先されますが、例外も存在します。それは、信託契約書の中に「委託者(本人)は、遺言によってこの信託契約を終了させたり、内容を変更したりできる」といった趣旨の条項(遺言による信託の変更条項)が定められている場合です。このような特別な定めがあれば、遺言の内容を優先させることが可能になります。ただし、これは非常に特殊なケースであり、一般的な家族信託契約ではこのような条項は設けられていないことがほとんどです。

遺言と信託で内容が矛盾したらどうなる?

具体例で見てみましょう。例えば、お父さん(Aさん)が「自宅不動産は、長男に相続させる」という内容の遺言を書いていたとします。しかしその後、Aさんが認知症への備えとして、「自宅不動産を信託財産とし、受託者を長男、受益者を自分自身(Aさん)とする。Aさんの死後は、妻が受益権を取得し、妻の生活のために使う」という家族信託契約を長男と結んだとします。この場合、自宅不動産の所有権は信託契約によってすでに受託者である長男に移っているため、遺言の「長男に相続させる」という部分は効力を失います。Aさんが亡くなった後は、信託契約の内容に従って、妻がその家に住み続ける権利などを得ることになるのです。

そもそも遺言と家族信託は何が違うの?

「優先順位は分かったけれど、そもそも何が違うの?」という疑問にお答えします。遺言と家族信託は、目的や効力が発生するタイミングが根本的に異なります。その違いを理解することが、ご自身に合った方法を選ぶ第一歩です。

項目 遺言
効力発生時期 本人の死亡時
目的 死後の財産承継の指定
財産管理権 本人(生前) → 相続人(死後)
認知症対策 できない(意思能力がないと作成・変更できない)
項目 家族信託
効力発生時期 契約締結時(生前
目的 生前の財産管理死後の財産承継
財産管理権 本人(生前) → 受託者(契約後)
認知症対策 できる(資産凍結を防止できる)

目的の違い

遺言の主な目的は、「ご自身が亡くなった後に、誰にどの財産を渡すか」を指定することです。つまり、死後の財産の行き先を決めるためのものです。一方で、家族信託は「元気なうちから信頼できる家族に財産の管理を託し、自分のため、そして将来の家族のために活用してもらう」制度です。生前の財産管理から、自分が亡くなった後の承継、さらにはその次の世代への承継まで、長期的な財産管理と承継の仕組みを作ることができます。

効力が発生するタイミング

これが最も大きな違いです。遺言は、書いた本人が亡くなった瞬間に初めて効力が生まれます。そのため、生きている間は何の効力もありません。一方、家族信託は、契約を結んだ時点から効力がスタートします。契約後すぐに、財産管理を受託者(信頼できる家族)に任せることができるため、例えばご自身が病気や認知症で判断能力が低下してしまっても、受託者が契約内容に従って財産の管理や処分をスムーズに行うことができます。

財産を管理する人

遺言の場合、生前の財産管理は当然ご自身で行います。そして亡くなった後は、遺言の内容を実現するために「遺言執行者」が手続きを行いますが、最終的に財産を管理するのは相続人自身です。これに対して家族信託では、契約を結んだ後は「受託者」が信託契約で定められた目的に従って、財産を能動的に管理・運用・処分する権限を持ちます。これにより、委託者(本人)の意思に沿った、より柔軟で継続的な財産管理が可能になります。

家族信託のメリット・デメリット

家族信託は非常に柔軟で便利な制度ですが、メリットだけでなくデメリットも理解しておくことが大切です。

メリット:認知症対策と柔軟な財産承継

最大のメリットは、強力な認知症対策になる点です。認知症になると預金口座が凍結されたり、不動産の売却ができなくなったりする「資産凍結」のリスクがありますが、家族信託を組んでおけば、受託者が代わりに手続きを行えるため、資産凍結を回避できます。また、遺言では一代先までしか財産の行き先を指定できませんが、家族信託では「自分が亡くなった後は妻に、妻が亡くなった後は長男に」といったように、二次相続以降の承継先を指定することも可能です。障がいのあるお子様の将来のために、長期的に生活費を給付し続けるような仕組みも作れます。

デメリット:初期費用と専門知識

家族信託はオーダーメイドの契約のため、専門家(司法書士や弁護士など)のサポートが不可欠であり、そのためのコンサルティング費用がかかります。費用の目安は、信託する財産額の1%前後が一般的です。例えば、5,000万円の財産を信託する場合、50万円程度の専門家報酬が必要になることがあります。さらに、不動産を信託する場合は、所有権移転登記のための登録免許税(固定資産税評価額の0.3%または0.4%)や司法書士への登記手数料も必要です。また、制度が複雑なため、家族全員の理解を得るのに時間がかかることもあります。

遺言のメリット・デメリット

昔からある遺言にも、もちろん良い点と限界があります。手軽に始められる一方で、対応できないこともあると知っておきましょう。

メリット:手軽さと費用面の安さ

遺言の大きなメリットは、その手軽さと費用の安さです。特に、すべて自分で書く「自筆証書遺言」であれば、紙とペン、印鑑さえあれば費用は一切かからずに作成できます。法的な不備が心配な場合は、公証役場で作成する「公正証書遺言」がおすすめです。公正証書遺言の作成手数料は、相続させる財産の価額によって決まっており、例えば財産額が3,000万円の場合の手数料は29,000円と、家族信託に比べて費用をかなり抑えることができます。

デメリット:生前の財産管理はできない

遺言の最大のデメリットは、生前の対策にはならないという点です。遺言は亡くなった後にしか効力がないため、ご本人が認知症になって判断能力を失ってしまった場合の財産管理には全く対応できません。銀行口座が凍結され、必要な介護費用や医療費を引き出せなくなるといった事態を防ぐことはできないのです。また、財産の承継先も一代限りしか指定できないため、「妻の死後は長男へ」といった希望を法的に確実な形で実現することは難しいのが現状です。

どんな人がどっちを選ぶべき?ケース別解説

それでは、具体的にどのような方が遺言や家族信託に向いているのでしょうか。ご自身の状況に合わせて考えてみましょう。

遺言がおすすめな人

以下のような方は、まずは遺言を検討するのが良いでしょう。
財産構成が預貯金や自宅のみなどシンプルな方
・相続人の間で揉める可能性が低く、誰に何を渡すかだけ決めたい
・とにかく費用を抑えて対策をしたい
・ご自身の認知症などによる生前の資産凍結リスクはあまり心配していない

家族信託がおすすめな人

一方で、以下のような希望や不安をお持ちの方には、家族信託が非常に有効です。
認知症による資産凍結を絶対に避けたい
・アパート経営や事業など、ご自身に判断能力がなくなると止まってしまう財産をお持ちの方
障がいのあるお子様の将来の生活を守る仕組みを作りたい
・ご自身の死後、配偶者の生活を守り、さらにその次の二次相続以降の承継先も決めておきたい

遺言と家族信託の併用も有効

実は、遺言と家族信託は併用することで、より盤石な対策をすることができます。例えば、資産凍結リスクが高い不動産や事業用資産は「家族信託」で管理の仕組みを作り、信託に含めなかった預貯金や有価証券などの分け方を「遺言」で指定する、という方法です。このように、それぞれの制度の「良いとこ取り」をすることで、ご自身の希望をよりきめ細かく、そして確実に実現することが可能になります。どちらか一方を選ぶのではなく、両方を組み合わせて最適なプランを考える視点も大切です。

まとめ

遺言と家族信託は、どちらも大切な財産を次世代に引き継ぐための重要なツールですが、その役割と効力は大きく異なります。改めてポイントを整理します。

・遺言と家族信託の内容が矛盾する場合、原則として「家族信託」が優先されます。
・遺言は「死後」の財産承継、家族信託は「生前」からの財産管理と承継を目的とします。
認知症による資産凍結リスクに備えたいなら、家族信託が非常に有効です。
・費用を抑え、シンプルな財産分割だけを望むなら、遺言が手軽です。
・両方の制度を併用することで、よりきめ細やかで万全な対策が可能です。

ご自身の財産状況、家族構成、そして何よりも「将来どのような形で家族に財産を遺し、守っていきたいか」という想いを整理することが、最適な選択への第一歩です。どちらの制度が合っているか迷われた際は、ぜひ一度専門家にご相談くださいね。

参考文献

国税庁「No.4510 直系尊属から教育資金の一括贈与を受けた場合の非課税」

国税庁「令和6年分 贈与税の申告のしかた」

国税庁「No.7191 登録免許税の税額表」

法務省「自筆証書遺言書保管制度」

日本公証人連合会「遺言」

遺言と家族信託のよくある質問まとめ

Q.遺言と家族信託、両方ある場合はどちらが優先されますか?

A.一般的に、家族信託契約の対象となった財産(信託財産)については、遺言よりも家族信託の内容が優先されます。信託財産はすでに受託者の名義になっているため、遺言で処分することができないからです。

Q.遺言と家族信託の最も大きな違いは何ですか?

A.最も大きな違いは、効力が発生するタイミングです。遺言は本人の死亡によって初めて効力が生じますが、家族信託は契約後すぐに効力を発生させることができ、生前の財産管理(認知症対策など)にも活用できます。

Q.家族信託で決めた内容を、後から作成した遺言で変更できますか?

A.いいえ、原則として変更できません。信託契約によって信託財産とされたものは、もはや遺言者の財産ではないため、遺言によってその承継先などを変更することはできません。

Q.遺言でしかできないことはありますか?

A.はい、あります。例えば、未成年の子の後見人を指定することや、子の認知、相続人の廃除といった身分に関する事項は、家族信託ではできず、遺言によってのみ定めることができます。

Q.遺言と家族信託は併用した方が良いのでしょうか?

A.はい、併用することが非常に有効です。家族信託でカバーできない財産や、遺言でしか定められない身分行為などを遺言書で補うことで、より網羅的で円滑な資産承継と財産管理を実現できます。

Q.どのような場合に家族信託を検討すべきですか?

A.ご自身の認知症による資産凍結を防ぎたい場合、障がいを持つ子の生活を守りたい場合、事業承継をスムーズに進めたい場合、二次相続以降の承継先まで指定したい場合などに家族信託は特に有効です。

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