事業オーナーの皆様にとって、会社の将来を後継者に託す事業承継は大きな課題ですよね。特に、自社株式の評価額が高額になり、後継者が多額の相続税に悩まされるケースは少なくありません。今回は、そんなお悩みを解決する一つの手法として、「黄金株」と「従業員持株会」を活用して、相続税評価額を下げるスキームについて、その仕組みや注意点をわかりやすくお話しします。
黄金株と従業員持株会を使った相続対策スキームの全体像
今回ご紹介するスキームは、相続が発生する「前」と「後」で段階的に対策を進める、少し計画的な方法になります。まずは、どのような流れで進めるのか、全体像を掴んでいきましょう。
| ステップ1(相続発生前) | オーナー様は経営の決定権を握る黄金株だけを保有し、残りの株式を従業員持株会に譲渡します。これにより、会社を「同族会社ではない」状態にします。 |
| ステップ2(相続発生時) | 株式の評価方法が「配当還元方式」となり、株価が低く評価されます。この低い評価額で、後継者が黄金株を相続します。 |
| ステップ3(相続発生後) | 後継者が経営権を掌握した後、従業員持株会を解散し、会社が従業員から株式を買い戻します。 |
この流れによって、相続時の税負担を軽減しつつ、最終的には後継者に経営権を集中させることが可能になります。では、それぞれのステップをもう少し詳しく見ていきましょう。
相続発生前の準備:同族会社から外れて株価を下げよう
このスキームの最も重要なポイントは、相続発生前にいかにして自社株式の評価額を下げておくか、という点にあります。その鍵を握るのが、「同族会社」の判定と「配当還元方式」です。
なぜ従業員持株会に株式を渡すの?
オーナー様が保有する株式のほとんどを従業員持株会に譲渡する最大の目的は、ご自身の会社を税法上の「同族会社」の定義から外すためです。会社の株主構成によって、相続税を計算するときの株式の評価方法が大きく変わってくるからなんですね。
具体的には、会社の議決権のうち、上位3位までの株主グループの持株割合が50%を超えると「同族会社」に該当します。オーナー様とそのご親族で株式の大部分を保有している中小企業のほとんどは、この同族会社に当てはまります。この状態を解消するために、血縁関係のない従業員で構成される持株会に株式を分散させるのです。
同族会社かどうかで評価方法がこんなに違う
会社の株主が「同族株主」に当たるかどうかで、株式の評価方法は原則として以下のようになります。
| 同族株主の場合 | 原則的評価方式(類似業種比準価額方式や純資産価額方式) |
| 同族株主でない場合 | 特例的評価方式(配当還元方式) |
原則的評価方式は、会社の資産や利益、類似する上場企業の株価などを基に計算するため、業績が良い会社ほど株価は非常に高額になります。一方で、配当還元方式は、その株式から得られる配当金の額を基に評価する方法で、全く異なる計算を行います。
配当還元方式で株価は大きく下がる
配当還元方式の計算式は、簡単に言うと「年間の配当金額 ÷ 10%」で計算されます。多くの中小企業では、内部留保を厚くするために株主への配当を低く抑えているか、あるいは全く出していない(無配)ケースが多いですよね。
例えば、年間の配当金が1株あたり100円だったとしましょう。この場合の株価は「100円 ÷ 10% = 1,000円」と評価されます。もし無配であれば、計算上の最低評価額(資本金等を基に計算)となり、原則的評価方式と比べて株価が数十分の一になることも珍しくありません。
このスキームでは、従業員持株会に株式を譲渡して同族会社の判定から外れることで、オーナー様が保有する黄金株も、この低い配当還元方式で評価できる可能性が生まれる、というわけです。
相続発生後の手続き:後継者へ経営権を集中させる
無事に相続税評価額を下げた状態で相続を終えた後も、大切な手続きが残っています。それは、会社の経営権を安定的に後継者へ引き継がせることです。
黄金株を後継者が相続する
オーナー様がお亡くなりになった際、保有していた黄金株を後継者が相続します。黄金株とは、正式には「拒否権付種類株式」といい、たった1株でも会社の重要な決議(取締役の選任・解任など)を拒否できる強力な権利を持つ株式です。
この黄金株を後継者が引き継ぐことで、他の株主の意向に左右されず、安定した会社経営を行うための基盤を築くことができます。そして何より、配当還元方式で低く評価された価額で相続できるため、相続税の負担を大幅に軽減できるのです。
従業員持株会を解散し、株式を買い戻す
後継者への事業承継が完了したら、次のステップとして従業員持株会を解散します。そして、従業員が保有していた株式を、会社が自己株式として取得(買い戻し)します。
これにより、社外に分散していた株式が会社(実質的には後継者)のもとに集約され、後継者が名実ともに会社のオーナーとして、迅速な意思決定を行える経営体制を確立することができます。
スキームのメリットを再確認
このスキームには、事業承継を進める上で大きなメリットがあります。改めて整理してみましょう。
- 相続税の劇的な軽減:配当還元方式の適用により、株式の相続税評価額を大幅に引き下げることができます。
- オーナーの経営権維持:相続発生前は、オーナー様が黄金株を保有し続けることで、後継者の経営を見守りながら、重要な意思決定への関与を続けることができます。
- 円滑な経営権の移譲:相続後は、株式を後継者に集約させることで、経営権の分散を防ぎ、安定した経営体制をスムーズに構築できます。
知っておくべき注意点と税務リスク
とても魅力的に見えるこのスキームですが、実行する上では注意すべき点やリスクも存在します。メリットだけでなく、デメリットもしっかりと理解しておくことが大切です。
税務署からの否認リスク
このスキームは、形式的には合法ですが、その一連の流れが「相続税の負担を不当に減少させるための行為(租税回避行為)」であると税務署に判断された場合、否認されるリスクがあります。例えば、従業員持株会を設立してから短期間で解散した場合などは、当初から租税回避が目的だったと見なされやすくなります。否認された場合は、原則的評価方式で再計算され、多額の追徴課税が発生する可能性があります。
従業員持株会の運営の手間
従業員持株会を設立し、適切に運営していくには、規約の作成や従業員への説明、日々の事務管理など、相応の手間とコストがかかります。形だけの持株会ではなく、従業員の福利厚生という本来の目的も踏まえた、実態のある運営が求められます。
黄金株の相続リスク
オーナー様が亡くなった際、万が一、遺言などで指定されていなかったために、後継者以外の相続人(例えば、経営に関与していないご兄弟など)に黄金株が渡ってしまうと、会社の経営が停滞する深刻な事態に陥る可能性があります。黄金株には、相続発生時に会社が買い取れるようにする「取得条項」を付けておくなどの事前対策が不可欠です。
事業承継税制との兼ね合い
自社株の相続税・贈与税の納税が猶予・免除される「事業承継税制」という非常に有利な制度があります。しかし、このスキームのように先代オーナーが黄金株を保有し続ける場合、事業承継税制の適用要件を満たせなくなる可能性があります。どちらの制度を利用する方がメリットが大きいか、慎重な比較検討が必要です。
まとめ
今回は、黄金株と従業員持株会を活用して、自社株式の相続税評価額を引き下げるスキームについて解説しました。この方法は、配当還元方式を適用することで相続税負担を大きく軽減できる可能性がある一方で、税務上の否認リスクも伴う高度な専門知識を要する手法です。
ご紹介した内容はあくまで一つの考え方であり、会社の状況や株主構成によって最適な対策は異なります。このスキームの実行を検討される場合は、必ず事前に相続や事業承継に詳しい税理士などの専門家にご相談の上、ご自身の会社にとって本当に適切な方法なのかを慎重に判断してくださいね。
参考文献
国税庁「財産評価基本通達 第4章 取引相場のない株式等の評価」
黄金株と従業員持株会を活用した事業承継・相続対策のよくある質問まとめ
Q.黄金株と従業員持株会を使って、相続税評価額を下げられるというのは本当ですか?
A.理論上は可能です。オーナーが黄金株のみを保有し、残りを従業員持株会に譲渡して同族株主から外れることで、評価額の低い「配当還元方式」を適用できる可能性があるためです。これにより相続税負担の軽減が期待できます。
Q.どうすれば「同族会社ではない」と判定されるのですか?
A.相続発生時に、オーナーとその親族(同族関係者)が保有する議決権割合が50%以下であるなど、特定の条件を満たす必要があります。従業員持株会は一般的に同族関係者とみなされないため、この条件を満たすための一つの手段となり得ます。
Q.「配当還元方式」とは何ですか?なぜ評価額が低くなるのですか?
A.過去の配当金額をもとに株価を評価する方法です。会社の純資産や収益力で評価する他の方式に比べ、配当を抑えている会社では評価額が著しく低くなる傾向があります。同族株主以外の株主が取得した株式の評価に用いられます。
Q.このスキームの最大のメリットは何ですか?
A.相続税評価額を大幅に引き下げ、後継者の相続税負担を軽減できる可能性がある点です。また、経営権の維持に重要な黄金株(拒否権付種類株式)を後継者に引き継がせることで、少ない株式保有でも会社の重要な意思決定への関与を続けられます。
Q.このスキームにリスクや注意点はありますか?
A.はい。一連の行為が租税回避目的であると税務署に判断された場合、否認されるリスクがあります。また、従業員持株会への株式譲渡価格の妥当性や、持株会解散時の手続きなど、専門的な観点から慎重な計画が必要です。
Q.この相続対策を検討する場合、誰に相談すればよいですか?
A.非常に専門的な知識と実務経験が求められるため、必ず事業承継や組織再編に詳しい税理士や弁護士などの専門家にご相談ください。会社の状況に合わせて、リスクを十分に検討した上で実行することが不可欠です。