2024年の税制改正で「相続時精算課税制度」がぐっと使いやすくなったと聞いて、気になっている方も多いのではないでしょうか。特に「年110万円の基礎控除」はとても魅力的ですよね。「もし今年、すでに110万円を贈与してしまったけど、後から相続時精算課税制度を申請したら、この110万円は相続財産に加えなくてもいいの?」そんな皆様の疑問に、わかりやすくお答えしていきます。
結論:110万円贈与後の申請で相続財産への加算は不要になります!
まず、みなさんが一番知りたい結論からお伝えします。2024年1月1日以降の贈与であれば、年内に110万円を贈与した後でも、翌年の申告期間内に「相続時精算課税選択届出書」を提出することで、その110万円は相続財産に加算されない基礎控除として扱えます。つまり、質問の答えは「はい、加算しなくてよい」です。
新設された「年110万円の基礎控除」とは?
これは、2024年1月1日からスタートした新しい非課税枠のことです。これまで相続時精算課税制度にあった「生涯で2,500万円までの特別控除」とは全く別に、毎年110万円までの贈与であれば贈与税がかからず、さらに将来の相続財産にも加算されない、というとても使い勝手の良い控除です。
なぜ相続財産に加算しなくてよいのか?
新しい制度では、この年110万円の基礎控除で贈与された財産は、暦年課税で問題となる「生前贈与加算(亡くなる前7年以内の贈与を相続財産に持ち戻すルール)」の対象外とされています。そのため、贈与者が亡くなる直前に贈与したとしても、この枠内であれば相続税の計算に含める必要がありません。これが大きなポイントです。
手続きはいつまでに必要?
この制度を利用するためには、手続きが必須です。贈与を受けた年の翌年2月1日から3月15日までの間に、贈与を受けた人(受贈者)の住所地を管轄する税務署へ「相続時精算課税選択届出書」を提出する必要があります。たとえ贈与額が110万円以下で贈与税の申告が不要な場合でも、この届出をしなければ制度は適用されませんので、絶対に忘れないようにしましょう。
「相続時精算課税制度」の基本をおさらい
ここで改めて、相続時精算課税制度がどんな制度なのか、基本を整理しておきましょう。仕組みをしっかり理解することで、ご自身の状況に本当に合っているのかを判断しやすくなりますよ。
制度の仕組み
相続時精算課税制度は、贈与するときの税負担を軽くして、将来相続が発生したときにまとめて精算する、という考え方の制度です。贈与時には、新設された「年110万円の基礎控除」と、生涯で使える「2,500万円の特別控除」という2つの大きな非課税枠が利用できます。これらを超えた部分については、一律20%の贈与税がかかります。そして、贈与した方が亡くなった時に、贈与された財産(基礎控除の110万円分を除く)を相続財産に足し戻して、最終的に相続税として精算する仕組みになっています。
制度を利用できる人(対象者)
この制度は、誰から誰へでも使えるわけではなく、利用できる人の範囲が決まっています。以下の条件を満たす必要がありますので、ご注意ください。
贈与する人(贈与者) | 贈与した年の1月1日時点で60歳以上の父母または祖父母 |
贈与される人(受贈者) | 贈与を受けた年の1月1日時点で18歳以上の子または孫 |
暦年課税との違いは?どちらがお得?
生前贈与には、もう一つ「暦年課税」という一般的な方法があります。相続時精算課税制度を選ぶと、その贈与者からの贈与については暦年課税に戻ることができません。どちらがご自身にとって有利なのか、それぞれの特徴を比較してじっくり考えてみましょう。
2つの制度の比較表
二つの制度の主な違いを表にまとめました。どこが違うのか、ポイントを見比べてみてください。
比較項目 | 暦年課税 |
年間の非課税枠 | 110万円 |
相続財産への加算 | 相続開始前7年以内の贈与は加算対象 |
申告の要否 | 年110万円以下なら原則不要 |
比較項目 | 相続時精算課税制度 |
年間の非課税枠 | 年110万円の基礎控除 + 生涯2,500万円の特別控除 |
相続財産への加算 | 年110万円の基礎控除分は加算不要。それを超える贈与は全期間が加算対象 |
申告の要否 | 制度を初めて使う年に届出が必須。以降、年110万円以下なら申告不要 |
暦年課税が向いているケース
長期間にわたって、多くの人に少しずつ贈与を続けたい場合に適しています。例えば、子や孫たちに毎年110万円ずつ贈与していくようなケースです。相続開始前7年という期間をクリアできれば、贈与した財産は相続財産から完全に切り離すことができます。
相続時精算課税制度が向いているケース
相続の時期が近いと予想される場合や、将来的に価値が上がりそうな財産(例:都市部の不動産や成長企業の株式など)を早めに贈与したい場合に特に有効です。贈与時の価格で固定されるため、値上がり分の相続税を節約できます。また、年110万円の基礎控除は相続開始直前の贈与でも加算されないため、万が一の時の対策としても活用できます。
相続時精算課税制度を利用する際の注意点
メリットが多くなった新制度ですが、もちろん注意すべき点もあります。後から「こんなはずじゃなかった!」とならないように、デメリットもしっかり確認しておきましょう。
一度選んだら暦年課税には戻れない
これが最大の注意点です。特定の贈与者(例えばお父さん)からの贈与について相続時精算課税制度を選ぶと、その後、お父さんからの贈与は生涯にわたってこの制度が適用され続けます。お父さんからの贈与については、暦年課税の110万円非課税枠は二度と使えなくなりますので、非常に慎重な判断が必要です。(※お母さんからの贈与は、別途暦年課税を選択できます。)
年110万円を超えたら申告が必要
年間の贈与額が110万円を少しでも超えた場合は、必ず贈与税の申告が必要です。もし申告を忘れてしまうと、2,500万円の特別控除が使えなくなるだけでなく、ペナルティが課される可能性もあります。贈与額の管理には十分注意しましょう。
小規模宅地等の特例が使えなくなる
相続時精算課税制度を使って自宅の土地などを贈与した場合、その土地は将来の相続時に「小規模宅地等の特例」が適用できなくなります。この特例は、自宅などの土地の評価額を最大で80%も減額できる非常に強力な節税策です。この特例が使えなくなることで、かえって相続税が高くなってしまうケースもあるため、どちらが有利になるか、専門家による事前のシミュレーションが欠かせません。
参考文献
制度の詳しい内容や正式な手続きについては、国税庁のウェブサイトもあわせてご確認ください。
まとめ
今回のポイントを最後にまとめます。2024年1月1日以降に110万円を贈与した場合、後から相続時精算課税制度を申請すれば、その110万円は相続財産に加算されません。これは、新設された「年110万円の基礎控除」という大きなメリットのおかげです。ただし、この制度には「一度選ぶと戻れない」「小規模宅地等の特例が使えない」といった、将来の相続に大きく影響する重要な注意点も存在します。ご自身の財産状況やご家族の構成などをよく考え、暦年課税とどちらが有利になるかしっかりと検討することが何よりも大切です。もし判断に迷う場合は、ご自身で決断される前に、ぜひ一度、相続に詳しい税理士などの専門家にご相談ください。
110万円贈与と相続時精算課税のよくある質問まとめ
Q.相続時精算課税を選択した年に110万円の贈与を受けました。この110万円は相続財産に加算しなくても良いですか?
A.はい、2024年1月1日以降の贈与であれば、相続時精算課税制度に新設された年間110万円の基礎控除が適用されます。このため、贈与額が110万円以下であれば相続財産に加算する必要はなく、贈与税の申告も不要です。
Q.そもそも相続時精算課税制度とは何ですか?暦年贈与との違いは?
A.相続時精算課税は、原則60歳以上の父母や祖父母から18歳以上の子や孫へ贈与する際に選択できる制度です。2,500万円までの贈与が非課税になりますが、贈与者が亡くなった際にその贈与財産を相続財産に足し戻して相続税を計算します。一度選択すると、同じ贈与者からの贈与では暦年贈与に戻れないのが大きな違いです。
Q.暦年贈与の110万円非課税枠と、相続時精算課税制度は併用できますか?
A.いいえ、同じ贈与者からの贈与に対して、この二つの制度を併用することはできません。相続時精算課税を選択した場合、その贈与者からの贈与には従来の暦年贈与の基礎控除は適用されなくなります。
Q.2023年以前の贈与で相続時精算課税を選択した場合、110万円の贈与はどうなりますか?
A.2023年12月31日までの贈与に相続時精算課税を適用した場合、年間110万円の基礎控除はなかったため、贈与額の多少にかかわらず、その全額が相続財産に加算される対象となっていました。
Q.相続時精算課税制度を利用するには、どのような手続きが必要ですか?
A.この制度を初めて利用する際に、贈与を受けた年の翌年2月1日から3月15日までの間に、贈与税の申告書と「相続時精算課税選択届出書」を税務署に提出する必要があります。
Q.結局、相続時精算課税と暦年贈与、どちらを選ぶのが得なのでしょうか?
A.将来値上がりしそうな財産を早めに贈与したい場合や、一度に多額の財産を非課税で渡したい場合には相続時精算課税が有利なことがあります。一方で、長期間にわたり少額ずつ非課税で贈与したい場合は暦年贈与が適しています。ご自身の状況に合わせて税理士などの専門家へ相談することをおすすめします。