最近、都市と地方など2つの拠点で生活する「デュアルライフ」を送る方が増えていますね。もし、そのような方が亡くなられた場合、残されたご家族は「2つある自宅の両方に、相続税が安くなる特例を使えるの?」と疑問に思われるかもしれません。相続税には「小規模宅地等の特例」という非常に大きな節税効果のある制度がありますが、2拠点生活の場合はその適用が少し複雑になります。今回は、被相続人が2拠点で生活していた場合の特定居住用宅地の特例の適用について、分かりやすく解説していきます。
小規模宅地等の特例(特定居住用宅地等)の基本をおさらい
まず、相続税の計算でとても重要な「小規模宅地等の特例」について、簡単におさらいしておきましょう。この特例は、亡くなった方(被相続人)が住んでいた土地などを一定の要件を満たす親族が相続した場合に、その土地の評価額を最大80%も減額できるという、とてもパワフルな制度です。このおかげで、相続税の負担が大幅に軽くなることがあります。
特にご自宅の土地に適用されるものを「特定居住用宅地等の特例」と呼び、330㎡までの面積について評価額を80%減額できます。ただし、誰がその土地を相続するかによって、満たすべき要件が異なります。
特例の対象者と主な要件
特例を適用できる主な相続人と、その要件は次のようになっています。
土地を相続する人 | 主な要件 |
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配偶者 | 特に要件はなく、相続するだけで特例の適用が可能です。相続後に売却しても問題ありません。 |
同居していた親族 | 相続開始前から被相続人と同居しており、相続税の申告期限(亡くなった日の翌日から10か月以内)までその土地を所有し、かつ居住し続ける必要があります。 |
同居していない親族(家なき子) | 被相続人に配偶者や同居の親族がいない場合に限られます。さらに、相続開始前3年以内に自分や配偶者などの持ち家に住んだことがなく、申告期限までその土地を所有し続ける必要があります。 |
このように、誰が相続するかで要件が変わってくるのがポイントです。
2拠点生活の場合、特例はどちらの土地に使える?
では、本題の「被相続人が2つの家を行き来していた」場合です。結論からお伝えしますと、原則として、特定居住用宅地の特例を適用できるのは、2つのうちどちらか一方の土地のみです。
なぜなら、この特例は被相続人の「生活の拠点」となっていた土地に適用される、というルールがあるからです。法律上、生活の拠点は同時に複数存在しないと考えられており、主として居住していたのはどちらか一方だと判断されます。
「生活の拠点」はどうやって判断される?
「では、どちらが生活の拠点になるの?」という点が一番気になりますよね。この判断は、単に住民票がどこにあったかだけで決まるわけではありません。税務署は、さまざまな客観的な事実から総合的に判断します。
判断材料の例 | 確認される内容 |
---|---|
公共料金の使用状況 | 電気、ガス、水道などの使用量。どちらの家でより多くのエネルギーを使っていたか。 |
滞在日数 | どちらの家にどのくらいの期間滞在していたかの実態。日記やカレンダーなども参考になります。 |
生活の実態 | 郵便物の受け取り先、ご近所付き合いの状況、かかりつけ医がどこかなど、日常生活の実態。 |
家屋の状況 | 家具や家電、生活用品がどちらに主として置かれていたか。 |
例えば、「住民票はA市にあるけれど、実際には年間のほとんどをB市の家で過ごし、公共料金もB市の方が圧倒的に多い」という場合、B市の家が生活の拠点と判断される可能性が高いです。
【ケース別】複数の宅地がある場合の特例適用パターン
複数の宅地がある場合でも、その使われ方によって特例の適用関係が変わってきます。ここでは代表的な3つのケースを見ていきましょう。
ケース1:被相続人が2つの家を行き来していた場合
これは先ほどご説明した通りです。例えば、平日は都会のマンション(A)、週末は田舎の一軒家(B)で過ごしていたようなケースです。この場合、どちらが主たる居住地、つまり「生活の拠点」であったかを判定し、その拠点と認められた一方の土地にのみ、特定居住用宅地の特例が適用できます。もう一方の土地には適用できません。
ケース2:被相続人と「生計を一にする」親族が別の家に住んでいた場合
これは少し状況が異なります。例えば、被相続人は家Aに住み、被相続人からの仕送りで生活している大学生の子どもが家Bに住んでいる、といったケースです。この「生計を一にする親族」が住んでいた土地も、特定居住用宅地の特例の対象となります。
この場合、被相続人が住んでいた家Aの土地と、生計一親族が住んでいた家Bの土地の両方が特例の対象となり得ます。ただし、2つの土地を合わせて330㎡までという面積の上限がありますので注意が必要です。評価額の高い方の土地から優先的に特例を適用すると、節税効果が大きくなります。
ケース3:一方は自宅、もう一方はアパート経営をしていた場合
被相続人が家Aに住み、所有する別の土地Bでアパート経営(不動産貸付業)をしていたケースです。この場合、2種類の特例を併用できる可能性があります。
- 家Aの土地:特定居住用宅地等の特例(330㎡まで80%減額)
- 土地B:貸付事業用宅地等の特例(200㎡まで50%減額)
ただし、この2つを併用する場合、適用できる面積に調整計算が必要となり、それぞれの限度面積をまるまる使えるわけではありません。少し計算が複雑になりますが、両方の土地で評価額の減額が受けられる可能性があります。
別荘やセカンドハウスは特例の対象になる?
「2拠点のうち、一方が明らかに別荘やセカンドハウスの場合はどうなるの?」という疑問もよくあります。小規模宅地等の特例は、相続によって生活の基盤が失われることを防ぐための制度です。
そのため、趣味や保養を目的とした別荘は「生活の拠点」とは認められず、原則として特定居住用宅地の特例の対象にはなりません。
ただし、その別荘を普段は第三者に賃貸していて賃料収入を得ていた場合は、先ほどのケース3のように「貸付事業用宅地等」として特例の対象になる可能性はあります。
「生活の拠点」を証明するために準備しておくこと
もし2拠点生活をされている方がいて、将来の相続がご心配な場合は、どちらが生活の拠点であるかを客観的に示せる資料を残しておくことが大切です。税務署に「こちらの家が生活の拠点でした」と主張するためには、しっかりとした裏付けが必要になります。
具体的には、以下のような書類が証拠となり得ます。
- 公共料金(電気・ガス・水道)の領収書や明細書
- 固定電話の通話明細
- その住所に届いた郵便物(消印のあるもの)
- 自治会や町内会の活動記録
- 介護サービスの利用記録
- 本人の日記や手帳、カレンダーなど
これらの資料から、どちらの家で主に生活していたかの実態を証明できるように準備しておくと、いざという時にスムーズです。
まとめ
今回は、被相続人が2拠点で生活していた場合の小規模宅地等の特例の適用について解説しました。ポイントをまとめます。
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- 被相続人が2つの家を行き来していた場合、特定居住用宅地の特例が使えるのは原則として「生活の拠点」となっていた一方のみです。
- 「生活の拠点」は住民票の場所だけでなく、公共料金の使用状況や滞在日数など、生活の実態から総合的に判断されます。
- 被相続人が住んでいた土地と、生計を一にする親族が住んでいた土地であれば、両方に特例を適用できる可能性があります(合計330㎡まで)。
– 別荘は原則として特例の対象外です。
2拠点生活の相続は、どちらの土地に特例を適用するかで納税額が大きく変わる可能性があります。判断に迷われる場合は、事実関係を整理し、客観的な資料を揃えたうえで、相続に詳しい税理士などの専門家に相談することをおすすめします。
参考文献
No.4124 相続した事業の用や居住の用の宅地等の価額の特例(小規模宅地等の特例)|国税庁
小規模宅地等の特例の対象となる「被相続人等の居住の用に供されていた宅地等」の判定|国税庁
二拠点生活と小規模宅地等の特例のよくある質問まとめ
Q.被相続人が2つの家で生活していました。両方の土地に小規模宅地等の特例(特定居住用宅地)は使えますか?
A.いいえ、両方の土地に適用することはできません。小規模宅地等の特例(特定居住用宅地)が適用できるのは、被相続人が「主として」居住していた1つの宅地のみです。
Q.2拠点生活の場合、「主として居住」していた家はどのように判断されますか?
A.住民票の所在地だけでなく、被相続人の生活の拠点(メインの住まい)がどちらであったかを総合的に判断します。例えば、滞在日数、電気・ガス・水道の使用状況、郵便物の受け取り状況、近所付き合いなどが考慮されます。
Q.住民票が置いてある方の家が、自動的に特例の対象になりますか?
A.必ずしもそうとは限りません。住民票の所在地は判断材料の一つですが、それよりも生活の実態が重視されます。住民票と異なる家に主に住んでいた場合は、その家が対象となる可能性があります。
Q.セカンドハウスや別荘にも、特定居住用宅地の特例は適用されますか?
A.いいえ、適用されません。セカンドハウスや別荘は「主として」居住していた家とは認められないため、特定居住用宅地の特例の対象外となります。あくまで生活の拠点であった1つの家が対象です。
Q.2つの家を被相続人が行き来していた場合、特例を使うために何を証明すればよいですか?
A.主な生活拠点であったことを客観的に示す資料が重要です。具体的には、公共料金の領収書、介護サービスの利用記録、日記、ご近所の方の証言、かかりつけ医の診察券など、生活の実態がわかるものを準備すると良いでしょう。
Q.亡くなる直前に老人ホームに入居した場合、もともと住んでいた2つの家のうち、どちらが特例の対象になりますか?
A.老人ホーム入居前に「主として」居住していた家が特例の対象となり得ます。ただし、その家が貸付などに使われていないことや、一定の要件を満たす必要があります。どちらが主たる居住地だったかは、入居前の生活実態に基づいて判断されます。