医療法人の事業承継において、多くの経営者様が頭を悩ませるのが「相続税」の問題です。特に、出資持分のある医療法人の場合、後継者へのバトンタッチの際に高額な相続税が発生し、経営の存続が危ぶまれるケースも少なくありません。そんなときに力強い味方となるのが「認定医療法人制度」です。この制度を活用することで、相続税や贈与税の負担を大幅に軽減できる可能性があります。今回は、医療法人の相続対策の切り札ともいえる認定医療法人制度について、その手続きや要件をわかりやすく解説していきます。
認定医療法人制度とは?医療法人の相続対策の切り札
まずは、認定医療法人制度がどのような制度なのか、基本的なところから見ていきましょう。この制度を理解することが、円滑な事業承継への第一歩になりますよ。
なぜ医療法人の相続税は高額になりやすいの?
医療法人の多くは「持分あり医療法人(経過措置医療法人)」という形態です。これは、株式会社でいう株式のように、出資者が「出資持分」という財産権を持っている法人のことです。医療法人は利益の配当ができないため、長年の経営で得た利益は内部に蓄積されやすい傾向があります。その結果、法人の純資産額が増加し、それに伴って出資持分の評価額もどんどん高騰してしまうのです。この高額になった出資持分が相続財産となるため、後継者には多額の相続税が課せられてしまう、というわけですね。
認定医療法人制度の目的とメリット
認定医療法人制度とは、このような問題を解決するために作られた制度です。具体的には、相続税の課税対象となる「持分あり医療法人」から、課税対象とならない「持分なし医療法人」へスムーズに移行できるように、税制上の優遇措置を設けています。
最大のメリットは、移行時に発生する税金の負担をなくせる点です。通常、持分を放棄して「持分なし」へ移行すると、医療法人に多額の贈与税が課されてしまいます。しかし、この制度の認定を受ければ、この贈与税が非課税になります。さらに、万が一移行準備中に相続が発生しても、相続税の納税猶予や免除といった特例も受けられるため、安心して事業承継を進めることができます。
知っておきたいデメリットと注意点
もちろん、メリットばかりではありません。注意すべき点もしっかりと理解しておきましょう。
- 移行後6年間の要件維持義務:持分なしへ移行した後も、6年間は認定要件を満たし続ける必要があります。もし要件を満たせなくなると、非課税になった贈与税が課される可能性があります。
- 残余財産の帰属:持分を放棄するということは、法人に対する財産権を手放すということです。そのため、将来法人が解散することになった場合、残った財産は国や地方公共団体などに帰属し、出資者だった方々には分配されません。
これらの点を踏まえ、将来のビジョンも考慮しながら慎重に検討することが大切です。
認定医療法人になるための「8つの認定要件」を徹底解説
認定医療法人になるためには、医療法人の健全な運営を確保するための「8つの要件」をすべてクリアする必要があります。ここでは、それぞれの要件について詳しく見ていきましょう。
これらの要件は、医療法人が特定の個人や企業のためではなく、広く公益のために運営されていることを示すためのものです。
要件 | 内容のポイント |
①法人関係者への特別利益供与の禁止 | 役員やその親族などに対し、無利子での貸付や資産の無償譲渡など、特別な利益を与えてはいけません。 |
②役員報酬の適正化 | 役員への報酬が不当に高額にならないよう、明確な支給基準を定めておく必要があります。 |
③営利法人等への特別利益供与の禁止 | 株式会社などの営利を目的とする法人に対し、寄附や不当な取引などで利益を与えてはいけません。 |
④社会保険診療収入が80%超 | 法人全体の収入のうち、健康保険や介護保険などに基づく社会保険診療に係る収入が80%を超えている必要があります。 |
⑤自費診療の料金設定 | 自由診療の料金は、社会保険診療報酬と同じ基準で計算された、適正な金額でなければなりません。 |
⑥医業収入と医業費用のバランス | 医業収入が、医業費用(人件費や医薬品費など)の1.5倍以内に収まっていることが求められます。 |
⑦遊休財産額の制限 | 本来の事業に使われていない財産(遊休財産)の額が、事業費用の額を超えてはいけません。 |
⑧法令違反等の事実がないこと | 医療法やその他の法令に違反するような事実があってはなりません。 |
特に④、⑥、⑦の3つの要件は、申請直前の会計年度で満たしている必要がありますので、事前の確認と準備が非常に重要です。
【図解】認定医療法人になるための手続きの流れ
認定を受けるためには、どのようなステップを踏むのでしょうか。ここでは、申請から認定までの大まかな流れをご説明します。
STEP1:移行計画の策定と社員総会の決議
まず、「持分なし医療法人」へ移行するための具体的な計画書である「移行計画」を作成します。この計画には、いつまでに移行を完了させるか(認定日から原則3年以内)などを記載します。作成した移行計画は、法人の最高意思決定機関である社員総会で承認を得る必要があります。
STEP2:厚生労働大臣への認定申請
社員総会で承認された移行計画をもとに、必要書類をそろえて厚生労働大臣に認定の申請を行います。この申請には期限があり、令和8年12月31日までに認定を受ける必要があります。審査には時間がかかることもあるため、余裕を持ったスケジュールで進めることが肝心です。
STEP3:認定後の移行手続きと都道府県知事への届出
無事に厚生労働大臣から認定を受けたら、いよいよ移行手続きの本番です。移行計画に沿って、出資者全員が持分を放棄し、その旨を記載した定款に変更します。この定款変更については、法人の所在地を管轄する都道府県知事の認可を受ける必要があります。
STEP4:移行後の運営と報告義務
持分なし医療法人への移行が完了した後も、6年間は先ほど解説した8つの認定要件を遵守し続けなければなりません。また、その運営状況について、毎年1回、厚生労働大臣へ報告する義務があります。
認定申請に必要な書類一覧
厚生労働大臣へ認定を申請する際には、多くの書類が必要となります。不備がないように、事前にしっかりと準備しましょう。主な提出書類は以下の通りです。
書類名 | 備考 |
移行計画認定申請書 | 厚生労働省が定める様式です。 |
移行計画 | 社員総会で議決されたもの。こちらも指定様式があります。 |
定款または寄附行為の写し | 現行の定款のコピーです。 |
出資者名簿 | 出資者とそれぞれの持分を記載します。 |
社員総会の議事録の写し | 移行計画を議決した際の議事録です。 |
直近3会計年度の貸借対照表及び損益計算書 | 都道府県に提出したものと同じものの写しです。 |
認定要件に該当する旨を説明する書類 | 8つの要件をクリアしていることを証明するための書類です。 |
事務担当者連絡先 | 申請に関する連絡先を記載します。 |
この他にも、要件を証明するために追加の資料を求められる場合があります。詳しくは厚生労働省のホームページを確認するか、専門家にご相談ください。
相続発生!もしもの時の「納税猶予・免除制度」
「認定の準備を進めている途中で、万が一相続が発生してしまったら…」とご不安に思われる方もいらっしゃるかもしれません。ご安心ください。そのような場合にも、救済措置として「相続税の納税猶予・免除制度」が用意されています。
相続税の納税が猶予される仕組み
移行計画の認定前に相続が発生してしまっても、相続税の申告期限までに認定を受けることができれば、相続した出資持分にかかる相続税の納税を、移行が完了するまで待ってもらう(猶予してもらう)ことができます。これにより、後継者は納税資金の心配をすることなく、事業の引き継ぎに集中できます。
納税が免除される条件とは?
そして、認定移行計画に沿って、無事に持分なし医療法人への移行(出資持分の放棄)が完了すれば、猶予されていた相続税の納税そのものが免除されます。結果的に、相続税を負担することなく事業承継を終えることができるのです。ただし、これはあくまで緊急時のセーフティーネットです。基本的には、相続が発生する前に計画的に準備を進めることが最も重要です。
まとめ
認定医療法人制度は、医療法人の円滑な事業承継と深刻な相続税問題を解決するための非常に有効な制度です。移行時の贈与税が非課税になったり、相続税の納税猶予・免除が受けられたりと、そのメリットは計り知れません。
一方で、クリアすべき認定要件が複数あり、手続きも複雑です。また、移行後6年間の運営義務や、財産権を放棄するという大きな決断も伴います。
申請期限も令和8年12月31日と定められていますので、「うちの法人もそろそろ考えないと…」と思われたら、まずは自院の状況を把握し、専門知識を持つ税理士などの専門家へ相談することをおすすめします。早めの検討と準備が、大切な医療法人を未来へつなぐ鍵となります。
参考文献
厚生労働省「持分の定めのない医療法人への移行計画の認定申請について(認定医療法人制度)」
国税庁「No.4150 医療法人の持分についての相続税の納税猶予の特例」
国税庁「No.4177 医療法人の持分についての相続税の税額控除の特例」
国税庁「医療法人の持分についての相続税の納税猶予及び免除・税額控除(PDF)」
認定医療法人制度のよくある質問まとめ
Q.認定医療法人制度とは、どのような制度ですか?
A.一定の要件を満たした持分のない医療法人が厚生労働大臣の認定を受けることで、相続税や贈与税の納税が猶予・免除される制度です。円滑な事業承継を目的としています。
Q.認定医療法人になるための主な要件を教えてください。
A.主な要件として、①同族関係者の役員・社員数が3分の1以下であること、②社会保険診療等に係る収入が80%以上であること、③遊休財産を保有していないこと、④運営が適正であることなどが挙げられます。
Q.認定を受けるための手続きはどのように進めればよいですか?
A.まずは都道府県に事前相談を行い、その後、厚生労働省へ認定申請を行います。申請には事業計画書や定款など多くの書類が必要です。審査を経て、認定または不認定が通知されます。
Q.現在「持分あり」医療法人ですが、認定を受けられますか?
A.いいえ、「持分あり」のままでは認定を受けられません。認定の前提として、計画的に「持分なし」医療法人へ移行する必要があります。その際の贈与税についても特例措置があります。
Q.認定を受けた後も、何か気をつけることはありますか?
A.はい、認定後も毎年、運営状況を都道府県へ報告する義務があります。また、認定要件を満たさなくなった場合などには認定が取り消され、猶予されていた相続税等を納付する必要があります。
Q.認定の申請準備には、どれくらいの期間が必要ですか?
A.状況によりますが、持分なし医療法人への移行手続きも含めると、準備に1年以上かかるケースも少なくありません。計画的な準備と、税理士などの専門家への早期の相談が重要です。