最近よく耳にする「家族信託」という言葉。生前の認知症対策やスムーズな資産承継に役立つと聞いて、興味をお持ちの方も多いのではないでしょうか。しかし、調べてみると「民事信託」という言葉も出てきて、「一体何が違うの?」と混乱してしまうこともありますよね。この記事では、家族信託と民事信託の違いについて、誰にでもわかるように優しく解説していきます。実は、この2つの関係性を理解することが、最適な生前対策を選ぶための第一歩になるんですよ。
そもそも民事信託とは?家族信託との関係を解説
まず、一番大切なポイントからお伝えしますね。実は、「家族信託」は「民事信託」という大きな枠組みの中の一つの種類なんです。この関係性を理解すると、全体像がとても分かりやすくなりますよ。
民事信託の基本的な仕組み
民事信託とは、信頼できる人や法人に自分の財産を託し、特定の目的のために管理・運用・処分してもらう制度のことです。この制度には、主に3人の登場人物がいます。
- 委託者(いたくしゃ):財産を託す人(あなた)
- 受託者(じゅたくしゃ):財産を託されて管理する人
- 受益者(じゅえきしゃ):信託された財産から利益を受け取る人
例えば、「私が元気なうちは私が利益を受け取り、もし認知症になったら、生活費や介護費用として財産を使ってもらう。そして私が亡くなったら、残りの財産は長男に渡す」といった形で、柔軟な財産の管理・承継を設計できるのが大きな特徴です。
家族信託は民事信託の一種
民事信託の中でも、特に信頼できるご家族やご親族が「受託者」となって、営利を目的とせず財産管理を行うものを、一般的に「家族信託」と呼んでいます。これは法律上の正式な用語ではなく、分かりやすくするための愛称のようなものなんです。つまり、「家族信託をしたい」ということは、「民事信託という制度を使って、家族に財産管理をお願いしたい」ということと同じ意味になります。
商事信託との違い
民事信託と対比されるものに「商事信託」があります。これは、信託銀行や信託会社が、ビジネスとして(営利目的で)不特定多数のお客さんから財産を預かり、運用・管理するものです。投資信託などが代表的な例ですね。商事信託は法律で厳しく規制されており、免許を持つ会社しか行うことができません。家族信託(民事信託)は営利を目的としない点で、この商事信託とは明確に区別されています。
家族信託でできること・できないこと
家族信託(民事信託)はとても便利な制度ですが、万能ではありません。具体的に何ができて、何ができないのかを知っておくことが大切です。
家族信託のメリット(できること)
家族信託には、従来の相続対策にはなかった多くのメリットがあります。特に代表的なものを3つご紹介しますね。
認知症による資産凍結を防げる
最大のメリットは、認知症による資産凍結を未然に防げることです。認知症などで判断能力が低下すると、預金口座からお金を引き出したり、不動産を売却したりすることができなくなってしまいます。家族信託を組んでおけば、たとえご本人の判断能力がなくなっても、受託者であるご家族が信託契約に基づいて財産の管理を続けられるため、介護費用や生活費の支払いに困ることがありません。
遺言よりも柔軟な資産承継
遺言では、基本的に次の代の相続先までしか指定できません。しかし、家族信託を使えば、「私が亡くなった後は妻に、妻が亡くなった後は長男に」というように、二次相続以降の資産承継先まで決めておく(受益者連続型信託)ことができます。これにより、ご自身の想いをより長期にわたって実現することが可能になります。
倒産隔離機能
信託された財産は、委託者や受託者個人の財産とは区別して管理されます。そのため、万が一、委託者や受託者が破産してしまっても、信託財産が差し押さえられることはありません。これにより、大切な財産を安全に守ることができます。
家族信託のデメリットと注意点(できないこと)
一方で、注意すべき点や、家族信託だけではカバーできないこともあります。
身上監護はできない
家族信託はあくまで「財産管理」のための制度です。そのため、介護施設の入所契約や病院での入院手続き、要介護認定の申請といった「身上監護」に関する行為は受託者の権限に含まれません。これらの手続きも将来的に家族に任せたい場合は、別途「任意後見契約」を併用することを検討する必要があります。
損益通算ができない
税務上の注意点として、信託した不動産から生じた赤字(損失)は、他の所得(例えば給与所得など)と相殺する「損益通算」ができません。アパート経営などをされている方は、この点を十分に理解しておく必要があります。
専門家への費用がかかる
家族信託の契約書は、ご家族の状況や想いを反映したオーダーメイドの書類であり、法律的に非常に複雑です。そのため、ご自身で作成するのは難しく、弁護士や司法書士などの専門家に依頼するのが一般的です。その際のコンサルティング費用や契約書作成費用として、信託する財産の評価額にもよりますが、おおよそ30万円~100万円以上の費用がかかる場合があります。
家族信託と成年後見制度・遺言との違い
家族信託は、しばしば「成年後見制度」や「遺言」と比較されます。それぞれの制度との違いを理解して、ご自身に合った方法を選びましょう。
制度 | 特 徴 |
家族信託 | 元気なうちから始められる生前の対策です。財産管理の自由度が高く、柔軟な設計が可能です。ただし、身上監護はできません。 |
成年後見制度 | 判断能力が低下した後に家庭裁判所が後見人を選任する制度です。財産を「守る」ことが主目的で、積極的な資産活用は難しいです。身上監護も行えます。 |
遺言 | 亡くなった後の財産の分け方を指定するものです。生前の財産管理や認知症対策はできません。 |
家族信託(民事信託)はどんな人におすすめ?
ここまでのお話を踏まえて、家族信託が特に向いている方の例をいくつかご紹介します。
認知症対策を万全にしたい方
ご自身や配偶者の将来の判断能力の低下に備え、資産が凍結されるリスクを避けたい方には、家族信託が最も有効な手段の一つです。
障がいのあるお子さんの将来が心配な方
ご自身が亡くなった後も、障がいのあるお子さんが生活に困らないように、継続的に財産を給付する仕組みを作りたい場合(親なき後問題)にも、家族信託は非常に役立ちます。
不動産や自社株を円滑に承継したい方
アパートなどの収益不動産や会社の株式をお持ちで、共有名義になることによるトラブルを避け、特定の相続人にスムーズに引き継がせたい経営者の方にも適しています。
家族信託を始める際の流れ
実際に家族信託を始めたいと思ったら、どのようなステップを踏むのでしょうか。一般的な流れを見てみましょう。
- 専門家への相談:まずは司法書士や弁護士など、家族信託に詳しい専門家に相談し、目的や家族の状況を伝えます。
- 信託内容の設計:誰に(受託者)、何を(信託財産)、何のために(信託目的)、どうするかを具体的に決めていきます。
- 信託契約書の作成:決まった内容をもとに、専門家が法的に有効な信託契約書を作成します。
- 公正証書化:作成した信託契約書を公証役場で公正証書にします。これにより、契約書の証明力が高まり、後のトラブルを防ぎます。
- 信託財産の移転:信託する不動産は法務局で所有権移転登記を、預貯金は受託者名義の「信託口口座」を開設して移します。
このプロセスには数ヶ月かかることもありますので、早めに準備を始めることが大切です。
まとめ
今回は、家族信託と民事信託の違いについて解説しました。ポイントをまとめると、「民事信託」という大きな制度の中に、家族を受託者とする「家族信託」という愛称の形がある、ということでしたね。家族信託は、認知症による資産凍結を防いだり、ご自身の想いを反映した柔軟な資産承継を実現したりできる、非常に強力な生前対策です。ただし、身上監護ができないなどの注意点もあり、契約書の作成には専門的な知識が不可欠です。ご自身の状況に合っているか、どのように進めれば良いかを知るためにも、まずは一度、信頼できる専門家に相談してみてはいかがでしょうか。
参考文献
家族信託と民事信託のよくある質問まとめ
Q.家族信託と民事信託は同じものですか?違いは何ですか?
A.違います。民事信託は営利を目的としない信託全般を指し、家族信託はその一種です。家族信託は、特に家族や親族が財産管理を行う場合に使われる言葉です。
Q.どちらも「信託」とつきますが、信託銀行のサービスとは違うのですか?
A.はい、違います。信託銀行などが行う営利目的の信託は「商事信託」と呼ばれ、民事信託とは区別されます。家族信託は民事信託の一種で、営利を目的としません。
Q.家族信託の主な目的は何ですか?
A.主な目的は、認知症などによる資産凍結の防止、スムーズな事業承継、障がいを持つ子の生活支援(親なきあと問題対策)など、ご家族の将来に備えた財産管理・承継です。
Q.民事信託と家族信託では、財産を預かる人(受託者)に違いはありますか?
A.家族信託の場合、受託者は信頼できる家族や親族がなるのが一般的です。一方、民事信託の枠組みでは、家族以外の人や法人が受託者になることも可能です。
Q.費用面ではどのような違いがありますか?
A.家族信託は、受託者である家族への報酬は任意で設定できるため、無報酬にすることも可能です。専門家への初期費用はかかりますが、ランニングコストを抑えやすいのが特徴です。
Q.始める際の手続きに違いはありますか?
A.どちらも信託契約書を作成するという点では同じです。家族信託は、家族間で目的や内容を話し合って決めることが多く、その内容を公正証書にするのが一般的です。法的な手続きが必要なため、専門家への相談をおすすめします。