「将来、もし自分が認知症になったら、財産管理はどうなるんだろう?」「信頼できる人に、もしもの時のお願いをしておきたい」。そんな不安や希望をお持ちの方に、ぜひ知っていただきたいのが「任意後見制度」です。この制度は、ご自身が元気で判断能力がしっかりしているうちに、将来の代理人(任意後見人)を自分で選び、お願いする内容を決めておくことができる、いわば「未来への備え」です。この記事では、任意後見制度の基本から、手続きの流れ、費用まで、わかりやすく解説していきますね。
任意後見制度ってどんな制度?
任意後見制度とは、ご本人が十分な判断能力を持っている間に、将来、認知症などで判断能力が不十分になった場合に備えて、あらかじめご自身で選んだ代理人(任意後見人)に、財産の管理や生活に関する手続き(身上保護)などを任せるための契約(任意後見契約)を結んでおく制度です。契約は、法律で定められた「公正証書」によって行われます。自分の意思で、信頼できる人に未来を託せるのが一番の特長なんですよ。
法定後見制度との違いは?
後見制度には、「任意後見」のほかに「法定後見」があります。一番大きな違いは、「いつ」「誰が」後見人を選ぶかという点です。任意後見が事前の「備え」であるのに対し、法定後見は事後の「対応」というイメージですね。
制度の種類 | 特 徴 |
任意後見制度 | 本人が元気なうちに、自分で後見人や依頼内容を選んで契約を結んでおく制度です。本人の意思が最大限尊重されます。 |
法定後見制度 | 本人の判断能力が低下した後に、親族などが家庭裁判所に申立てを行い、裁判所が後見人を選任する制度です。後見人を自分で選ぶことはできません。 |
任意後見契約の3つの類型
任意後見契約には、ご自身の状況に合わせて選べる3つのタイプがあります。
契約の類型 | 内 容 |
将来型 | 最も一般的なタイプです。今はまだ支援は必要ないけれど、将来判断能力が低下した時に備えて、任意後見契約だけを結んでおきます。 |
移行型 | 契約後すぐに見守りや財産管理の一部を開始し(見守り契約・財産管理委任契約)、将来判断能力が低下したら任意後見に移行するタイプです。身体が不自由になってきた方などにおすすめです。 |
即効型 | 任意後見契約を結んだ後、すぐに家庭裁判所に申し立てをして任意後見を開始するタイプです。すでに判断能力が低下し始めている場合に利用されます。 |
任意後見人に頼めること・頼めないこと
任意後見人は、契約で定められた範囲内で本人をサポートします。頼めること(代理権の範囲)は主に「財産管理」と「身上保護」の2つです。一方で、できないこともあるので注意が必要です。
【頼めることの例】
- 財産管理:預貯金の管理、不動産の管理・処分、年金の受領、税金や公共料金の支払いなど
- 身上保護:介護サービスの利用契約、入院手続き、住居の確保、要介護認定の申請など
【頼めないことの例】
- 事実行為:食事の準備や入浴の介助といった、直接的な介護行為
- 一身専属的な権利:結婚や離婚、養子縁組などの身分行為、遺言の作成
- 医療同意:手術や延命治療などに関する同意。あくまで本人の意思を医師に伝える役割を担います。
任意後見契約の手続きと流れ
任意後見契約を結んでから、実際に効力が発生するまでの流れは、大きく4つのステップに分かれます。一つひとつ見ていきましょう。
ステップ1:誰に頼むか決める(任意後見受任者の選定)
まずは、将来ご自身の代理人となる「任意後見受任者」を決めます。ご家族や親しい友人、または弁護士や司法書士などの専門家にも依頼できます。誰に頼むかによってメリット・デメリットが異なるため、ご自身の状況や希望に合わせて慎重に選びましょう。複数人を選ぶことも可能です。
ステップ2:契約内容を決める
次に、任意後見人にどのようなことをお願いしたいか、具体的な代理権の範囲を決めます。「預貯金の管理はお願いしたいけど、不動産の処分は含めない」といったように、ご自身の希望を細かく反映させることができます。この内容はとても重要なので、専門家と相談しながらじっくりと決めることをおすすめします。
ステップ3:公正証書で契約を結ぶ
任意後見受任者と契約内容が決まったら、お近くの公証役場で「公正証書」を作成します。これは法律で定められた手続きで、口約束や普通の契約書では任意後見契約として認められません。公証人が内容を確認し、契約者本人と受任者の意思を確認した上で作成します。作成後、その内容は法務局に登記されます。
ステップ4:家庭裁判所へ申立て(効力発生)
契約を結んだだけでは、まだ効力は発生しません。将来、ご本人の判断能力が不十分になった段階で、ご本人や親族、任意後見受任者などが家庭裁判所に「任意後見監督人」の選任を申し立てます。この任意後見監督人が選任された時点から、任意後見契約の効力がスタートし、任意後見受任者は「任意後見人」として活動を開始します。
任意後見にかかる費用はどのくらい?
任意後見制度を利用するには、いくつかの段階で費用がかかります。あらかじめ全体像を把握しておくと安心ですね。
契約時にかかる費用
公証役場で公正証書を作成する際に、公証人に支払う手数料が必要です。
費用の種類 | 金額の目安 |
基本手数料 | 11,000円 |
登記嘱託手数料 | 1,400円 |
印紙代 | 2,600円(法務局への登記のため) |
その他 | 正本・謄本の作成費用など、数千円 |
合計で、おおよそ2万円~3万円程度が目安となります。また、専門家に契約書案の作成などを依頼した場合は、別途その報酬がかかります。
任意後見人への報酬
任意後見人への報酬は、契約内容で自由に決めることができます。ご家族など親族がなる場合は無報酬とすることも多いですが、友人や専門家に依頼する場合は報酬を設定するのが一般的です。専門家に依頼する場合の相場は、管理する財産の額にもよりますが、月額2万円~6万円程度とされています。
任意後見監督人への報酬
任意後見監督人への報酬は、家庭裁判所が本人の財産状況などを考慮して決定します。一般的には、弁護士や司法書士などの専門家が選任されることが多く、その報酬の相場は月額1万円~3万円程度です。この費用は、本人の財産から支払われます。
任意後見制度のメリット・デメリット
ご自身の未来を託す大切な制度だからこそ、良い点と注意すべき点の両方を理解しておくことが重要です。
メリット | デメリット |
自分の意思で信頼できる後見人を選べる。 | 公証役場での手数料や後見人への報酬など、費用がかかる。 |
後見人にお願いする内容を自分で決められる。 | 必ず任意後見監督人が選任され、その報酬も発生する。 |
法定後見に比べて、本人の意思が尊重されやすい。 | 法定後見と違い、後見人に「取消権」がない(本人が不利な契約をしてしまっても取り消せない)。 |
判断能力が低下する前から相談できる関係を築ける(移行型の場合)。 | 医療行為への同意はできない。 |
任意後見とあわせて考えたい生前対策
任意後見制度は万能ではありません。他の制度と組み合わせることで、より安心して老後を過ごすための備えができます。
財産管理委任契約・見守り契約
判断能力はしっかりしているものの、身体が不自由で銀行手続きなどが難しい場合に、財産管理の一部を任せる契約です。また、定期的に連絡をとってもらう「見守り契約」もあります。これらは任意後見の「移行型」として、任意後見契約とセットで結ばれることが多いです。
死後事務委任契約
任意後見契約は、ご本人が亡くなると同時に終了します。そのため、亡くなった後の葬儀や埋葬、役所への届出、遺品整理などの手続きを誰かに託しておきたい場合は、別途「死後事務委任契約」を結んでおく必要があります。
遺言
ご自身の財産を誰にどのように遺したいかという意思表示は、任意後見契約には含めることができません。財産の相続については、必ず「遺言書」を作成して、ご自身の意思を明確に残しておくことが大切です。
まとめ
任意後見制度は、ご自身の判断能力がしっかりしているうちに、将来の安心をご自身の意思で設計できる、とても有効な生前対策の一つです。「まだ元気だから大丈夫」と思っている今だからこそ、準備を始めることができます。ご自身の希望を叶えるためには、どのような契約内容が良いのか、誰に頼むのが最適なのか、じっくりと考える時間が必要です。もし少しでもご興味があれば、まずは専門家にご自身の想いを相談してみてはいかがでしょうか。未来の自分と大切なご家族のために、今日から一歩を踏み出してみましょう。
参考文献
任意後見のよくある質問まとめ
Q. 任意後見制度とは何ですか?
A. 将来、判断能力が不十分になった場合に備えて、元気なうちに自分で後見人(任意後見人)を選び、財産管理や身上監護に関する事務内容をあらかじめ契約で決めておく制度です。
Q. 法定後見制度との違いは何ですか?
A. 法定後見は判断能力が低下した後に家庭裁判所が後見人を選任するのに対し、任意後見は本人の意思で事前に後見人や支援内容を決めておける点が大きな違いです。
Q. どのような人が任意後見制度を利用できますか?
A. 現在は十分な判断能力がある方であれば、誰でも利用することができます。将来の認知症や病気に備えたい方が主に利用されます。
Q. 任意後見契約はいつから効力が発生しますか?
A. 契約を結んだだけでは効力は発生しません。本人の判断能力が低下した後、家庭裁判所が「任意後見監督人」を選任した時点から契約の効力が開始されます。
Q. 任意後見人は誰に頼むことができますか?
A. 信頼できる家族や親族、友人、または弁護士や司法書士などの専門家に依頼することができます。法人に依頼することも可能です。
Q. 任意後見契約の手続きはどのように進めますか?
A. 支援してほしい内容と任意後見人になる人を決め、公証役場で「任意後見契約公正証書」を作成することで契約を結びます。