「もし自分が認知症になったら、所有しているアパートや土地はどうなるんだろう?」不動産オーナー様なら、一度はそんな不安を感じたことがあるかもしれません。実は、認知症になって判断能力がないと判断されると、ご自身の不動産が「資産凍結」の状態に陥ってしまうリスクがあるんです。そうなると、売却も、賃貸契約も、修繕もできなくなってしまいます。今回は、そうした事態を避けるために、元気なうちからできる不動産オーナー様のための認知症対策について、優しく解説していきますね。
認知症になると不動産オーナーに何が起こる?資産凍結のリスク
認知症になると、ご自身の意思で物事を判断する「意思能力」が不十分だとみなされることがあります。法律では、意思能力がない状態で行われた契約などの行為は無効とされてしまうため、結果としてご自身の財産を自由に動かせない「資産凍結」という状況に陥ってしまうのです。具体的にどんなことが起こるのか見ていきましょう。
不動産売却や大規模修繕ができなくなる
例えば、施設の入居費用を捻出するために自宅を売りたいと思っても、オーナー様ご本人の意思確認ができないため、不動産の売買契約を結ぶことができません。また、所有しているアパートの老朽化が進み、大規模な修繕が必要になった場合でも、工事業者との契約ができないため、建物の価値がどんどん下がってしまう…なんてことも起こり得ます。
賃貸経営に支障が出る
アパートやマンションを経営されている場合、影響はさらに深刻です。新しい入居者との賃貸借契約や、既存の入居者との更新契約ができなくなります。もし家賃を滞納している方がいても、法的な手続きを進めるための判断ができないため、未収金が増え続ける可能性があります。管理会社に委託していても、最終的な決定権はオーナー様にあるため、経営が事実上ストップしてしまうのです。
相続税対策がストップしてしまう
「そろそろ子どもたちに財産を…」と考えて、生前贈与や不動産の組み換えによる相続税対策を計画していたとしても、それらを実行するにはご本人の明確な意思が必要です。認知症になってしまうと、これらの対策も一切できなくなってしまいます。その結果、ご家族が将来、高額な相続税に頭を悩ませることになるかもしれません。
認知症になる前にできる3つの生前対策
資産凍結という未来を避けるために、元気なうちに準備できる対策がいくつかあります。ここでは代表的な3つの方法をご紹介します。ご自身の状況やご家族との関係に合わせて、どの方法が一番合っているか考えてみてくださいね。
家族信託(民事信託)
最近特に注目されているのが「家族信託」です。これは、ご自身が元気なうちに、信頼できるご家族(例えばお子様)に財産の管理や運用、処分を託す契約のことです。あらかじめ契約で決めておけば、万が一ご自身が認知症になっても、託されたご家族(受託者)がご本人のために不動産の売却や賃貸管理をスムーズに行うことができます。柔軟な設計ができるのが最大の魅力です。
メリット | ご自身の希望に沿った柔軟な財産管理が可能 裁判所の監督が不要で、迅速な意思決定ができる |
デメリット | 信頼できる受託者(家族)が必要 専門家への依頼費用が発生する(数十万円〜) |
任意後見制度
「任意後見制度」は、将来、ご自身の判断能力が不十分になったときに備えて、あらかじめ支援してもらう「任意後見人」を自分で決めておく契約です。この契約は公正証書で結ぶ必要があり、実際に判断能力が低下した後は、家庭裁判所が選任する「任意後見監督人」が後見人の働きをチェックします。公的な監督があるため安心感は高いですが、財産の積極的な活用(投資や不動産売却など)は難しく、あくまでご本人の財産を守ることが目的となります。
生前贈与
判断能力があるうちに、不動産などの財産をご家族に贈与する方法です。相続財産そのものを減らすことができるため、有効な相続税対策にもなります。ただし、一度贈与するとその財産の所有権は完全に相手に移るため、後から「やっぱり返して」とは言えません。また、贈与する財産の価額によっては高額な贈与税がかかったり、不動産取得税や登録免許税といったコストも発生したりするので、計画的に行う必要があります。
各対策のメリット・デメリット比較
どの対策がご自身にとって最適なのか、それぞれの特徴を表で比較してみましょう。ご自身の目的(「柔軟な資産活用」なのか、「財産の保全」なのか、「相続税対策」なのか)によって、選ぶべき道は変わってきます。
対策方法 | 特 徴 |
家族信託 | 認知症になった後も、積極的かつ柔軟な財産管理や資産活用を続けたい場合に最適です。ご自身の想いを反映させたオーダーメイドの契約が作れます。 |
任意後見制度 | 家庭裁判所の監督下で、堅実に財産を守ってもらいたい場合に適しています。不正が起きにくいという安心感がありますが、手続きに時間がかかったり、資産活用の自由度が低かったりします。 |
生前贈与 | 相続税対策を最優先で考えたい場合に有効です。ただし、ご自身の生活資金まで渡しすぎないよう注意が必要で、不動産のコントロール権は手放すことになります。 |
対策を始めるタイミングと注意点
「まだ元気だから大丈夫」と思っていても、対策のタイミングを逃してしまうと手遅れになる可能性があります。いつ、誰に相談すれば良いのか、大切なポイントを押さえておきましょう。
判断能力があるうちに始めるのが鉄則
ご紹介した「家族信託」「任意後見制度」「生前贈与」のいずれも、ご本人に十分な判断能力(意思能力)があることが大前提です。認知症の症状が少しでも出てからでは、契約そのものが無効と判断されるリスクがあります。少しでもご自身の将来に不安を感じたら、それが対策を始めるべきサインです。できるだけ早く、専門家へ相談することをおすすめします。
誰に相談すればいい?専門家の選び方
認知症対策や相続に関する相談は、司法書士、弁護士、税理士といった専門家が対応してくれます。特に家族信託は、法律や税務の知識が幅広く求められるため、家族信託や相続案件の実績が豊富な専門家を選ぶことが非常に重要です。多くの事務所では初回無料相談を実施しているので、まずは気軽に話を聞きに行き、信頼できるパートナーを見つけることから始めましょう。
対策にかかる費用の目安
対策を行うには、専門家への報酬などの費用がかかります。事前に大まかな目安を知っておくと、安心して準備を進められますね。ただし、これはあくまで一般的な相場であり、財産の内容や契約の複雑さによって変動します。
対策方法 | 費用の目安 |
家族信託 | 専門家へのコンサルティング費用:信託財産の1%前後(最低30万円~) 公正証書作成費用など:10万円~20万円程度 |
任意後見制度 | 公正証書作成費用:数万円程度 任意後見監督人への報酬(発生後):月額1万円~3万円程度 |
生前贈与 | 司法書士への登記依頼報酬:5万円~15万円程度 別途、贈与税、不動産取得税、登録免許税がかかります |
まとめ
今回は、不動産オーナー様が直面しうる「認知症による資産凍結」のリスクと、そのための具体的な生前対策についてお話ししました。大切な資産を守り、ご家族に余計な負担をかけないためには、ご自身が元気なうちに先を見据えて行動することが何よりも重要です。家族信託、任意後見制度、生前贈与など、それぞれにメリット・デメリットがあります。ご自身の希望やご家族の状況に最も合った方法を選ぶために、ぜひ一度、信頼できる専門家にご相談ください。早めの準備が、ご自身とご家族の未来の安心につながります。
参考文献
不動産オーナーの認知症対策に関するよくある質問まとめ
Q.不動産オーナーが認知症になると、所有する物件はどうなりますか?
A.意思能力がないと判断されると、不動産の売却、賃貸契約、大規模修繕などができなくなり、資産が事実上凍結されてしまいます。
Q.不動産オーナーができる認知症対策には、どのような方法がありますか?
A.主な対策として「家族信託」「任意後見制度」「生前贈与」などがあります。ご自身の状況に合わせて最適な方法を選ぶことが大切です。
Q.最近よく聞く「家族信託」とは具体的にどのような制度ですか?
A.信頼できるご家族に、ご自身の財産(不動産など)の管理や処分を託す契約のことです。判断能力が低下した後も、託された家族が契約内容に沿って柔軟に財産を管理できます。
Q.「家族信託」と「成年後見制度」の違いは何ですか?
A.成年後見制度は判断能力低下後に家庭裁判所が後見人を選び、財産保護を目的とします。一方、家族信託は元気なうちに契約でき、より積極的で柔軟な資産管理や承継が可能です。
Q.認知症対策は、いつ頃から準備を始めるのが良いのでしょうか?
A.契約などの法律行為には判断能力が必要なため、心身ともに健康で、ご自身の意思を明確に伝えられるうちから準備を始めることが最も重要です。
Q.もし何も対策をしなかった場合、どのようなリスクが考えられますか?
A.不動産を売却できず納税資金に困ったり、必要な修繕ができず資産価値が下がったりするリスクがあります。また、賃貸経営が滞り、家賃収入が途絶える可能性も考えられます。