ご自身の財産の行く末を考えて、「遺言書」を準備しようと思っている方も多いのではないでしょうか。もちろん遺言はとても大切な準備ですが、実は遺言だけではカバーしきれないことがあるのをご存知でしたか?そこで今、注目されているのが「家族信託」という制度です。今回は、遺言書だけでは実現できない、家族信託ならではの効果について、一緒に見ていきましょう。
家族信託と遺言の基本的な違い
家族信託と遺言は、どちらもご自身の財産を誰に引き継ぐかを決めておくための大切な方法です。しかし、この二つには「いつから効果を発揮するのか」という決定的な違いがあります。まずは、それぞれの特徴を比べてみましょう。
効力が発生するタイミングが違う
一番大きな違いは、効力が発生するタイミングです。
遺言は、遺言を書いた方が亡くなった後にはじめて効力を発揮します。つまり、生きている間は、遺言に何が書かれていても、財産の状況には何の変化もありません。
一方、家族信託は、契約を結んだ時点から効力を発生させることができます。つまり、元気なうちから財産の管理をスタートできるのです。これが、後でお話しする認知症対策にとても大きな意味を持ってきます。
財産を管理する人が違う
効力が発生するタイミングが違うので、当然、財産を管理する人も変わってきます。
遺言の場合、亡くなるその日まで財産はご自身で管理し続けます。
家族信託では、契約を結ぶと、財産の管理を信頼できるご家族(受託者といいます)に任せることができます。もちろん、財産から生まれる利益(家賃収入や預金の利息など)は、これまで通りご自身(受益者といいます)が受け取ることができるので安心してくださいね。
変更・撤回のルールが違う
一度決めた内容を変えたくなった時のルールも異なります。
遺言は、ご自身の意思さえあれば、法律で定められた方式に従って、いつでも自由に書き直したり、取りやめたりすることができます。
家族信託は「契約」なので、原則として、関係する人(委託者、受託者、受益者)全員の合意がないと変更や終了ができません。一見、不自由に感じるかもしれませんが、これは「誰か一人の考えで簡単に内容が変えられてしまう」というリスクを防ぐことにも繋がるんです。
項目 | 家族信託 |
効力発生時期 | 契約時から(生前から可能) |
財産管理をする人 | 受託者(信頼できる家族など) |
変更・撤回 | 原則、当事者全員の合意が必要 |
主な目的 | 生前の財産管理と円滑な資産承継 |
項目 | 遺言 |
効力発生時期 | 本人の死亡時 |
財産管理をする人 | 本人(亡くなるまで) |
変更・撤回 | 本人の意思のみで可能 |
主な目的 | 死後の資産承継 |
遺言ではできない!家族信託の3つの大きな効果
さて、ここからが本題です。遺言書だけでは対応が難しい、家族信託だからこそ実現できる3つの大きな効果について、具体的に見ていきましょう。これらが、家族信託が「遺言を超える」と言われる理由です。
効果①:認知症による「資産凍結」を防げる
遺言は亡くなった後にしか効力を持ちません。そのため、もし遺言を書いたご本人が認知症などで判断能力が低下してしまうと、大きな問題が発生します。銀行はご本人の意思確認ができないと判断し、預金口座を凍結してしまいます。こうなると、たとえご家族であっても、介護費用や入院費を引き出すことができなくなってしまうのです。不動産を売却して資金にしようとしても、ご本人の意思確認ができないため売却できません。これが「資産凍結」の怖いところです。
しかし、家族信託を組んでおけば、ご本人の判断能力が低下しても、受託者であるご家族が契約に基づいて財産管理を続けることができます。預金口座から必要な生活費や介護費用を引き出したり、不動産を売却して施設の入居費用に充てたりといったことがスムーズに行えるのです。これは、遺言にはない、家族信託の最大の効果と言えるでしょう。
効果②:二次相続以降の資産承継先を指定できる
遺言で指定できるのは、ご自身が亡くなった時の財産の行き先(一次相続)までです。例えば、「私が死んだら、全財産を妻に相続させる」という遺言は書けます。しかし、その妻が亡くなった後(二次相続)、その財産が誰に渡るかまでは指定できません。
もし、妻が遺言を書き換えたり、認知症になって遺言を書けなくなったりすると、ご自身の想いとは違う人に財産が渡ってしまう可能性があります。特に、ご自身に連れ子がいて、妻との間には子がいない場合などは、ご自身の家系の血筋ではない人に財産が渡ってしまうことも考えられます。
家族信託には「受益者連続型信託」という仕組みがあります。これを使えば、「私が亡くなった後は妻に、その妻が亡くなった後は長男に」というように、数世代にわたる資産の承継先を決めておくことができます。障がいのあるお子さんの将来のために「親なき後問題」に備えたい場合などにも、非常に有効な方法です。
効果③:柔軟な財産管理と資産の組み換えが可能
遺言で「A不動産を長男に相続させる」と書いたとします。しかし、ご本人が生きている間に、そのA不動産を売却してしまったらどうなるでしょうか。その場合、遺言のその部分の効力は失われ、長男はA不動産も、それを売却したお金も受け取ることができません。
一方、家族信託であれば、信託した財産(信託財産)は、形が変わっても信託財産として管理が続きます。例えば、信託していたA不動産を売却した場合、その売却代金が新たな信託財産となり、受託者が引き続き管理します。そして、当初の契約通り、最終的には長男に引き継がれるのです。これにより、生前に資産の売却や購入(資産の組み換え)を考えている場合でも、ご自身の想いを確実に未来へ繋ぐことができます。
家族信託と遺言、どちらが優先されるの?
「じゃあ、家族信託と遺言の両方を用意した場合はどうなるの?」と疑問に思いますよね。この二つは併用することも可能で、その場合のルールもしっかりと決まっています。
原則として「家族信託」が優先
もし、家族信託契約で定めた財産と、遺言で定めた財産の行き先が異なっていた場合、優先されるのは「家族信託」です。これは、信託契約を結ぶと、その財産の名義は形式的にご本人(委託者)からご家族(受託者)に移るためです。法律上、ご自身の財産ではなくなるため、遺言の効力が及ばなくなる、という理屈です。これは、遺言と家族信託のどちらを先に作成したかに関わらず、同じ結論になります。
併用が効果的なケース
家族信託が優先されるなら遺言は不要かというと、そうではありません。むしろ、併用することで、よりきめ細やかな対策が可能になります。家族信託は、通常、不動産や多額の預金など、特定の財産を対象とします。そのため、信託契約に含めなかったその他の財産(日常的に使う預金口座、株式、自動車など)については、遺言書で誰に渡すかを指定しておくのがとても効果的です。これにより、残されたご家族が遺産分割協議で揉めることなく、スムーズに手続きを進めることができます。
家族信託と遺言の費用比較
生前対策を考える上で、費用は大切なポイントですよね。ここでは、専門家に依頼して公正証書で作成する場合の一般的な費用について比べてみましょう。
家族信託にかかる費用
家族信託はオーダーメイドの契約なので、費用は遺言よりも高くなる傾向があります。専門家に支払う報酬と、公証役場や法務局に支払う実費がかかります。
- 専門家報酬:信託財産の評価額の1%前後(最低でも30万円程度~)が目安です。その他、契約書作成費用として10万円~15万円程度かかる場合もあります。
- 実費:公正証書作成費用が3万円~11万円程度、不動産を信託する場合は登録免許税(固定資産税評価額の0.3%~0.4%)が必要です。
初期費用はかかりますが、生前の財産管理から資産承継まで、長期にわたる安心を得られるのが特徴です。
遺言(公正証書遺言)にかかる費用
遺言も公正証書で作成するのが安心です。その場合の費用は以下の通りです。
- 専門家報酬:遺言書作成サポートとして10万円~30万円程度が相場です。財産の額や内容の複雑さによって変動します。
- 実費:公証役場の手数料が財産額に応じて数万円~、証人2名の日当が1人あたり1万円~2万円程度かかります。
種類 | 費用の目安(合計) |
家族信託 | 30万円~(信託財産による) |
公正証書遺言 | 15万円~35万円程度 |
どんな場合にどちらを選ぶべき?判断基準を解説
ここまで読んで、「自分にはどちらが合っているんだろう?」と感じた方もいらっしゃると思います。ここでは、目的別の判断基準を簡単にご紹介します。
遺言が向いているケース
- 今は心身ともに元気で、財産管理に不安はない
- 亡くなった後の財産の行き先だけを、シンプルに決めておきたい
- できるだけ費用を抑えて対策をしたい
このような場合は、まずは遺言書を作成することから始めるのが良いでしょう。
家族信託が向いているケース
- 将来の認知症に備えて、財産管理を家族に任せたい(資産凍結対策)
- 自分が亡くなった後、さらにその次の代までの財産の行き先を決めておきたい(二次相続対策)
- 障がいのある子の将来の生活を守る仕組みを作りたい(親なき後問題対策)
- アパート経営など、事業をスムーズに後継者に引き継がせたい
このように、遺言だけでは解決できない、より複雑で長期的な希望をお持ちの場合は、家族信託が非常に有効な選択肢となります。
まとめ
今回は、遺言ではできない家族信託の効果についてお話ししました。最後にポイントを振り返ってみましょう。
- 遺言は「死後の資産承継」に特化した方法。効力は亡くなってから。
- 家族信託は「生前の財産管理」と「円滑な資産承継」の両方をカバーできる方法。
- 遺言ではできない家族信託の効果は、①認知症による資産凍結の防止、②二次相続以降の承継先指定、③柔軟な資産の組み換えの3つ。
- 家族信託と遺言は併用でき、その場合は家族信託が優先される。信託していない財産を遺言でカバーするのが賢い使い方。
- どちらを選ぶかは、ご自身の目的やご家族の状況次第。将来のリスクに幅広く備えたいなら、家族信託の検討をおすすめします。
家族信託はとても柔軟で強力な制度ですが、その分、設計が複雑になります。ご自身の想いを確実に形にするためには、経験豊富な専門家とよく相談しながら進めることが大切ですよ。
遺言ではできない家族信託の効果 よくある質問まとめ
Q.認知症になった後の財産管理は遺言でできますか?
A.遺言は亡くなった後に効力を発揮するため、生前の認知症による資産凍結対策はできません。家族信託なら、判断能力があるうちから信頼できる家族に財産管理を任せ、資産凍結を防ぐことができます。
Q.遺言で、自分の死後、配偶者が亡くなった後の財産の行き先まで決められますか?
A.遺言では一代先までしか財産の承継先を指定できません。家族信託を使えば、「自分が亡くなったら配偶者に、配偶者が亡くなったら長男に」といった、二次相続以降の承継先を指定することが可能です。
Q.家族信託は遺言と違って、すぐに財産を動かせますか?
A.はい。遺言の場合、相続手続きが完了するまで口座凍結などで時間がかかります。家族信託なら、信託契約に基づき受託者(託された家族)がすぐに財産管理を始められるため、手続きがスムーズです。
Q.障がいのある子の将来のために、遺言だけで財産を残すのは不安です。何か方法はありますか?
A.遺言では財産を渡すことしかできませんが、家族信託なら信頼できる親族に財産管理を託し、お子様の生活費として定期的にお金を渡すなど、長期的な生活支援の仕組みを作ることができます。
Q.自分が元気なうちから、不動産の管理などを子どもに任せることは遺言でできますか?
A.遺言は死後に効力が発生するため、生前の財産管理は対象外です。家族信託であれば、ご自身が元気なうちから判断能力のあるお子様に不動産の管理や売却などを任せることができます。
Q.事業承継をスムーズに行いたいのですが、遺言だけで十分ですか?
A.遺言では株式の承継先しか指定できません。家族信託を活用すれば、生前から後継者に議決権を託して経営に参加させたり、ご自身の判断能力が低下した場合の経営権の移行をスムーズに行ったりできます。