税理士法人プライムパートナーズ

ローン付きアパートの受益者連続型信託|融資と税金の注意点

2025-03-01
目次

アパート経営をされているオーナー様にとって、ご自身の判断能力が低下した後の経営の継続は大きな課題ですよね。その有効な対策として注目されているのが「家族信託」です。特に、お子さんやお孫さんの代まで大切な資産を引き継いでいきたいという想いを叶える「受益者連続型信託」は、アパート経営と非常に相性が良い仕組みです。しかし、そのアパートに不動産融資(アパートローン)が残っている場合、話は少し複雑になります。今回は、融資付きのアパートを信託財産とする「受益者連続型信託」を組む際の、特に知っておきたい留意点について、優しく解説していきます。

家族信託とアパートローンを組み合わせるメリット

まずは、なぜアパート経営に家族信託、特に受益者連続型信託が有効なのか、そのメリットから見ていきましょう。オーナー様が元気なうちから準備することで、将来の不安を大きく減らすことができますよ。

オーナーの判断能力が低下しても経営が止まらない

アパート経営では、賃貸契約の更新、大規模修繕の契約、新たな入居者の募集など、さまざまな契約行為が発生します。もしオーナー様が認知症などで判断能力を失ってしまうと、これらの契約行為が一切できなくなり、経営が事実上ストップしてしまいます。家族信託を設定しておけば、信頼できるご家族(受託者)がオーナー様に代わって、滞りなくアパート経営を続けていくことができます。修繕や空室対策もタイムリーに行えるため、資産価値の維持にも繋がります。

数世代にわたる資産承継の指定が可能

遺言では、ご自身の財産を次に誰に相続させるか(一次相続)までしか指定できません。しかし、受益者連続型信託を使えば、「私が亡くなった後は妻へ、妻が亡くなった後は長男へ」というように、数世代先の資産の承継者を指定することができます。これにより、ご自身の想いを反映した長期的な資産承継プランを実現できるのが大きな魅力です。

倒産隔離機能で資産を守れる

万が一、オーナー様(委託者)や財産を管理するご家族(受託者)が個人的に破産してしまっても、信託財産として独立しているアパートは差し押さえの対象になりません。これを「倒産隔離機能」といい、個人の経済状況から大切な資産を守る防波堤の役割を果たしてくれます。

融資付きアパートを信託する際の絶対的なルール

メリットの多い家族信託ですが、アパートにローンが残っている場合は、クリアしなければならない重要な前提条件があります。これを無視して進めてしまうと、後で大きなトラブルになりかねないので、必ず押さえておきましょう。

金融機関の承諾は必須中の必須!

アパートローンを組む際に金融機関と交わした金銭消費貸借契約書には、「担保となっている不動産の所有権を移転する際には、金融機関の承諾を得なければならない」といった趣旨の条項が必ず記載されています。家族信託では、アパートの所有者名義をオーナー様(委託者)からご家族(受託者)へ変更する「信託登記」を行うため、この条項に該当します。もし、金融機関に無断で信託登記をしてしまうと、契約違反とみなされ、最悪の場合、ローンの一括返済を求められるリスクがあります。まずはローンを組んでいる金融機関に相談し、承諾を得ることが第一歩です。

ローン(債務)自体は信託財産にできない

家族信託で信託できるのは、アパートや預金といったプラスの財産だけです。アパートローンなどのマイナスの財産(債務)を信託財産に含めることはできません。そのため、信託を設定しても、原則としてアパートローンの返済義務はオーナー様(委託者)個人に残ったままとなります。この「財産は受託者名義、ローンは委託者名義」という状態をどう整理するかが、重要なポイントになります。

融資のパターンとそれぞれの注意点

金融機関の承諾が得られた後、既存のローンをどう扱うか、または新たに融資を受けるかによって、いくつかのパターンが考えられます。それぞれにメリット・デメリットがあるので、ご自身の状況に合わせて最適な方法を検討しましょう。

パターン1:既存ローンをそのまま委託者の債務として残す

一番シンプルな方法です。ローン名義はオーナー様(委託者)のまま、アパートだけを信託します。この場合、受託者は信託されたアパートの家賃収入の中から、毎月ローンの返済額相当分を委託者の返済用口座に送金する、というお金の流れを作ります。

ただし、この方法には注意点があります。委託者の判断能力が低下した後、金利の見直しや借り換えといった融資条件の変更ができなくなる可能性があります。

パターン2:受託者へ債務を引き継ぐ「債務引受」

金融機関との交渉により、ローンの返済義務を受託者に引き継いでもらう方法です。これには「免責的債務引受」と「重畳的(併存的)債務引受」の2種類があります。

債務引受の種類 内容と注意点
免責的債務引受 元の債務者(委託者)は完全に返済義務から解放され、受託者のみが債務者となります。債務者が完全に変わるため、相続時に後述する「債務控除」が使えなくなる税務上のリスクが指摘されています。
重畳的(併存的)債務引受 委託者も債務者として残りつつ、受託者も連帯債務者として加わる形です。委託者にも債務が残るため債務控除は適用可能と考えられますが、融資条件の変更時には委託者の意思確認が必要になる場合があります。

パターン3:新たに融資を組む「信託内借入」

これは、信託契約の中で受託者に与えられた権限に基づき、受託者自身が金融機関から新たに融資を受ける方法です。借り入れたお金も信託財産となり、アパートの建築や大規模修繕に充てることができます。この「信託内借入」は、次に解説する税務上の非常に重要なポイントと密接に関わってきます。

最大の論点!受益者連続型信託と相続税の「債務控除」

融資付きアパートを信託する上で、最も専門的で重要なのが、相続税の「債務控除」の問題です。債務控除とは、相続が発生した際に、亡くなった方の借入金などの債務を相続財産から差し引くことができる制度で、相続税の負担を軽減する効果があります。

なぜ「受益者連続型信託」が重要なのか?

実は、信託された財産に関するローンの扱いについて、税法上の解釈が信託の形式によって異なる可能性があるのです。特に「信託内借入」で受託者がローンを組んだ場合、その後の相続で債務控除が認められるかどうかが大きな分かれ道となります。

現在の税務上の解釈では、受益者連続型信託の場合、最初の受益者(オーナー様)が亡くなり、次の受益者(配偶者様など)が権利を引き継ぐ際、信託財産(アパート)だけでなく、信託内の負債(ローン)も一体として承継したとみなされます。(相続税法第9条の2第6項)

この規定により、受益者連続型信託であれば、信託内借入のローン残高を相続財産から控除できる、つまり債務控除が適用できると考えられています。

「一代限り信託」との比較

一方で、オーナー様が亡くなった時点で信託が終了する「一代限り信託」の場合、税法上は「信託の終了による残余財産の給付」とみなされます。この場合、負債の承継に関する明確な規定の適用がないと解釈される可能性があり、債務控除が認められないリスクがあります。

信託の形式 信託内借入の相続時の扱い
受益者連続型信託 受益権の承継(資産と負債を一体で引き継ぐ)とみなされ、債務控除は可能と解釈されます。
一代限り信託 信託の終了(残余財産の給付)とみなされ、債務控除が認められないリスクがあります。

このように、融資を活用して相続税対策も視野に入れるのであれば、「信託内借入」と「受益者連続型信託」の組み合わせを検討することが非常に重要になります。

金融機関との交渉で押さえておくべきポイント

理論上は可能でも、実務では金融機関の理解と協力が不可欠です。交渉をスムーズに進めるために、以下の点を押さえておきましょう。

家族信託に対応できる金融機関はまだ限られている

家族信託、特に融資が絡むスキームは比較的新しい取り組みのため、残念ながらすべての金融機関が対応できるわけではありません。信託口口座の開設や信託内借入に対応している金融機関はまだ一部に限られているのが現状です。事前に専門家などを通じて、対応可能な金融機関の情報を集めておくことが大切です。地域によっては、地方銀行や信用金庫が積極的に取り組んでいるケースもあります。

信託契約書に「借入権限」の明記を忘れない

受託者が「信託内借入」を行うためには、その権限が信託契約書に明確に記載されている必要があります。「受託者は、信託不動産の管理、建替え、修繕等の信託目的を達成するために必要な範囲で、金融機関から金銭を借り入れ、信託不動産を担保に供することができる」といった条項です。この記載がないと、金融機関は融資の審査に応じてくれません。

まとめ

融資付きアパートを「受益者連続型信託」の信託財産とすることは、認知症対策と円滑な資産承継を両立できる非常に有効な手段です。しかし、その実現にはいくつかの重要な留意点があります。

  • ①まずは金融機関への相談と承諾が絶対条件。無断で進めると契約違反のリスクがあります。
  • ②ローン自体は信託財産にできないため、誰がどのように返済していくかの仕組み作りが必要です。
  • ③相続税の債務控除を適用するためには、「受益者連続型信託」と「信託内借入」の組み合わせが鍵となります。
  • ④家族信託に対応できる金融機関はまだ限られているため、事前の情報収集が重要です。
  • ⑤信託契約書には、受託者の「借入権限」を必ず明記しましょう。

このように、不動産融資が絡む家族信託は、法務・税務・金融実務の知識が複雑に絡み合う高度な専門分野です。ご家族だけで判断せず、必ず家族信託と金融機関との調整に精通した司法書士や税理士などの専門家に相談しながら、慎重に進めることを強くお勧めします。

参考文献

国税庁 相続税法基本通達 第9条の2

国税庁 信託税制

融資付きアパートの受益者連続型信託 よくある質問まとめ

Q. ローンが残っているアパートでも受益者連続型信託はできますか?

A. はい、可能です。ただし、融資を受けている金融機関の承諾が必須となります。信託契約の内容を金融機関と事前に協議し、承諾を得る手続きが必要です。

Q. 受益者連続型信託のメリットは何ですか?

A. 委託者(親)が亡くなった後、二次相続(例:配偶者から子へ)、三次相続(例:子から孫へ)と、数世代にわたる資産承継先を指定できる点です。遺言では実現できない長期的な資産管理が可能になります。

Q. 信託したら、アパートのローン返済は誰が行いますか?

A. 一般的には、信託されたアパートの家賃収入から、受託者が金融機関へ返済を継続します。債務者名義の変更など、具体的な手続きは金融機関との協議によって決まります。

Q. 受益者連続型信託は相続税対策になりますか?

A. 信託自体に直接的な節税効果はありません。受益者が亡くなり次の受益者に権利が移る際、その権利は相続税の課税対象となります。ただし、資産の共有化を防ぎ、円滑な資産承継を実現する点で有効な対策です。

Q. 融資付きアパートを信託する際の注意点は何ですか?

A. 金融機関の承諾を得る必要がある点、信託登記などの初期費用がかかる点、信頼できる受託者を選ぶ必要がある点などが挙げられます。柔軟な財産処分がしにくくなる可能性もあるため、専門家と慎重に契約内容を設計することが重要です。

Q. 受益者が次の世代に変わる時の手続きはどうなりますか?

A. 受益者が亡くなった場合、遺産分割協議を経ずに、信託契約で定められた次の受益者へ権利が移ります。法務局で受益者変更の登記手続きを行うことで、スムーズな承継が可能です。

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