事業オーナー様にとって、会社の未来を左右する事業承継は大きな課題ですよね。特に相続が発生した際、自社株式が原因で親族間のトラブルに発展したり、後継者が多額の相続税に悩まされたりするケースは少なくありません。そんなお悩みを解決する一つの方法が「種類株式」の活用です。この記事では、事業オーナーの相続対策として種類株式をどう活用できるのか、そのメリット・デメリットを分かりやすく解説していきます。
そもそも種類株式って何?
会社が発行する株式は、通常、株主の権利がすべて平等な「普通株式」です。しかし、会社法では、これとは別に、権利の内容が異なる特別な株式を発行することが認められています。これが「種類株式」です。例えば、「配当を多くもらえる株式」や「議決権がない株式」など、会社の状況や目的に合わせて、柔軟に設計することができます。事業承継や相続対策では、この種類株式をうまく活用することで、オーナー様の意思を反映したスムーズなバトンタッチが可能になるんですよ。
会社法で定められている9つの種類株式
会社法では、以下の9つの種類株式が定められています。これらを単独で、あるいは組み合わせて発行することで、様々なニーズに対応できるんです。
| 種類株式の名称 | 内 容 |
|---|---|
| 剰余金の配当 | 他の株式より優先的に配当を受け取れる、または配当が少ない(劣後する)株式です。 |
| 残余財産の分配 | 会社が解散したときに、他の株式より優先的に残余財産の分配を受けられる、または劣後する株式です。 |
| 議決権制限株式 | 株主総会での議決権の一部または全部が制限されている株式です。 |
| 譲渡制限株式 | 株式を譲渡する際に、会社の承認が必要となる株式です。非公開会社では全ての株式がこれにあたります。 |
| 取得請求権付株式 | 株主が会社に対して、その株式の取得(買取り)を請求できる権利が付いた株式です。 |
| 取得条項付株式 | 一定の事由が発生した場合に、会社が株主から強制的に株式を取得(買取り)できる株式です。 |
| 全部取得条項付種類株式 | 株主総会の特別決議によって、その種類の株式のすべてを会社が取得できる株式です。 |
| 拒否権付株式(黄金株) | 株主総会や取締役会で決議すべき特定の事項について、その種類株主総会での決議も必要とする株式です。事実上の拒否権を持つため「黄金株」とも呼ばれます。 |
| 役員選任権付株式 | その種類の株主だけで構成される種類株主総会で、取締役や監査役を選任できる株式です。 |
相続対策・事業承継で種類株式を活用するメリット
種類株式を相続対策に活用することで、多くのメリットが期待できます。現経営者の経営権を維持しつつ、後継者へスムーズに株式を移したり、相続税の負担を軽減したりと、様々な戦略が可能になります。ここでは、具体的なメリットを3つご紹介しますね。
メリット1:経営権を維持しながら後継者に株式を承継できる
事業承継を進めたいけれど、すぐに経営のすべてを後継者に任せるのは不安…というオーナー様は多いのではないでしょうか。そんな時に役立つのが「拒否権付株式(黄金株)」や「議決権制限株式」です。
例えば、後継者には議決権のない種類株式を贈与し、オーナー様自身は普通株式や黄金株を1株だけ保有し続ける、という方法があります。これにより、後継者は会社の財産権(株式)を引き継ぎながらも、重要な経営判断には現オーナーが関与し続けることができます。後継者が経営に慣れるまでの間、現オーナーが経営の安定を確保できるのは大きなメリットです。
メリット2:相続税評価額を引き下げ、納税負担を軽減できる
後継者に承継する株式の評価額を下げることで、贈与税や相続税の負担を軽減する効果も期待できます。具体的には、後継者に渡す株式を「議決権制限株式」や「配当劣後株式」にすることで、普通株式よりも評価額を低く抑えることが可能です。
国税庁の財産評価基本通達では、議決権のない株式は、議決権のある株式と比較して評価額を5%減額できる場合があります。また、配当の優先順位が低い株式も、その内容に応じて評価額が下がります。これにより、計画的に生前贈与を進めやすくなるのです。
メリット3:後継者以外の相続人にも配慮できる
事業に関わらない他のご兄弟など、後継者以外の相続人への配慮も、円満な相続には欠かせません。この問題にも種類株式は有効です。
例えば、後継者には会社の経営権に関わる普通株式を、他の相続人には経営には関与できないけれど配当を優先的に受け取れる「配当優先無議決権株式」を相続させる、といった方法が考えられます。これにより、後継者は安定した経営基盤を確保でき、他の相続人は配当金という形で財産的な恩恵を受けられます。遺留分対策にもなり、相続トラブルのリスクを減らすことにつながります。
種類株式を活用する際のデメリットと注意点
メリットの多い種類株式ですが、導入には注意すべき点もあります。手続きが複雑であったり、かえって経営の足かせになったりする可能性もゼロではありません。デメリットもしっかり理解した上で、慎重に検討することが大切です。
デメリット1:導入手続きが複雑でコストがかかる
種類株式を発行するには、株主総会の特別決議(議決権の3分の2以上の賛成)を経て、定款を変更し、法務局で変更登記を行う必要があります。これらの手続きには、司法書士などの専門家への報酬や登録免許税(3万円)といったコストがかかります。また、どのような種類株式を設計するべきか、税務上の影響はどうなるかなど、専門的な知識が不可欠なため、税理士や弁護士との十分な協議が必要です。
デメリット2:黄金株が経営の足かせになるリスク
現オーナーの経営権を確保するために発行した「拒否権付株式(黄金株)」は、非常に強力な権利です。しかし、オーナー様が亡くなった後、この黄金株を誰が相続するかで問題が生じる可能性があります。もし、経営に関心のない相続人が黄金株を相続してしまうと、会社の重要な意思決定が滞ってしまう危険性があります。
これを防ぐためには、黄金株に「取得条項」を付けておくことが重要です。例えば、「オーナーの死亡」を事由として、会社がその黄金株を買い取れるように定款で定めておくのです。これにより、オーナー様の死後は黄金株が消滅し、後継者によるスムーズな経営が可能になります。
デメリット3:事業承継税制との相性が悪い場合がある
事業承継を支援する強力な制度として「事業承継税制(非上場株式等についての贈与税・相続税の納税猶予及び免除の特例)」があります。これは、一定の要件を満たすことで、後継者が取得した自社株式にかかる贈与税や相続税の納税が猶予・免除される制度です。
しかし、この制度は「経営と株式の一体的な承継」を前提としています。そのため、後継者に承継される株式が「議決権制限株式」である場合、原則として事業承継税制の対象外となってしまいます。また、黄金株を発行している会社の場合、その黄金株も後継者に承継させなければならないなど、制約があります。種類株式を導入する際は、事業承継税制の活用も視野に入れ、専門家と相談しながら最適な方法を検討する必要があります。
種類株式導入の具体的な流れ
実際に種類株式を導入するには、どのようなステップを踏むのでしょうか。ここでは、一般的な手続きの流れを簡単にご紹介します。専門家のサポートを受けながら進めることが重要です。
| ステップ | 内 容 |
|---|---|
| 1. 現状分析と方針決定 | 会社の株主構成、財産状況、後継者の有無、オーナー様の意向などを整理し、どのような種類株式が必要かを検討します。税理士や司法書士などの専門家と相談します。 |
| 2. 種類株式の内容設計 | 目的に合わせて、種類株式の具体的な権利内容(配当、議決権、取得条項など)を設計し、定款変更案を作成します。 |
| 3. 株主総会の招集・開催 | 定款変更のために、株主総会を招集し、特別決議(議決権を有する株主の過半数が出席し、出席した株主の議決権の3分の2以上の賛成)を得ます。 |
| 4. 登記申請 | 株主総会の決議後、2週間以内に法務局へ定款変更および発行済株式の内容変更の登記を申請します。登録免許税として3万円が必要です。 |
| 5. 株主名簿の書き換え | 登記が完了したら、株主名簿を新しい内容に書き換えます。 |
種類株式と合わせて検討したい他の相続対策
種類株式は強力なツールですが、万能ではありません。他の相続対策と組み合わせることで、より効果的で盤石な事業承継が実現できます。
家族信託(民事信託)の活用
家族信託は、オーナー様(委託者)が信頼できる家族(受託者)に自社株式などの財産を託し、特定の目的(例えば、後継者の育成や安定した経営)のために管理・運用してもらう制度です。
株式を信託財産とすることで、議決権の行使を受託者である家族に任せることができます。これにより、オーナー様が認知症などで意思決定能力を失った場合でも、受託者が議決権を行使し、安定した会社経営を続けることが可能です。種類株式と組み合わせることで、より柔軟な資産管理と事業承継の仕組みを構築できます。
生命保険の活用
後継者が株式を相続する際の納税資金や、他の相続人の遺留分を支払うための資金(代償分割の原資)を確保するために、生命保険の活用は非常に有効です。会社のオーナー様を被保険者、後継者を受取人とする生命保険に加入しておくことで、相続発生時に後継者がまとまった現金を確保できます。
また、死亡保険金には「500万円 × 法定相続人の数」という非課税枠があるため、相続税対策としてもメリットがあります。
まとめ
今回は、事業オーナー様の相続対策として「種類株式」を活用する方法について、メリット・デメリットを交えながら解説しました。
種類株式は、経営権の維持、相続税対策、円満な遺産分割など、事業承継における多くの課題を解決できる可能性を秘めた、非常に柔軟で強力な手段です。一方で、導入には専門的な知識が必要で、注意すべき点も少なくありません。
ご自身の会社にとって最適な事業承継を実現するためには、早めに税理士や弁護士などの専門家に相談し、会社の状況やご家族の想いを踏まえた上で、計画的に準備を進めることが何よりも大切です。この記事が、皆さまの円滑な事業承継への第一歩となれば幸いです。
参考文献
No.4148 非上場株式等についての相続税の納税猶予及び免除の特例等(法人版事業承継税制)|国税庁
事業オーナーの相続対策と種類株式のよくある質問まとめ
Q.事業承継で種類株式を使うメリットは何ですか?
A.後継者に経営権を集中させつつ、他の相続人には配当などで財産を分配できる点です。これにより、経営の安定と円満な財産分割の両立を目指せます。
Q.相続対策で使われる主な種類株式には何がありますか?
A.議決権を制限する「議決権制限株式」、重要事項に拒否権を持つ「拒否権付株式(黄金株)」、会社が買い取れる「取得条項付株式」などがよく活用されます。
Q.「黄金株」とは何ですか?どんな効果がありますか?
A.株主総会の重要事項に拒否権を持つ「拒否権付株式」の通称です。先代オーナーが保有することで、後継者の経営を見守ったり、会社が望まない買収をされたりするのを防ぐ効果があります。
Q.議決権制限株式は相続対策でどう役立ちますか?
A.経営に関与しない相続人へ、議決権のない株式を渡すことで、財産(配当など)を相続させつつ、後継者の経営権を安定させることができます。
Q.種類株式を導入するデメリットや注意点はありますか?
A.定款変更や登記などの手続きに手間とコストがかかる点です。また、株式の設計が複雑すぎると株主間のトラブルに繋がる可能性もあるため、専門家と慎重に計画することが重要です。
Q.種類株式はいつ導入するのが良いですか?
A.事業承継を考え始めた早い段階で検討するのが理想です。オーナー経営者が元気なうちに準備を進めることで、将来のトラブルを未然に防ぎ、円滑な承継を実現しやすくなります。