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相続直前の借入と不動産投資、銀行稟議の「相続対策」で税務署に否認される?

2025-02-17
目次

相続税対策として、相続が近いご家族のために銀行から借り入れをして不動産投資を行うケースは珍しくありません。しかし、その際に銀行の内部資料である稟議書に「相続対策」と明記されていると、税務調査で指摘され、思わぬデメリットが生じるのではないかとご心配になる方もいらっしゃるのではないでしょうか。この記事では、そのような状況で考えられる税務上のリスクやデメリットについて、わかりやすく解説していきます。

銀行の稟議書と税務調査の関係

まず、なぜ銀行の稟議書が税務調査に関係してくるのか、その仕組みからご説明しますね。多くの方は「銀行の内部資料なんて、税務署には関係ないのでは?」と思われるかもしれませんが、実はそうではないんです。

なぜ税務署は銀行の稟議書を見ることができるの?

税務署には、税務調査を円滑に行うために「質問検査権」という法律で認められた強い権限があります。この権限に基づいて、税務署は調査対象者(納税者)だけでなく、その取引先である銀行などに対しても質問や資料の提出を求めることができます。これを「反面調査」といいます。
相続税の調査では、被相続人(亡くなった方)の預金残高や取引履歴を確認するため、銀行への調査が必ずと言っていいほど行われます。その際、多額の借り入れがあれば、その経緯や目的を確認するために、融資に関する稟議書などの資料提出を求めることがあるのです。つまり、銀行の内部資料であっても、税務署は合法的に内容を確認できるということになります。

稟議書に「相続対策」と書かれることの意味

稟議書に「相続対策」と記載されている場合、それは「この融資の主たる目的が相続税の負担を軽減することである」という客観的な証拠になってしまう可能性があります。
不動産投資自体は正当な経済活動ですが、税務署が問題視するのは、その行為が「租税回避」、つまり税金の負担を不当に免れることだけを目的としていると判断される場合です。稟議書に「相続対策」という文言があると、その不動産投資が資産形成や収益目的ではなく、純粋に相続税を減らすためだけに行われたという印象を税務署に与えやすくなります。

「相続対策」の記載がもたらす税務署の心証

税務調査は、書類上の事実だけでなく、取引の意図や背景も重視されます。稟議書に「相続対策」と明記されていると、調査官は「これは意図的な相続税対策だな」という先入観を持って調査を進める可能性が高まります。
もちろん、相続対策をすること自体が悪いわけではありません。しかし、それが「行き過ぎた節税」、つまり社会通念上、不相当とみなされるような極端なものであると判断されると、否認のリスクが高まるのです。稟議書の記載は、その判断に影響を与える一つの材料となってしまいます。

税務署から借り入れが否認される?考えられるデメリット

では、実際に稟議書の記載がきっかけで税務調査が厳しくなり、何らかの指摘を受けた場合、具体的にどのようなデメリットがあるのでしょうか。よく「借り入れが否認される」という言葉を聞きますが、正確には少し意味合いが異なります。

債務控除が否認される可能性は低い

まず、「借り入れ自体が否認され、債務控除が認められなくなる」というケースは、通常ほとんどありません。銀行からの借り入れは、契約書も存在し、実際に返済義務のある明確な債務です。そのため、相続財産から借入金を差し引く「債務控除」そのものが否認されることは考えにくいです。

最大のデメリットは不動産評価額の否認

本当のデメリットは、借り入れではなく、購入した不動産の評価方法が否認されるリスクです。これを理解するために、まずは不動産投資による相続税対策の仕組みを簡単におさらいしましょう。

項目 説   明
不動産の相続税評価額 現金や預金は額面通り100%で評価されますが、不動産は「路線価」や「固定資産税評価額」を基に評価されます。これは一般的に、実際の取引価格(時価)の7割~8割程度になることが多いです。
相続税対策の仕組み 例えば、1億円の現金を1億円の不動産に換えると、相続税評価額は7,000万円~8,000万円に下がります。さらに、その不動産を賃貸に出すと「貸家建付地」や「貸家」の評価減が適用され、評価額はさらに下がります。借入金で購入した場合、この圧縮された評価額の不動産が財産として計上され、一方で借入金は全額が債務として控除できるため、大きな節税効果が生まれるのです。

税務署が問題視するのは、この評価額の差を利用した節税行為が、あまりにも露骨で不自然な場合です。その際に使われるのが、財産評価基本通達の「総則6項」という規定です。

伝家の宝刀「総則6項」とは?

「総則6項」とは、財産評価基本通達に定められた評価方法(路線価など)で評価することが「著しく不適当」と認められる場合には、国税庁長官の指示を受けて、別の方法で評価できるという、いわば例外規定です。
これは税務署の「伝家の宝刀」とも呼ばれ、この規定が適用されると、路線価などによる低い評価額ではなく、不動産鑑定士による鑑定評価額(≒時価)で評価し直されることになります。
そうなると、せっかく不動産に換えて圧縮したはずの評価額が、元の時価に近い金額に戻ってしまい、期待していた節税効果が全くなくなってしまいます。

「総則6項」が適用されやすいケース

では、どのような場合に「総則6項」が適用され、「著しく不適当」と判断されてしまうのでしょうか。過去の判例などから、いくつかのポイントが見えてきます。稟議書の「相続対策」という記載は、これらの状況証拠の一つとして考慮されます。

相続開始直前の駆け込み購入

被相続人が亡くなる直前、例えば余命宣告を受けてからなど、明らかに相続を意識したタイミングでの不動産購入は、否認リスクが高まります。判例では、相続開始の3年程度前の購入でも否認されたケースがあります。

被相続人が高齢である

被相続人が90歳を超えるなど非常に高齢で、明らかに長期間の不動産経営を目的としているとは考えにくい場合も、相続税対策が主目的と見なされやすくなります。特に、借入金の返済期間が平均余命を大幅に超えるような計画は不自然と判断される可能性があります。

評価額と時価の乖離が著しい

購入した不動産の時価(購入価額)と、相続税評価額(路線価評価額)の差が非常に大きい場合も、指摘を受けやすくなります。過去の判例では、相続税評価額が時価の4分の1程度だったケースで否認されています。

その他の状況証拠

以下のような状況も、総合的に判断されて否認リスクを高める要因となります。

  • 融資を実行した銀行の稟議書に「相続対策目的」と明記されている
  • 不動産購入のための借入額が、被相続人の資産状況に対して過大である
  • 相続後、すぐにその不動産を売却している
  • 不動産経営の実態がほとんどない(収益性が低い、管理がずさんなど)

これらの要素が複数重なった場合に、「行き過ぎた租税回避行為」とみなされ、「総則6項」が適用される可能性が高まるのです。

否認された場合のさらなるデメリット

もし税務調査で不動産評価が否認され、相続税の申告額が過少であると指摘された場合、単に本来の税金を納めるだけでは済みません。追加でペナルティが課せられます。

追徴課税の種類 内   容
延滞税 本来の納付期限から遅れた日数に応じて課される、利息に相当する税金です。最高で年14.6%の高い税率が適用されることもあります。
過少申告加算税 申告額が少なかったことに対するペナルティです。通常は追加で納める税額の10%(一定額を超えると15%)が課されます。
重加算税 意図的に財産を隠したり、事実を偽ったりしたと判断された場合に課される、最も重いペナルティです。追加で納める税額の35%が課されます。「相続対策」目的の記載が意図的とみなされると、この対象になるリスクもゼロではありません。

これらの追徴課税により、当初想定していた納税額よりもはるかに多くの資金が必要になってしまう可能性があります。

安全な相続対策のためにできること

では、税務署に否認されないように、安全に不動産を活用した相続対策を行うにはどうすればよいのでしょうか。

相続対策以外の目的を明確にする

不動産投資を行う際は、「相続税を下げること」だけが目的ではないことを明確にしておくことが重要です。
例えば、以下のような目的です。

  • 安定した家賃収入を得るため(収益性)
  • 資産ポートフォリオの分散のため(資産形成)
  • インフレ対策のため

実際に、収益性の高い物件を選び、事業計画書をきちんと作成するなど、不動産事業としての実態を伴わせることが大切です。銀行に融資を申し込む際にも、これらの事業目的をきちんと説明しましょう。

できるだけ早い時期から対策を始める

相続対策は、相続が目前に迫ってから慌てて行うのではなく、できるだけ早い段階から計画的に始めることがリスクを低減します。心身ともに健康なうちから、長期的な視点で資産形成の一環として不動産投資を検討するのが理想的です。

専門家への相談を欠かさない

不動産を活用した相続対策は、税務上の判断が非常に複雑です。自己判断で行うと、思わぬリスクを招くことがあります。必ず、相続に詳しい税理士などの専門家に相談し、ご自身の状況に合った最適な方法についてアドバイスを受けましょう。専門家であれば、過去の判例や税務署の動向も踏まえた上で、安全な対策を提案してくれます。

まとめ

相続直前の銀行借り入れによる不動産投資で、銀行の稟議書に「相続対策」と記載されている場合、それ自体が直接の原因で借り入れ(債務控除)が否認されることはほとんどありません。
しかし、その記載は「行き過ぎた節税(租税回避)」を疑う有力な証拠となり、税務調査で不動産評価額を否認されるリスクを高める重要な要因となります。
特に、相続開始直前の購入や被相続人が非常に高齢であるといった他の要因と重なると、財産評価基本通達の「総則6項」が適用され、不動産が時価で評価される可能性があります。その結果、節税効果が失われるだけでなく、延滞税や過少申告加算税といった重いペナルティが課される恐れもあります。
安全な相続対策のためには、不動産投資の事業性を明確にし、長期的な視点で計画的に実行すること、そして何よりも相続に精通した専門家に相談することが不可欠です。

参考文献

国税庁 財産評価基本通達 第1章 総則

国税庁 タックスアンサー No.4173 代償分割が行われた場合の相続税の課税価格の計算

相続直前の不動産投資と銀行借入に関するよくある質問

Q.相続対策で借金をして不動産投資をするのはなぜですか?

A.現金よりも不動産の方が相続税評価額が低くなる傾向があり、さらに借入金は相続財産から控除できるため、課税対象となる遺産総額を圧縮する効果が期待できるからです。

Q.銀行の稟議書に「相続対策」と明記されていると、税務調査で不利になりますか?

A.それだけで直ちに否認されるわけではありませんが、税務署が「租税回避が主な目的」と判断する一因になる可能性はあります。取引の合理性や事業性などが総合的に判断されます。

Q.税務署から借入金を否認されると、どのようなデメリットがありますか?

A.借入金の債務控除が認められなくなり、結果として相続税の課税対象額が増加します。これにより、追加の相続税(追徴課税)や延滞税、過少申告加算税などが課される可能性があります。

Q.相続対策の不動産投資が否認されないためには、どうすればよいですか?

A.相続開始の直前ではなく、時間に余裕を持って行うことが重要です。また、賃貸経営など事業としての実態があり、収益性や合理性が伴う投資であることを客観的に示すことがポイントになります。

Q.税務署はどのような場合に「行き過ぎた節税」と判断するのですか?

A.被相続人の年齢や健康状態、不動産の購入から相続発生までの期間、投資対象の収益性などを総合的に見て判断します。特に、購入直後に相続が発生し、その取引に事業としての合理性が見られない場合は、厳しく判断される傾向があります。

Q.相続直前の不動産投資について、誰に相談すべきですか?

A.税務上のリスクを正確に把握するため、相続案件に精通した税理士に相談することをお勧めします。個別の状況に応じた適切なアドバイスを受けることができます。

事務所概要
社名
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対応責任者
税理士 島本 雅史

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