ご家族から大切な財産を相続したあと、その不動産や株式などを売却することがありますよね。その際、「相続税を払ったのに、売却したらまた税金がかかるの?」と疑問に思う方もいらっしゃるかもしれません。実は、相続した財産を売却して利益(譲渡所得)が出ると、所得税や住民税がかかるのが原則です。しかし、納税の負担が大きくならないように、税金を軽減できる特別な制度があります。それが「相続税の取得費加算の特例」です。この制度を上手に活用すれば、手元に残るお金を増やすことができます。今回は、この取得費加算の特例について、制度の仕組みから計算方法、注意点まで、わかりやすく丁寧にご説明しますね。
相続税の取得費加算の特例ってどんな制度?
相続税の取得費加算の特例とは、一言でいうと「相続で受け取った財産を売却したときに、支払った相続税の一部を必要経費として認めてもらうことで、売却にかかる税金を安くできる制度」のことです。土地や建物、株式などを売却して利益が出ると「譲渡所得」として所得税や住民税がかかります。この譲渡所得は、以下の計算式で求められます。
譲渡所得 = 売却価格 – (取得費 + 譲渡費用)
この計算式の「取得費」に、支払った相続税の一部を上乗せできるのが、この特例のポイントです。取得費が大きくなれば、その分、利益である譲渡所得が小さくなり、結果として納める税金が少なくなる、という仕組みなんです。
なぜこの特例があるの?
もしこの特例がなかったらどうなるでしょう。例えば、不動産を相続して相続税を納めた直後に、その不動産を売却して利益が出たために所得税も納めることになると、短期間に2種類の税金を負担することになり、手元に残るお金が大きく減ってしまいます。このような「二重課税」のような状態は、納税者にとって大きな負担ですよね。そこで、その負担を軽くするために、支払った相続税の一部を売却時の経費として認めることで、税負担を調整してくれるのがこの特例の目的です。
平成26年度の税制改正で何が変わった?
この特例は、2014年(平成26年)に行われた税制改正で、計算ルールが少し変わりました。以前は、相続した財産全体にかかる相続税を基に計算していましたが、改正後は「売却したその財産に直接対応する部分の相続税額」のみが対象になりました。例えば、土地Aと土地Bを相続し、土地Aだけを売却した場合、改正後は土地Aにかかった相続税の部分だけを取得費に加算できる、というように、より厳密な計算方法に変更されたのです。
取得費加算の特例を使うための3つの条件
このお得な特例ですが、誰でも使えるわけではありません。利用するためには、以下の3つの条件をすべて満たす必要があります。一つひとつ確認していきましょう。
相続や遺贈で財産を取得したこと
まず、この特例の対象となるのは、相続(亡くなった方の財産を受け継ぐこと)や遺贈(遺言によって財産を受け継ぐこと)によって財産を取得した方です。遺贈の場合、法定相続人以外の方が財産を受け取った場合でも、他の条件を満たせばこの特例を利用できます。
その財産に対して相続税を納めていること
この特例は、支払った相続税を基に計算するため、相続税を納めていることが絶対条件です。例えば、「配偶者の税額軽減」という制度を使って配偶者が財産を相続し、結果的に相続税が0円になった場合や、相続財産が基礎控除額(3,000万円+600万円×法定相続人の数)の範囲内で相続税がかからなかった場合は、この特例を使うことができません。
相続が始まってから3年10ヶ月以内に売却していること
特例には期限があります。財産を売却するタイミングが非常に重要で、「相続開始のあった日の翌日から3年10ヶ月以内」に売却を完了させる必要があります。この期間は、相続税の申告期限である「相続開始から10ヶ月」と、その翌日から「3年」を合わせたものです。この期間を1日でも過ぎてしまうと特例は使えなくなってしまうので、売却を考えている場合は、計画的に進めることが大切です。
どれくらい節税できる?取得費加算の計算方法
では、実際にこの特例を使うと、どれくらい税金が安くなるのでしょうか。ここでは、取得費に加算できる金額の計算方法と、具体的な例を見ていきましょう。
取得費に加算できる相続税額の計算式
取得費に加算できる相続税額は、以下の計算式で算出します。少し複雑に見えるかもしれませんが、一つひとつの項目が何を指すのかが分かれば大丈夫ですよ。
加算する相続税額 = その人が納めた相続税の総額 × (売却した財産の相続税評価額 ÷ その人が相続した全財産の課税価格)
つまり、自分が納めた相続税のうち、今回売却した財産が占める割合分を計算して、その金額を取得費にプラスできるということです。
具体例で計算してみよう
言葉だけだと分かりにくいので、具体的な数字を使ってシミュレーションしてみましょう。
【前提条件】
- Aさんが相続した財産:土地(相続税評価額1億円)、預金5,000万円
- Aさんが相続した全財産の課税価格:1億5,000万円
- Aさんが納めた相続税の総額:2,000万円
- 今回売却する財産:相続した土地(相続税評価額1億円)
- 土地の売却価格:1億2,000万円
- 土地の取得費(被相続人が購入したときの価格):不明のため、売却価格の5%(600万円)とする
- 譲渡費用(仲介手数料など):400万円
1. まず、取得費に加算できる相続税額を計算します。
2,000万円 × (1億円 ÷ 1億5,000万円) ≒ 1,333万円
2. 次に、特例を使った場合の譲渡所得を計算します。
1億2,000万円 – (取得費600万円 + 譲渡費用400万円 + 加算額1,333万円) = 9,667万円
3. もし、特例を使わなかった場合の譲渡所得を計算すると…
1億2,000万円 – (取得費600万円 + 譲渡費用400万円) = 1億1,000万円
この土地の所有期間が5年を超えていると仮定すると、譲渡所得にかかる税率(所得税+住民税)は20.315%です。特例を使うことで譲渡所得が1,333万円も少なくなるため、約270万円(1,333万円 × 20.315%)もの節税につながることがわかりますね。
取得費加算の特例を使うときの注意点
この特例を上手に活用するために、いくつか知っておいていただきたい注意点があります。
売却期限(3年10ヶ月)を意識しよう
何度かお伝えしましたが、3年10ヶ月という期限はとても重要です。特に不動産の売却は、買い手を見つけるのに時間がかかることもあります。相続が発生して、将来的に売却する可能性があるなら、早めに準備を始めることをおすすめします。相続人同士での話し合い(遺産分割協議)が長引いてしまうと、売却活動を始めるのが遅れて期限に間に合わなくなる可能性もあるので注意が必要です。
確定申告を忘れずに行う
この特例の適用を受けるためには、必ず確定申告が必要です。財産を売却した年の翌年2月16日から3月15日までの間に、税務署に申告手続きを行ってください。特例を適用した結果、計算上の利益がゼロになり、納める税金がなくなったとしても、申告自体は必要ですので忘れないようにしましょう。申告の際には、「相続財産の取得費に加算される相続税の計算明細書」などの書類を添付します。
代償分割の場合は計算が複雑になることも
遺産分割の方法の一つに「代償分割」があります。これは、特定の相続人が不動産など分けにくい財産を相続するかわりに、他の相続人に現金(代償金)を支払う方法です。この代償分割で財産を取得した人がその財産を売却する場合、取得費加算の計算が少し複雑になり、節税効果が小さくなることがありますので、遺産分割の方法を決める際には注意が必要です。
他の特例と併用できる?できない?
相続した不動産を売却する際には、ほかにも使える税金の特例があります。取得費加算の特例と併用できるものとできないものがあるので、どちらを使うのが一番お得かしっかりと検討することが大切です。
併用できる特例
以下の特例は、要件を満たせば取得費加算の特例と併用が可能です。組み合わせることで、さらに大きな節税効果が期待できます。
特例の名前 | どんな制度? |
居住用財産を譲渡した場合の3,000万円の特別控除 | 相続した実家が一定の要件を満たすマイホームだった場合に、譲渡所得から最高3,000万円を控除できる制度です。 |
特定の居住用財産の買換え特例 | マイホームを買い換えた場合に、売却した年の譲渡所得への課税を、買い換えた家を将来売却する時まで繰り延べできる制度です。 |
併用できない特例
一方で、以下の特例は取得費加算の特例と併用することができません。どちらか一方、より節税効果が高い方を選ぶ「選択適用」となります。
特例の名前 | どんな制度? |
被相続人の居住用財産(空き家)を売ったときの特例(空き家特例) | 亡くなった方が一人で住んでいた家(空き家)を相続し、一定の要件を満たして売却した場合に、譲渡所得から最高3,000万円を控除できる制度です。 |
どちらの特例を使った方が有利になるかは、売却する不動産の状況や納めた相続税額によって異なります。ご自身の状況に合わせて、どちらがよりお得になるかシミュレーションしてみることが重要です。
まとめ
今回は、「相続税の取得費加算の特例」について詳しくご説明しました。最後に、大切なポイントをもう一度おさらいしましょう。
- この特例は、相続した財産を相続開始から3年10ヶ月以内に売却し、かつ相続税を納めている場合に使える節税制度です。
- 支払った相続税の一部を、売却した財産の取得費に上乗せすることで、譲渡所得にかかる税金の負担を軽くすることができます。
- 特例の適用を受けるには、財産を売却した翌年に確定申告をする必要があります。
- 期限があるため、相続財産の売却を検討している場合は、早めに計画を立てて行動することが成功のカギです。
相続に関する税金の手続きは複雑で、判断に迷うことも多いかと思います。もしご自身での判断が難しいと感じたら、税理士などの専門家に相談してみるのも一つの方法です。大切な財産を上手に活用するために、ぜひこの制度を覚えておいてくださいね。
参考文献
相続税の取得費加算に関するよくある質問まとめ
Q.相続税の取得費加算とは、そもそも何ですか?
A.相続で取得した財産(土地や株式など)を売却した際に、支払った相続税の一部をその財産の取得費に上乗せできる制度です。これにより、売却益が減り、所得税や住民税を節税できます。
Q.取得費加算の特例は、いつまでに財産を売却すれば使えますか?
A.相続が開始された日の翌日から、相続税の申告期限の翌日以後3年を経過する日までに売却する必要があります。つまり、相続開始から3年10ヶ月以内が期限となります。
Q.取得費加算の特例を受けるための主な要件は何ですか?
A.主な要件は3つです。①相続や遺贈により財産を取得したこと、②その財産を取得した人に相続税が課税されたこと、③その財産を相続開始から3年10ヶ月以内に売却したことです。
Q.取得費に加算できる相続税額は、どのように計算しますか?
A.計算式は「その人の相続税額 × (売却した財産の相続税評価額 ÷ その人の相続税の課税価格)」です。簡単に言うと、相続税全体のうち、売却した財産が占める割合に応じて加算額が決まります。
Q.相続した土地ではなく、建物を解体して更地として売却した場合も特例の対象になりますか?
A.はい、対象になります。相続した土地の上にあった建物を取り壊して土地だけを売却した場合でも、土地については取得費加算の特例を適用できます。
Q.小規模宅地等の特例を使った土地を売却した場合、取得費加算はどうなりますか?
A.小規模宅地等の特例を適用して相続税が軽減された場合、取得費加算の計算に使う「相続税評価額」も特例適用後の金額になります。そのため、加算できる金額は少なくなります。