ご家族が経営していた事業を相続する際、「営業権」という言葉を耳にすることがあるかもしれません。これは、お店の信用やブランド力、長年のお付き合いがある顧客との関係といった、目には見えない価値のことです。相続税の申告では、この営業権も財産として評価し、「営業権の評価明細書」という書類を作成して提出する必要があります。なんだか専門的で難しそう…と感じるかもしれませんが、ご安心ください。この記事では、評価明細書の書き方を一つひとつ丁寧に解説していきますので、一緒に確認していきましょう。
まずは知っておきたい!営業権(のれん)の基本
「営業権の評価明細書」を作成する前に、まずは営業権そのものについて少しだけ理解を深めておきましょう。どういったものが評価の対象になり、どのような場合に評価が不要になるのかを知っておくことが、スムーズな手続きへの第一歩になりますよ。
営業権(のれん)ってどんなもの?
営業権は、一般的に「のれん」とも呼ばれ、会社が持つブランドイメージ、長年培ってきた独自の技術やノウハウ、顧客との良好な関係など、帳簿には載らない無形の資産を指します。これらの価値があるからこそ、他の会社よりも多くの利益を生み出せる、というわけですね。この「他の会社よりも多く稼げる力」を金額に換算したものが、営業権の評価額になります。
相続税の評価が必要な営業権
個人事業や法人の事業を引き継ぐ場合、その事業が今後も安定して利益を生み出す力を持っていれば、それは価値のある財産とみなされます。例えば、特定の地域で長年愛されている飲食店や、独自の技術で固定客を持つ製造業などが挙げられます。このように、事業そのものに価値があり、事業主が変わってもその価値が引き継がれる場合には、営業権を評価して相続税の対象に含める必要があります。
評価が不要になるケースもある?
すべての事業で営業権の評価が必要なわけではありません。例えば、医師や弁護士、税理士、あるいは特別な技能を持つデザイナーや職人さんのように、その人の持つ専門資格や特殊な技術、個人の才能に事業の価値が大きく依存している場合です。こうした場合、事業主ご本人が亡くなると、その事業の価値も共になくなってしまうと考えられるため、原則として営業権の評価は不要とされています。
営業権の評価額を計算する2つのステップ
営業権の評価額は、国税庁が定めた計算方法に沿って算出します。一見すると複雑に見えるかもしれませんが、大きく2つのステップに分かれています。まずは全体の流れを掴んで、計算のイメージを持ってみましょう。
ステップ1:超過利益金額を計算しよう
最初のステップは、その会社が「平均的な会社と比べてどれだけ多く利益を上げているか」を示す「超過利益金額」を計算することです。この金額が、営業権の価値の源泉となります。計算式は以下の通りです。
【計算式1】
(「平均利益金額」× 0.5) - 「標準企業者報酬額」 - (「総資産価額」 × 0.05) = 「超過利益金額」
この式に出てくる各項目については、後ほど詳しくご説明しますね。
ステップ2:営業権の価額を算出しよう
ステップ1で計算した「超過利益金額」がプラスになったら、次はいよいよ営業権の価額を算出します。「超過利益が将来何年間続くか」を考慮して、現在の価値に割り引いて計算する、というイメージです。営業権が続く期間(持続年数)は、原則として10年と定められています。
【計算式2】
「超過利益金額」 × 「営業権の持続年数(10年)に応ずる基準年利率による複利年金現価率」 = 「営業権の価額」
もし「超過利益金額」がマイナス、つまりゼロを下回った場合は、営業権の価額は0円となります。
計算に必要な4つの項目を詳しく見ていこう
さて、先ほどの計算式に出てきた4つの重要な項目、「平均利益金額」「標準企業者報酬額」「総資産価額」「複利年金現価率」の求め方を、それぞれ具体的に見ていきましょう。ここが評価のキーポイントになります。
「平均利益金額」の求め方
平均利益金額とは、過去3年間の所得金額の平均値です。個人の場合は相続が開始された年の前年からさかのぼって3年間、法人の場合は相続開始直前の事業年度末からさかのぼって3年間の所得を基に計算します。ただし、所得の金額をそのまま使うわけではなく、いくつかの調整が必要です。
| 調整で加算するもの | 青色事業専従者給与額、事業専従者控除額、損金に算入された役員の賞与など |
| 調整で減算するもの | 土地の売却益などの非経常的な利益、借入金の支払利息など |
これらの調整を行い、事業の経常的な収益力を正確に反映させることが大切です。
「標準企業者報酬額」の求め方
標準企業者報酬額は、事業主個人(または経営者)の働きに対する報酬分を利益から差し引くためのものです。これは先ほど計算した「平均利益金額」の額に応じて、以下の4つの区分で計算式が決まっています。
| 平均利益金額 | 標準企業者報酬額の計算式 |
| 1億円以下の場合 | 平均利益金額 × 0.3 + 1,000万円 |
| 1億円超 3億円以下の場合 | 平均利益金額 × 0.2 + 2,000万円 |
| 3億円超 5億円以下の場合 | 平均利益金額 × 0.1 + 5,000万円 |
| 5億円超の場合 | 平均利益金額 × 0.05 + 7,500万円 |
「総資産価額」の求め方
総資産価額は、会社の貸借対照表に載っている資産の帳簿上の金額ではなく、相続税を計算する際の評価額(相続税評価額)で計算します。個人の場合は相続開始時点、法人の場合は直前の事業年度末時点の総資産を、土地は路線価で、建物は固定資産税評価額で、といったように財産評価基本通達に基づいて一つひとつ評価し直した合計額を使います。この作業は非常に専門的で手間がかかる部分です。
「複利年金現価率」の求め方
「複利年金現価率」という言葉は難しく聞こえますが、これは国税庁のホームページで公開されている数値を使いますので、ご自身で計算する必要はありません。手順は以下の通りです。
- 国税庁のウェブサイトで、相続が開始された年分の「基準年利率について」というページを探します。
- その中にある「長期(7年以上)」の利率を確認します。これが「基準年利率」です。
- 次に、同じく国税庁ウェブサイトの「複利表」の中から、先ほど確認した基準年利率が適用される表を探します。
- その表の中から、「年数」が「10」の行にある「複利年金現価率」の数値を使います。
これで計算に必要な全てのパーツが揃いましたね。
いよいよ実践!営業権の評価明細書の書き方
必要な数字が全て算出できたら、いよいよ「営業権の評価明細書」に記入していきます。この明細書は、国税庁のウェブサイトから様式をダウンロードできます。様式に沿って、計算した数字を順番に埋めていくだけで、最終的な営業権の価額が算出できるようになっていますよ。
記載項目と流れ
明細書は、これまでに解説した計算の流れに沿った構成になっています。
- まず、過去3年間の所得金額や調整項目を記入し、「平均利益金額」を計算します。
- 次に、総資産の相続税評価額を記入し、「総資産価額」を確定させます。
- これらの数値を基に、「超過利益金額」を計算する欄を埋めていきます。
- 最後に、「超過利益金額」と国税庁のサイトで確認した「複利年金現価率」を記入し、最終的な「営業権の価額」を算出します。
上から順番に転記していけば完成するようになっているので、落ち着いて進めていきましょう。
特に注意したいポイント
明細書を作成する際には、いくつか間違いやすいポイントがありますので、事前に確認しておきましょう。
- 金額の単位に注意!
相続税の他の書類では金額を「千円単位」で記入することが多いのですが、「営業権の評価明細書」は「円単位」で記入します。桁を間違えないように十分注意してくださいね。 - 事業年度の順序を確認!
所得金額を記入する際、様式によっては「直前期」が一番上だったり、一番下だったりします。他の書類の書き方と同じだと思い込まず、必ず様式に書かれている「直前期」「直前々期」などの表記を確認してから記入しましょう。 - 繰越欠損金の扱い
法人の所得金額を計算する際、税務申告書上の所得金額は繰越欠損金が控除された後の金額になっていることがあります。営業権の評価では、原則として繰越欠損金を控除する前の金額を基に計算しますので、この点も注意が必要です。
評価明細書作成でよくある質問(Q&A)
ここでは、営業権の評価で皆さんが疑問に思いがちな点について、Q&A形式でお答えします。
Q. 赤字続きの会社でも営業権の評価は必要ですか?
A. はい、評価自体は必要です。計算の結果、「超過利益金額」がマイナスまたはゼロになる場合、営業権の評価額は0円となります。その場合でも、きちんと評価した結果として0円であったことを示すために、評価明細書の作成と提出が求められることが一般的です。
Q. どこで様式を手に入れられますか?
A. 「営業権の評価明細書」の様式は、国税庁のホームページからPDF形式などでダウンロードすることができます。「相続税の申告手続」などのページで探してみてください。申告する年に対応した最新の様式を利用するようにしましょう。
Q. 計算が複雑で自信がありません。どうすれば良いですか?
A. 営業権の評価、特に「総資産価額」を相続税評価額で計算する作業は、非常に専門的な知識が求められます。もし計算に少しでも不安を感じたり、ご自身の状況が複雑だと感じたりした場合は、無理をせず税理士などの専門家に相談することを強くおすすめします。正確な申告のためにも、専門家の力を借りるのは賢明な選択ですよ。
まとめ
今回は、「営業権の評価明細書」の書き方について、計算のステップから具体的な注意点まで詳しく解説しました。営業権の評価は、手順に沿って一つずつ計算していくことが大切です。特に、事業の収益力を示す「平均利益金額」と、財産の価値を正しく評価した「総資産価額」の算出が重要なポイントになります。この記事が、皆さんの相続手続きの一助となれば幸いです。もし手続きを進める中で難しいと感じることがあれば、一人で抱え込まず、専門家への相談も検討してみてくださいね。
参考文献
営業権の評価明細書に関するよくある質問
Q.「営業権の評価明細書」とは何ですか?
A.相続税や贈与税の申告時に、個人事業の営業権(のれん)の価値を計算し、その詳細を記載するための書類です。M&A(事業譲渡)の際にも価額算定の根拠資料として利用されることがあります。
Q.営業権の評価明細書はどのような場合に必要になりますか?
A.主に、個人事業を相続や贈与で引き継ぐ際の相続税・贈与税申告で必要となります。事業が黒字で、同業他社と比べて高い収益力(超過収益力)があると認められる場合に評価・提出します。
Q.営業権の評価額はどのように計算するのですか?
A.「超過収益力」を基に計算します。具体的には「(平均利益額 − 標準的な報酬額 − 総資産価額 × 一定利率) × 持続年数に応じた係数」という計算式で算出します。各項目を正確に把握することが重要です。
Q.計算で使う「超過収益力」とは何ですか?
A.その事業が持つブランド力や技術、顧客との関係など、目には見えない無形の価値によって、同業の平均的な事業よりも多く稼げる力のことです。この超過収益力が大きいほど、営業権の評価額は高くなります。
Q.営業権の評価明細書の様式はどこで入手できますか?
A.国税庁のウェブサイトから相続税申告用の様式(第8表)をダウンロードできます。ご自身での作成も可能ですが、計算が複雑なため、税理士などの専門家に相談することをおすすめします。
Q.営業権の評価額がゼロになることはありますか?
A.はい、あります。計算の結果、超過収益力がない(マイナスになる)と判断された場合、営業権の評価額はゼロとなります。赤字の事業や、収益性が平均以下の事業などが該当します。