会社の発展に尽力された経営者が万が一お亡くなりになった場合、ご遺族のその後の生活を支えるために「死亡退職金」が支払われることがあります。これは、故人の功績に報いる大切な制度ですが、「いくらまで支払っていいの?」と疑問に思う方も多いのではないでしょうか。実は、死亡退職金はいくらでも自由に支払えるわけではなく、適正な金額を超えてしまうと、会社やご遺族にとって税金の問題が発生する可能性があります。この記事では、経営者の死亡退職金の相場や計算方法、税金との関係、そして事前に準備すべきことについて、わかりやすく解説していきますね。
経営者の死亡退職金とは?基本を理解しよう
まずは、経営者の死亡退職金がどのようなものなのか、基本的なところから押さえていきましょう。よく似た言葉である「通常の退職金」や「弔慰金」との違いを知ることで、理解が深まりますよ。
死亡退職金と通常の退職金の違い
一番大きな違いは、誰が受け取り、どんな税金がかかるかという点です。通常の退職金(生存退職金)は、退職した本人が受け取り、その方の「所得税・住民税」の対象となります。一方、死亡退職金は、役員が在任中にお亡くなりになった場合に、そのご遺族が受け取るものです。これは税法上、「みなし相続財産」として扱われ、ご遺族の「相続税」の対象となるのが原則です。
| 種類 | 内 容 |
| 死亡退職金 | 役員の死亡時に遺族が受け取る。原則として相続税の対象。 |
| 通常の退職金 | 役員の退職時に本人が受け取る。所得税・住民税の対象。 |
死亡退職金と弔慰金(ちょういきん)の違い
死亡退職金と一緒によく耳にするのが「弔慰金」です。弔慰金は、故人への弔意を表し、ご遺族を慰めるために支払われるもので、故人の功績に対する報酬である死亡退職金とは目的が異なります。税務上の扱いも異なり、それぞれに非課税枠が設けられています。両方をうまく活用することで、ご遺族の税負担を軽減できる可能性があるんですよ。
| 種類 | 目的と性質 |
| 死亡退職金 | 故人の生前の功績に対する報酬。 |
| 弔慰金 | 故人への弔意と、遺族を慰めるためのもの。 |
この二つは性質が違うため、税金の非課税枠も別々に設けられています。詳しくは後ほど解説しますね。
経営者の死亡退職金はいくらが適正?計算方法と相場
では、具体的に経営者の死亡退職金はいくらくらいが妥当なのでしょうか。会社の経費として認められ、税務署から指摘を受けないための「適正額」の計算方法について見ていきましょう。
適正額の計算で使われる「功績倍率法」
役員の退職金の適正額を計算する際、最も一般的に用いられるのが「功績倍率法」という方法です。計算式は以下の通りで、とてもシンプルです。
退職金 = 最終報酬月額 × 役員在任年数 × 功績倍率
例えば、最終報酬月額が100万円、役員在任年数が20年、功績倍率が3.0倍の場合、退職金は100万円 × 20年 × 3.0 = 6,000万円と計算できます。この計算式は、会社の経費(損金)として認められるかどうかの判断基準にもなるため、非常に重要です。
役職ごとの功績倍率の目安
計算式の中でも特にポイントとなるのが「功績倍率」です。この倍率は法律で明確に定められているわけではありませんが、一般的に以下のような水準が目安とされています。
| 役 職 | 功績倍率の目安 |
| 代表取締役(社長) | 2.5~3.0倍 |
| 専務取締役 | 2.0~2.5倍 |
| 常務取締役 | 1.5~2.0倍 |
| 取締役 | 1.0~1.5倍 |
| 監査役 | 1.0~1.5倍 |
会社の規模や業種、故人の貢献度によって変動しますが、この目安から大きく外れた高い倍率を設定すると、税務調査で否認されるリスクが高まるので注意が必要です。
不相当に高額だとどうなる?
もし、功績倍率法で計算した適正額を大幅に超える死亡退職金を支払った場合、その「高額すぎる」と判断された部分は、会社の経費(損金)として認められなくなります。これを「損金不算入」といいます。損金として認められないと、その分会社の利益が増えることになるため、結果的に法人税の負担が増えてしまうのです。ご遺族のためを思ったつもりが、会社の経営を圧迫することにもなりかねないので、適正額の範囲内で支給することが大切です。
死亡退職金にかかる税金の種類と非課税枠
ご遺族が死亡退職金を受け取った場合、どのような税金がかかるのでしょうか。受け取るタイミングや金額によって扱いが異なるため、しっかり確認しておきましょう。
亡くなってから3年以内の支給は「相続税」の対象
役員の死亡後3年以内に支給が確定した死亡退職金は、「みなし相続財産」として相続税の課税対象になります。これは、故人が亡くなったことを原因として受け取る財産であるため、相続財産と同じように扱われる、という考え方です。
亡くなってから3年を超えると「所得税」の対象に
もし、何らかの事情で死亡退職金の支給が確定するのが亡くなってから3年を超えた場合、その退職金は相続税の対象ではなく、受け取ったご遺族の「一時所得」として所得税の課税対象となります。ただ、このようなケースは非常に稀ですし、意図的に支給を遅らせると税務署から指摘を受ける可能性もあるため、通常は3年以内に手続きを完了させることが一般的です。
死亡退職金の非課税限度額
死亡退職金には、ご遺族の生活保障という側面があるため、税金の負担を軽くするための非課税枠が設けられています。非課税になる金額の上限は、以下の式で計算します。
非課税限度額 = 500万円 × 法定相続人の数
例えば、法定相続人が配偶者と子供2人の合計3人いる場合、500万円 × 3人 = 1,500万円までが非課税となります。受け取った死亡退職金の総額からこの非課税限度額を差し引いた金額が、相続税の課税対象になるわけですね。
弔慰金の非課税枠も活用しよう
先ほど少し触れた「弔慰金」にも、死亡退職金とは別に非課税枠があります。この枠を上手に使うことで、さらに税負担を抑えることができます。
| 死亡の原因 | 弔慰金の非課税限度額 |
| 業務上の死亡の場合 | 故人の死亡時の月額報酬 × 36ヶ月分 |
| 業務外の死亡の場合 | 故人の死亡時の月額報酬 × 6ヶ月分 |
例えば、業務外で亡くなった役員の月額報酬が100万円だった場合、600万円までの弔慰金は非課税で受け取れます。死亡退職金と弔慰金を適切に区分して支給することで、ご遺族の手元により多くのお金を残すことが可能になります。
死亡退職金の規定がない場合の対応方法
中小企業では、役員の退職金に関する明確な規定(ルール)を設けていないケースも少なくありません。もし規定がない場合、どのように死亡退職金を支払えばよいのでしょうか。
原則は株主総会の決議が必要
従業員の退職金は就業規則に基づいて支払われますが、役員の退職金は法律で支払いが義務付けられているわけではありません。そのため、定款や「役員退職慰労金規程」に定めがない場合は、原則として株主総会の決議を経て、支給額や支給方法を決定する必要があります。株主の承認が得られなければ、退職金を支払うことはできません。もし決議なしに支払ってしまうと、後から返還を求められるなどのトラブルに発展する可能性もあります。
事前に「役員退職慰労金規程」を作成するメリット
いざという時に慌てたり、株主間で揉めたりするのを避けるためにも、生前のうちに「役員退職慰労金規程」を作成しておくことを強くおすすめします。規程を整備しておくことには、以下のようなメリットがあります。
- 支給基準が明確になり、スムーズに手続きを進められる。
- 株主総会での承認が得やすくなる。
- 税務調査の際に、支給額の妥当性を証明する根拠となる。
- ご遺族に「思ったより少ない」といった不満を与えずに済む。
規程という形で客観的なルールを定めておくことで、会社とご遺族の双方を守ることにつながるのです。
規程を作成する際のポイント
「役員退職慰労金規程」を作成する際は、誰に、いつ、いくら、どのように支払うのかを具体的に定めておくことが大切です。特に金額の算定根拠となる功績倍率法の計算式や、役職ごとの倍率を明記しておくと良いでしょう。規程を作成した後は、株主総会で承認を得て、議事録をきちんと保管しておくことも忘れないようにしてくださいね。
死亡退職金を支払う会社の注意点
最後に、死亡退職金を支払う会社側が注意すべき点をいくつかご紹介します。手続きをスムーズに進め、税務上のリスクを避けるために大切なポイントです。
損金算入のタイミングはいつ?
会社が死亡退職金を経費(損金)として計上できるタイミングは、原則として「株主総会で支給額が確定した日」の事業年度です。ただし、実際に支払った事業年度に損金経理をすれば、その事業年度に損金算入することも認められています。会社の利益状況を見ながら、どちらのタイミングで損金算入するのが有利かを検討すると良いでしょう。
資金繰りの確保を忘れずに
死亡退職金は数千万円単位の高額になることも珍しくありません。突然の支出は会社のキャッシュフローを大きく圧迫する可能性があります。そうした事態に備え、事前に生命保険などを活用して、退職金の支払原資を計画的に準備しておくことが非常に重要です。生命保険金を原資にすれば、会社の資金繰りに影響を与えることなく、スムーズに退職金を支払うことができます。
必要な手続きと提出書類
役員が亡くなった場合、会社は様々な手続きを行う必要があります。例えば、役員変更の登記申請(死亡後2週間以内)や、税務署への「退職手当金等受給者別支払調書」の提出(支払額が100万円を超える場合)などです。これらの手続きには期限が設けられているものも多いため、税理士などの専門家と連携しながら、漏れなく進めていくことが大切です。
まとめ
今回は、経営者の死亡退職金について、その仕組みや適正額の計算方法、税金との関係、そして事前の準備について解説しました。最後に、大切なポイントをもう一度おさらいしましょう。
- 経営者の死亡退職金は、故人の功績に報い、ご遺族の生活を守るための大切な制度です。
- 支給額は「最終報酬月額 × 役員在任年数 × 功績倍率」で計算される功績倍率法で適正額を算出するのが一般的です。
- 不相当に高額な部分は、会社の経費(損金)として認められず、法人税が増える可能性があります。
- ご遺族が受け取る際は相続税の対象となり、「500万円 × 法定相続人の数」という非課税枠が使えます。
- 弔慰金にも別途非課税枠があるため、併用することで節税効果が期待できます。
- いざという時に備え、生前のうちに「役員退職慰労金規程」を整備し、株主総会で承認を得ておくことが最も重要です。
大切な経営者の功績にしっかりと報い、残されたご遺族の生活を安心して支えるためにも、ぜひ生前から税理士などの専門家と相談しながら、計画的に準備を進めておきましょう。
参考文献
経営者の死亡退職金に関するよくある質問まとめ
Q.経営者(役員)の死亡退職金は、いくらまで損金にできますか?
A.税務上、明確な上限額はありませんが、「不相当に高額」と判断されると一部が損金不算入となります。一般的には「最終月額報酬 × 役員在任年数 × 功績倍率」という功績倍率法で計算された金額が適正額とされます。
Q.死亡退職金の計算で使われる「功績倍率」とは何ですか?
A.功績倍率は、故人の役職や会社への貢献度を示す係数です。一般的に、社長は3.0倍、専務は2.5倍、常務は2.0倍、平取締役は1.5倍程度が目安とされていますが、会社の規模や同業他社の水準も考慮されます。
Q.死亡退職金と弔慰金(ちょういきん)の違いは何ですか?
A.死亡退職金は故人の生前の功績に対する報酬の後払い的な性格を持つのに対し、弔慰金は遺族への見舞金・お悔やみの意味合いで支払われます。それぞれ税務上の取り扱いや非課税枠が異なります。
Q.遺族が受け取る死亡退職金に税金はかかりますか?
A.はい、相続税の課税対象となります。ただし、「500万円 × 法定相続人の数」という非課税枠が設けられており、その金額を超える部分が課税対象です。これを「みなし相続財産」と呼びます。
Q.死亡退職金の金額で税務調査の対象になることはありますか?
A.はい、あります。特に功績倍率が著しく高い場合や、計算根拠が不明確な場合、「不相当に高額な部分」として損金算入を否認されるリスクがあります。議事録などの証拠資料を整備しておくことが重要です。
Q.死亡退職金を支払うには、どのような手続きが必要ですか?
A.一般的に、株主総会や取締役会で死亡退職金の支給額や支給方法を決議し、その議事録を作成・保管する必要があります。定款や役員退職慰労金規程に定めがある場合は、その規定に従って手続きを進めます。