会社の発展に尽力されてきた経営者の皆様にとって、勇退後の生活を支える退職金は非常に重要なものですよね。しかし、会社の資金から一度に多額の退職金を支払うのは、経営に大きな影響を与えかねません。そこで多くの中小企業で活用されているのが、生命保険を使った役員退職金の準備方法です。この記事では、生命保険で経営者の退職金を準備する効果や、具体的なメリット・デメリット、注意点について、わかりやすく解説していきます。
そもそも役員退職金とは?
まずは、役員退職金がどのようなものか、基本から確認しておきましょう。従業員の退職金とは少し違う点もあるんですよ。
役員退職金の定義
役員退職金とは、取締役や監査役といった会社の役員が退任する際に、その功労に報いるために会社から支払われるお金のことです。「役員退職慰労金」とも呼ばれます。従業員の場合は就業規則の退職金規程に基づいて支給されますが、役員退職金を支給するには、定款に定めるか、株主総会の決議が必要になるのが一般的です。
役員退職金の種類
役員退職金には、大きく分けて2つの種類があります。目的が少し違うんです。
| 退職慰労金 | 経営者がご存命のうちに退任(勇退)する際に支払われるお金です。長年の会社への貢献に対する感謝の気持ちが込められています。 |
| 死亡退職金 | 経営者が在任中に亡くなられた場合に、ご遺族に支払われるお金です。ご遺族のその後の生活保障や、相続税の納税資金としての役割を担います。 |
役員退職金の準備方法
役員退職金という大きなお金を準備するには、計画性が大切です。主な準備方法には、銀行預金や有価証券投資などがありますが、それぞれに特徴があります。例えば、銀行で積み立てる方法は確実ですが、利益に対して法人税がかかった上で積み立てることになります。そこで、多くの企業が選択肢として考えているのが、法人向けの生命保険を活用する方法です。計画的に資金を準備しながら、さまざまなメリットが期待できるため、注目されています。
生命保険で役員退職金を準備するメリット
では、なぜ多くの経営者が退職金の準備に生命保険を選ぶのでしょうか。ここからは、具体的なメリットを3つご紹介しますね。
計画的に退職金を準備できる
生命保険に加入すると、毎月や毎年、決まった保険料を支払うことになります。これは、いわば強制的に退職金の原資を積み立てていく仕組みです。会社の利益が出たときに「今期は好調だから少し多めに…」と積み立てる方法だと、業績によっては計画通りに進まないこともあります。保険であれば、半ば自動的にコツコツと、将来必要な退職金財源を計画的かつ確実に貯めていくことができます。
法人税の負担を軽減する効果がある
法人向けの生命保険は、保険の種類や契約形態によって、支払う保険料の一部または全部を損金(経費)として計上できます。利益から損金を差し引いたものが課税対象の所得になるため、損金が増えれば、その分、法人税の負担を軽減する効果が期待できるのです。ただし、2019年の税制改正でルールが変更され、解約返戻率の高い保険ほど損金にできる割合が制限されるようになりました。とはいえ、税負担を繰り延べながら退職金を準備できる点は大きな魅力です。
| 最高解約返戻率 | 損金算入できる割合(目安) |
| 50%以下 | 全額損金 |
| 50%超~70%以下 | 保険料の60%を損金算入 |
| 70%超~85%以下 | 保険料の40%を損金算入 |
| 85%超 | 保険期間などにより複雑な計算が必要 |
※上記は簡略化した目安です。実際の経理処理は契約内容によります。
緊急時の資金確保(事業保障)にもなる
生命保険は、単なる貯蓄ではありません。本来の目的である「保障」機能が、会社の経営を守ることにも繋がります。もし経営者に万が一のことがあった場合、会社は死亡保険金を受け取ることができます。この保険金は、会社の借入金返済や、当面の運転資金、従業員へのお給料などに充てることができ、事業の継続を支える「事業保障資金」としての役割を果たします。また、「契約者貸付制度」を利用すれば、保険を解約しなくても解約返戻金の一定範囲内(一般的に70%~90%)で、急な資金需要に対応することも可能です。
生命保険で役員退職金を準備するデメリット
メリットが多い一方で、もちろん注意すべきデメリットもあります。良い面と悪い面の両方をしっかり理解して、慎重に判断することが大切ですよ。
資金繰りが悪化するリスク
保険料は、長期間にわたって継続的に支払う必要があります。会社の利益やキャッシュフローに対して、あまりにも高額な保険料を設定してしまうと、かえって会社の資金繰りを圧迫してしまう可能性があります。会社の業績は常に安定しているとは限りません。将来の事業計画も見据えながら、無理のない範囲で保険料を設定することが非常に重要です。
短期解約による元本割れのリスク
貯蓄性のある生命保険は、加入してすぐの時期に解約すると、支払った保険料の総額よりも解約返戻金が少なくなってしまう「元本割れ」のリスクがあります。一般的に、解約返戻率は加入から数年かけて徐々に上昇し、ピークを迎えた後、満期に向かって減少していきます。急な資金繰りの悪化などでやむを得ず早期に解約すると、退職金原資を準備するどころか、損失を出してしまう可能性があるので注意が必要です。
税務調査で否認されるリスク
役員退職金は、会社にとって大きな損金となります。そのため、税務調査ではその金額が適正かどうかが厳しくチェックされます。もし、役員の功績に対して「不相当に高額」だと税務署に判断された場合、高額とみなされた部分の損金算入が認められない(否認される)可能性があります。そうなると、追加で法人税を納めなければならなくなります。誰が見ても納得できる、客観的な根拠に基づいて金額を算定することが不可欠です。詳しくは後述しますね。
役員退職金の準備に活用できる生命保険の種類
ひとくちに生命保険と言っても、いろいろな種類があります。ここでは、役員退職金の準備によく活用される代表的な3つの保険をご紹介します。
| 保険の種類 | 特 徴 |
| 逓増定期保険 | 保険期間の経過とともに保障額が増えていく(逓増する)定期保険です。保険料は比較的高めですが、解約返戻率のピークが比較的早く訪れる傾向があるため、短期間(5年~10年程度)で退職金の準備をしたい場合に適しています。 |
| 長期平準定期保険 | 保険期間が99歳満了など非常に長く、保障額が一定(平準)の定期保険です。保険料の払込期間も長くなるため、月々の負担を抑えながら、20年~30年といった長期間かけてじっくりと退職金を準備したい場合に向いています。 |
| 養老保険 | 保険期間中に亡くなられた場合は死亡保険金、満期までご存命だった場合は死亡保険金と同額の満期保険金が受け取れる、貯蓄性の高い保険です。死亡・生存どちらの場合でも必ず保険金が受け取れる安心感があります。 |
生命保険を活用する際の注意点
生命保険をうまく活用するためには、事前に整えておくべきルールや、知っておくべきポイントがあります。この2点は必ず押さえておきましょう。
役員退職慰労金規程を作成する
先ほどデメリットでも触れましたが、税務調査で退職金が「不相当に高額」と判断されるリスクを避けるために、「役員退職慰労金規程」を必ず作成しておきましょう。これは、役員退職金の支給基準や計算方法などを明確に定めた社内規程のことです。この規程に沿って退職金を支払うことで、その金額が客観的な根拠に基づいていることを税務署に対して示すことができます。規程は、保険に加入するタイミングか、それよりも前に整備しておくことが望ましいです。
退職金の金額は適正か
役員退職金の適正額を算定する一般的な方法として「功績倍率法」があります。これは、退職金の客観的な基準として税務上も広く認められている計算方法です。
計算式: 最終月額報酬 × 役員在任年数 × 功績倍率 = 役員退職金
「功績倍率」は、役員の役職に応じて設定され、一般的に以下のような数値が目安とされています。
| 役職 | 功績倍率の目安 |
| 代表取締役 | 3.0倍 |
| 専務・常務取締役 | 2.5倍 |
| 取締役(平役員) | 2.0倍 |
| 監査役 | 1.5倍 |
この計算式で算出した金額を大きく超える退職金を支給すると、税務調査で否認されるリスクが高まりますので注意しましょう。
まとめ
経営者の退職金を生命保険で準備する方法は、計画的に退職金原資を確保しながら、万が一の際の事業保障も兼ねることができ、さらに法人税の負担を軽減する効果も期待できる、非常に有効な手段です。一方で、資金繰りの悪化や元本割れといったリスク、税務上の注意点も存在します。大切なのは、自社の経営状況や将来のビジョンに合わせて、無理のないプランを慎重に立てることです。生命保険の活用を検討される際は、税理士などの専門家にも相談しながら、会社と経営者ご自身にとって最適な方法を選んでくださいね。
参考文献
国税庁 No.5363 養老保険の保険料の取扱い(令和元年7月8日以後契約分)
経営者の退職金と生命保険に関するよくある質問まとめ
Q.なぜ経営者の退職金準備に生命保険が使われるのですか?
A.保険料の一部または全部を損金として計上しながら、万が一の保障を確保しつつ、解約返戻金を退職金原資に充てられるためです。これにより、計画的に退職金を準備できるメリットがあります。
Q.生命保険で退職金を準備するメリットは何ですか?
A.主に3つのメリットがあります。1つ目は保険料の損金算入による節税効果、2つ目は経営者に万が一のことがあった際の死亡保険金による事業保障、3つ目は解約返戻金を活用した計画的な退職金準備です。
Q.生命保険で退職金を準備するデメリットはありますか?
A.はい、デメリットもあります。早期解約すると元本割れするリスク、保険の種類や加入時期によって税務上の取り扱いが異なる複雑さ、そして保険料の支払いが長期にわたる資金拘束になる点が挙げられます。
Q.生命保険を退職金として現物支給(名義変更)することはできますか?
A.はい、可能です。法人契約の生命保険を退職する役員個人に名義変更することで、退職金として現物支給できます。ただし、その際の評価額の計算や税務上の手続きには専門的な知識が必要です。
Q.保険料を損金算入する際の注意点は何ですか?
A.保険の種類や契約形態、解約返戻率によって損金に算入できる割合が異なります。また、税制は改正されることがあるため、加入を検討する際は最新の税務ルールを確認することが非常に重要です。
Q.退職金として保険を受け取る際の税金はどうなりますか?
A.現金で受け取る場合も、保険契約の名義変更で受け取る場合も、役員退職所得として扱われます。役員退職所得は税制上優遇されており、大きな退職所得控除が適用されるため、他の所得に比べて税負担が軽減されるのが一般的です。