相続税対策でよく耳にする「小規模宅地等の特例」。特にアパート経営などをされている方にとって、「貸付事業用宅地等」の特例は大きな節税効果が期待できますよね。でも、税理士から「相続開始前3年以上の貸付が必要ですよ」と言われて、どういうこと?と疑問に思った方もいるのではないでしょうか。この「3年縛り」のルール、実は知らないと特例が使えず、多額の相続税がかかってしまう可能性も。この記事では、貸付事業用宅地等の3年縛りについて、その内容と特例が使える例外ケースをわかりやすく解説します。
なぜ貸付事業用宅地には「3年縛り」があるの?
相続税の負担を大きく減らせる「小規模宅地等の特例」。その中でも、アパートや駐車場など、人に貸している土地に適用できるのが「貸付事業用宅地等」の特例です。この特例を使うと、土地の評価額を最大200㎡まで50%も減額できるため、相続税対策として非常に有効です。
しかし、この特例には「相続が始まる前の3年以内に貸し始めた土地は原則として対象外」という、通称「3年縛り」というルールがあります。なぜこんなルールができたのでしょうか。
これは、相続が近いとわかってから慌ててアパートなどを建てて、この特例を使って相続税を不当に安くしようとする「駆け込み対策」を防ぐためです。平成30年度の税制改正でこのルールが導入され、本当に事業として土地を活用しているケースに限定して特例を認める趣旨が明確になりました。
「3年縛り」の基本的なルール
「3年縛り」のルールをもう少し詳しく見てみましょう。原則として、亡くなった日(相続開始日)からさかのぼって3年以内に、新たに貸付事業を始めた土地は、小規模宅地等の特例の対象になりません。「新たに」というのがポイントで、例えば、それまでご自身が住んでいた家を取り壊してアパートを建てた場合や、更地だった土地に駐車場を作って貸し始めた場合などが該当します。
つまり、平成30年4月1日以降に貸し付けを始めた土地は、貸付を開始した日から相続が発生する日まで3年以上が経過していないと、原則としてこの特例は使えない、ということになります。せっかく相続税対策として始めたアパート経営でも、このルールを知らないと特例が適用できず、想定外の税金がかかってしまう恐れがあるのです。
「新たに貸付事業の用に供された宅地」ってどんな土地?
では、具体的にどのような土地が「相続開始前3年以内に新たに貸付事業の用に供された宅地」と見なされるのでしょうか。国税庁の考え方では、以下のようなケースが挙げられます。
| ケース | 具体例 |
| それまで貸付以外の用途で使っていた土地 | 被相続人が自宅として住んでいた土地や、事業(貸付以外)で使っていた土地を、新たにアパートや駐車場にして貸し始めた場合。 |
| 何も利用していなかった土地 | 空き地だった土地や、使っていない建物が建っていた土地を、新たに貸し始めた場合。 |
ポイントは、相続開始前3年以内にその土地の利用状況が「貸付」に変わったかどうかです。以前からずっと同じ人に貸している、といったケースは該当しませんが、利用目的が変わった場合は注意が必要です。
【例外】貸付期間が3年未満でも特例が使えるケース
原則として3年以上の貸付が必要ですが、すべてのケースで厳格に適用されるわけではありません。ちゃんと事業として不動産経営を行っている方や、やむを得ない事情がある場合には、貸付期間が3年未満でも特例の適用が認められる例外があります。ここからは、その具体的なケースについて見ていきましょう。ご自身の状況が当てはまるか、ぜひ確認してみてください。
ケース1:事業的規模で貸付事業をしていた場合
亡くなった方が、相続開始前3年を超えて「事業的規模」で不動産貸付業を営んでいた場合は、例外として3年縛りの対象外となります。これは、もともと事業として不動産貸付を行っている人が、事業の一環として新しい物件を取得したと考えられるため、駆け込み対策とは見なされないからです。
ここで言う「事業的規模」とは、所得税の計算で使われる「5棟10室基準」で判断するのが一般的です。
| 貸付資産の種類 | 事業的規模の目安 |
| 独立した家屋(戸建てなど) | おおむね5棟以上 |
| アパート・マンションなど | おおむね10室以上 |
| 駐車場 | 駐車スペース50台分以上(5台で1室と換算) |
例えば、15室のアパートを長年経営している方が、亡くなる1年前に新たに6室のアパートを購入した場合、もともと事業的規模(10室以上)を満たしているので、新しく購入したアパートの敷地も、貸付期間が1年でも特例の対象になります。ただし、この特例を受けるには、相続税の申告時に「3年を超えて事業的規模で貸付をしていたこと」を証明する書類(確定申告書の控えなど)の提出が必要です。
ケース2:3年以内に相次いで相続が発生した場合(相次相続)
例えば、お父様が亡くなり(一次相続)、そのアパートをお母様が相続したけれど、そのお母様も3年以内に亡くなってしまった(二次相続)というケースです。
この場合、お母様自身はアパートを3年間経営していませんが、一次相続から二次相続までの期間が3年以内であれば、3年縛りは適用されません。
なぜなら、これは相続税対策のための駆け込み取得ではなく、やむを得ない事情だからです。一次相続で土地を取得した人が、その土地の貸付事業を引き継いだ後、3年以内に亡くなってしまった場合、二次相続でその土地を取得した相続人は、貸付期間にかかわらず小規模宅地等の特例を適用できます。これは、事業規模の大小にかかわらず認められます。
ケース3:建物の建て替えをしていた場合
もともと貸していたアパートが古くなったため、相続開始前3年以内に建て替えを行った場合も、3年縛りの対象外となることがあります。
建て替え期間中は一時的に貸付が中断されますが、建て替え前から継続して貸付事業を行っており、建て替え後も速やかに賃貸を再開するのであれば、それは「新たに貸付事業を始めた」とは見なされません。事業が継続していると判断されるため、貸付事業用宅地として特例の適用が可能です。
相続が発生した時点でまだ建て替え工事中だったとしても、建て替え後に貸付事業を再開する予定であれば、同様に特例の対象となります。
3年縛りに該当しないか確認する際の注意点
これまで見てきたように、貸付事業用宅地等の特例には複雑なルールがあります。ご自身のケースが特例の対象になるかどうかを判断する際には、いくつか注意すべき点があります。間違った判断をしてしまうと、特例が受けられなくなる可能性もあるため、慎重に確認しましょう。
「相当の対価」での貸付であること
小規模宅地等の特例が適用される「貸付」は、「相当の対価」を得て行われていることが大前提です。例えば、親族に無償(使用貸借)で土地を貸していたり、相場より著しく低い家賃で貸していたりする場合は、貸付事業とは認められません。
一つの目安として、少なくともその土地の固定資産税・都市計画税の年額以上の賃料を受け取っている必要があります。この基準を下回っていると、特例の対象外となる可能性が高いので注意してください。
相続後も事業と土地の保有を継続すること
この特例を受けるためには、土地を相続した親族が、相続税の申告期限(相続開始を知った日の翌日から10か月以内)まで、その土地で貸付事業を継続し、かつ土地を保有し続ける必要があります。
例えば、相続後すぐにアパートを取り壊してしまったり、土地を売却してしまったりすると、特例の要件を満たさなくなり、適用が受けられなくなってしまいます。相続後の土地の活用方法についても、申告期限までは慎重に検討する必要があります。
まとめ
貸付事業用宅地等に適用される小規模宅地等の特例は、相続税を大幅に軽減できる強力な制度ですが、原則として「相続開始前3年以内の貸付は対象外」という「3年縛り」があります。これは駆け込みの相続税対策を防ぐためのルールです。
しかし、すべてのケースで3年以上の貸付が必要なわけではなく、
- 3年を超えて事業的規模(5棟10室基準など)で貸付をしていた場合
- 3年以内に相次相続があった場合
- 貸していた建物を建て替えた場合
など、例外的に3年未満の貸付でも特例が認められるケースがあります。
ご自身の状況がどのケースに当てはまるか、また特例の適用要件をすべて満たしているかの判断は非常に専門的です。少しでも不安な点があれば、相続に詳しい税理士などの専門家に相談し、最適な対策を立てることをお勧めします。
参考文献
No.4124 相続した事業の用や居住の用の宅地等の価額の特例(小規模宅地等の特例)|国税庁
貸付事業用宅地の「3年ルール」に関するよくある質問
Q.貸付事業用宅地の特例で「3年超の貸付」が必要なのはなぜですか?
A.相続税の租税回避を防ぐためです。相続直前に土地を購入して貸し付け、すぐに特例の適用を受けることを防止する目的で、相続開始前3年を超えて事業的規模で貸付事業を行っていることが要件とされています。
Q.相続開始前3年以内に貸付を始めた土地は、特例を全く受けられないのですか?
A.はい、原則としてその土地については小規模宅地等の特例(貸付事業用宅地)の適用は受けられません。ただし、一定の要件を満たす例外的なケースもあります。
Q.貸付期間が3年未満でも特例が使える例外ケースとは何ですか?
A.相続開始前3年以内に事業的規模で貸付を開始した土地でも、その事業が相続開始時まで継続しており、かつ、その事業にかかる建物等の価額が土地の相続時価額の15%以上である場合には、特例の対象となる可能性があります。
Q.親から貸付事業を引き継いだ場合、貸付期間は通算できますか?
A.いいえ、通算できません。特例の判定は、あくまで被相続人(亡くなった方)が相続開始前3年を超えて事業を行っていたかで判断されます。相続人が事業を引き継いでからの期間は考慮されません。
Q.貸付事業の「事業的規模」とはどのくらいですか?
A.一般的に「5棟10室基準」で判断されます。アパート等であればおおむね10室以上、独立家屋であればおおむね5棟以上の貸付を行っている場合を指します。駐車場の規模については個別の判断が必要です。
Q.アパートの建替え期間中も「貸付期間」に含まれますか?
A.建替え期間中は原則として貸付事業が行われていないため、その期間は貸付期間に含まれません。ただし、一定の要件を満たす場合は事業が継続しているとみなされるケースもありますので、注意が必要です。