「全財産を長男に相続させる」という遺言書が見つかったとき、残された配偶者や他の兄弟は「自分たちには何も残されないの?」と不安になりますよね。故人の意思は尊重したいけれど、生活のことも考えると、納得できない気持ちになるのも当然です。実は、このようなケースでも、法律で定められた最低限の相続分を受け取れる「遺留分」という権利があります。この記事では、配偶者と3兄弟が相続人の場合に、「全財産を長男に」という遺言が遺留分を侵害するのか、そしてその計算は相続税評価額でするべきなのか、という疑問について、具体例を交えながら優しく解説していきます。
「全財産を長男に」という遺言は遺留分を侵害する可能性が高いです
結論からお伝えすると、相続人が配偶者と3兄弟の場合、「全財産を長男に相続させる」という内容の遺言は、配偶者、次男、三男の遺留分を侵害する可能性が非常に高いです。遺言書の内容自体が無効になるわけではありませんが、遺留分を侵害された相続人は、多くの財産を受け取った長男に対して、侵害された分を金銭で支払うよう請求することができます。まずは、その根拠となる「遺留分」について詳しく見ていきましょう。
遺留分とは?誰に権利があるの?
遺留分とは、一定の相続人に対して法律上保障されている、最低限の遺産の取り分のことです。遺言によっても、この遺留分を完全に奪うことはできません。遺留分を請求できる権利を持つ人(遺留分権利者)は、以下の通りです。
- 配偶者
- 子(またはその代襲相続人である孫など)
- 直系尊属(父母や祖父母など)
今回のケースでは、相続人は「配偶者」と「子である3兄弟」ですので、長男以外の配偶者、次男、三男が遺留分権利者となります。なお、亡くなった方の兄弟姉妹には遺留分は認められていません。
具体的な遺留分の割合は?
では、具体的にどれくらいの割合が遺留分として認められるのでしょうか。まず、相続人全体で保障される遺留分(総体的遺留分)は、遺産の2分の1です。そして、その2分の1を、各相続人が法定相続分に応じて分け合うことになります。今回のケースでの計算は以下のようになります。
| 相続人 | 遺留分の計算式 |
| 配偶者 | 遺産の1/2(総体的遺留分) × 1/2(法定相続分) = 遺産の1/4 |
| 次男・三男(それぞれ) | 遺産の1/2(総体的遺留分) × 1/6(子の法定相続分1/2を3人で分ける) = 遺産の1/12 |
つまり、配偶者は全財産の4分の1、次男と三男はそれぞれ12分の1を遺留分として受け取る権利があるのです。
なぜ「全財産を長男に」が遺留分を侵害するのか
上記の割合からも分かるように、配偶者と次男・三男には、それぞれ遺産の1/4と1/12を受け取る権利が保障されています。にもかかわらず、「全財産を長男に」という遺言に従うと、彼らの取り分はゼロになってしまいます。これは、法律で保障された最低限の取り分である遺留分を侵害している状態です。そのため、配偶者、次男、三男は、遺言によって全財産を取得した長男に対し、「遺留分を侵害しているので、その分のお金をください」と請求する権利(遺留分侵害額請求権)を行使できるのです。
遺留分の計算方法【5ステップで解説】
ご自身の遺留分がいくらになるのか、気になりますよね。ここからは、遺留分侵害額を計算するための具体的な手順を5つのステップに分けて、分かりやすく解説します。仮に、遺産の総額が1億2,000万円だった場合を例に見ていきましょう。
ステップ1:遺留分の基礎となる財産を計算する
最初に、遺留分を計算する元となる財産の総額を確定させます。これは、亡くなった時点でのプラスの財産(預貯金、不動産、有価証券など)に、一定の生前贈与を加え、借金などのマイナスの財産を差し引いて計算します。
計算式:相続開始時の財産 + 相続人への特別な生前贈与(原則10年以内)など - 債務 = 遺留分の基礎となる財産
今回の例では、計算を分かりやすくするため、生前贈与や債務はなかったものとし、遺留分の基礎となる財産は1億2,000万円とします。
ステップ2:自分の遺留分割合を確認する
次に、ご自身の遺留分割合を確認します。前の章で解説した通り、今回のケースでの遺留分割合は以下の通りです。
- 配偶者:1/4
- 次男・三男:それぞれ1/12
ステップ3:自分の遺留分額を計算する
ステップ1で計算した財産の総額に、ステップ2で確認したご自身の遺留分割合を掛け合わせます。これが、あなたが最低限受け取れるはずの金額(遺留分額)です。
計算式:遺留分の基礎となる財産 × 自分の遺留分割合 = 遺留分額
- 配偶者の遺留分額:1億2,000万円 × 1/4 = 3,000万円
- 次男・三男の遺留分額:1億2,000万円 × 1/12 = 1,000万円
ステップ4:実際に取得した財産を差し引く
遺留分額から、今回の相続や生前贈与によって、あなたが実際に受け取った財産の額を差し引きます。「全財産を長男に」という遺言の場合、配偶者、次男、三男は何も受け取っていないことが多いため、このステップで差し引く金額は0円となります。
計算式:遺留分額 - 実際に取得した財産の額 = 遺留分侵害額
ステップ5:遺留分侵害額が確定する
ステップ4の計算結果が、長男に請求できる具体的な金額「遺留分侵害額」となります。
- 配偶者の遺留分侵害額:3,000万円 – 0円 = 3,000万円
- 次男・三男の遺留分侵害額:1,000万円 – 0円 = 1,000万円
この金額を、長男に対して金銭で支払うよう請求することができます。
遺留分計算での不動産評価は相続税評価額で良い?
遺産の中に不動産が含まれている場合、その価値をいくらで計算するのかは非常に重要な問題です。よく「相続税の申告で使った評価額で計算すれば良いのでは?」と考える方がいらっしゃいますが、これは注意が必要です。結論から言うと、遺留分の計算では、原則として「時価」で評価します。相続税評価額をそのまま使うと、もらえるはずの金額が少なくなってしまう可能性があります。
なぜ相続税評価額ではなく時価で計算するの?
相続税の計算で用いる「相続税評価額」と、遺留分の計算で用いる「時価」は、目的が異なるため評価方法も違います。相続税評価額は、税金を公平に課すために国が定めた統一的な基準(路線価や固定資産税評価額)に基づいて計算されます。一方、遺留分は相続人間の公平を図るための制度です。そのため、実際にその不動産が持つ本来の価値、つまり「今売ったらいくらになるか」という市場価格に近い「時価」を用いて計算するのが原則とされています。
相続税評価額と時価の違い
一般的に、相続税評価額と時価には差があります。それぞれの特徴を比べてみましょう。
| 評価方法 | 特 徴 |
| 相続税評価額 | 土地は「路線価」、建物は「固定資産税評価額」を基に計算します。一般的に、時価の70%~80%程度になることが多いです。 |
| 時価(実勢価格) | 実際に市場で取引されると想定される価格です。不動産会社による査定価格などが参考にされます。 |
評価額が違うと請求額はこれだけ変わる!
評価額の違いが、請求できる金額にどれほど影響を与えるか見てみましょう。仮に、遺産が不動産のみで、その時価が5,000万円、相続税評価額が4,000万円だったとします。
【配偶者の遺留分侵害額】
- 時価で計算した場合:5,000万円 × 1/4 = 1,250万円
- 相続税評価額で計算した場合:4,000万円 × 1/4 = 1,000万円
この例では、評価方法が違うだけで請求できる金額に250万円もの差が生まれます。遺留分を請求する側にとっては、時価で正しく評価することがいかに重要かお分かりいただけると思います。
どの「時価」を使えばいいの?不動産評価の種類と特徴
「時価で計算する」と言っても、具体的にどの価格を使えば良いのでしょうか。不動産の時価を把握するにはいくつかの方法があり、状況に応じて使い分けられます。
不動産会社による査定価格
最も一般的で手軽な方法が、不動産会社に査定を依頼することです。無料で査定してくれる会社が多く、複数の会社に依頼して査定額を比較することで、より客観的な時価に近い価格を把握できます。当事者間の話し合いでは、この査定価格を基に交渉することが多いです。
不動産鑑定士による鑑定評価額
当事者間で不動産の評価額について合意できない場合や、裁判に発展した場合には、国家資格を持つ不動産鑑定士に鑑定を依頼します。鑑定評価額は公的な証明力があり、最も信頼性の高い評価といえます。ただし、費用が数十万円からと高額になるため、利用は慎重に検討する必要があります。
話し合いで合意できれば相続税評価額も使える?
例外として、相続人全員が合意すれば、計算を簡便にするために相続税評価額や固定資産税評価額を「時価」とみなして計算することも可能です。しかし、前述の通り、これらの評価額は時価よりも低くなる傾向があるため、遺留分を請求する側にとっては不利な条件になる可能性が高いです。安易に同意せず、まずは時価がどのくらいなのかを把握することが大切です。
遺留分を請求する際の注意点
遺留分を請求しようと決めたら、いくつか知っておくべき大切な注意点があります。手続きをスムーズに進めるために、しっかりと確認しておきましょう。
請求には時効がある
遺留分侵害額請求権には時効があります。この期間を過ぎてしまうと、権利を主張できなくなってしまうので注意が必要です。
- 相続の開始と遺留分が侵害されていることを知った時から1年
- 相続開始の時から10年
「1年」という期間は意外と短いため、遺留分を請求する意思がある場合は、まずは内容証明郵便などで相手に請求の意思表示をして、時効の進行を止めることが重要です。
請求は金銭で行う
以前は、遺留分を請求すると不動産の共有持分を取得する形(現物返還)が原則でした。しかし、2019年7月の民法改正により、現在は侵害された額に相当する金銭を請求する「遺留分侵害額請求」という制度に変わっています。つまり、長男に対して「不動産の一部をよこせ」ではなく、「侵害額である〇〇万円を支払って」と金銭で請求することになります。長男は、不動産を売却したり、自己資金から支払ったりしてお金を用意する必要があります。
まずは話し合いから始める
遺留分を請求する際は、いきなり裁判を起こすわけではありません。まずは当事者間で話し合い(協議)を持つのが第一歩です。もし話し合いで解決しない場合は、家庭裁判所に「遺留分侵害額の請求調停」を申し立て、調停委員を交えて話し合いを進めます。調停でも合意に至らない場合に、最終的に訴訟(裁判)へと進むことになります。
まとめ
今回は、「全財産を長男に」という遺言と遺留分の関係について解説しました。最後に、大切なポイントをもう一度おさらいしましょう。
- 相続人が配偶者と3兄弟の場合、「全財産を長男に」という遺言は、配偶者・次男・三男の遺留分を侵害する可能性が高いです。
- 遺留分を計算する際の財産評価は、相続税評価額ではなく、原則として相続開始時の「時価」で行います。
- どの評価額を使うかによって請求できる金額が大きく変わるため、まずは不動産会社に査定を依頼するなどして、適正な時価を把握することが重要です。
- 遺留分の請求には「知った時から1年」という短い時効があります。権利を失わないためにも、早めに行動を起こすことが大切です。
遺留分の計算や請求は、法律的な知識が必要で、ご自身だけで進めるのは難しい場合も少なくありません。不安な点や分からないことがあれば、一人で抱え込まずに、弁護士などの専門家に相談することをおすすめします。
参考文献
遺言による相続と遺留分に関するよくある質問まとめ
Q.「全財産を長男に相続させる」という遺言は、他の相続人の遺留分を侵害しますか?
A.はい、配偶者の遺留分を侵害します。兄弟姉妹(次男・三男)には遺留分がないため、そちらは侵害しません。
Q.この場合の配偶者の遺留分はどのくらいですか?
A.相続人が配偶者と兄弟の場合、配偶者の遺留分は遺産全体の8分の3です。法定相続分(4分の3)の2分の1で計算されます。
Q.なぜ兄弟(次男・三男)には遺留分がないのですか?
A.民法上、遺留分が認められているのは配偶者、子(またはその代襲相続人)、直系尊属までです。兄弟姉妹は遺留分の権利者から除外されています。
Q.遺留分の計算は、相続税評価額を使っても良いですか?
A.いいえ、遺留分は相続開始時の「時価」で計算するのが原則です。相続税評価額は時価と異なることが多いため、不動産などは時価で評価し直す必要があります。
Q.遺留分を侵害された配偶者は何をすべきですか?
A.遺留分を侵害されたことを知った時から1年以内に、財産を多く受け取った長男に対して「遺留分侵害額請求」を行う必要があります。まずは内容証明郵便などで請求の意思を伝えるのが一般的です。
Q.遺言があっても、相続人全員で話し合って分割内容を変えられますか?
A.はい、相続人全員と受遺者(この場合は長男)の合意があれば、遺言の内容と異なる遺産分割協議を行うことも可能です。