会社の未来を担う後継者問題。事業オーナー様にとって、ご自身の持つ株式を誰に、どのように引き継がせるかは、経営の根幹に関わる重要な課題です。特に、お子様が複数いらっしゃる場合、「兄弟それぞれに公平に株式を相続させたい」とお考えになるかもしれません。しかし、その思いやりが、かえって会社の経営を不安定にし、兄弟間のトラブルを招く火種になることもあります。この記事では、事業オーナーが保有する株式を子供の兄弟にそれぞれ相続させるとどうなるのか、起こりうる問題点と、それを避けるための具体的な対策について、わかりやすく解説していきます。
兄弟で株式を相続する際に起こりうること
事業オーナーが亡くなった後、会社の株式を子供たち(兄弟)に相続させるケースはよくあります。しかし、何も対策をしないと、思わぬトラブルに発展することがあります。ここでは、具体的にどのような問題が起こりうるのかを見ていきましょう。
経営権の分散と経営の不安定化
株式は会社の所有権そのものです。兄弟それぞれに株式を相続させると、経営の意思決定権が分散してしまいます。例えば、会社の重要な方針を決める株主総会で意見が対立し、経営が停滞するリスクがあります。特に、後継者となる子供と、経営に関わらない子供とで意見が割れると、迅速な経営判断ができなくなる可能性があります。
株式の買取請求による資金流出
経営に関わらない兄弟が「自分の持っている株式を会社に買い取ってほしい」と要求することがあります。これを株式の買取請求と言います。会社は、定款の定めや株主総会の決議を経て自己株式として買い取ることができますが、そのためには多額の現金が必要です。会社の運転資金が流出し、経営を圧迫する可能性があります。
相続税の納税資金問題
非上場株式は、オーナーが思っている以上に評価額が高くなることが多く、高額な相続税が発生する可能性があります。預貯金など他の金融資産が少ない場合、子供たちは相続税を支払うための現金を用意できず、納税に窮するケースも少なくありません。納税のために株式を売却しようにも、非上場株式は買い手を見つけるのが困難です。
自社株の相続、誰にどれだけ?基本の考え方
会社の未来を考えると、株式の相続方法は非常に重要です。後継者が安定して経営できるように、計画的に株式を承継させる必要があります。ここでは、株式を誰に、どのくらい相続させるべきか、その基本的な考え方をご説明します。
後継者には議決権の過半数を集中させる
会社の経営を安定させるためには、後継者が議決権の過半数(50%超)を保有することが最低条件です。これにより、取締役の選任など、株主総会の普通決議を単独で可決できるようになります。安心して経営の舵取りを任せるためには、株式を後継者に集中させることが不可欠です。
目指すべきは議決権の3分の2以上
さらに安定した経営を目指すなら、後継者が議決権の3分の2以上を保有することが理想です。これにより、定款の変更や合併、会社の解散といった重要な意思決定を行う「特別決議」も単独で可決できます。会社の将来を見据えた大きな決断をスムーズに行うために、3分の2以上の株式承継を目指しましょう。
| 議決権割合 | 株主総会でできること(主な例) |
|---|---|
| 過半数(50%超) | 取締役・監査役の選任・解任、役員報酬の決定など(普通決議) |
| 3分の2以上(約66.7%以上) | 定款変更、合併、事業譲渡、会社の解散など(特別決議) |
後継者以外の兄弟への配慮も忘れずに
後継者に株式を集中させると、他の兄弟との間で遺産分割に不公平感が生まれる可能性があります。これが親族間のトラブル、いわゆる「争族」の原因になります。後継者以外の兄弟には、株式以外の財産(預貯金、不動産など)を多めに渡す、生命保険を活用して代償金を準備するなど、遺留分にも配慮した対策が必要です。
兄弟への株式相続で使える生前対策
相続が始まってからでは、打てる手が限られてしまいます。事業オーナーが元気なうちに、計画的に対策を進めることが円満な事業承継の鍵です。ここでは、兄弟への株式相続に備えて今からできる生前対策をいくつかご紹介します。
遺言書の作成
最も基本的で重要な対策が遺言書の作成です。「会社の株式はすべて後継者である長男に相続させる」といった内容を明確に記しておくことで、相続時の株式分散を防ぎます。ただし、他の兄弟の遺留分を侵害しないよう、財産全体のバランスを考慮して内容を決める必要があります。
生前贈与の活用
相続を待たずに、生前に株式を後継者に贈与する方法です。株価が低いタイミングを見計らって贈与すれば、相続税や贈与税の負担を抑えられる可能性があります。暦年贈与(年間110万円まで非課税)や相続時精算課税制度などを活用できますが、税金の専門家と相談しながら計画的に進めることが大切です。
生命保険の活用
事業オーナーを被保険者、後継者を受取人とする生命保険に加入する方法です。オーナーの死亡時に後継者が受け取る死亡保険金は、相続税の納税資金や、他の兄弟へ支払う代償金(遺留分を現金で支払うためのお金)として活用できます。また、死亡保険金には「500万円 × 法定相続人の数」という非課税枠があるため、節税効果も期待できます。
税負担を軽減する「事業承継税制」とは?
自社株の相続・贈与には高額な税金がかかることが多いですが、その負担を大幅に軽減できる「事業承継税制」という制度があります。とても強力な制度ですが、要件が複雑なため、内容をしっかり理解しておきましょう。
事業承継税制の仕組み
事業承継税制とは、後継者が相続や贈与で取得した自社株式について、相続税や贈与税の納税が猶予される制度です。そして、その後継者が亡くなるか、次の後継者に再び事業承継税制を使って株式を承継した場合などに、猶予されていた税金が免除されます。つまり、条件を満たし続ければ、実質的に税負担ゼロで株式を承継できる可能性があるのです。
特例措置と一般措置の違い
事業承継税制には「一般措置」と、より使いやすく拡充された「特例措置」があります。特例措置は2027年12月31日までの贈与・相続が対象で、事前に「特例承継計画」を都道府県に提出する必要があります。(特例承継計画の提出期限は2026年3月31日までです。)
| 項目 | 特例措置 |
|---|---|
| 対象株式 | 発行済議決権株式の全株式 |
| 納税猶予割合 | 100% |
| 後継者の数 | 最大3人まで |
事業承継税制の注意点
メリットの大きい制度ですが、注意点もあります。納税が猶予されている間に、後継者が代表者を辞めたり、株式を売却したりすると、猶予されていた税金に加えて利子税も一括で納付しなければなりません。制度を利用するには、長期にわたって事業を継続する覚悟が必要です。また、手続きが非常に複雑なため、事業承継に詳しい税理士などの専門家への相談が不可欠です。
兄弟間のトラブルを防ぐためのポイント
事業承継を成功させるためには、法的な手続きや税金対策だけでなく、家族間のコミュニケーションが何よりも大切です。少しの気配りで、将来のトラブルを未然に防ぐことができます。
オーナーの想いを伝える家族会議
なぜこの子を後継者にするのか、会社を将来どうしていきたいのか、オーナー自身の想いを直接子供たちに伝える場を設けましょう。他の兄弟にも、なぜ株式を集中させる必要があるのか、その代わりにどのような財産を残すつもりなのかを丁寧に説明することで、納得感を得やすくなります。
遺留分への配慮と代償分割
遺言で後継者に株式を集中させても、他の兄弟には遺留分(法律で保障された最低限の遺産取得分)を請求する権利があります。遺留分を侵害すると、後継者が他の兄弟から金銭の支払いを求められる可能性があります。これを防ぐために、あらかじめ生命保険金などで代償分割のためのお金を準備しておくことが有効です。
専門家を交えた客観的な話し合い
家族だけの話し合いでは、感情的になってしまいがちです。事業承継に詳しい税理士や弁護士といった第三者の専門家を交えることで、客観的な視点から法務・税務上のアドバイスを受けながら、冷静に話し合いを進めることができます。専門家が間に入ることで、円満な合意形成をサポートしてくれます。
まとめ
事業オーナーが保有する株式を子供の兄弟に相続させる場合、経営権の分散や相続トラブルなど、様々な問題が起こる可能性があります。これらの問題を避けるためには、オーナーが元気なうちに計画的な対策を講じることが不可欠です。後継者に株式を集中させることを基本方針とし、遺言書の作成や生前贈与、事業承継税制の活用を検討しましょう。同時に、後継者以外の兄弟の遺留分にも配慮し、生命保険を活用するなどして不公平感をなくす工夫も重要です。何よりも大切なのは、家族全員で会社の未来について話し合うこと。必要であれば専門家の力も借りながら、全員が納得できる形で大切な会社を次の世代へ引き継いでいきましょう。
参考文献
国税庁: No.4148 非上場株式等についての相続税の納税猶予及び免除の特例等(法人版事業承継税制)
国税庁: 非上場株式等についての贈与税・相続税の納税猶予・免除(法人版事業承継税制)のあらまし
財務省: 事業を引き継ぐのですが、事業承継税制について教えてください。
事業オーナーの株式相続に関するよくある質問
Q.兄弟で株式を相続する場合、どんな問題が起こりやすいですか?
A.経営方針をめぐる対立や株式の分散により、経営権が不安定になるリスクがあります。後継者以外の兄弟が会社に協力的でない場合、経営に支障が出る可能性があります。
Q.株式を兄弟で均等に分けるとどうなりますか?
A.議決権が分散し、重要な経営判断が迅速にできなくなる恐れがあります。後継者となる子供に株式を集中させることが、安定した経営には望ましいです。
Q.株式相続で兄弟間のトラブルを防ぐ方法はありますか?
A.生前に遺言書で株式を相続させる人を明確に指定することが最も重要です。また、後継者以外の子供には代償金や他の財産を渡すなどの配慮(遺留分対策)も有効です。
Q.後継者ではない子供に株式を渡す際の注意点は何ですか?
A.経営に関与しない子供に議決権のある株式を渡すと、将来的に経営の足かせになる可能性があります。議決権制限株式を活用するか、株式以外の財産を相続させることを検討しましょう。
Q.自社株式の相続には、どのような税金がかかりますか?
A.相続財産として相続税の対象となります。非上場株式は評価額が高額になりやすく、納税資金の準備が必要です。事業承継税制の活用も検討するとよいでしょう。
Q.安定した経営のために必要な株式の割合はどれくらいですか?
A.後継者が少なくとも過半数(50%超)の議決権を持つことが必須です。会社の重要な決定を単独で行える特別決議を考慮すると、3分の2以上を保有することが理想的です。