故人の介護に献身的に尽くしたり、事業を無償で手伝ったりした場合、その貢献を金銭的に評価してもらう「寄与分」や「特別寄与料」という制度があります。これらが認められると、相続財産をより多く受け取れる可能性があります。しかし、その権利を主張した場合、相続税申告書にはどのように記載すればよいのでしょうか?この手続きは少し複雑で、間違えると税務署から指摘を受ける可能性もあります。この記事では、寄与分と特別寄与料の制度の基本から、相続税申告書への具体的な記載方法、注意点まで、わかりやすく解説していきます。
そもそも寄与分・特別寄与料とは?
「寄与分」と「特別寄与料」は、どちらも故人の財産の維持や増加に貢献した方のための制度ですが、誰が請求できるかによって名称や要件が異なります。まずは、この2つの制度の基本的な違いを理解しておきましょう。
寄与分とは(相続人向け)
寄与分は、相続人が故人に対して「特別な貢献」をした場合に、その貢献分を法定相続分に上乗せして財産を受け取れる制度です。親族間の公平性を保つために設けられています。具体的には、以下のような行為が「特別な貢献」として認められる可能性があります。
- 事業に関する貢献:故人が経営していたお店を無給で手伝っていた。
- 財産上の給付:故人の事業資金を援助したり、借金を肩代わりしたりした。
- 療養看護:病気の故人を長期間にわたって献身的に介護した。これにより、ヘルパー費用などの支出を抑えられた。
- 扶養:経済的に困窮していた故人の生活費を長期間負担した。
- 財産管理:故人が所有する不動産の管理や売却手続きを行い、財産の価値を維持・増加させた。
ただし、夫婦や親子間の協力・扶助義務の範囲内とみなされる行為は、特別な貢献とは認められにくい点に注意が必要です。
特別寄与料とは(相続人以外の親族向け)
特別寄与料は、2019年7月1日の民法改正によって新設された制度です。こちらは、相続人ではない親族が、故人に対して無償で療養看護などの労務提供を行い、故人の財産の維持または増加に貢献した場合に、相続人に対して金銭を請求できる権利です。例えば、長年、義理の親の介護を献身的に行ってきた「長男の妻」などがこの制度の対象者として想定されています。
請求できるのは、故人の親族(6親等内の血族、配偶者、3親等内の姻族)で、相続人、相続放棄者、相続権を失った人を除きます。
寄与分と特別寄与料の主な違い
二つの制度の主な違いをまとめると、以下のようになります。この違いが、相続税申告書の書き方にも大きく影響してきます。
| 項目 | 寄与分 |
|---|---|
| 請求できる人 | 相続人 |
| 相手方 | 他の共同相続人(遺産分割協議で主張) |
| 貢献の内容 | 療養看護、事業への労務提供、財産給付など幅広い |
| 受け取る財産 | 相続財産そのもの(現預金、不動産など) |
| 税務上の扱い | 相続 |
| 項目 | 特別寄与料 |
|---|---|
| 請求できる人 | 相続人以外の親族 |
| 相手方 | 相続人(金銭の支払いを請求) |
| 貢献の内容 | 無償の療養看護その他の労務提供に限定 |
| 受け取る財産 | 金銭 |
| 税務上の扱い | 遺贈 |
寄与分がある場合の相続税申告書の記載方法
相続人の中で寄与分が認められた場合、相続税の計算は少し特殊になります。まず、故人の相続財産の総額から寄与分を差し引いた金額を「みなし相続財産」として、これを基に各相続人の法定相続分を計算します。その後、寄与分が認められた相続人は、算定された相続分に寄与分を加えた金額が最終的な取得財産となります。
第11表「相続税がかかる財産の明細書」への記載
相続税申告書に添付する第11表には、各相続人が取得した財産を記載します。寄与分がある場合、遺産分割協議書の内容に基づいて、実際の取得財産を記載します。
- 寄与分が認められた相続人:(みなし相続財産 × 法定相続分)+ 寄与分 の価額に相当する財産を記載します。
- その他の相続人:(みなし相続財産 × 法定相続分)の価額に相当する財産を記載します。
「取得した財産の価額」の合計欄には、これらの計算を経て実際に取得した財産の合計額を記入することになります。
第1表「相続税の申告書」への記載
第1表は、申告全体のまとめとなる書類です。各相続人の課税価格は、第11表で計算された「取得した財産の価額」から、債務などを差し引いて計算されます。寄与分がある場合、その分だけ取得財産が増える相続人と、減る相続人が出てくるため、各人の課税価格と最終的な納税額が変わってきます。
特別寄与料がある場合の相続税申告書の記載方法
特別寄与料の税務上の扱いは「遺贈」です。つまり、故人から遺言によって財産をもらったのと同じように扱われます。この点が寄与分との大きな違いであり、申告書の書き方も全く異なります。
特別寄与料を受け取った人(特別寄与者)の申告
特別寄与料を受け取った方は、相続人ではありませんが、相続税の申告義務が生じる可能性があります。申告書には、受け取った特別寄与料の額を「遺贈によって取得した財産」として記載します。
注意すべき点が2つあります。
- 申告期限:通常の相続税申告期限(相続開始を知った日の翌日から10か月以内)とは異なり、「特別寄与料の額が確定したことを知った日の翌日から10か月以内」となります。相続人との話し合いが長引いた場合でも、金額が確定してから申告準備を始めれば大丈夫です。
- 相続税の2割加算:故人の配偶者や一親等の血族(子や親)以外の方が財産を取得した場合、相続税額が2割増しになる「2割加算」の対象となります。特別寄与者はこの条件に該当する場合がほとんどですので、注意が必要です。
特別寄与料を支払った相続人の申告
一方、特別寄与料を支払った相続人は、その支払額を故人の債務として、自身の取得財産から控除することができます。これにより、相続税の負担を軽減できます。
- 第13表「債務及び葬式費用の明細書」への記載:この申告書の「債務」の欄に、支払った特別寄与料の金額、支払先の氏名・住所などを記載します。
もし、相続税の申告・納税を済ませた後に特別寄与料の支払いが確定した場合はどうすればよいでしょうか?その場合は「更正の請求」という手続きを行うことで、払い過ぎた税金の還付を受けられます。この手続きの期限は「特別寄与料の額が確定したことを知った日の翌日から4か月以内」と短いため、速やかに行う必要があります。
申告手続きの注意点
寄与分や特別寄与料に関する申告は、通常の相続税申告よりも複雑になりがちです。特に注意すべき点をまとめました。
金額の確定と証明資料
寄与分や特別寄与料を申告書に記載するためには、その金額が客観的に確定している必要があります。相続人や特別寄与者との話し合い(協議)で金額が決まった場合は、その内容を「遺産分割協議書」や「特別寄与料に関する合意書」といった書面に残し、全員が署名・押印することが不可欠です。これらの書類は、税務署に提出を求められた際の重要な証拠となります。協議がまとまらない場合は、家庭裁判所での調停や審判を経て金額が決定されます。
各手続きの期限まとめ
関係者や手続きによって期限が異なるため、混同しないように注意しましょう。
| 手続きの種類 | 期 限 |
|---|---|
| 相続人の相続税申告 | 相続の開始があったことを知った日の翌日から10か月以内 |
| 特別寄与者の相続税申告 | 特別寄与料の額が確定したことを知った日の翌日から10か月以内 |
| 相続人の更正の請求(特別寄与料支払後) | 特別寄与料の額が確定したことを知った日の翌日から4か月以内 |
具体例で見る相続税計算への影響
ここで簡単な例を見てみましょう。
【前提】相続財産:1億円、相続人:長男・次男の2人、法定相続分は各1/2
ケース1:長男の妻(特別寄与者)に特別寄与料500万円を支払う場合
長男と次男は、法定相続分に応じて250万円ずつ負担します。
- 長男の妻(特別寄与者):500万円を遺贈で取得したものとして相続税を計算(2割加算の対象)。
- 長男:取得財産は5,000万円から負担分250万円を引いた4,750万円となる。
- 次男:取得財産は5,000万円から負担分250万円を引いた4,750万円となる。
ケース2:長男に寄与分500万円が認められた場合
- みなし相続財産:1億円 – 500万円 = 9,500万円
- 長男の取得財産:(9,500万円 × 1/2) + 寄与分500万円 = 5,250万円
- 次男の取得財産:9,500万円 × 1/2 = 4,750万円
このように、どちらの制度を利用するかで、各人が取得する財産の額や税金の計算方法が大きく変わることがわかります。
まとめ
寄与分と特別寄与料は、故人への貢献に報いるための大切な制度ですが、相続税申告においては、その扱いが大きく異なります。特に、特別寄与料は「遺贈」とみなされ、申告期限や2割加算など、独自のルールが適用されるため注意が必要です。申告書のどこに、どのように記載すればよいのか、そして誰がいつまでに手続きをしなければならないのかを正しく理解することが、円滑な相続手続きの鍵となります。ご自身のケースで判断に迷う場合や、手続きに不安がある場合は、相続に詳しい税理士などの専門家に早めに相談することをおすすめします。
参考文献
寄与分・特別寄与料の相続税申告に関するよくある質問まとめ
Q.寄与分が認められた場合、相続税申告書のどこに記載しますか?
A.遺産分割協議で寄与分が認められた場合、その寄与分額を考慮した後の各相続人の実際の取得財産額を「第11表(相続税がかかる財産の明細書)」に記載します。寄与分そのものを記載する特定の欄はありません。
Q.特別寄与料を支払う場合、相続税申告書のどこに記載しますか?
A.相続人が支払った特別寄与料は、その相続人の課税価格から控除されます。申告書上では、その相続人が取得した財産の合計額から特別寄与料の額を差し引いた金額を「第11表」に記載します。
Q.特別寄与料を受け取った場合、相続税の申告は必要ですか?
A.はい、特別寄与料は遺贈により取得したとみなされるため、相続税の課税対象です。受け取った金額が基礎控除額を超える場合は、相続税の申告と納税が必要になります。
Q.寄与分を申告する際に特別な添付書類は必要ですか?
A.寄与分を定めた遺産分割協議書の写しを添付する必要があります。相続人間で寄与分について合意したことを証明するためです。家庭裁判所の審判や調停で決まった場合は、その謄本も必要となります。
Q.相続税申告書で寄与分を考慮しないとどうなりますか?
A.各相続人が実際に取得した財産額と申告額が異なり、正しい納税額が計算できません。税務調査で指摘された場合、過少申告加算税や延滞税などのペナルティが発生する可能性があります。
Q.特別寄与料の金額が申告期限までに決まらない場合はどうすればいいですか?
A.特別寄与料の金額が未定の場合でも、一旦、未確定の状態で相続税の申告期限内に申告します。その後、金額が確定した時点で「更正の請求」という手続きを行い、払い過ぎた税金の還付を受けます。