個人事業主の方や会社の役員の方にとって、心強い味方である「小規模企業共済」。もし契約者の方が亡くなられた場合、残されたご家族は共済金を受け取るのが一般的です。しかし、事業を引き継ぐ後継者がいる場合には、共済金を受け取らずに「承継通算」という形で契約を引き継ぐ選択肢もあります。このとき、「相続税はどうなるの?」「共済金をもらってないのに税金はかかるの?」といった疑問が浮かびますよね。今回は、この小規模企業共済の承継通算を選んだ場合の相続税の課税関係について、優しく解説していきます。
小規模企業共済を相続する際の基本的な考え方
まず、承継通算の話に入る前に、小規模企業共済の契約者が亡くなられた場合の基本的な税金のルールについて確認しておきましょう。これを知っておくと、承継通算の仕組みがより分かりやすくなりますよ。
契約者死亡時に遺族が共済金を受け取る場合
通常、小規模企業共済の契約者が亡くなられると、ご遺族が共済金を受け取ります。この共済金は、税法上「死亡退職金」として扱われます。亡くなられた方の退職金と同じような扱いになる、ということですね。この「死亡退職金」には、相続税においてとても大きなメリットがあるんです。
死亡退職金の非課税枠
死亡退職金には、相続税が課税されない「非課税枠」が設けられています。この非課税枠の金額は、以下の計算式で求められます。
500万円 × 法定相続人の数 = 死亡退職金の非課税限度額
例えば、法定相続人が配偶者と子ども2人の合計3人いらっしゃる場合は、500万円 × 3人 = 1,500万円までが非課税となります。もし受け取った共済金が1,500万円以下であれば、その共済金に対して相続税は一切かからないということになります。これは、残されたご家族にとって非常に大きな優遇措置ですよね。
「承継通算」とはどんな制度?
それでは、今回の本題である「承継通算」について見ていきましょう。これは、共済金を受け取る代わりに、後継者がその契約内容を引き継ぐ制度のことです。
掛金と納付月数をそのまま引き継げる
承継通算を選択すると、亡くなられた契約者がこれまで支払ってきた掛金の総額と、その掛金を納付した月数を、事業を引き継ぐ相続人がそのまま引き継ぐことができます。これにより、後継者はゼロから共済に加入するのではなく、有利な状態からスタートできるというメリットがあります。将来、後継者が事業を廃業したり退職したりする際に、より多くの共済金を受け取れる可能性が高まるのです。
承継通算ができる人
ただし、誰でも承継通算ができるわけではありません。原則として、亡くなられた方の事業のすべてを承継した配偶者または子など、一定の要件を満たした方が対象となります。事業の後継者のための制度、と考えると分かりやすいですね。
承継通算した場合の相続税の課税関係
共済金を受け取らずに契約を引き継いだ場合、相続税はどうなるのでしょうか。お金を受け取っていないのに税金がかかるのか、一番気になるところですよね。実は、ここが非常に重要なポイントです。
承継通算する権利も「みなし相続財産」
国税庁の見解によると、小規模企業共済の契約を承継通算するということは、「共済金を受け取る権利を相続した」ものとみなされます。たとえ現金として共済金を受け取っていなくても、その権利自体が相続財産とみなされるのです。これを「みなし相続財産」と呼びます。
そして、この承継通算する権利は、遺族が共済金を受け取る場合と同様に「死亡退職金等」に該当するとされています。つまり、税法上の扱いは、共済金を受け取ったケースと同じになるんです。
死亡退職金の非課税枠も適用できる!
「死亡退職金等」に該当するということは、どういうことでしょうか。そうです、先ほどご説明した死亡退職金の非課税枠(500万円 × 法定相続人の数)が、承継通算の場合でも適用できるのです。これは非常に大きなポイントです。
例えば、法定相続人が3人で、承継した時点での共済金の権利(解約手当金相当額など)が1,200万円だったとします。非課税枠は1,500万円(500万円×3人)なので、1,200万円はすべて非課税枠の中に収まります。結果として、この承継通算した権利に対して相続税はかからない、ということになります。
| ケース | 相続税法上の取り扱い |
| 遺族が共済金を受け取る | 死亡退職金として非課税枠(500万円×法定相続人の数)の対象 |
| 後継者が承継通算する | 同様に死亡退職金として非課税枠(500万円×法定相続人の数)の対象 |
承継通算を選択する際の注意点
後継者にとってメリットの大きい承継通算ですが、いくつか注意しておきたい点もあります。手続きを進める前に、しっかり確認しておきましょう。
すぐに現金化はできない
当然ですが、承継通算は契約を引き継ぐ制度なので、すぐに現金が手に入るわけではありません。相続税の納税資金など、まとまったお金がすぐに必要な場合には、共済金として受け取る方が適している場合もあります。ご家庭の状況に合わせて慎重に判断することが大切です。
非課税枠は他の死亡退職金と合算
死亡退職金の非課税枠は、小規模企業共済だけでなく、亡くなられた方が勤務していた会社から支払われる死亡退職金などとも合算して計算します。例えば、会社からの死亡退職金が1,000万円、承継した共済の権利が800万円、法定相続人が3人(非課税枠1,500万円)の場合、合計1,800万円のうち、非課税枠を超える300万円(1,800万円 – 1,500万円)が課税対象となりますので注意が必要です。
承継した権利は遺産分割の対象外
小規模企業共済の共済金や、それを承継する権利は、法律上、受取人(承継者)の「固有の財産」とされています。そのため、預貯金や不動産のように、相続人全員で話し合って分ける「遺産分割」の対象にはなりません。この点をめぐって他の相続人とトラブルにならないよう、事前に説明しておくことも大切かもしれません。
共済金受給と承継通算、どちらを選ぶべき?
では、最終的にどちらの方法を選ぶのが良いのでしょうか。それぞれのメリット・デメリットをまとめてみましたので、判断の参考にしてください。
| 選択肢 | メリットとデメリット |
| 共済金として受給 | 【メリット】 ・すぐに現金が手に入るため、納税資金や生活費に充てられる。 ・死亡退職金の非課税枠が使える。【デメリット】 ・共済契約がそこで終了してしまう。 |
| 承継通算する | 【メリット】 ・後継者が有利な条件で共済契約を引き継げる。 ・将来、後継者が受け取る共済金額が増える可能性がある。 ・死亡退職金の非課税枠が使える。【デメリット】 ・すぐに現金化できない。 ・事業を承継する後継者がいることが前提となる。 |
このように、どちらが良いかはご家族の状況、特に事業を引き継ぐ後継者がいるかどうかによって大きく変わってきます。後継者がいて、今後も事業を長く続けていく予定であれば、承継通算は非常に魅力的な選択肢と言えるでしょう。
まとめ
今回は、小規模企業共済の「承継通算」と相続税の関係について解説しました。最後にポイントを振り返ってみましょう。
・契約者が亡くなり相続人が「承継通算」を選んだ場合でも、その権利は「死亡退職金」として扱われます。
・そのため、「500万円 × 法定相続人の数」で計算される死亡退職金の非課税枠を適用することができます。
・事業の後継者にとっては、掛金や納付月数を引き継げる有利な制度です。
・ただし、すぐに現金化できない点や、誰でも承継できるわけではない点には注意が必要です。
小規模企業共済の承継通算は、相続税の非課税メリットを享受しながら、事業の未来を支える後継者へ大切なバトンをつなぐことができる素晴らしい制度です。もしもの時に慌てないよう、制度の内容を正しく理解し、ご家族にとって最善の選択ができるように準備しておきましょうね。
参考文献
国税庁「小規模企業共済契約者の死亡に伴い小規模企業共済掛金及び掛金納付月数を相続人が承継通算した場合の相続税の課税関係について」
小規模企業共済の承継通算と相続税に関するよくある質問まとめ
Q.小規模企業共済を承継通算した場合、相続税はかかりますか?
A.いいえ、契約者が死亡した時点では共済金を受け取らないため、承継通算した共済契約の権利は相続税の課税対象になりません。
Q.承継した掛金は、相続財産として申告する必要がありますか?
A.承継通算を選択した場合、被相続人が納付した掛金(共済契約上の地位)は、相続税法上、非課税財産として扱われるため申告は不要です。
Q.承継した相続人が後で共済金を受け取った場合、税金はどうなりますか?
A.相続人が事業の廃業などにより共済金を受け取った場合、その共済金は相続税ではなく、受け取った相続人の「所得税(一時所得または退職所得)」の課税対象となります。
Q.共済金を一括で受け取ると相続税がかかるのに、なぜ承継するとかからないのですか?
A.相続税は、死亡により受け取る「みなし相続財産(共済金)」に対して課税されます。承継通算は共済金を受け取らず契約を引き継ぐだけなので、課税のタイミングが将来の所得税に移行するためです。
Q.承継通算のメリットは何ですか?
A.死亡時の相続税の課税対象から外れるため、相続税の負担を軽減できる点が最大のメリットです。また、将来受け取る際も退職所得控除などの所得控除が適用できる可能性があります。
Q.承継通算をするにはどのような手続きが必要ですか?
A.被相続人の事業を承継した相続人が、中小機構(スマ機構)に「承継通算の申出」を行う必要があります。手続きには期限があるため、早めに確認・対応することが重要です。