ご家族が亡くなられた後、遺産をどのように分けるか相続人全員で話し合うことを「遺産分割協議」といいます。そして、その話し合いで決まった内容をまとめたものが「遺産分割協議書」です。この書類は、後のトラブルを防ぎ、不動産や預貯金などの名義変更をスムーズに進めるために非常に重要な役割を果たします。この記事では、遺産分割協議書の書き方を、初心者の方にも分かりやすく、ポイントごとに丁寧に解説していきます。
遺産分割協議書って何?なぜ必要なの?
まずは、遺産分割協議書の基本的な役割と、作成までの流れを理解しておきましょう。なぜこの書類が必要なのかを知ることで、作成のポイントがより分かりやすくなりますよ。
遺産分割協議書は相続の約束事をまとめた大切な書類
遺産分割協議書は、法律で作成が義務付けられているわけではありません。しかし、口約束だけでは後になって「そんな約束はしていない」といったトラブルに発展しかねません。相続人全員が合意した内容を書面に残し、全員が署名・押印することで、相続内容の証明となり、円満な相続手続きに繋がります。特に、遺言書がない場合は、不動産の名義変更(相続登記)や預貯金の解約手続きなどで、この遺産分割協議書の提出が求められることがほとんどです。
相続開始から遺産分割協議書作成までの流れ
相続が始まってから遺産分割協議書を作成するまでの一般的な流れは、以下のようになります。
- 相続の開始(ご逝去)
- 相続人の調査・確定:誰が相続人になるのかを戸籍謄本などを集めて確定させます。
- 相続財産の調査・評価:どのような財産がどれくらいあるのかを調査し、財産目録を作成します。
- 遺産分割協議:相続人全員で遺産の分け方を話し合います。
- 遺産分割協議書の作成:話し合いで合意した内容を書面にまとめ、全員で署名・押印します。
この流れに沿って進めることで、抜け漏れなく手続きを進めることができます。
いつまでに作成すべき?相続税申告との関係
遺産分割協議書の作成自体に、法律上の期限はありません。しかし、相続税の申告が必要な場合は注意が必要です。相続税の申告期限は、「被相続人が亡くなったことを知った日の翌日から10か月以内」と定められています。
この期限までに遺産分割協議がまとまっていないと、「配偶者の税額軽減」や「小規模宅地等の特例」といった税負担を大きく軽減できる特例が使えなくなり、納める税金が高くなってしまう可能性があります。そのため、相続税の申告が必要な方は、この10か月を目安に遺産分割協議書を作成することをおすすめします。
これで完璧!遺産分割協議書の書き方9つのポイント
遺産分割協議書には決まった書式はありませんが、手続きで使えるように、必ず記載しなければならない項目があります。ここでは、誰が読んでも内容が明確にわかるように書くための9つのポイントを、ひな形をイメージしながら解説します。
被相続人(亡くなった方)の情報を正確に書く
まず、「誰の遺産についての協議書なのか」を明確にするために、亡くなられた方(被相続人)の情報を記載します。戸籍謄本や住民票の除票を見ながら、正確に書き写しましょう。
- 氏名:被相続人の氏名
- 死亡日:亡くなられた年月日
- 最後の住所:住民票の除票に記載されている住所
- 最後の本籍:戸籍謄本に記載されている本籍地
相続人全員の情報を記載する
次に、この協議に参加した相続人全員の情報を記載します。「相続人全員で協議し、合意した」ということを示すために、一人も漏れなく記載することが重要です。
- 住所:現在の住所
- 氏名:相続人の氏名
- 続柄:被相続人との関係(例:妻、長男など)
誰がどの財産を相続するかを具体的に書く
遺産分割協議書の最も重要な部分です。財産を特定できるように、具体的かつ正確に記載する必要があります。曖昧な書き方だと、法務局や金融機関で手続きを受け付けてもらえない可能性があります。
| 財産の種類 | 記載内容のポイント |
| 不動産(土地・建物) | 登記事項証明書(登記簿謄本)の通りに一字一句正確に記載します。「自宅」のような表現はNGです。 【土地】所在、地番、地目、地積(面積) 【建物】所在、家屋番号、種類、構造、床面積 |
| 預貯金 | 通帳や残高証明書を確認し、口座を特定できるように記載します。 【記載項目】金融機関名、支店名、預金種別(普通・定期など)、口座番号 |
| 株式・有価証券 | 取引報告書などで確認し、銘柄や数を正確に記載します。 【記載項目】証券会社名、支店名、株式の発行会社名、株式数 |
| 自動車 | 自動車検査証(車検証)の通りに記載します。 【記載項目】自動車登録番号、車台番号 |
| マイナスの財産(借金など) | 住宅ローンなどの債務がある場合は、誰が引き継ぐのかを明確にします。 【記載項目】借入先の金融機関名、現在の債務額 |
協議書作成日を記載する
遺産分割協議が成立し、相続人全員が署名・押印した日付を記載します。和暦(令和〇年)で書くのが一般的です。
後から見つかった財産の扱いを決めておく
財産調査を尽くしても、後から預金通帳などが見つかるケースがあります。その都度、また相続人全員で協議するのは大変です。そうした事態に備えて、以下のような一文を入れておくと、手続きがスムーズになります。
「本協議書に記載のない遺産及び後日判明した遺産については、相続人〇〇が全てこれを取得する。」
相続人全員が署名し、実印で押印する
協議書の一番最後に、相続人全員が各自の住所・氏名を署名し、実印を押印します。ゴム印や認印は使えません。署名は、できる限り自筆で行うのが望ましいです。また、不動産登記や金融機関の手続きでは、印鑑登録証明書の提出も求められますので、併せて準備しておきましょう。
複数ページになる場合は「契印」を押す
遺産分割協議書が2枚以上になる場合は、書類が一体のものであることを証明し、ページの抜き取りや差し替えを防ぐために、ページとページの間に相続人全員の実印で契印(けいいん)を押します。すべてのページにまたがるように押印しましょう。
相続人の人数分を作成して保管する
遺産分割協議書は、相続人それぞれが手続きで必要になるため、相続人の人数分を作成し、各自が1通ずつ原本を保管するのが基本です。パソコンで作成した場合は、同じものを人数分印刷し、それぞれに全員が署名・押印します。
生命保険金や死亡退職金は記載不要?
生命保険金や死亡退職金は、受取人が指定されている場合、その受取人固有の財産とみなされるため、原則として遺産分割の対象にはなりません。したがって、遺産分割協議書に記載する必要はありません。ただし、相続税の計算上は「みなし相続財産」として課税対象になる場合があるので注意が必要です。
遺産分割協議書はどんな手続きで使うの?
完成した遺産分割協議書は、様々な相続手続きで「相続人全員の合意を証明する書類」として提出を求められます。
不動産の名義変更(相続登記)
不動産を相続した場合、法務局で名義変更(相続登記)の手続きが必要です。2024年4月1日から相続登記は義務化され、相続を知った日から3年以内に申請しないと10万円以下の過料が科される可能性があります。この手続きに遺産分割協議書の原本が必要となります。
預貯金の解約・名義変更
銀行や信用金庫などの金融機関で、被相続人名義の預貯金を解約したり、相続人名義の口座へ移したりする際に提出します。金融機関ごとに必要書類が異なる場合があるので、事前に確認しましょう。
株式など有価証券の名義変更
被相続人が株式などを持っていた場合、証券会社で名義変更手続きを行います。その際に、誰が株式を相続したかを証明するために遺産分割協議書が必要です。
自動車の名義変更
自動車を相続した場合、管轄の運輸支局または軽自動車検査協会で名義変更手続きを行います。ただし、自動車の査定額が100万円以下の場合は、遺産分割協議書の代わりに「遺産分割協議成立申立書」という簡易的な書類で手続きできることもあります。
相続税の申告
遺産の総額が基礎控除額(3,000万円+600万円×法定相続人の数)を超える場合、税務署へ相続税の申告が必要です。特に「配偶者の税額軽減」や「小規模宅地等の特例」を利用して納税額を抑える際には、遺産分割協議書の写しの提出が求められます。
よくある質問(Q&A)
ここでは、遺産分割協議書の作成に関してよく寄せられる質問にお答えします。
遺産分割協議書のひな形はどこで手に入りますか?
遺産分割協議書に決まった書式はないため、インターネットで検索すれば多くのひな形(テンプレート)を見つけることができます。法務局のホームページにも不動産登記用の記載例が掲載されています。ただし、ご自身の状況に合わせて内容を修正する必要があるため、あくまで参考として利用しましょう。
相続人の一人が署名・押印してくれない場合はどうすればいいですか?
相続人の一人でも署名・押印がなければ、その遺産分割協議書は無効です。話し合いで解決しない場合は、家庭裁判所に「遺産分割調停」を申し立て、第三者を交えて話し合うことになります。調停でも合意できなければ、「審判」という手続きで裁判官が分割方法を決定します。
遺産分割協議書をなくしてしまったら?
遺産分割協議書は再発行ができません。もし紛失してしまった場合、他の相続人に原本を借りてコピーさせてもらうか、再度全員に署名・押印をお願いして同じものを作成し直す必要があります。非常に重要な書類ですので、金庫など安全な場所に大切に保管しましょう。
遺産分割協議書の作成で困ったら
遺産分割協議書の作成は、相続において非常に重要なステップですが、専門的な知識が必要な場面も少なくありません。ご自身での作成に不安がある場合や、トラブルが発生した場合は、専門家の力を借りることを検討しましょう。
自分で作成するのが不安な場合
財産の種類が多い、記載方法が複雑でよくわからない、といった場合は、専門家に作成を依頼することができます。司法書士は不動産登記の専門家、行政書士は書類作成の専門家、税理士は相続税申告の専門家です。ご自身の状況に応じて相談先を選ぶとよいでしょう。
相続人同士で話がまとまらない場合
遺産の分け方で意見が対立し、相続人同士の話し合いだけでは解決が難しい場合は、弁護士に相談することをおすすめします。弁護士は、代理人として他の相続人との交渉を行ったり、家庭裁判所での調停や審判の手続きを進めたりすることができます。
まとめ
遺産分割協議書は、円満な相続を実現し、その後の手続きをスムーズに進めるための「羅針盤」のようなものです。作成には手間がかかりますが、ポイントを押さえて正確に作成することで、将来の安心に繋がります。この記事で解説した内容を参考に、ぜひご自身での作成にチャレンジしてみてください。もし、少しでも不安な点や難しいと感じることがあれば、決して一人で抱え込まず、早めに専門家へ相談してくださいね。
参考文献
遺産分割協議書の書き方に関するよくある質問
Q.遺産分割協議書は自分で作成できますか?
A.はい、ご自身で作成できます。ただし、法律で定められた形式はありませんが、誰がどの遺産をどれだけ取得するのかを明確に記載し、相続人全員が署名・実印で押印する必要があります。
Q.遺産分割協議書に記載すべき必須項目は何ですか?
A.主に「被相続人の情報(氏名、死亡日、本籍地など)」「相続人全員の合意内容」「誰がどの財産を相続するかの詳細」「相続人全員の署名・実印」「作成日」などが必要です。
Q.押印は実印でなければいけませんか?
A.はい、実印での押印が必須です。また、相続人全員の印鑑証明書も添付する必要があります。これにより、協議書が相続人本人の意思で作成されたことを証明します。
Q.遺産分割協議書に作成期限はありますか?
A.遺産分割協議書自体の作成に法的な期限はありません。ただし、相続税の申告・納付は相続開始を知った日の翌日から10ヶ月以内に行う必要があり、それまでに協議を終えておくのが一般的です。
Q.不動産はどのように記載すればよいですか?
A.不動産は登記事項証明書(登記簿謄本)の記載通りに、所在、地番、地目、地積などを正確に記載します。一字一句間違えないように注意が必要です。
Q.遺産分割協議書を作成しないとどうなりますか?
A.遺産分割協議書がないと、預貯金の解約や不動産の名義変更(相続登記)などの手続きができません。また、後々の相続トラブルを防ぐためにも作成は必須と言えます。