自営業者だったお父様が亡くなられ、突然のことで動揺されていることと思います。もしお父様に多額の借金があると知ったら、これからどうすればいいのか不安でいっぱいになりますよね。でも、安心してください。借金を相続しないための手続きや、負担を軽くする方法があります。この記事では、あなたが今すべきことを順番に、わかりやすく解説していきます。
亡くなった父の借金はどうなるの?
相続というと、預貯金や不動産といったプラスの財産をもらうイメージが強いかもしれません。しかし、法律では借金などのマイナスの財産も相続の対象となります。まずが、この基本をしっかり押さえておきましょう。
相続人は借金を引き継ぐ義務がある
お父様が亡くなったからといって、借金が自動的になくなるわけではありません。原則として、相続人の方々がその返済義務を引き継ぐことになります。借金の負担額は、法律で定められた相続割合(法定相続分)に応じて決まるのが基本です。
例えば、お父様に1,000万円の借金があり、相続人がお母様と子ども2人だった場合、法定相続分は、
- お母様:2分の1(500万円)
- 子ども:それぞれ4分の1(一人あたり250万円)
となり、この割合で借金の返済義務を負うことになります。相続人同士の話し合いで「長男がすべて返す」と決めたとしても、貸主(債権者)に対してはその主張はできません。債権者は、法定相続分に従って、お母様や他のご兄弟にも返済を求めることができるのです。
自営業者特有の借金に注意
自営業者の方の場合、会社員の方とは異なる種類の借金を抱えていることがあります。事業をされていたお父様なら、以下のような債務がないか注意が必要です。
- 事業資金の借入れ:銀行や信用金庫、日本政策金融公庫などからの融資
- 買掛金:仕入れ先への未払いの代金
- リース債務:コピー機や社用車などのリース料金の残り
- 未払いの税金や社会保険料
- 個人からの借金:知人や親戚からの借入れ
- 連帯保証債務:他の方の借金の連帯保証人になっているケース
特に連帯保証人になっている場合は、主債務者が返済を続けている限り表面化しにくいため、見落としがちです。後から突然、多額の請求が来る可能性もあるので、慎重に調査する必要があります。
まずは相続財産の全体像を把握しよう
借金があるとわかると、すぐに「相続放棄」を考えがちですが、焦ってはいけません。もしかしたら、借金を上回るプラスの財産(不動産や有価証券など)が見つかるかもしれないからです。まずは冷静に、お父様が残したプラスの財産とマイナスの財産をすべてリストアップし、全体像を把握することが何よりも大切です。
借金の相続を回避する3つの方法
財産調査の結果、どうしてもプラスの財産より借金の方が多い場合、相続人が返済義務を負わなくても済む方法があります。相続には、主に3つの選択肢があることを知っておきましょう。
全ての財産を放棄する「相続放棄」
相続放棄とは、プラスの財産もマイナスの財産も、一切の遺産を相続する権利を放棄する手続きです。家庭裁判所に申述することで認められます。これをすれば、お父様の借金を返済する義務は一切なくなります。ただし、預貯金や不動産など、プラスの財産も一切相続できなくなる点に注意が必要です。また、あなたが相続放棄をすると、次順位の相続人(お父様のご両親やご兄弟など)に相続権と借金の返済義務が移ることも覚えておきましょう。
プラスの財産の範囲で返済する「限定承認」
限定承認とは、相続したプラスの財産の範囲内でのみ、借金を返済するという条件付きで相続する方法です。「借金はありそうだけど、自宅だけはどうしても手放したくない」といった場合に有効です。借金を返済してプラスの財産が残れば、それは相続することができます。しかし、手続きが非常に複雑で、相続人全員で申述する必要があるため、利用されるケースは少ないのが現状です。
全てを相続する「単純承認」
単純承認とは、プラスの財産もマイナスの財産も全て無条件で相続する方法です。特別な手続きは必要なく、相続放棄や限定承認の手続きをしないまま「相続開始を知ったときから3ヶ月」が経過すると、自動的に単純承認したとみなされます。プラスの財産が明らかに多い場合はこの方法で問題ありませんが、借金の全額を返済する義務を負うことになります。
| 方法 | 特徴 |
|---|---|
| 相続放棄 | プラスの財産もマイナスの財産も全て放棄する。借金の返済義務がなくなる。 |
| 限定承認 | プラスの財産の範囲内で借金を返済。財産が残れば相続できる。 |
| 単純承認 | プラスの財産もマイナスの財産も全て相続する。 |
相続財産の調査方法
どの相続方法を選ぶかを決めるためには、正確な財産調査が不可欠です。主に以下の方法で調査を進めましょう。
書類を探す(自宅・事務所)
まずはお父様の自宅や事務所などを探し、財産に関する書類がないか確認します。特に以下の書類は重要です。
- 預金通帳、証券会社の取引残高報告書
- 不動産の権利証(登記識別情報通知書)、固定資産税の納税通知書
- 生命保険証券
- 借用書、金銭消費貸借契約書
- クレジットカードの明細書、ローン返済予定表
- 請求書や督促状
- 確定申告書の控え(事業内容や資産状況の手がかりになります)
信用情報機関への情報開示請求
消費者金融やクレジットカード会社からの借入れについては、信用情報機関に情報開示を請求することで正確に把握できます。日本には以下の3つの機関があり、相続人であれば所定の手続きを踏むことで故人の信用情報を照会できます。
- CIC(株式会社シー・アイ・シー):主にクレジットカード会社の情報を保有
- JICC(株式会社日本信用情報機構):主に消費者金融会社の情報を保有
- KSC(全国銀行個人信用情報センター):主に銀行や信用金庫などの情報を保有
故人の郵便物やメールを確認する
お父様が亡くなった後も、金融機関や役所からの重要なお知らせ、あるいは債権者からの督促状などが郵便で届くことがあります。少なくとも数ヶ月は郵便物を必ず確認するようにしましょう。また、パソコンやスマートフォンのメール履歴に、借入れに関するやり取りが残っている場合もあります。
借金を相続する場合のポイント
調査の結果、単純承認を選んだ場合でも、知っておくと役立つポイントがいくつかあります。
相続税の「債務控除」で節税できる
借金を相続するということは、マイナス面ばかりではありません。相続税を計算する際、相続した借金はプラスの財産から差し引くことができます。これを「債務控除」といいます。例えば、遺産総額が8,000万円あっても、2,000万円の借金があれば、課税対象となる遺産は6,000万円に減り、相続税の負担が軽くなります。葬儀費用も債務控除の対象です。
団体信用生命保険(団信)は確認必須
お父様が住宅ローンや一部の事業用ローンを組んでいた場合、団体信用生命保険(団信)に加入している可能性があります。団信に加入していれば、契約者が亡くなった際に保険金でローンが完済されるため、相続人が返済義務を負う必要がなくなります。まずはローン契約の際に団信に加入していたかどうかを、金融機関に確認してみましょう。
過払い金が発生している可能性も
もしお父様が2010年6月以前から消費者金融やクレジットカードのキャッシングを利用していた場合、法律の上限を超える利息を支払っていた可能性があり、「過払い金」が発生しているかもしれません。この過払い金を取り戻す権利もプラスの財産として相続されます。借金の額によっては、過払い金で相殺して借金がなくなったり、逆にお金が戻ってきたりするケースもあります。心当たりがある場合は、安易に相続放棄せず、専門家に相談してみることをお勧めします。
相続放棄をする場合の注意点
借金が多額で相続放棄を決断した場合にも、いくつか注意すべき点があります。これを知らないと、放棄が認められなくなる可能性もあるので気をつけましょう。
「3ヶ月」の期限を過ぎたらどうなる?
相続放棄や限定承認の手続きは、原則として「自己のために相続の開始があったことを知った時から3ヶ月以内」に家庭裁判所で行わなければなりません。この期間を「熟慮期間」といいます。この期間を過ぎると、単純承認したとみなされ、原則として相続放棄はできなくなります。もし、財産調査に時間がかかりそうな場合は、家庭裁判所に申し立てることで期間を延長してもらえることもあります。
相続財産に手をつけてはいけない
熟慮期間中に、相続財産の一部でも使ったり、売却したり、隠したりすると、相続の意思があるとみなされ(法定単純承認)、相続放棄ができなくなります。
【やってはいけないことの例】
- お父様の預貯金を引き出して自分の生活費に使う
- お父様の車や不動産を売却する
- お父様の預金から借金の返済をする
債権者から返済を迫られても、相続放棄を検討している間は絶対にお父様の財産から返済しないようにしてください。
他の相続人への連絡を忘れずに
前述の通り、あなたが相続放棄をすると、相続権は次の順位の相続人に移ります。例えば、子ども全員が相続放棄をすると、次にお父様のご両親(祖父母)が、ご両親も亡くなっていればお父様のご兄弟(叔父・叔母)が相続人となり、借金の返済義務を負うことになります。何も知らせずに手続きを進めると、突然、親族に督促状が届いてしまい、大きなトラブルに発展しかねません。相続放棄をする際は、必ず次の順位の相続人に事前に連絡し、事情を説明するようにしましょう。
まとめ
自営業者だったお父様が多額の借金を残して亡くなられた場合、まずやるべきことは、慌てずに財産の全体像を正確に把握することです。その上で、プラスの財産とマイナスの財産を比較し、「単純承認」「相続放棄」「限定承認」のどれを選択するかを決めなければなりません。相続放棄には「3ヶ月」という期限がありますので、迅速な行動が求められます。もし一人で判断することに不安を感じたり、手続きが複雑で難しいと感じたりした場合は、無理をせず、弁護士や司法書士といった専門家に相談することが、最も確実で安心な方法です。専門家の力を借りて、後悔のない選択をしてください。
参考文献
事業の借金を相続した際のよくある質問まとめ
Q.父が自営業で多額の借金を残して亡くなりました。この借金は私が返済しなければならないのでしょうか?
A.必ずしも返済義務はありません。「相続放棄」をすれば、借金を含む全ての財産を相続しないことができます。また、プラスの財産の範囲内で借金を返済する「限定承認」という方法もあります。
Q.相続放棄はいつまでにすればいいですか?
A.原則として、ご自身が相続人であることを知った時から3ヶ月以内に家庭裁判所に申立てる必要があります。この期間を「熟慮期間」と呼びます。
Q.父の財産や借金の全体像がわかりません。どうやって調べればいいですか?
A.預貯金は金融機関、不動産は法務局で調べられます。借金については信用情報機関への情報開示請求が有効です。故人の郵便物や通帳なども手がかりになります。
Q.父の事業の連帯保証人になっていた場合、相続放棄をしても返済義務は残りますか?
A.はい、残ります。連帯保証契約は相続とは別の個人の契約だからです。相続放棄をしても、ご自身の保証人としての返済義務はなくなりません。
Q.相続放棄する前に、父の預金を引き出してしまいました。もう相続放棄はできませんか?
A.財産の一部でも使ったり処分したりすると、単純承認したとみなされ、相続放棄ができなくなる可能性があります。ただし葬儀費用など一部例外もあるため、すぐに専門家へ相談することをおすすめします。
Q.相続放棄と限定承認、どちらを選べばいいですか?
A.借金が資産を明らかに上回る場合は「相続放棄」が一般的です。資産と借金のどちらが多いか不明な場合や、自宅など特定の資産を残したい場合は「限定承認」が選択肢になりますが、手続きが複雑なため専門家への相談が不可欠です。