ご家族が亡くなった後の遺産分割は、相続人全員での話し合い(遺産分割協議)で決めるのが基本です。しかし、どうしても話がまとまらないこともありますよね。そんなときに利用するのが、家庭裁判所で行う「遺産分割調停」や「遺産分割審判」です。今回は、これらの手続きを進めるために必要な書類と、知っておきたい注意点について、優しく解説していきます。
遺産分割調停・審判とは?
相続人同士の話し合いだけでは遺産の分け方が決まらない場合、法的な手続きで解決を目指します。それが「遺産分割調停」と「遺産分割審判」です。まずは、それぞれの特徴を理解しておきましょう。
遺産分割調停とは
遺産分割調停は、家庭裁判所で話し合いによって解決を目指す手続きです。裁判官と、民間から選ばれた「調停委員」が間に入り、相続人それぞれの意見を公平に聞きながら、合意に向けた助言をしてくれます。当事者同士だと感情的になってしまうこともありますが、中立的な第三者が加わることで、冷静に話し合いを進めやすくなります。ここで全員が合意できれば「調停調書」が作成され、この内容は裁判の判決と同じ効力を持ちます。
遺産分割審判とは
調停を行っても話し合いがまとまらなかった場合、手続きは自動的に「遺産分割審判」に移ります。審判では、話し合いではなく、裁判官がこれまでの経緯や各相続人の主張、提出された資料など、あらゆる事情を考慮して、遺産の分割方法を決定します。裁判官の判断は「審判書」として作成され、これには法的な拘束力があるため、相続人はその内容に従って遺産を分けることになります。
調停と審判の違いまとめ
調停と審判の大きな違いは、解決方法が「話し合い」か「裁判官の判断」かという点です。まずは調停で話し合い、それでもダメなら審判で判断を仰ぐ、という流れが基本になります。
| 手続き | 内 容 | 
| 遺産分割調停 | 調停委員を交えた話し合いで、相続人全員の合意を目指す手続き。 | 
| 遺産分割審判 | 調停が不成立の場合に、裁判官が判断して分割方法を決定する手続き。 | 
遺産分割調停・審判の申立て手続き
調停や審判を利用するには、家庭裁判所に申立てを行う必要があります。ここでは、申立ての基本的なルールについて見ていきましょう。
申立てができる人(申立人)
申立ては、相続人のうちの1人または複数人から行うことができます。他の相続人の同意は必要ありません。
申立ての相手方
申立てをする人(申立人)以外の、相続人全員を相手方として申し立てる必要があります。もし一人でも当事者から漏れていると、その調停や審判は無効になってしまう可能性があるため、注意が必要です。
申立て先の家庭裁判所(管轄)
どこに申し立てるかは、手続きによって異なります。
- 調停の場合:原則として、相手方のうちの誰か一人の住所地を管轄する家庭裁判所、または当事者全員が合意で決めた家庭裁判所です。
 - 審判の場合:亡くなった方(被相続人)の最後の住所地を管轄する家庭裁判所です。
 
申立てにかかる費用
申立てには、手数料と郵便代がかかります。
| 費用の種類 | 金額の目安 | 
| 収入印紙 | 被相続人1人につき1,200円分が必要です。 | 
| 連絡用の郵便切手 | 数千円程度が必要です。金額は裁判所や当事者の数によって異なるため、申立て先の家庭裁判所に事前に確認しましょう。 | 
遺産分割調停・審判の申立てに必要な書類
申立てには、多くの書類を準備する必要があります。不備なくスムーズに進めるためにも、しっかり確認しておきましょう。
申立書
「遺産分割調停申立書」または「遺産分割審判申立書」が必要です。この書式は、裁判所のウェブサイトからダウンロードできます。申立ての趣旨や理由などを記載します。
戸籍謄本など身分関係の書類
誰が相続人であるかを公的に証明するための書類です。集めるのに時間がかかることもあるので、早めに準備を始めましょう。
| 書類の種類 | 必要な範囲 | 
| 被相続人の戸籍謄本など | 出生から死亡までの全て(除籍謄本、改製原戸籍謄本を含む) | 
| 相続人全員の戸籍謄本 | 現在のもの | 
| 先に亡くなった子の戸籍謄本など | 被相続人より先に子が亡くなっている場合、その子の出生から死亡までの全て | 
住所を証明する書類
当事者の現在の住所を証明するために、以下のいずれかが必要です。
- 相続人全員の住民票
 - 相続人全員の戸籍の附票
 
遺産に関する資料
どのような遺産がどれくらいあるのかを明らかにするための資料です。財産の種類に応じて、以下のような書類を準備します。
| 財産の種類 | 資料の例 | 
| 不動産(土地・建物) | 登記事項証明書(登記簿謄本)、固定資産評価証明書 | 
| 預貯金 | 預貯金通帳のコピー、残高証明書 | 
| 有価証券(株式など) | 証券会社の残高報告書など | 
| 自動車 | 車検証のコピー、査定書のコピー | 
この他にも、事案によっては追加の書類提出を求められることがあります。
調停・審判後の手続き【不動産がある場合】
調停や審判で不動産を誰が相続するかが決まったら、法務局で名義変更の手続き(相続登記)を行う必要があります。2024年4月1日から相続登記は義務化されていますので、忘れずに行いましょう。
相続登記の必要書類
調停や審判に基づいて相続登記を行う場合、必要書類は通常の相続登記よりも少なくなります。
- 調停調書謄本 または 審判書謄本と確定証明書
 - 不動産を取得する相続人の住民票
 - 相続する不動産の固定資産評価証明書(申請する年度のもの)
 
注意点①:戸籍謄本は原則不要
通常の相続登記では大量の戸籍謄本が必要ですが、調停・審判に基づく登記では原則として不要です。これは、家庭裁判所での手続きの際に、すでに相続関係が確認されているためです。ただし、調停調書などに被相続人の死亡年月日が記載されていない場合など、例外的に必要となるケースもあります。
注意点②:すでに法定相続分で登記されている場合
遺産分割協議がまとまる前に、とりあえず法定相続分で相続登記をしているケースがあります。この場合、調停・審判の結果、ご自身の取得分が法定相続分より増えたときの手続きは少し複雑になります。原則として、取得分が減った他の相続人と共同で登記申請をする必要があり、相手の協力が不可欠です。この手間を避けるため、調停や審判の際に、「相手方は登記手続きに協力する」といった内容を調停調書や審判書に入れてもらうことがとても重要になります。
遺産分割が未了のまま相続税申告期限がきたら?
遺産分割の調停や審判は、時間がかかることが多く、相続税の申告期限までに終わらないことも珍しくありません。しかし、だからといって申告しなくて良いわけではありません。
未分割での申告方法
相続税の申告と納税は、相続の開始があったことを知った日の翌日から10か月以内に行わなければなりません。この期限は、遺産分割が終わっていなくても延長されません。そのため、期限内に、一旦法定相続分で財産を取得したものとして仮の計算を行い、相続税の申告と納税を済ませる必要があります。
未分割申告のデメリット
未分割のまま申告を行う場合、相続税額を大幅に軽減できる「配偶者の税額軽減」や「小規模宅地等の特例」といった重要な特例を適用することができません。その結果、本来支払うべき税額よりも多額の税金を一時的に納めることになってしまいます。
分割後の手続き(更正の請求・修正申告)
無事に調停や審判で遺産分割が確定したら、その内容に基づいて改めて相続税額を計算し直します。
そして、払い過ぎていた税金を取り戻す「更正の請求」という手続きを行います。この手続きは、原則として分割が成立した日の翌日から4か月以内に行う必要があります。
特例を適用するためには、未分割で申告する際に「申告期限後3年以内の分割見込書」を税務署に提出しておくことを忘れないようにしましょう。
まとめ
遺産分割の調停や審判は、話し合いがこじれてしまった際の有効な解決手段ですが、手続きは複雑で時間もかかります。特に、必要書類の収集は大変な作業です。申立てからその後の手続きまでをスムーズに進めるためには、正確な知識と計画的な準備が欠かせません。もし手続きに不安を感じる場合は、弁護士や司法書士などの専門家に相談することも検討してみましょう。一人で抱え込まず、適切なサポートを受けながら、円満な解決を目指してくださいね。
参考文献
遺産分割の調停・審判に関するよくある質問まとめ
Q.遺産分割調停を申し立てるには、どのような書類が必要ですか?
A.申立書のほか、被相続人や相続人全員の戸籍謄本、遺産目録、不動産登記事項証明書、預貯金残高証明書などが必要です。事案によって追加書類が求められることもあります。
Q.遺産分割の「調停」と「審判」の違いは何ですか?
A.「調停」は、調停委員を介して相続人同士が話し合いで解決を目指す手続きです。一方、「審判」は、調停が不成立になった場合に、裁判官が一切の事情を考慮して分割方法を決定する手続きです。
Q.調停や審判にかかる費用はどのくらいですか?
A.家庭裁判所に支払う費用として、被相続人1人につき収入印紙1,200円分と、連絡用の郵便切手代(数千円程度)が必要です。この他に、弁護士に依頼する場合は別途弁護士費用がかかります。
Q.調停の申し立ては自分でもできますか?弁護士は必要ですか?
A.ご自身で申し立てることは可能です。しかし、手続きが複雑で、法的な主張を適切に行うのが難しい場合もあります。スムーズな解決や有利な結果を目指すなら、専門家への相談をおすすめします。
Q.調停で話がまとまらなかった(不成立だった)場合はどうなりますか?
A.調停が不成立となった場合、自動的に「審判」の手続きに移行します。改めて審判を申し立てる必要はありません。審判では裁判官が遺産の分割方法を決定します。
Q.裁判所の審判に納得できない場合はどうすればよいですか?
A.審判の内容に不服がある場合、審判の告知を受けた日から2週間以内に「即時抗告」という不服申し立てを高等裁判所に行うことができます。