ご家族が亡くなった後の相続手続き。円満に進むと思っていたのに、思わぬところで親族間のトラブルに発展してしまうケースは少なくありません。いわゆる「争族」です。実はその原因の一つに、親世代と子世代の相続に対する考え方の違い、つまり「家督相続」と「法定相続」のギャップが隠れていることがあるんです。この記事では、なぜ世代間で相続の考え方が違うのか、そしてどうすればそのギャップを埋めて円満な相続を迎えられるのかを、優しく解説していきますね。
家督相続とは?昔の相続制度を思い出してみましょう
まずは、親世代、特に70代以上の方々に馴染み深い「家督相続」についてお話しします。これは、今の若い世代の方にはあまり聞き慣れない言葉かもしれませんね。
家督相続の仕組みと目的
家督相続とは、戦前の日本(旧民法)で定められていた相続制度です。この制度の一番の目的は、「家」という単位を守り、存続させていくことでした。そのため、戸主(家の代表者)が亡くなると、その家の財産だけでなく、戸主という地位や家族を扶養する義務など、すべてを原則として長男一人が引き継いでいました。他の兄弟姉妹は、基本的に財産を相続することができなかったのです。これは、財産が分散して「家」が衰退するのを防ぐための仕組みでした。
いつまで続いた制度?
この家督相続制度は、明治31年(1898年)から施行された旧民法に定められていましたが、第二次世界大戦後、日本国憲法が制定されたことに伴い、昭和22年(1947年)5月2日に廃止されました。新しい憲法では個人の尊厳が重んじられるようになり、相続も「家」単位から「個人」単位で考える現在の形に変わったのです。
なぜ今も考え方が残っているの?
制度としては70年以上前に廃止されていますが、「長男が家を継ぐのが当たり前」「お墓や実家は長男が見るもの」といった価値観は、文化や慣習として今もなお根強く残っています。特に、家督相続が当たり前だった時代に育ったご高齢の方々にとっては、財産は長男に多く残したいと考えるのが自然なことなのかもしれません。
法定相続とは?今の相続制度を正しく理解しよう
次に、現在、私たちの暮らしに関わっている「法定相続」について見ていきましょう。こちらは、子世代にとっては当たり前のルールですね。
法定相続の基本ルール
法定相続とは、現在の民法で定められている相続のルールです。誰が財産を受け取る権利を持つのか(法定相続人)、そして、どのくらいの割合で受け取るのか(法定相続分)が法律で決められています。亡くなった方(被相続人)が遺言書を残していない場合、このルールに従って遺産分割の話し合いを進めるのが基本となります。
法定相続人の順位と相続分
誰がどのくらい相続するかは、家族構成によって変わります。配偶者は常に相続人となり、それ以外の人には順位があります。下の順位の人は、上の順位の人がいない場合に初めて相続人になります。
| 相続人の組み合わせ | 法定相続分 | 
|---|---|
| 配偶者と子 | 配偶者:1/2、子:1/2(子が複数いる場合は全員で1/2を均等に分ける) | 
| 配偶者と親(直系尊属) | 配偶者:2/3、親:1/3(父母ともに健在なら全員で1/3) | 
| 配偶者と兄弟姉妹 | 配偶者:3/4、兄弟姉妹:1/4(複数いる場合は全員で1/4を均等に分ける) | 
※子が先に亡くなっていて孫がいる場合(代襲相続)など、状況によって細かなルールがあります。
法定相続は「平等」が基本
法定相続の大きな特徴は、「平等」を基本としている点です。例えば、子供が長男でも次男でも、あるいは女性でも、相続する権利の割合は同じです。これは、個人の権利を尊重するという現在の民法の考え方に基づいています。
「家督相続」と「法定相続」の決定的な違い
ここまで見てきたように、二つの制度は根本的な考え方が全く異なります。この違いが、世代間の認識のズレを生む大きな原因となっています。
誰が相続するか(相続人の範囲)
家督相続では、相続人は原則として「戸主を継ぐ一人(主に長男)」だけでした。しかし、法定相続では、配偶者や子供たちなど、複数の人が共同で相続人となります。これが最も大きな違いです。親世代が「長男に」と考えていても、法律上は他の兄弟姉妹にも等しく権利があるのです。
どう分けるか(財産の分割方法)
家督相続は、一人がすべてを引き継ぐ「単独相続」です。一方、法定相続は、複数の相続人が法律で定められた割合に基づいて財産を分け合う「共同相続」であり、子供たちの間では「均分相続(均等に分ける)」が原則です。
比較表で見る違い
二つの制度の違いを、表でシンプルにまとめてみましょう。
| 項目 | 家督相続(旧民法) | 
|---|---|
| 考え方の基本 | 「家」の維持・存続 | 
| 相続人 | 原則、戸主を継ぐ一人(主に長男) | 
| 分割方法 | 単独相続(一人がすべてを相続) | 
| 適用時期 | 昭和22年5月2日まで | 
| 項目 | 法定相続(現行民法) | 
|---|---|
| 考え方の基本 | 「個人」の権利尊重・平等 | 
| 相続人 | 配偶者、子、親、兄弟姉妹など複数人 | 
| 分割方法 | 共同相続(法定相続分に応じて分割) | 
| 適用時期 | 昭和22年5月3日から現在まで | 
なぜ世代間のギャップが「争族」を招くのか
では、この考え方のギャップが、具体的にどのような相続トラブルにつながるのでしょうか。いくつかの典型的なパターンを見てみましょう。
親世代の「長男が家を継ぐべき」という想い
被相続人である親御さんが、「家業や実家の土地は、これまで通り長男にすべて継いでほしい」と願っているケースは少なくありません。そして、その想いを日頃から口にしていることも多いでしょう。長男自身も、そのように考えているかもしれません。
子世代の「平等に分けるのが当然」という権利意識
一方で、長男以外の兄弟姉妹は、現在の法律である法定相続を基準に考えます。「法律では子供は平等に相続する権利があるはずだ」「兄さんだけが多くもらうのは不公平だ」と主張するのは、当然の権利意識です。この両者の想いがぶつかり合うことで、話し合いが平行線になってしまうのです。
具体的なトラブル事例
特に問題となりやすいのが、遺産の大部分が不動産や自社の株式など、簡単に分けられない財産である場合です。例えば、親御さんが「長男に実家を継がせる」という遺言書を書いていなかったとします。この場合、他の兄弟姉妹は法定相続分を主張し、「実家を売却してお金で分けてほしい」と要求する可能性があります。長男が実家に住み続けたいと願っても、他の兄弟姉妹に支払うためのお金(代償金)を用意できなければ、思い出の詰まった家を手放さざるを得ない状況に追い込まれることもあるのです。
ギャップを埋め、円満な相続を実現する方法
世代間の認識のギャップは、放っておくと深刻なトラブルに発展しかねません。しかし、事前に対策をすることで、円満な相続を実現することは可能です。
生前の話し合いが最も重要
何よりも大切なのが、家族全員で相続について話し合う機会を持つことです。親御さんが元気なうちに、「誰に、何を、どのように遺したいのか」という想いを伝え、子供たちもそれぞれの考えをオープンに話すことが重要です。なぜ長男に多く遺したいのか、その理由を丁寧に説明することで、他の兄弟姉妹の理解を得やすくなるかもしれません。
遺言書の作成で意思を明確に
話し合いと並行して、遺言書を作成しておくことを強くお勧めします。遺言書は、ご自身の最終的な意思を法的に実現するための最も強力なツールです。「長男に実家を相続させる」といった内容を明確に記すことで、相続が始まった後の手続きがスムーズに進みます。その際、なぜそのような分け方にしたのか、家族への感謝の気持ちなどを「付言事項」として書き添えることで、他の相続人の感情的なしこりを和らげる効果も期待できます。
ただし、兄弟姉妹には遺留分(最低限保障された相続分)という権利があることには注意が必要です。遺留分を無視した遺言書は、かえって新たなトラブルの原因になるため、専門家と相談しながら、全員に配慮した内容にすることが大切です。
生前贈与や生命保険の活用
特定の子に特定の財産(不動産など)を遺したい場合、他の子には生前贈与で現金を渡しておく、あるいは生命保険の受取人にしておくといった方法も有効です。これにより、相続時の財産額のバランスを取り、不公平感を減らすことができます。年間110万円までの暦年贈与や、相続時精算課税制度など、税制上のメリットがある制度も活用しましょう。
まとめ
相続が揉める大きな原因の一つである、「家督相続」と「法定相続」の世代間ギャップについて解説しました。親世代の「家を継ぐ長男へ」という想いと、子世代の「法律通り平等に」という権利意識。どちらが正しいというわけではありません。大切なのは、この価値観の違いが存在することを家族全員が理解し、お互いの気持ちを尊重することです。そして、その想いを形にするために、元気なうちから遺言書の作成や生前贈与などの対策を具体的に進めていくことが、「争族」を避け、「笑顔相続」を実現するための鍵となります。少しでも不安なことがあれば、専門家に相談しながら、ご家族にとって最善の方法を見つけていきましょう。
参考文献
家督相続と法定相続のギャップに関するよくある質問
Q. 昔の「家督相続」は今でも有効ですか?
A. いいえ、戦後の民法改正により家督相続制度は廃止されました。現在の相続は、法律で定められた相続人が財産を分け合う「法定相続」が原則です。
Q. 「長男が家を継ぐ」という慣習に法的な効力はありますか?
A. 法的な効力はありません。現在の法律では、子供たちの相続分は平等です。「長男だから」という理由で他の兄弟より多くの財産を相続する権利はありません。
Q. 遺言書に「家督は長男に相続させる」と書かれていたらどうなりますか?
A. 法的に「家督相続」はできませんが、「全財産を長男に相続させる」という遺言として解釈されるのが一般的です。ただし、他の相続人には最低限の相続分を請求できる「遺留分」の権利があります。
Q. 家督相続と法定相続の最も大きな違いは何ですか?
A. 相続する人とその割合です。家督相続は戸主(主に長男)一人が全財産を相続しましたが、法定相続では配偶者や子供など複数の相続人で法律に基づき財産を分け合います。
Q. 親から「家を継いでほしい」と言われています。どうすればスムーズに進みますか?
A. 親に法的に有効な遺言書を作成してもらうのが最も確実です。遺言書がない場合、相続人全員での話し合い(遺産分割協議)が必要となり、トラブルの原因になる可能性があります。
Q. 事業や農地を特定の一人に継がせる方法はありますか?
A. 遺言書で後継者を指定する方法が一般的です。他に生前贈与という選択肢もありますが、他の相続人の遺留分に配慮した計画を立てることが、円満な承継の鍵となります。