ご家族が亡くなられた悲しみの中、もし奥様が妊娠中だったら、「お腹の赤ちゃんは遺産を相続できるの?」と不安に思われるかもしれません。大切な家族が増える喜びとともに、相続という大きな手続きが重なると、どうすれば良いか分からなくなってしまいますよね。でも、ご安心ください。日本の法律では、お腹の中にいる胎児にも相続権が認められています。この記事では、胎児が相続人になる場合のルールや、具体的な手続き、注意点について、分かりやすく丁寧にご説明しますね。
胎児に相続権はあるの?法律のルールを解説
まず結論からお伝えすると、胎児は相続人になることができます。法律(民法)では、人は生まれて初めて権利を持つのが原則ですが、相続に関しては特別なルールが設けられています。もし、亡くなった時期が少し違うだけで、生まれてくるはずの子どもが相続できないとしたら、とても不公平ですよね。そうした事態を防ぐために、民法第886条では「胎児は、相続については、既に生まれたものとみなす」と定め、お腹の赤ちゃんにも相続権を認めているのです。
【重要】無事に生まれてくることが条件
胎児に相続権が認められる上で、最も大切な条件があります。それは、「無事に生きて生まれてくること」です。残念ながら、死産となってしまった場合には、初めから相続人ではなかったことになります(民法第886条2項)。これは、法律の世界では「停止条件説」と呼ばれていて、最高裁判所の判例でも採用されている考え方です。つまり、「生きて生まれる」という条件が満たされたときに、亡くなった時点にさかのぼって相続権が発生する、という仕組みになっているんですね。
生まれてすぐに亡くなってしまった場合
では、無事に出産したものの、赤ちゃんがすぐに亡くなってしまった場合はどうなるのでしょうか。たとえ短い時間であっても、一度この世に生まれてきた以上、その赤ちゃんは一人の人間として相続権を持ちます。これは死産の場合と大きく異なり、相続関係に大きな影響を与えることがあります。
例えば、亡くなった夫(A)に、妻(B)、お腹の子(C)、そして前妻との子(D)がいて、遺産が1,000万円だったとします。
| ケース | 相続関係 | 
| Cが死産だった場合 | Cは相続人になりません。相続人は妻Bと子Dの2人です。法定相続分は、妻Bが1/2(500万円)、子Dが1/2(500万円)となります。 | 
| Cが生まれてすぐに亡くなった場合 | Cは一度相続人になります。相続人は妻B、子C、子Dの3人です。法定相続分は、妻Bが1/2(500万円)、子どもたち(CとD)で残りの1/2を分けるので、CとDはそれぞれ1/4(250万円)ずつ相続します。そして、Cが亡くなったことで、Cが相続した250万円は、Cの親である母Bが相続することになります。結果として、妻Bは合計750万円を相続することになります。 | 
このように、生まれてきたかどうかで、他の相続人の受け取る遺産額も大きく変わってくるのです。
代襲相続もできるの?
「代襲相続(だいしゅうそうぞく)」という言葉を聞いたことがあるでしょうか。これは、本来相続人になるはずだった子どもが親より先に亡くなっている場合に、その子ども(被相続人から見ると孫)が代わりに相続する制度です。
胎児はこの代襲相続も認められています。例えば、祖父が亡くなる前に、父親がすでに亡くなっていたとします。その時点で母親のお腹の中に赤ちゃんがいた場合、その胎児は父親に代わって、祖父の財産を相続することができるのです。
胎児が相続人になる場合の手続きと注意点
胎児が相続人になる場合、通常の相続手続きとは異なる点がいくつかあり、注意が必要です。特に遺産の分け方を話し合う「遺産分割協議」は慎重に進めなければなりません。
遺産分割協議はいつ行う?
相続人全員で遺産の分け方を話し合うことを「遺産分割協議」といいます。胎児も相続人に含まれるため、協議に参加する必要があります。しかし、先ほどご説明したように、死産の場合は相続人ではなくなってしまうため、相続人の数が変わる可能性があります。
もし、赤ちゃんが生まれる前に遺産分割協議を終えてしまうと、死産だった場合に協議をやり直さなければならなくなります。そのため、急いで遺産分割をする特別な事情がない限り、赤ちゃんが無事に生まれてくるのを待ってから遺産分割協議を行うのが一般的です。もし、胎児の存在を知らずに、または相続権がないと勘違いして胎児を除いて行われた遺産分割協議は、後から無効になってしまうので、絶対に注意してください。
赤ちゃんの代理人が必要?特別代理人とは
無事に赤ちゃんが生まれても、もちろん自分で遺産分割協議に参加することはできません。通常は親権者である母親が代理人となりますが、相続においては一つ問題があります。
母親自身も相続人である場合、母親が赤ちゃんの代理人を務めると、「母親の取り分を多くして、赤ちゃんの取り分を少なくする」ということができてしまいます。このように、一方の利益がもう一方の不利益になる関係を「利益相反」といい、法律で禁止されています。
この場合、母親は赤ちゃんの代理人にはなれません。代わりに、家庭裁判所に申し立てをして、「特別代理人」を選んでもらう必要があります。特別代理人には、利害関係のない親族や、弁護士などの専門家が選ばれ、赤ちゃんにとって不利にならないように、代わりに遺産分割協議に参加します。
遺言書で胎児に財産を遺すには?
遺言書によって、生まれてくる子どもに財産を遺すことも可能です。ただし、胎児にはまだ名前も生年月日もありませんので、誰に遺すのかを明確に特定する必要があります。
実務上は、「妻〇〇(生年月日)が懐胎している子に、〇〇(財産の内容)を相続させる」というように記載します。「いずれ生まれてくる我が子に」といった曖昧な表現では、誰のことか特定できず、遺言が無効と判断されるリスクがありますので注意しましょう。
胎児の相続放棄はできる?
相続は、預貯金や不動産といったプラスの財産だけでなく、借金などのマイナスの財産も引き継ぎます。もし、亡くなった方に多額の借金があった場合、生まれてくる赤ちゃんにそれを背負わせるのは避けたいですよね。そのために「相続放棄」という手続きがあります。
胎児も相続人である以上、相続放棄をすることが可能です。ただし、手続きは赤ちゃんが生まれてから行うことになります。相続放棄の期限は、通常「相続の開始を知った時から3ヶ月以内」ですが、胎児の場合は「出生を知った時から3ヶ月以内」となります。
母親も一緒に相続放棄する場合
母親も赤ちゃんも一緒に相続放棄をする場合、お互いの利害は対立しません。そのため、母親が赤ちゃんの代理人(法定代理人)として、家庭裁判所で相続放棄の手続きをすることができます。
胎児だけが相続放棄する場合
母親は財産を相続し、赤ちゃんだけ相続放棄をさせたい、というケースも考えられます。この場合、母親と赤ちゃんの利益が相反する(利益相反)ため、母親は代理人になれません。遺産分割協議のときと同じように、家庭裁判所で特別代理人を選任してもらい、その特別代理人が赤ちゃんのために相続放棄の手続きを行うことになります。
胎児がいる場合の相続税申告はどうなる?
相続財産が一定額(基礎控除額:3,000万円+600万円×法定相続人の数)を超える場合、相続税の申告と納税が必要です。申告期限は、原則として「被相続人が死亡したことを知った日の翌日から10ヶ月以内」と定められています。
しかし、相続人に胎児がいる場合は、申告手続きが少し複雑になります。赤ちゃんの出生時期によって対応が変わるため、注意が必要です。
申告期限までに赤ちゃんが生まれていない場合
相続税の申告期限(10ヶ月)までに赤ちゃんが生まれない見込みの場合、ひとまず胎児はいないものとして、他の相続人で相続税の計算を行い、期限内に申告・納税します。
その後、無事に赤ちゃんが生まれたら、生まれた子を相続人に加えて税額を再計算し、手続きをやり直します。具体的には、税金を払いすぎていた他の相続人は「更正の請求」という手続きを、赤ちゃんについては改めて相続税の申告を行います。この「更正の請求」は、赤ちゃんの出生を知った日の翌日から4ヶ月以内に行う必要があります。
申告期限内に赤ちゃんが生まれた場合
申告期限内に赤ちゃんが生まれた場合は、その生まれた子を相続人に含めて相続税の申告を行います。ただし、この場合でも、生まれた赤ちゃん自身の申告期限は、他の相続人とは異なり、母親(法定代理人)が出生を知った日の翌日から10ヶ月以内となります。少し複雑なので、税務署や税理士に相談すると安心ですね。
| 状況 | 相続税申告の対応方法 | 
| 申告期限内に生まれていない | 胎児がいないものとして一旦申告し、出生後に「更正の請求」や追加の申告を行う。 | 
| 申告期限内に生まれた | 生まれた子を相続人に含めて申告する。 | 
その他のよくある疑問
最後に、胎児の相続に関連してよくいただくご質問にお答えします。
生命保険の受取人に胎児はなれる?
父親が自分の死亡保険金の受取人を、生まれてくる子どもにしたいと考えることもあるかもしれません。しかし、生命保険の受取人に胎児を指定することはできません。生命保険金は法律上、相続財産とは別の「受取人固有の財産」とされており、胎児が相続権を持つという民法の特別ルールは適用されないためです。
不動産の相続登記はできる?
亡くなった方の不動産を相続人の名義に変更することを「相続登記」といいます。胎児の名義で登記することも不可能ではありません。その場合、まだ名前がないため「亡A妻B胎児」といった形で登記されます。
しかし、無事に生まれてきた後には正式な名前に変更する手続きが、万が一死産だった場合にはその登記を修正する手続きが、それぞれ必要になります。二度手間になってしまうため、権利関係を急いで確定させる特別な事情がない限り、出生を待ってから相続登記を行うのが一般的です。
まとめ
今回は、胎児の相続権について解説しました。大切なポイントを振り返ってみましょう。
- 胎児にも相続権は認められているが、無事に生きて生まれてくることが条件。
 - 胎児がいる場合の遺産分割協議は、出生後に行うのが安全。
 - 母親と赤ちゃんの利益が対立する場合(利益相反)、特別代理人の選任が必要になる。
 - 相続放棄も可能だが、手続きは出生後に行う。
 - 相続税の申告は、赤ちゃんの出生時期によって手続きが異なるため注意が必要。
 
相続人に胎児が含まれるケースは、手続きが複雑になりがちです。特に、特別代理人の選任や相続税の申告は専門的な知識が必要となります。ご家族だけで抱え込まず、不安な点があれば弁護士や税理士などの専門家に早めに相談することをおすすめします。これから生まれてくる大切なお子様のためにも、落ち着いて、一つひとつ着実に手続きを進めていきましょう。
参考文献
胎児の相続に関するよくある質問まとめ
Q.胎児は相続人になれますか?
A.はい、法律上、胎児は相続において既に生まれたものとみなされ、相続人になることができます。ただし、無事に生まれてくることが条件となります。
Q.もし胎児が死産だった場合、相続権はどうなりますか?
A.死産だった場合、その胎児は初めから相続人ではなかったことになります。そのため、その胎児の相続分は他の相続人で分け合うことになります。
Q.胎児がいる場合の遺産分割協議は、いつ行えばよいですか?
A.胎児が無事に生まれるまで待つ必要があります。胎児が生まれてから、その子の代理人(通常は母親)が参加して遺産分割協議を行います。
Q.胎児の相続手続きは誰が行うのですか?
A.胎児が生まれた後、その子の親権者(通常は母親)が法定代理人として相続手続きを行います。胎児のままでは手続きはできません。
Q.胎児の相続放棄はできますか?
A.はい、できます。胎児が無事に生まれた後、法定代理人が家庭裁判所で相続放棄の手続きを行うことができます。借金などマイナスの財産が多い場合に検討されます。
Q.胎児がいる場合の相続税の申告期限はどうなりますか?
A.相続税の申告期限は、胎児が生まれた日の翌日から10ヶ月以内となります。胎児が生まれるまでは申告期限は進行しません。