ご自身の想いを確実に実現するために作成する遺言書。しかし、その内容を誰が実行するのか考えたことはありますか?そこで重要な役割を担うのが「遺言執行者」です。遺言執行者とは、亡くなった方(遺言者)の代わりに、遺言書に書かれた内容を正確に実現するために必要な手続きを行う人のことです。今回は、遺言執行者の具体的な役割や権限、どんな場合に選任が必要なのか、そして誰に頼めばいいのかを、わかりやすく解説していきます。
遺言執行者とは?その役割と権限
遺言執行者は、いわば「遺言者の想いを実現する代理人」です。相続が開始した後、遺言者に代わって財産の管理や分配など、さまざまな手続きを行う法的な権限と義務を持ちます。相続人は、遺言執行者がいる場合、その執行を妨げることはできません。遺言者の最後の意思をスムーズかつ確実に実現するために、非常に重要な役割を果たします。
遺言執行者の主な役割
遺言執行者に就任すると、まずその旨を相続人全員に通知し、業務を開始します。具体的な役割は多岐にわたりますが、主に以下のような手続きを行います。
| 手続きの段階 | 具体的な役割 |
| 就任直後 | 相続人全員への就任通知と遺言書内容の開示 |
| 調査 | 相続人の調査・確定(戸籍謄本の収集など) |
| 調査 | 相続財産の調査(預貯金、不動産、有価証券など) |
| 書類作成 | 財産目録を作成し、相続人全員に交付 |
| 財産管理・処分 | 預貯金の解約・払い戻し、不動産の名義変更(相続登記)、株式など有価証券の名義変更 |
| 遺言の執行 | 遺言書の内容に従い、相続人や受遺者へ財産を分配・引き渡し |
| 遺言の執行 | 遺贈(寄付など)の手続き |
| 完了後 | 全ての手続き完了後、相続人への任務完了報告 |
遺言執行者の権限
遺言執行者は、民法第1012条により「遺言の内容を実現するため、相続財産の管理その他遺言の執行に必要な一切の行為をする権利義務を有する」と定められています。つまり、遺言執行者は、遺言を実現するために必要なあらゆる手続きを、単独で行う強い権限を持っています。例えば、金融機関での預貯金解約手続きや、法務局での不動産の名義変更手続きなども、相続人全員の同意や実印がなくても、遺言執行者単独で進めることができます。
遺言執行者にできないこと
強力な権限を持つ遺言執行者ですが、できないこともあります。その代表的なものが「相続税の申告」です。相続税の申告と納税は、財産を受け取った各相続人が行うべき義務であり、遺言執行者の業務範囲には含まれません。たとえ遺言執行者が税理士であったとしても、相続税申告は別途、相続人から依頼を受けて行うことになります。
遺言執行者を選任するメリット
遺言執行者を選任することは、遺言者にとっても相続人にとっても多くのメリットがあります。特に相続手続きを円滑に進め、トラブルを未然に防ぐ上で大きな効果が期待できます。
相続手続きがスムーズに進む
相続手続きでは、銀行や証券会社、法務局など多くの場所で戸籍謄本や印鑑証明書といった書類の提出が求められます。相続人が複数いる場合、全員の書類を集めたり、署名・捺印をもらったりするだけでも大変な手間と時間がかかります。遺言執行者がいれば、これらの手続きを単独で進められるため、相続手続きが迅速かつスムーズに進みます。
相続人間のトラブルを防止
遺産分割は、相続人間で感情的な対立が生まれやすい場面です。特定の相続人が手続きを進めると、「勝手に進めている」「財産を隠しているのではないか」といった疑念を招き、トラブルに発展することがあります。第三者である専門家などが遺言執行者となることで、中立・公平な立場で手続きを進めるため、相続人間の不要な争いを防ぐ効果が期待できます。
相続人の負担を軽減
相続手続きは、戸籍謄本を生まれた時から亡くなるまで遡って集めたり、財産を一つひとつ調査したりと、非常に煩雑で専門的な知識も必要です。仕事や家事で忙しい相続人にとって、これらの手続きは大きな負担となります。遺言執行者を選任すれば、これらの複雑な手続きをすべて任せることができるため、相続人の時間的・精神的な負担を大幅に軽減できます。
遺言執行者が必要なケース
遺言執行者は、どのような場合でも必ず選任しなければならないわけではありません。しかし、遺言の内容によっては選任が必須となるケースや、選任した方が間違いなく円滑に進むケースがあります。
必ず選任が必要なケース
法律上、遺言執行者でなければ手続きができないと定められている行為があります。遺言書にこれらの内容が含まれている場合は、必ず遺言執行者を選任しなければなりません。
| 子の認知 | 婚姻関係にない男女間に生まれた子を、遺言によって自分の子として認める場合。遺言執行者は、就任から10日以内に役所へ認知の届出を行う義務があります。 |
| 相続人の廃除・廃除の取消し | 遺言者に対して虐待や重大な侮辱などをした相続人から、遺留分を含む相続権を剥奪する「相続人廃除」や、それを取り消す意思を遺言で示す場合。遺言執行者が家庭裁判所へ申立てを行います。 |
選任をおすすめするケース
法律上の義務はなくても、以下のような状況では、トラブル防止や手続きの円滑化のために遺言執行者を選任することを強くおすすめします。
- 相続人同士の仲が良くない、または疎遠である場合
- 相続人が遠方に住んでいたり、仕事で多忙だったりする場合
- 不動産や非上場株式など、財産の評価や分割が難しいものが含まれる場合
- 特定の相続人や第三者に多くの財産を遺贈するなど、相続分に偏りがある場合
- 相続人以外の人(お世話になった人など)や団体に財産を遺贈(寄付)したい場合
- 相続人がいない「おひとりさま」の場合
遺言執行者の選任方法
遺言執行者を選任する方法は、大きく分けて2つあります。生前に遺言書で指定する方法が一般的ですが、それがなかった場合には、相続開始後に家庭裁判所に選任してもらうことも可能です。
遺言書で指定する方法
最も一般的な方法です。遺言書を作成する際に、「遺言執行者として、次の者を指定する。住所:〇〇、氏名:〇〇」のように、遺言執行者になってほしい人の住所・氏名を明記します。専門家などに依頼する場合は、事前に相談し、就任の承諾を得ておくのが望ましいでしょう。
家庭裁判所に申し立てる方法
遺言書で遺言執行者が指定されていない場合や、指定された人がすでに亡くなっていたり、就任を辞退したりした場合には、利害関係者(相続人、受遺者など)が家庭裁判所に「遺言執行者選任の申立て」を行うことができます。
- 申立先:遺言者の最後の住所地を管轄する家庭裁判所
- 申立人:相続人、受遺者、遺言者の債権者など
- 費用:収入印紙800円分と、連絡用の郵便切手代(裁判所により異なる)
- 主な必要書類:申立書、遺言者の死亡が記載された戸籍謄本、遺言執行者候補者の住民票、遺言書の写しなど
誰を遺言執行者に選ぶべき?
遺言執行者は、未成年者と破産者でなければ誰でもなることができます。相続人を指定することも可能ですが、それぞれのメリット・デメリットを理解して、ご自身の状況に最も適した人を選ぶことが大切です。
相続人や親族を選ぶ場合
メリットは、専門家への報酬がかからないため、費用を抑えられる点です。一方で、相続手続きに関する専門知識がないため手続きに時間がかかったり、他の相続人から不満が出やすかったりするというデメリットがあります。特に、相続財産が多い場合や相続関係が複雑な場合には、大きな負担となる可能性があります。
専門家(弁護士・司法書士など)を選ぶ場合
法律や手続きの専門家である弁護士や司法書士、行政書士などに依頼する方法です。相続に関する豊富な知識と経験で、正確かつ迅速に手続きを進めてくれるのが最大のメリットです。また、中立的な立場で執行するため、相続人間のトラブルを防ぐ効果も高いです。デメリットは報酬費用がかかることです。
信託銀行を選ぶ場合
信託銀行も遺言執行を引き受けています。組織として対応してくれるため、担当者が変わっても業務が滞る心配がなく、財産管理の面でも安心感が大きいのがメリットです。ただし、一般的に専門家に依頼するよりも報酬が高額になる傾向があり、通常は最低報酬額が100万円程度からと設定されています。
| 依頼先 | 報酬の目安 |
| 親族・相続人 | 原則無報酬(遺言で定めることも可能) |
| 弁護士・司法書士など | 遺産総額の1%~3%程度(最低報酬額30万円~50万円程度が一般的) |
| 信託銀行 | 遺産総額に応じた料率(最低報酬額100万円程度~) |
まとめ
遺言執行者は、あなたの最後の想いを法的に実現してくれる、非常に重要な存在です。遺言執行者を選任しておくことで、残されたご家族の負担を減らし、相続をめぐる無用なトラブルを防ぐことができます。遺言書を作成する際には、その内容を実現するところまで見据えて、誰に遺言執行を託すのかをじっくり検討することが大切です。ご自身の状況に合わせて、信頼できる親族や、中立公平な専門家など、最適な遺言執行者を選任し、安心して想いを託せるように準備を進めましょう。
参考文献
遺言執行者のよくある質問まとめ
Q.遺言執行者とは何ですか?
A.遺言執行者とは、遺言の内容を具体的に実現するために必要な手続きを行う人のことです。相続人の代理人として、預貯金の解約や不動産の名義変更などを行います。
Q.遺言執行者の具体的な役割(仕事内容)は何ですか?
A.主な役割は、相続財産の調査と管理、財産目録の作成、預貯金の解約・払い戻し、不動産や株式の名義変更、相続人への財産分配など、遺言内容の実現に関する一切の手続きです。
Q.遺言執行者は必ず指定しなければいけませんか?
A.必ずしも必要ではありません。しかし、遺言に子の認知や相続人の廃除・取消しなどが含まれる場合は、必ず指定する必要があります。また、手続きをスムーズに進めるために指定しておくことが推奨されます。
Q.誰が遺言執行者になれますか?
A.未成年者や破産者でなければ、誰でも遺言執行者になることができます。相続人、友人、知人のほか、弁護士や司法書士などの専門家や法人を指定することも可能です。
Q.遺言執行者はどのようにして決めるのですか?
A.主に2つの方法があります。1つは遺言書で指定する方法、もう1つは遺言書で指定がない場合や指定された人が辞退した場合に、利害関係者が家庭裁判所に申し立てて選任してもらう方法です。
Q.遺言執行者に報酬は必要ですか?
A.遺言書に報酬に関する記載があればそれに従います。記載がない場合でも、遺言執行者は家庭裁判所に報酬付与の審判を申し立てることができます。相続人との協議で決めることも可能です。