ご自身が所有する土地の上に、ご自身が経営する法人の名義で建物を建てる。これは、事業を行う上でよくあるケースですよね。事務所や店舗、あるいは役員社宅として利用することが多いと思います。このとき、多くの方が悩むのが「法人から個人(自分)へ、いくら地代(土地の賃料)を支払えばいいの?」という問題です。実はこの地代設定、安易に決めると後から思わぬ税金の負担が発生する可能性がある、とても重要なポイントなのです。今回は、個人所有の土地に法人が建物を建てた場合の、妥当な賃料設定について、税務上のルールをわかりやすく解説していきます。
なぜ地代(賃料)の設定が重要なのでしょうか?
「自分の土地と自分の会社なのだから、地代はタダでも良いのでは?」と思うかもしれません。しかし、税務上は個人と法人は別人格として扱われます。そのため、お金のやり取りがない、あるいは金額が不適切だと、税金の問題が発生してしまうのです。具体的にどんなリスクがあるのか見ていきましょう。
権利金の認定課税というリスク
もし、法人が個人から無償(タダ)で土地を借りて建物を建てた場合、税務署は「法人は、土地を借りる権利(借地権)を個人から無償で譲り受けた」とみなします。このとき、本来支払うべきだった権利金の額に相当する利益が法人にあったと判断され、その利益に対して法人税が課税されてしまうのです。これを「権利金の認定課税」と呼びます。
例えば、土地の時価が5,000万円で借地権割合が60%の地域であれば、3,000万円もの利益があったとみなされ、多額の法人税が発生する可能性があります。
将来の相続税に影響することも
地代をまったく受け取らない「使用貸借」という形にしてしまうと、将来、土地の所有者である個人に相続が発生した際に、その土地の評価額が更地と同じ100%の評価額になってしまいます。しかし、適切な地代を受け取る「賃貸借」契約を結んでいれば、その土地は「貸宅地」として評価され、評価額を約20%減額できる可能性があります。相続税対策の観点からも、地代の設定は非常に大切なのです。
地代が低すぎても高すぎてもダメ?
では、少しでも地代を払えば良いのかというと、そう簡単ではありません。地代が相場より著しく低い場合、差額分が個人から法人への寄附とみなされる可能性があります。逆に、相場より著しく高い地代を設定すると、その差額分が法人から個人(役員)への賞与とみなされ、個人の所得税が増えるだけでなく、法人側では経費として認められない(損金不算入)リスクがあります。妥当な金額を設定することが、双方にとっての節税に繋がります。
税務リスクを回避する具体的な方法
権利金の認定課税という大きなリスクを避けるためには、主に2つの方法があります。どちらの方法を選ぶかによって、支払うべき地代の金額が変わってきますので、それぞれの特徴を理解しておきましょう。
方法1:「相当の地代」を支払う
一つ目は、権利金を支払わない代わりに、相場よりも高い地代である「相当の地代」を毎年支払う方法です。国税庁では、この「相当の地代」の額を「その土地の更地価額のおおむね年6%」としています。
例えば、土地の更地価額が5,000万円の場合、年間の地代は300万円(月額25万円)となります。この方法であれば、権利金の認定課税は行われません。ただし、地代の負担がかなり大きくなること、そして個人側では不動産所得が増え、所得税の負担が重くなる可能性がある点には注意が必要です。
方法2:「土地の無償返還に関する届出書」を提出する
二つ目は、より多くの方が選択する現実的な方法です。これは、「将来、法人がこの土地を個人へ無償で返還します」ということを約束する「土地の無償返還に関する届出書」を、法人と個人の連名で税務署に提出する方法です。
この届出書を提出することで、権利金のやり取りがなくても、権利金の認定課税が行われなくなります。つまり、高額な「相当の地代」を支払う必要がなくなるのです。
「無償返還の届出書」を提出する場合の妥当な地代は?
「土地の無償返還に関する届出書」を提出すれば、権利金の問題はクリアできます。では、この場合に支払うべき地代はいくらが妥当なのでしょうか。ここが一番のポイントです。
最低限支払うべき地代の目安
この届出書を提出する場合、支払う地代の額に明確な法律上の決まりはありません。しかし、地代が完全に無償だったり、あまりに低額だったりすると、税務上「使用貸借(無償での貸し借り)」とみなされてしまう可能性があります。
そこで、実務上は「賃貸借契約」として認められるために、最低限の地代を支払うのが一般的です。その目安となるのが、「その土地の年間の固定資産税・都市計画税の合計額の2倍から3倍程度」の金額です。
固定資産税の2~3倍を支払うメリット
なぜこの金額が目安になるかというと、この程度の地代を支払うことで、税務上「使用貸借」ではなく、しっかりとした「賃貸借」契約であると認められやすくなるからです。そして、先ほども触れたように、「賃貸借」であれば、将来の相続時にその土地は「貸宅地」として評価され、自用地評価額から約20%評価額を下げることができます。これは将来の相続税を抑える上で、とても大きなメリットになります。
| 自用地評価額(更地としての評価) | 1億円 |
| 貸宅地としての評価額(例) | 8,000万円(1億円 × (1 – 借地権割合70% × 借家権割合30%) ※一般的な例) |
地代が無償だと相続で損をする?
もし「無償返還の届出書」を提出していても、地代の支払いがなければ「使用貸借」と判断されます。その場合、土地の所有者である個人に相続が発生した際、土地は貸宅地として評価されず、更地と同じ「自用地」として100%の価格で評価されてしまいます。相続税の負担を考えると、最低限の地代は支払っておくのが賢明と言えるでしょう。
【まとめ】妥当な賃料(地代)の計算方法
これまでの内容をまとめると、個人所有の土地に法人が建物を建てる際の地代設定には、主に3つのパターンが考えられます。それぞれのメリット・デメリットを比較して、ご自身の状況に合った方法を選びましょう。
状況別!地代設定のパターン比較
| 選択する方法 | 年間の地代の目安 |
|---|---|
| ① 相当の地代を支払う | 土地の更地価額 × 6% |
| 【ポイント】 ・権利金の認定課税は発生しません。 ・法人、個人ともに金銭的負担が大きくなる傾向があります。 ・「土地の無償返還に関する届出書」の提出は不要です。 |
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| ② 無償返還の届出書を提出 + 有償(おすすめ) | 固定資産税・都市計画税の年額の2~3倍 |
| 【ポイント】 ・権利金の認定課税は発生しません。 ・将来の相続時に「貸宅地評価」で節税できる可能性があります。 ・最も一般的でバランスの取れた方法です。 |
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| ③ 無償返還の届出書を提出 + 無償 | 0円 |
| 【ポイント】 ・権利金の認定課税は発生しません。 ・税務上「使用貸借」となり、相続時の評価額減額メリットがありません。 |
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契約時に必ず押さえておきたい注意点
地代の金額を決めたら、それで終わりではありません。後々のトラブルを防ぎ、税務署にもきちんと説明できるように、いくつか注意すべき点があります。
必ず「土地賃貸借契約書」を作成しましょう
たとえ身内同士であっても、必ず「土地賃貸借契約書」を作成してください。口約束はトラブルのもとです。契約書には、以下の項目を明確に記載しましょう。
- 貸主(個人)と借主(法人)の情報
- 土地の所在地、面積
- 契約期間
- 地代の金額、支払日、支払方法
- 契約が終了した際には、借主は土地を無償で返還すること(「無償返還の届出書」を提出する場合)
この契約書は、「土地の無償返還に関する届出書」を提出する際の添付書類としても必要になります。
税務署への届出を忘れずに
「土地の無償返還に関する届出書」は、契約を結んだ後、遅滞なく提出する必要があります。提出先は、貸主である個人の納税地を管轄する税務署です。手続きを忘れてしまうと、せっかくの対策が無駄になってしまう可能性があるので、契約書を作成したら速やかに提出しましょう。
まとめ
個人が所有する土地に法人が建物を建てる際の賃料(地代)設定は、税金と密接に関わる非常にデリケートな問題です。適切な手続きを踏まないと、思わぬ法人税が課されたり、将来の相続税で損をしたりする可能性があります。
多くのケースでは、「土地の無償返還に関する届出書」を税務署に提出し、地代として「年間の固定資産税・都市計画税の2~3倍程度」を支払う方法が、税務リスクと金銭的負担のバランスが取れた、最も現実的で有利な選択肢となるでしょう。
ただし、土地の評価額や個々の状況によって最適な判断は異なります。ご自身のケースで最適な地代設定や手続きについて不安な点があれば、一度、税理士などの専門家に相談することをおすすめします。
参考文献
個人所有の土地と法人建物の地代に関するよくある質問
Q.個人所有の土地に法人が建物を建てる場合、地代は無償でも良いですか?
A.税務上のリスクを避けるため、地代の支払いをおすすめします。無償の場合、法人が個人から権利金相当額の利益を受けたとみなされ、受贈益として課税される(認定課税)可能性があります。
Q.法人から個人へ支払う地代の妥当な金額はどうやって計算しますか?
A.一般的には「その土地の更地価額(時価)× 6%」で計算される「相当の地代」が目安となります。実務上は「固定資産税評価額 × 10%」などで代用することもあります。
Q.地代が相場より高すぎる、または安すぎるとどうなりますか?
A.高すぎる地代は、その差額が個人への役員賞与とみなされ、法人側で損金不算入となる可能性があります。一方、著しく低い場合は、法人が差額分の利益を受けたとみなされ課税されるリスクがあります。
Q.「相当の地代」を支払うメリットは何ですか?
A.「相当の地代」を支払うことで、権利金の授受がなくても借地権の認定課税の問題が生じなくなります。これにより、法人・個人間の取引を税務上明確にすることができます。
Q.地代を設定する際に注意すべき税金は何ですか?
A.個人側では地代収入が不動産所得として所得税・住民税の対象になります。法人側では支払う地代が経費(損金)になります。設定金額によっては、源泉所得税や寄附金、役員賞与と認定される可能性も考慮が必要です。
Q.個人と法人の間で土地賃貸借契約書を作成する必要はありますか?
A.はい、必ず作成してください。契約書は、税務調査の際に地代の根拠を示す重要な証拠となります。契約内容を明確にし、実際にその通りに地代の支払いを行うことが重要です。