ご家族が亡くなられて相続が発生し、相続税申告のために税理士さんや司法書士さんへ報酬を支払った後、「この費用って、自分の確定申告で経費にできるのかな?」と疑問に思う方もいらっしゃるのではないでしょうか。特に事業をされている方や不動産収入がある方にとっては、大きな関心事ですよね。この記事では、相続税申告でかかった専門家への報酬が、ご自身の確定申告(事業所得など)で経費に含められるのか、分かりやすく解説していきます。
結論から!相続税申告の報酬は経費にできる?
まず結論からお話ししますね。残念ながら、相続税の申告のために支払った税理士報酬や、遺産分割協議書の作成などにかかった司法書士報酬は、原則としてご自身の事業所得や不動産所得の確定申告で「必要経費」にすることはできません。「え、どうして?」と思いますよね。その理由と、会計処理の方法を詳しく見ていきましょう。
なぜ経費にできないの?所得税法上の「必要経費」の考え方
所得税のルールでは、「必要経費」とは「収入を得るために直接必要な費用」と定められています。例えば、お店の家賃や商品の仕入れ代、事業で使う交通費などがこれにあたります。しかし、相続税申告のための税理士報酬は、あくまで「相続」という個人的な事柄(財産を引き継ぐため)に付随して発生する費用です。ご自身の事業や不動産経営で収入を得るために直接かかった費用とは考えられないため、必要経費には該当しない、というのが基本的な考え方なんです。
相続税の計算上でも控除できない
では、相続税を計算するときに、遺産総額からこの報酬を差し引ける(債務控除)のでしょうか?こちらも、残念ながら相続税の申告にかかる税理士報酬は、相続財産から控除することはできません。国税庁の指針では、控除できるのは亡くなった方の借金や未払金、葬儀費用などに限定されています。税理士報酬は、相続人がご自身の納税義務を果たすために支払う費用なので、対象外となるのです。
個人事業主の経費処理はどうなる?
もし個人事業で使っている事業用の口座から税理士報酬を支払った場合、帳簿にはどう記録すればよいのでしょうか。この場合、経費ではないので「支払報酬」などの経費科目では処理しません。事業とは関係ない個人的な支出として、「事業主貸」という勘定科目を使って処理するのが一般的です。
例外あり!経費にできるケースとできないケース
原則は経費にできませんが、支払った報酬の内容によっては、一部を経費にできるケースもあります。どんな費用が対象になるのか、具体的に見ていきましょう。
【経費OK】不動産所得の経費にできる司法書士報酬
相続財産の中に、賃貸アパートや貸店舗などの事業用の不動産が含まれている場合、その不動産の名義変更(相続登記)のために司法書士へ支払った報酬や登録免許税は、不動産所得の必要経費にすることができます。これは、賃貸経営という事業を継続するために必要な手続き費用とみなされるためです。領収書などを確認し、相続登記にかかった部分を分けて経費計上しましょう。
| 費用の種類 | 経費にできるか? |
| 賃貸アパートの相続登記費用(司法書士報酬・登録免許税) | できる(不動産所得の経費) |
| ご自宅の相続登記費用(司法書士報酬・登録免許税) | できない |
【経費NG】経費にできない費用の具体例
一方で、次のような費用は事業所得などの経費にはなりません。混同しないように注意しましょう。
- 相続税申告書の作成を依頼した税理士報酬
- 遺産分割協議書の作成を依頼した司法書士・行政書士報酬
- 相続人同士のトラブル解決を依頼した弁護士費用
- 預貯金や株式の名義変更手続きにかかった費用
- 相続税申告のために取得した戸籍謄本や残高証明書などの手数料
これらの費用は、あくまで相続という個人的な手続きに関するものなので、事業とは直接関係がないと判断されます。
土地を売却した場合はどうなる?譲渡所得の「取得費」
相続した土地や建物を後に売却(譲渡)することもあるかもしれません。その場合、支払った報酬の扱いが少し変わってきますので、知っておくとお得です。
相続登記費用は「取得費」に含められる
相続した不動産を売却して利益(譲渡所得)が出た場合、その所得を計算する際に、相続登記にかかった登録免許税や司法書士報酬を「取得費」に含めることができます。取得費とは、その不動産を手に入れるためにかかった費用のことで、売却価格から差し引くことができます。取得費が大きいほど譲渡所得が減り、結果的に税金が安くなります。将来売却する可能性がある不動産については、登記費用の領収書を大切に保管しておきましょう。
| 費用項目 | 扱い |
| 相続登記の登録免許税 | 譲渡所得の取得費に含められる |
| 相続登記の司法書士報酬 | 譲渡所得の取得費に含められる |
相続税そのものも取得費になる特例
さらに、相続した財産を売却した場合、支払った相続税の一部を譲渡所得の取得費に加算できる「取得費加算の特例」という制度があります。この特例を使うには、相続税の申告期限の翌日から3年以内に売却するなどの要件があります。もし相続した不動産の売却を考えているなら、この特例が使えるかどうかも税理士さんに相談してみると良いでしょう。
報酬の支払い、誰がどう負担するのがベスト?
税理士報酬や司法書士報酬は、誰が支払うべきか法律で決まっているわけではありません。相続人同士で話し合って決めるのが一般的です。
相続人で分担するのが一般的
多くの場合、法定相続分に応じて負担したり、財産を多くもらった人が多めに負担したりと、相続人全員で話し合って公平に分担します。遺産の中から支払うことに合意が取れれば、遺産分割の際に精算することも可能です。
配偶者が支払うと二次相続対策になることも
もし被相続人に配偶者がいる場合、配偶者が報酬を全額負担するという選択肢もあります。配偶者は「配偶者の税額軽減」という特例により、最低でも1億6,000万円までは相続税がかからないケースが多いです。そのため、配偶者が報酬を支払うことで自身の財産を計画的に減らすことができ、将来その配偶者が亡くなったとき(二次相続)の相続税対策に繋がる可能性があります。
よくある質問 Q&A
ここまでの内容でよくいただく質問をまとめてみました。
Q. 領収書はどのように保管すればよいですか?
A. 費用の内容がわかるように保管しましょう。特に司法書士報酬の領収書は、「相続登記費用」「遺産分割協議書作成費用」など、内容ごとに分けて発行してもらうと親切です。これにより、後から不動産所得の経費に計上する部分や、譲渡所得の取得費に含める部分が明確になり、税務処理がスムーズになります。
まとめ
今回は、相続税申告にかかった税理士報酬や司法書士報酬が確定申告の経費になるかについて解説しました。最後にポイントをまとめますね。
- 原則、相続税申告のための専門家報酬は、事業所得などの必要経費にはなりません。
- 例外として、賃貸不動産の相続登記費用(司法書士報酬・登録免許税)は、不動産所得の必要経費にできます。
- 相続した不動産を売却する際は、相続登記費用を「取得費」に含めることができます。
- 個人事業主が事業用口座から支払った場合は「事業主貸」で処理します。
相続に関する費用は、その目的によって税務上の扱いが細かく分かれています。判断に迷ったときは、ご自身の確定申告を依頼している税理士さんや、相続でお世話になった専門家に確認するのが一番安心ですよ。
参考文献
国税庁 No.2215 固定資産税、登録免許税又は不動産取得税を支払った場合
相続税申告の専門家報酬と経費のよくある質問まとめ
Q.相続税の申告で支払った税理士報酬は、自分の事業所得の確定申告で経費にできますか?
A.原則として経費にできません。相続税の申告は個人の資産移転に関する手続きであり、事業の売上を得るために直接必要な支出ではないため、事業所得の必要経費には該当しません。
Q.相続した不動産の登記にかかった司法書士報酬は、不動産所得の経費になりますか?
A.経費にはなりません。所有権移転登記のための司法書士報酬は、その不動産の「取得費」に含まれます。将来その不動産を売却する際に、譲渡所得の計算で取得費として差し引くことができます。
Q.相続した賃貸アパートの経営を引き継いだ場合、相続税申告の費用は経費にできますか?
A.相続税申告にかかった費用は経費にできません。ただし、相続後に発生したアパート経営に関する管理費、修繕費、固定資産税などは不動産所得の必要経費として計上できます。
Q.親から事業を引き継いだ場合、相続に関する専門家への報酬は経費にできますか?
A.事業承継を円滑に進めるためのコンサルティング費用など、事業継続に直接必要な費用は経費にできる可能性があります。ただし、純粋な相続税申告のための税理士報酬は対象外です。
Q.税理士報酬は経費にならないなら、相続税の計算上で控除はできますか?
A.いいえ、できません。税理士報酬や司法書士報酬は、相続税の計算上、債務や葬式費用のように遺産総額から差し引く「債務控除」の対象にはなりません。