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遺言で生前贈与は撤回できる?知っておきたい法的ルールと注意点

2024-11-08
目次

「長男に財産を生前贈与したけれど、後から事情が変わって、やっぱり長女に全財産をあげたい…。」そう考えたとき、一度行った生前贈与を遺言書で「なかったこと」にできるのでしょうか。ご家族の状況の変化によって、財産の渡し方を変えたいと思うのは自然なことです。しかし、法律には明確なルールがあります。この記事では、遺言による生前贈与の撤回は可能なのか、そして生前贈与と遺言の関係性について、わかりやすく解説していきます。

結論:遺言で生前贈与の撤回はできません

まず結論からお伝えすると、一度有効に成立した生前贈与を、後から作成した遺言で一方的に撤回することは原則としてできません。「自分の財産なのだから、最後の意思である遺言が優先されるのでは?」と思うかもしれませんが、法律上、「生前贈与」と「遺言」は全く性質の異なるものとして扱われるため、このような結論になります。なぜ撤回できないのか、その理由を詳しく見ていきましょう。

生前贈与は「契約」だから

生前贈与は、財産を「あげます」という贈与者(あげる人)の意思表示と、「もらいます」という受贈者(もらう人)の意思表示が合致して成立する「契約」です。契約は、当事者双方の合意に基づいて成立するため、一度有効に成立した契約を一方の都合だけで勝手になかったことにすることは、原則として認められていません。たとえ親子間であっても、このルールは同じです。財産が長男さんに渡った時点で、その財産の所有権はすでに長男さんのものになっているのです。

遺言は「一方的な意思表示」だから

一方、遺言は、遺言者が誰の同意も得ることなく、単独で行うことができる一方的な意思表示です。財産を誰にどのように渡すかを自由に決めることができ、いつでも書き直したり撤回したりすることが可能です。しかし、その効力が発生するのは、あくまで遺言者が亡くなったときです。まだ効力が発生していない遺言によって、すでに所有権が移転して効力が確定している生前贈与契約を覆すことはできない、というわけです。

生前贈与と遺言の効力の違い

このように、生前贈与と遺言では、その法的性質と効力が発生するタイミングが根本的に異なります。この違いが、遺言で生前贈与を撤回できない大きな理由です。

項目 生前贈与
法的性質 契約(双方の合意が必要)
効力発生時期 契約が成立した時
所有権の移転 契約に基づき、生前に行われる
撤回の可否 原則として一方的な撤回は不可
項目 遺言(遺贈)
法的性質 単独行為(一方的な意思表示)
効力発生時期 遺言者の死亡時
所有権の移転 遺言者の死亡後に発生する
撤回の可否 いつでも自由に撤回・変更が可能

生前贈与を撤回できる例外的なケース

原則として撤回できない生前贈与ですが、いくつかの例外的なケースでは撤回(法律上は「解除」)が認められることがあります。ただし、今回のご相談のようなケースでは当てはまる可能性が低いかもしれません。

書面によらない贈与(口約束)の場合

贈与契約書などを作成せず、口約束だけで贈与を行った場合、まだ財産を引き渡していない(履行が終わっていない)部分については撤回(解除)することができます(民法550条)。例えば、「この土地をあげるよ」と口約束しただけで、まだ法務局で所有権移転登記をしていなければ、その約束は撤回できます。しかし、すでに登記を済ませたり、預金を振り込んだりして履行が終わってしまった部分については、たとえ口約束であっても撤回することはできません。

負担付贈与で負担が履行されない場合

「親の介護をしてくれるなら、この家を贈与する」といったように、受贈者が一定の義務(負担)を負うことを条件とする贈与を「負担付贈与」といいます。この場合、受贈者である長男が介護の約束を全く守らないなど、義務を果たさない場合には、贈与契約を解除できる可能性があります。

詐欺や強迫によって贈与した場合

もし長男に騙されたり、脅されたりして、意思に反して贈与契約を結んでしまった場合は、その契約自体を取り消すことが可能です。ただし、詐欺や強迫があったことを証明する必要があります。

遺言と生前贈与の内容が矛盾したらどうなる?

それでは、遺言の内容と生前の行為が矛盾(抵触)してしまった場合、法律上はどのように扱われるのでしょうか。これは、遺言と生前贈与のどちらが時間的に「後」に行われたかによって結論が変わります。

遺言作成より「後」の生前贈与

先に「全財産を長女に相続させる」という遺言を作成し、そのに長男へ不動産を生前贈与したケースを考えてみましょう。この場合、後の行為である生前贈与が優先されます。法律上、前の遺言と矛盾する生前処分(贈与など)をしたときは、その矛盾する部分について遺言を撤回したものとみなされます(民法1023条)。結果として、長男は不動産を取得し、長女は残りの財産を遺言に従って相続することになります。

遺言作成より「前」の生前贈与

今回のケースのように、先に長男へ生前贈与をし、そのに「全財産を長女に相続させる」という遺言を作成した場合はどうでしょうか。この場合、生前贈与によって長男に渡った財産は、もはや被相続人の財産ではありません。したがって、遺言を書いた時点で存在しない財産を長女に相続させることはできず、遺言のその部分は効力を生じません。長女は、生前贈与された財産を除く、残りの財産を相続することになります。

長女に多くの財産を残すための考え方

「生前贈与の撤回はできない」となると、長女に多くの財産を残したいという希望が叶えられないように思えるかもしれません。しかし、別の方法でご自身の意思を反映させることは可能です。

特別受益の持ち戻しを考慮する

長男への生前贈与は、法律上「特別受益」とみなされる可能性があります。特別受益とは、一部の相続人が被相続人から受けた特別な利益(生計の資本となる贈与など)のことです。遺産分割を行う際、この特別受益の価額を相続財産に加算して(これを「持ち戻し」といいます)、各相続人の具体的な相続分を計算するのが原則です。これにより、相続人間の公平を図ることができます。遺言で「長男への贈与について、特別受益の持ち戻しを免除する」という意思表示をしない限り、この持ち戻し計算が行われ、結果的に長女の相続分が多くなる可能性があります。

遺留分に注意する

「全財産を長女に」という遺言を作成することは可能ですが、注意したいのが「遺留分」です。遺留分とは、兄弟姉妹以外の法定相続人(今回のケースでは長男)に法律上保障されている、最低限の遺産の取り分です。長男が遺留分を侵害された場合、財産を多く受け取った長女に対して、侵害された分に相当する金銭を支払うよう請求(遺留分侵害額請求)することができます。遺留分を無視した遺言は、かえって子供たちの間のトラブルの原因になりかねません。長男の遺留分(法定相続分の2分の1、つまり全財産の4分の1)を考慮したうえで遺言の内容を検討することが、円満な相続の鍵となります。

生前贈与と遺言で迷ったら専門家へ相談を

ここまで見てきたように、生前贈与と遺言にはそれぞれ明確なルールがあり、両者の関係は非常に複雑です。ご自身の思いを実現し、かつ将来の家族間のトラブルを避けるためには、法的な知識が不可欠となります。「長男への贈与は特別受益にあたるのか」「遺留分を考慮した遺言はどう書けばいいのか」など、具体的な状況に応じた判断が必要になります。少しでも不安や疑問を感じたら、安易に自己判断せず、弁護士や司法書士、税理士などの専門家に相談することをおすすめします。

まとめ

最後に、この記事のポイントをまとめます。

  • 一度有効に成立した生前贈与は、後から作成した遺言で撤回することは原則できません。
  • 生前贈与は「契約」、遺言は「一方的な意思表示」であり、法的性質と効力発生時期が異なるためです。
  • 口約束でまだ履行していない場合など、ごく例外的なケースでは撤回(解除)が可能です。
  • 長男への生前贈与は「特別受益」として扱われる可能性があり、遺産分割の際に考慮されることで、他の相続人との公平が図られます。
  • 「全財産を長女に」という遺言は、長男の「遺留分」を侵害する可能性があり、後のトラブルにつながるため注意が必要です。

財産の承継は、ご家族への最後のメッセージでもあります。大切なご家族が円満に相続を迎えられるよう、正しい知識を持って、慎重に準備を進めましょう。

参考文献

民法 | e-Gov法令検索

No.4105 相続税がかかる財産|国税庁

生前贈与と遺言の撤回に関するよくある質問まとめ

Q.遺言で、過去に行った生前贈与を撤回(なかったことに)できますか?

A.原則として、すでに行われ、履行が完了した生前贈与を遺言で一方的に撤回することはできません。贈与された財産は、もらった人(受贈者)の所有物となります。

Q.「長男への生前贈与を撤回し、全財産を長女へ」という遺言は法的に有効ですか?

A.「生前贈与を撤回する」という部分に法的な効力はありません。しかし、「全財産を長女へ相続させる」という部分は遺言として有効です。ただし、他の相続人の遺留分を侵害する可能性があります。

Q.生前贈与された財産は、相続の際にどのように扱われますか?

A.相続人への生前贈与は、遺産の「特別受益(前渡し)」とみなされることがあります。原則として、相続財産にこの生前贈与の価額を加えて(持ち戻して)各相続人の具体的な相続分を計算します。

Q.遺言で全財産を長女に遺すとされた場合、生前贈与を受けた長男の権利はどうなりますか?

A.遺言によって長男の相続分はゼロになりますが、法定相続人として最低限保障されている「遺留分」を請求する権利があります。生前贈与を受けた事実が、この遺留分を請求する権利をなくすわけではありません。

Q.遺留分とは何ですか?長男は請求できますか?

A.遺留分とは、兄弟姉妹以外の法定相続人に保障された最低限の遺産の取り分です。このケースでは、長男は遺言によって遺留分が侵害されているため、財産を多く受け取った長女に対して、侵害された分に相当する金銭を支払うよう請求(遺留分侵害額請求)できます。

Q.長男の遺留分を計算する際、すでにもらった生前贈与はどう影響しますか?

A.遺留分を計算する際の基礎となる財産には、被相続人が亡くなった時の財産だけでなく、長男が受けた生前贈与(原則として相続開始前10年以内のもの)も加算されます。その上で算出された遺留分額から、自身が受けた贈与額を差し引いた額を請求することになります。

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