ご自身が経営する会社などに土地を貸している場合、「土地の無償返還に関する届出書」を税務署に提出しているケースは少なくありません。この一枚の書類が、将来の相続税額に大きな影響を与えることをご存知でしょうか?一見すると専門的で難しそうに感じますが、仕組みを理解すれば、相続税対策の重要なポイントが見えてきます。この記事では、「土地の無償返還に関する届出書」を提出した土地の相続税評価額がどのように決まるのか、そして評価額を抑えるための注意点について、わかりやすく解説していきます。
「土地の無償返還に関する届出書」とは?
まずは、「土地の無償返還に関する届出書」がどのようなもので、なぜ必要なのかという基本からご説明しますね。この届出書は、主に個人(地主)がご自身の会社(同族会社など)に土地を貸すといった場面で活用される大切な手続きです。
なぜこの届出書が必要なの?
本来、法人が個人から土地を借りるとき、権利金を支払う慣習があるにもかかわらず権利金の授受がないと、法人は地主から「借地権」という権利を無償でもらったと税務署にみなされることがあります。これを「借地権の認定課税」と呼び、法人側に予期せぬ法人税が課されてしまう可能性があるのです。しかし、事前に「将来、この土地は無償で返還します」という約束を書面で交わし、この届出書を税務署に提出しておくことで、この認定課税を回避することができます。
どんなケースで提出するの?
この届出書は、個人と法人の間の土地の貸し借りで使われるのが一般的です。例えば、お父様が所有する土地の上に、お子様が社長を務める会社が事務所を建てるといったケースが典型例です。重要な点として、個人と個人の間の土地の貸し借りでは、この届出書を提出することはできませんので注意してくださいね。
無償返還届出をした土地の相続税評価額
では、この届出書を提出した土地は、相続税を計算する際にどのように評価されるのでしょうか。ここが最も重要なポイントです。一般的に、人に貸している土地(貸宅地)は、ご自身で使っている土地(自用地)に比べて、相続税評価額が低くなる傾向にあります。「土地の無償返還に関する届出書」を提出している場合も、この考え方が基本となります。
原則は「自用地評価額の80%」
「土地の無償返還に関する届出書」が提出されている土地は、相続税を計算する際、原則として自用地評価額の80%で評価されます。つまり、評価額を2割も下げることができるのです。仮に、自用地としての評価額が1億円の土地であれば、8,000万円として評価される計算になります。これは、土地を法人に貸していることで、所有者であっても自由な利用が制限されるという点を考慮してくれるためです。
| 評価方法 | 評価額の計算式 |
| 無償返還届出を提出した土地 | 自用地評価額 × 80% |
なぜ評価額が80%になるの?
この届出書を提出すると、税務上、その土地の借地権の価額はゼロとして扱われます。普通に考えると、借地権の価値がゼロなら、土地の評価額は100%(自用地評価額と同じ)になるのでは?と思いますよね。しかし、実際には法人がその土地の上に建物を建てて事業を行っているため、地主だからといって明日からすぐに土地を自由に使えるわけではありません。このような利用上の制約が現実に存在するため、相続税の評価においては特別に20%の減額が認められているのです。
評価額を下げたいなら!知っておくべき2つの注意点
ただし、どんな状況でも自動的に評価額が80%になるわけではありません。特に「地代の金額」と「契約の形式」が大きく影響します。この2つのポイントを間違えてしまうと、せっかくの評価減が受けられなくなる可能性があるので、しっかりと確認しておきましょう。
ポイント① 適切な地代を受け取る(賃貸借契約)
土地の評価額を80%にするための大前提は、その土地の貸し借りが「賃貸借契約」であることです。「賃貸借契約」と認められるためには、地代を無償にしたり、極端に安くしたりせず、適正な金額を受け取っている必要があります。では、「適正な地代」とはいくらくらいなのでしょうか。明確な基準はありませんが、一般的には、その土地にかかる固定資産税・都市計画税の年額の2倍から3倍程度の地代を受け取っていれば、賃貸借契約と認められやすいと言われています。
ポイント② 使用貸借契約の場合は100%評価に!
もし、受け取っている地代が無料であったり、固定資産税・都市計画税と同額程度であったりすると、その契約は「賃貸借契約」ではなく「使用貸借契約」と判断されてしまいます。この「使用貸借契約」とみなされた場合、たとえ「土地の無償返還に関する届出書」を提出していても、相続税評価額は一切減額されず、自用地評価額の100%で評価されてしまいます。届出の手間をかけたにもかかわらず、相続税の節税効果が全くなくなってしまうため、地代の設定は非常に重要です。
| 契約の種類 | 相続税評価額 |
| 賃貸借契約(適正な地代あり) | 自用地評価額 × 80% |
| 使用貸借契約(地代が無料または著しく低い) | 自用地評価額 × 100% |
同族会社の株式評価にも影響があります
この話は、土地の評価だけで終わりません。もし、土地を貸している地主さん(将来の被相続人)が、土地を借りている同族会社の株主でもある場合には、その会社の株式の価値を評価する際にも影響が及びます。
土地の評価減20%分は株式評価へ
土地の評価額が80%になったとき、「消えた20%分」はどこへ行ったのでしょうか。実は、地主がその会社の株主でもある場合、課税の公平性を保つという観点から、この20%相当額が同族会社の株式の評価額に上乗せされるというルールがあるのです。具体的には、会社の財産価値(純資産価額)を計算する際に、見えない資産である「借地権」として、自用地評価額の20%相当額を加算して計算します。
トータルで見ると節税効果はないの?
「土地の評価が20%下がっても、株式の評価が20%分上がるなら、結局プラスマイナスゼロで意味がないのでは?」と感じるかもしれませんね。確かに、財産の総額だけで見ると、評価額は100%に戻ってしまうことが多いです。しかし、相続の仕方によってはメリットが生まれることもあります。例えば、土地は配偶者が相続し、株式は事業を継ぐお子様が相続する、といったケースです。この場合、配偶者の税額軽減を土地の相続で最大限活用しつつ、お子様が相続する株式の評価額を調整できる可能性があります。状況によって有利不利が変わるため、専門家とのシミュレーションが大切になります。
無償返還届出と小規模宅地等の特例の関係
相続税対策の切り札ともいえる「小規模宅地等の特例」。土地の評価額を最大80%も減額できる強力な制度ですが、無償返還の届出をしている土地でも使えるのでしょうか。
貸付事業用宅地等として特例の適用は可能です
結論から言うと、要件を満たせば小規模宅地等の特例を適用できる可能性があります。無償返還の届出をしている土地は、その利用状況から「貸付事業用宅地等」や「特定同族会社事業用宅地等」に該当することが多いです。これらの特例を適用するための重要な条件の一つが、「対価を得て継続的に貸し付けていること」です。つまり、先ほどご説明したように、適正な地代を受け取って「賃貸借契約」と認められる状態であれば、特例の対象となり得ます。反対に、「使用貸借」とみなされる場合は貸付事業とはいえないため、この特例は使えません。
特例を併用すれば評価額はさらに大きく下がります
もし特例の適用要件を満たせば、土地の評価額はさらに大きく下がります。
- 貸付事業用宅地等:200㎡までの部分について評価額を50%減額
- 特定同族会社事業用宅地等:400㎡までの部分について評価額を80%減額
例えば、自用地評価額が1億円の土地(200㎡)で、貸付事業用宅地等の特例が使えるケースを考えてみましょう。
- まず、「無償返還の届出」により評価額が8,000万円(1億円 × 80%)になります。
- 次に、「小規模宅地等の特例」により、その評価額がさらに50%減額されます。
結果として、最終的な評価額は4,000万円(8,000万円 × 50%)となり、もとの評価額から60%も減額できることになります。
まとめ
「土地の無償返還に関する届出書」を提出した場合の相続税評価額について、大切なポイントを最後にもう一度おさらいしましょう。
- 届出を提出し、適正な地代を受け取っている(賃貸借)場合、土地の評価額は自用地評価額の80%で計算できます。
- 地代が無料または著しく低い(使用貸借)と判断されると、評価額は減額されず、自用地評価額の100%となってしまいます。
- 地主が土地を借りている同族会社の株主でもある場合、土地の評価減20%に相当する金額が、株式の純資産価額に上乗せされます。
- 賃貸借契約であれば、小規模宅地等の特例を併用できる可能性があり、さらなる評価額の引き下げが期待できます。
この制度は、法人税の認定課税を避けるという入り口だけでなく、将来の相続税評価にまで深く関わってきます。特に、受け取る地代の金額が、評価額を大きく左右するカギとなります。生前の対策として、ご自身の状況がどうなっているかを確認し、必要であれば専門家と相談しながら進めることをおすすめします。
参考文献
国税庁「相当地代を支払っている場合等の借地権等についての相続税及び贈与税の取扱いについて(法令解釈通達)」
土地の無償返還届出と相続税評価額のよくある質問まとめ
Q.土地の無償返還届出とは何ですか?
A.土地の所有者(地主)と借地人(主に同族会社)との間で、将来その土地を無償で返還することを約束し、税務署に届け出ることです。これにより、権利金の授受がないことを税務上明確にします。
Q.無償返還届出をすると、相続税評価額はどうなりますか?
A.届出がされている土地は、借地権が存在しないものとして扱われるため、相続税評価額は更地と同じ「自用地評価額(100%)」となります。借地権割合を控除することはできません。
Q.なぜ評価額が高くなる「無償返還届出」をするのですか?
A.主に、地主(個人)が同族会社に土地を貸す際に、権利金の授受がないと贈与とみなされ、会社に法人税が課される「認定課税」を避ける目的で提出されます。
Q.無償返還届出をしている土地でも、相続税評価額を減額できますか?
A.はい、評価額自体は自用地評価ですが、その土地が貸付事業用宅地等に該当する場合、「小規模宅地等の特例」を適用することで、200㎡を上限に評価額を50%減額できる可能性があります。
Q.相続した土地に無償返還届出が出ているか確認する方法は?
A.まずは被相続人や関係会社が保管している届出書の控えを探します。見つからない場合は、土地の所在地を管轄する税務署に問い合わせることで確認できる場合があります。
Q.無償返還届出を提出していると、借地権の相続税評価額はどうなりますか?
A.無償返還の届出がされている場合、借地権の財産価値はないものとして扱われるため、借地人側(会社など)で借地権を資産計上する必要はなく、相続税評価額もゼロとなります。