個人が所有する土地を自分の会社に貸すときなどに提出する「土地の無償返還に関する届出書」。この届出を出すことで、権利金のやり取りがなくても、会社に多額の税金がかかる「権利金の認定課税」を避けることができます。とても便利な制度ですが、届出の前提となる賃貸借契約書に「敷金」や「保証金」の記載があると、「これは権利金とみなされないの?」と不安に感じる方もいらっしゃるかもしれませんね。この記事では、土地の無償返還に関する届出書を提出する際に、賃貸借契約書に敷金や保証金がある場合の取り扱いと、契約書作成時の注意点について、わかりやすく解説していきます。
土地の無償返還に関する届出書の基本
まずは、「土地の無償返還に関する届出書」がどのようなものか、簡単におさらいしましょう。この届出書は、土地の所有者(個人など)と借主である法人が、「将来、この土地は無償で返してもらいますよ」という約束を税務署に届け出るための書類です。
本来、権利金を支払う慣行のある地域で、法人が権利金を支払わずに土地を借りると、法人は「権利金相当額の利益を受けた」とみなされ、法人税が課税されてしまいます。これを「権利金の認定課税」といいます。
しかし、この届出書を事前に提出しておくことで、「借地権という権利を渡したわけではなく、あくまで土地を貸しているだけで、将来は必ず返してもらう」という意思表示ができ、この認定課税を防ぐことができるのです。
届出が有効になるための賃貸借契約の要件
この届出書を提出するだけでは不十分で、その前提となる賃貸借契約書の内容がとても重要になります。主に次の3つのポイントが守られているか確認しましょう。
| 権利金の授受がないこと | 貸主が借主から権利金や、権利金とみなされるような経済的な利益を受け取っていないことが大前提です。 |
| 土地を無償で返還する旨の記載 | 契約書の中に、「本契約が終了した際には、借主は貸主に対し、本件土地を無償で返還する」といった趣旨の条項を必ず記載する必要があります。 |
| 適正な地代の設定 | 地代が無料であったり、固定資産税程度の非常に低い金額であったりすると、「使用貸借(無償での貸し借り)」とみなされる可能性があります。使用貸借になると、相続時の土地評価で不利になるため、少なくとも固定資産税及び都市計画税の合計額の2~3倍程度の地代を設定するのが一般的です。 |
賃貸借契約書に敷金・保証金がある場合の取り扱い
ここからが本題です。賃貸借契約書に敷金や保証金の条項がある場合、これが権利金とみなされてしまうことはないのでしょうか。結論から言うと、その性質が「預り金」であることが明確であれば、通常は問題ありません。
敷金・保証金と権利金の違い
まず、それぞれの性質の違いを理解しましょう。
- 敷金・保証金:家賃の滞納や、退去時の原状回復費用などに充てるために、借主が貸主に預けておくお金です。契約終了時には、未払家賃などを差し引いた残額が返還されることが前提です。
- 権利金:借地権を設定する対価として借主から貸主に支払われるお金で、原則として返還されません。
このように、返還されるかどうか、という点が大きな違いです。税務署もこの点を重視しますので、契約書上、敷金や保証金が「預り金」であり、将来返還されるものであることが明確になっていれば、権利金とは判断されません。
注意!権利金と認定される可能性があるケース
ただし、注意が必要なケースもあります。それは、契約書に「敷金(保証金)の一部または全部を返還しない」という特約がある場合です。いわゆる「敷引き」や「償却保証金」と呼ばれるものです。
返還されない部分の金額が、賃料の1~2ヶ月分など、社会通念上妥当な範囲であれば問題になることは少ないです。しかし、その金額があまりに高額で、実質的に権利金と変わらないと判断されるような場合は、権利金の授受があったとみなされるリスクがあります。例えば、土地の時価に対して不相当に高い金額を「償却保証金」として設定するようなケースは避けるべきでしょう。
契約書に記載すべきポイント
税務署に誤解を与えないためには、契約書に以下の点を明確に記載しておくことが大切です。
- 預り金であることの明記
「敷金(保証金)は、本契約から生じる債務の担保として貸主に預託するものであり、契約終了時に債務を控除した残額を借主に返還する」といった条項を入れましょう。 - 返還されない部分の明確化
もし返還されない部分(償却)がある場合は、その金額と性質を具体的に記載します。「保証金のうち、〇〇円は償却費として返還しない」のように、金額をはっきりとさせることが重要です。
敷金・保証金がある場合の税務上の処理
敷金や保証金を授受した場合、貸主(個人)と借主(法人)では、それぞれ会計・税務上の処理が異なります。
貸主(地主)側の処理
貸主が敷金や保証金を受け取った時点では、それはあくまで「預り金」なので、収入(不動産所得)にはなりません。貸借対照表では「預り金」などの負債の勘定科目で処理します。
もし、契約終了時に返還しない償却部分があれば、その返還しないことが確定した時点(通常は契約終了時や解約時)で、不動産所得として収入に計上します。
借主(法人)側の処理
借主である法人が敷金や保証金を支払った場合、そのお金は将来返ってくる権利なので「差入保証金」という資産の勘定科目で処理します。費用(損金)にはなりません。
返還されない償却部分については、その金額によって処理が変わります。
| 償却額が20万円未満の場合 | 支払時に「支払手数料」などの費用として、一括で損金に算入できます。 |
| 償却額が20万円以上の場合 | 「長期前払費用」として資産に計上し、契約期間にわたって月割りなどで少しずつ費用化(償却)していきます。ただし、契約期間が5年以上の場合は5年で償却します。 |
このように、返還されない部分の扱いは少し複雑なので、顧問税理士などに確認しながら正しく処理することが大切です。
無償返還届出と敷金がある場合の相続税評価
この仕組みを利用している土地について、所有者である個人の方に相続が発生した場合、土地や敷金はどのように評価されるのでしょうか。
土地は「貸宅地」として20%評価減が可能
適正な地代(固定資産税の2~3倍程度以上)を受け取り、「土地の無償返還に関する届出書」が提出されている土地は、相続税評価において「貸宅地」として扱われます。
貸宅地の場合、他人が使用しているという利用上の制約があるため、自分で自由に使える土地(自用地)よりも評価が低くなります。具体的には、自用地としての評価額から20%を減額して評価することができます。
例えば、自用地評価額が1億円の土地であれば、8,000万円(1億円 × 80%)として評価されるため、相続税の節税につながります。
預かっている敷金は「債務」として控除できる
亡くなった方(被相続人)が借主から預かっていた敷金や保証金は、将来返さなければならない「借金」と同じです。そのため、相続税の計算上、被相続人の「債務」として相続財産全体から差し引くことができます。
例えば、1,000万円の敷金を預かっていれば、その1,000万円分、相続税の課税対象となる財産を減らすことができるのです。これも大きな節税メリットと言えますね。
同族会社の株式評価への影響
一方で、注意点もあります。土地を借りているのが被相続人の経営する同族会社である場合、その会社の株式を評価する際に影響が出ます。
具体的には、会社の純資産価額を計算する上で、土地の自用地評価額の20%相当額を「借地権」として会社の資産に計上しなければなりません。
つまり、土地の評価額が20%下がる一方で、その会社の株式の評価額は(借地権の分だけ)上がることになります。これは、個人と法人を一体として考え、税負担の公平性を保つためのルールです。トータルで見て損がないように設計されていますが、覚えておきたいポイントです。
まとめ
「土地の無償返還に関する届出書」を提出する際の賃貸借契約書に敷金や保証金の記載があっても、それが返還を前提とした「預り金」であることが契約書で明確になっていれば、権利金とみなされる心配は基本的にありません。
ただし、返還されない部分(償却)の金額が高額であったり、契約書の記載が曖昧だったりすると、思わぬ課税を受けるリスクもゼロではありません。
この制度を安心して活用するためには、契約書の内容をしっかりと整備することが何よりも大切です。ご自身の状況に合わせて最適な契約内容を作成するために、税理士などの専門家に相談しながら進めることを強くおすすめします。
参考文献
国税庁 タックスアンサー No.5730 権利金の認定課税について
無償返還の届出と敷金・保証金に関するよくある質問まとめ
Q.無償返還の届出を出す契約で、敷金や保証金を設定しても良いですか?
A.はい、設定可能です。ただし、その金額が社会通念上相当な範囲内である必要があります。高額な保証金は権利金とみなされ、課税対象となるリスクがあります。
Q.権利金とみなされない保証金の金額の目安はありますか?
A.明確な基準はありませんが、実務上は更地価格の10%程度が一つの目安とされています。地域の慣行や取引の実態も考慮されるため、個別の判断が必要です。
Q.保証金が権利金と認定されると、どうなりますか?
A.土地を借りた側(法人など)は受贈益として法人税が、土地を貸した側(個人など)は所得税が課税される可能性があります。無償返還の届出の効果が否定されることになります。
Q.契約書に保証金について記載する際の注意点は何ですか?
A.保証金が「預り金」であり、契約終了時に原則として全額返還される旨を明確に記載することが重要です。返還されない部分がある契約は権利金と判断されやすくなります。
Q.なぜ無償返還の届出で保証金の額が問題になるのですか?
A.無償返還の届出は「権利金等の授受がない」ことが前提です。返還されない高額な保証金は実質的な権利金とみなされ、届出の前提を覆すものと判断されるためです。
Q.無償返還の届出を前提とする場合、敷金と保証金に違いはありますか?
A.税務上の取り扱いに本質的な違いはありません。どちらの名称であっても、その実態が「預り金」であり、返還されるものであるかどうかが重要視されます。