「借地権者の地位に変更がない旨の申出書」という書類について、ご存知でしょうか?あまり聞き馴染みのない書類かもしれませんが、実はこれを知らないと、思わぬ形で高額な贈与税がかかってしまう可能性がある、とても大切な書類なんです。この記事では、どんな時にこの申出書が必要になるのか、提出しないとどうなるのか、そして具体的な手続きについて、専門家がわかりやすく解説していきますね。
「借地権者の地位に変更がない旨の申出書」とは?
この申出書は、一言でいうと「土地の貸し借りの関係は変わりましたが、借地権は元の人のままですよ。だから贈与があったものとして扱わないでくださいね」と税務署に意思表示をするための大切な書類です。特に親族間で土地の所有者が変わったときに、予期せぬ税金の発生を防ぐために重要な役割を果たします。
なぜこの申出書が必要になるの?
例えば、お父さんが借りている土地(借地)の底地(所有権)をお子さんが買い取ったとします。すると、地主がお子さんになるので、親子間で地代の支払いをやめることが多いですよね。このように、地代の支払いがない土地の貸し借りを「使用貸借」といいます。税法上、この「使用貸借」に切り替わった時点で、「お父さんが持っていた借地権を、無償でお子さんに贈与した」とみなされてしまうのです。これを「みなし贈与」といい、このみなし贈与による贈与税課税を防ぐために、この申出書が必要になるんです。
「みなし贈与」で発生する高額な贈与税
では、もし申出書を提出しなかった場合、どれくらいの贈与税がかかる可能性があるのでしょうか。具体的な例で見てみましょう。
【例】
| 土地の条件 | 路線価50万円、面積200㎡、借地権割合70% |
| 借地権の評価額 | 50万円 × 200㎡ × 70% = 7,000万円 |
| 贈与税額 | (7,000万円 – 110万円)× 55% – 640万円 = 3,149万5,000円 |
いかがでしょうか。たった一枚の書類を提出しなかっただけで、3,000万円を超える贈与税が発生してしまう可能性があるのです。これは絶対に避けたい事態ですよね。
提出することで得られるメリット
この申出書を提出する最大のメリットは、先ほどご説明した「みなし贈与」による贈与税の課税を完全に回避できることです。申出書を提出することで、「借地権はお父さんのもとに残ったままです」と税務署に認めさせることができます。これにより、課税タイミングを将来の相続時まで先延ばしにすることができ、 तत्कालの大きな税負担をなくすことができるのです。
申出書の提出が必要になる2つのケース
では、具体的にどのような場面でこの申出書の提出が必要になるのでしょうか。代表的な2つのケースをストーリー仕立てでご紹介します。
ケース1:借地権者(親)の土地を親族(子)が買い取った場合
最も一般的なのがこのケースです。
- お父さんがAさんから土地を借りて、そこに家を建てて住んでいます。(お父さん:借地権者、Aさん:地主)
- ある日、Aさんが土地を売りたいと言ってきました。お父さんには購入資金がなかったため、お子さんが代わりにその土地(底地)を買い取りました。
- 土地の所有者がお子さんになったので、お父さんはお子さんへ地代を払うのをやめました。(賃貸借から使用貸借へ)
このままだと、お父さんの借地権がお子さんへ贈与されたとみなされてしまいます。それを防ぐために、お子さんは「借地権者の地位に変更がない旨の申出書」を税務署へ提出する必要があります。
ケース2:地主(親)の土地を借りていた第三者から親族(子)が借地権を買い取った場合
少し複雑ですが、このようなケースもあります。
- お父さんが所有する土地を、Bさんに貸しています。(お父さん:地主、Bさん:借地権者)
- Bさんがその借地権と建物を売りたいと言ってきました。お父さんには購入資金がなかったため、お子さんがそれを買い取りました。
- 借地権者がお子さんになったので、お父さんはお子さんから地代を受け取らないことにしました。(賃貸借から使用貸借へ)
この場合、逆にお子さんの借地権がお父さんへ贈与されたとみなされてしまいます。これも同様に、申出書を提出することで贈与税の課税を回避できます。
申出書の提出手続きと注意点
手続き自体はそれほど難しくありません。しかし、提出先や期限には注意が必要です。しっかりと確認しておきましょう。
誰が、どこに、いつまでに提出する?
申出書の提出に関する要件を以下の表にまとめました。
| 提出する人 | 土地の所有者になった人(ケース1なら子) |
| 提出先 | 土地の所有者になった人の住所地を所轄する税務署 |
| 提出期限 | 土地を取得した後、すみやかに |
「すみやかに」という表現は少し曖昧ですよね。法律用語では、「直ちに」보다는少し時間的な余裕がありますが、「遅滞なく」よりは急ぐ必要がある、という意味合いです。明確な期限はありませんが、土地の権利関係が変わってから数ヶ月以内には提出するように心がけましょう。
申出書の書き方と入手方法
申出書の様式は、国税庁のホームページからダウンロードできます。記載内容は、土地の所在地や面積、当事者の氏名・住所などです。ポイントは、土地の新しい所有者(申出者)と、元の借地権者の両方の署名が必要になる点です。親子で内容をよく確認し、連名で提出するようにしてください。
申出書を提出した後の相続はどうなる?
申出書を提出して一安心、ではありません。この申出書は、将来の相続税申告にも大きく影響します。忘れていると、申告漏れや過大申告につながる可能性があるので注意が必要です。
借地権者の相続:借地権が相続財産になる
ケース1の例で、お父さんが亡くなった場合を考えてみましょう。申出書を提出したことにより、借地権はお父さんの財産として残っています。そのため、お父さんの相続が発生した際には、この借地権を相続財産としてきちんと計上し、相続税の申告をしなければなりません。何十年も前のことだと忘れてしまいがちですが、申告漏れとなると追徴課税の対象となるため、記録をしっかり残しておくことが重要です。
土地所有者(底地権者)の相続:土地は貸宅地(底地)として評価される
逆にお子さんが先に亡くなった場合、お子さんの相続財産である土地は、「借地権の負担がある土地(底地)」として評価されます。これを「貸宅地評価」といい、自分で自由使える土地(自用地)よりも評価額が低くなります。もし申出書の存在を忘れて自用地として評価してしまうと、本来より高い評価額で申告することになり、相続税を払いすぎてしまう(過大申告)ことになります。税務署は過大申告を親切に教えてはくれませんので、こちらも注意が必要です。
よくある質問(Q&A)
最後に、この申出書に関してよく寄せられる質問にお答えします。
Q. 父(借地権者)が亡くなった後でも申出書は提出できますか?
A. 税務上の正式な見解はありませんが、お父様の生前に親子間で「借地権はお父さんのものである」という合意があったことを客観的に示すことができれば、死亡後でも受理される可能性はあります。ただし、申出書には借地権者の署名が必要なため、相続人全員の協力のもと手続きを進める必要があります。まずは諦めずに、税務署や税理士などの専門家へ相談してみることをお勧めします。
Q. そもそも子が底地を買うのと、親(借地権者)が買うのとでは、どちらが節税になりますか?
A. ケースバイケースですが、相続税対策という観点では、一般的に借地権者であるお父様ご自身が買い取る方が有利になることが多いです。お父様が現金を不動産(土地)に換えることで、相続財産の評価額を圧縮できる効果が期待できるためです。また、その土地がお住まいであれば、小規模宅地等の特例を使える可能性も出てきます。ただし、購入資金の問題や、将来の遺産分割のことも含めて総合的に判断することが大切です。
まとめ
「借地権者の地位に変更がない旨の申出書」は、親族間で土地の権利関係に変動があり、地代の支払いがなくなった際に、「みなし贈与」による高額な贈与税を防ぐために不可欠な書類です。
提出することで目先の贈与税は回避できますが、その後の相続に影響することを忘れてはいけません。借地権者の相続では借地権が相続財産となり、土地所有者の相続では土地が貸宅地として評価されます。この事実を家族間で共有し、将来の相続税申告で間違いが起こらないように備えておくことが何より重要です。土地の権利関係に変更があった際は、ご自身で判断せず、すみやかに税理士などの専門家へ相談するようにしましょう。
参考文献
借地権の地位に変更がない旨の申出書のよくある質問まとめ
Q.借地権の地位に変更がない旨の申出書とは何ですか?
A.相続や贈与で借地権を取得した際、地代が低額で実質的に無償と変わらない場合に、課税対象外であることを税務署に示すための書類です。
Q.この申出書はどのような時に提出するのですか?
A.相続や贈与で借地権を引き継いだものの、地代が固定資産税額の2~3倍程度以下で、権利金等の授受もない「使用貸借」に近い状態のときに提出します。
Q.申出書は誰がどこに提出するのですか?
A.借地権を取得した人と土地の所有者(地主)が連名で、借地権を取得した人の住所地を管轄する税務署に提出します。
Q.もし申出書を提出しなかったらどうなりますか?
A.提出しないと、通常の借地権として相続税や贈与税が課税される可能性があります。非課税であることを主張するために重要な手続きです。
Q.提出期限はいつまでですか?
A.相続税または贈与税の申告書の提出期限までです。相続の場合は相続開始後10ヶ月以内、贈与の場合は翌年の3月15日が期限となります。
Q.地主の協力が得られない場合はどうすればよいですか?
A.地主の署名がなければ提出はできません。その際は、契約書や地代の支払い実績など、使用貸借に近いことを示す他の資料を揃えて税務署や専門家に相談しましょう。