ご家族が亡くなり相続が始まったけれど、相続人の中に認知症などで判断能力が不十分な方がいると、「遺産分割協議ってどう進めればいいの?」と悩んでしまいますよね。そんなときに活用されるのが「成年後見制度」です。しかし、「成年後見人って、この相続のためだけに選ぶの?」「案件ごとにお願いできるのかな?」といった疑問をお持ちの方も多いのではないでしょうか。この記事では、成年後見人と相続の関係について、その基本的な仕組みから具体的な役割まで、わかりやすく解説していきます。
結論:成年後見人は「人」につく制度です
まず結論からお伝えしますと、成年後見人は、特定の相続案件のためだけに選ばれるわけではありません。成年後見制度は、判断能力が不十分になった「被後見人」ご本人を保護し、支援するために家庭裁判所が後見人を選任する制度です。そのため、一度選任されると、その相続案件が終わっても後見人の役割は続きます。原則として、被後見人ご本人が亡くなるか、判断能力が回復するまで、財産管理や身上保護といったサポートを継続的に行います。
「案件ごと」ではなく「被後見人」が中心
成年後見制度の目的は、相続手続きのような一時的な法律行為を処理することだけではありません。被後見人の方が安心して生活を送れるように、預貯金の管理、不動産の管理、介護サービスの契約、入院手続きといった、生活全般に関わる財産管理や身上保護を継続的に行うことが本来の目的です。ですから、ある一つの相続が終わったからといって、成年後見人の役割が終了するわけではない、ということを覚えておきましょう。
複数の相続が発生した場合の対応
もし、被後見人の方がお父様の相続と、その数年後にお母様の相続、というように複数の相続の当事者になった場合でも、その都度、新たに成年後見人を選任する必要はありません。すでに選任されている一人の成年後見人が、被後見人の代理人として、それぞれの遺産分割協議に参加し、手続きを進めていくことになります。あくまで後見人は「人」についている、というイメージですね。
成年後見制度(法定後見)の種類
相続の場面で必要になることが多いのは、すでに判断能力が低下している場合に利用する「法定後見」です。法定後見は、ご本人の判断能力の程度に応じて、家庭裁判所が「後見」「保佐」「補助」の3つの類型の中から適切なものを選びます。それぞれで、後見人が持つ権限(同意権や取消権の範囲)が異なります。
| 類型 | ご本人の判断能力の状態 |
| 後見 | 判断能力が常に欠けている状態の方 |
| 保佐 | 判断能力が著しく不十分な状態の方 |
| 補助 | 判断能力が不十分な状態の方 |
相続における成年後見人の具体的な役割
それでは、実際に相続が起こったとき、成年後見人は具体的にどのような役割を担うのでしょうか。成年後見人は、被後見人の大切な財産と権利を守るため、代理人として非常に重要な役目を果たします。
遺産分割協議への参加
相続が発生すると、相続人全員で遺産の分け方を話し合う「遺産分割協議」を行いますが、判断能力が不十分な方は、ご自身でこの協議に参加することができません。そこで、成年後見人がご本人に代わって協議に参加し、内容に合意した場合は遺産分割協議書に署名・捺印をします。もし、成年後見人が参加せずに作成された遺産分割協議書は法的に無効となってしまいますので、必ず後見人を通じて手続きを進める必要があります。
被後見人の法定相続分を確保する
成年後見人の最も重要な任務は、被後見人の利益を守ることです。そのため、遺産分割協議においては、被後見人が法律で保障されている権利、つまり「法定相続分」をきちんと確保できるように主張します。「長男が親の面倒を見てきたから多めに」とか「被後見人は施設に入っているからあまり必要ない」といった他の相続人の都合で、不当に被後見人の取り分が少なくなるような内容の協議には、原則として同意することはできません。
相続手続きの実行
遺産分割協議がまとまったら、その内容に基づいて具体的な相続手続きを進めます。例えば、被後見人が相続することになった預貯金の解約や名義変更、不動産の所有権移転登記(相続登記)などを、すべて被後見人の代理人として行います。これらの手続きを適切に行い、被後見人の財産としてきちんと管理するところまでが後見人の役割です。
注意!利益相反になる場合は「特別代理人」が必要
「成年後見人さえいれば、相続手続きは万全」と思いがちですが、一つ注意しなければならないケースがあります。それが「利益相反」です。この場合、成年後見人とは別に、一時的な代理人を立てる必要があります。
利益相反とは?
利益相反とは、一方の利益になる行為が、もう一方の不利益になってしまう関係を指します。相続の場面で最も典型的なのが、成年後見人自身も、被後見人と同じ相続の相続人であるケースです。例えば、父親が亡くなり、相続人が長男(成年後見人)と次男(被後見人)の二人だった場合を考えてみましょう。このとき、長男(成年後見人)が自身の取り分を増やそうとすると、自動的に次男(被後見人)の取り分が減ってしまいます。このように、お互いの利益がぶつかってしまう状態が利益相反です。
「特別代理人」の選任
このような利益相反の関係にある場合、成年後見人は被後見人を代理して遺産分割協議に参加することはできません。そこで、家庭裁判所に対して「特別代理人選任の申立て」を行い、その相続案件のためだけの代理人を選んでもらう必要があります。この「特別代理人」は、利害関係のない第三者(弁護士や司法書士など)が選ばれることが多く、その遺産分割協議が終了すれば役割は終わります。この特別代理人こそが、まさに「案件ごと」に選任される代理人と言えるでしょう。
成年後見人の選任手続きと費用
成年後見人を選任するためには、ご本人が住んでいる地域を管轄する家庭裁判所に申立てを行う必要があります。手続きには時間と費用がかかりますので、あらかじめ概要を把握しておきましょう。
手続きの流れと期間
申立てから成年後見人が選任されるまでの大まかな流れは以下の通りです。
1. 申立て準備(必要書類の収集、申立書の作成)
2. 家庭裁判所へ申立て
3. 家庭裁判所調査官による調査(申立人や候補者との面談など)
4. (必要な場合)医師による精神鑑定
5. 審判(後見開始の決定と成年後見人の選任)
申立てから選任までの期間は、事案にもよりますが、おおむね3ヶ月から4ヶ月程度かかるのが一般的です。相続税の申告期限(相続開始を知った日の翌日から10ヶ月)がある場合は、余裕をもって手続きを始めることが大切です。
申立てにかかる費用
家庭裁判所への申立てには、主に以下のような実費がかかります。
| 費用項目 | 金額の目安 |
| 申立手数料(収入印紙) | 800円 |
| 登記手数料(収入印紙) | 2,600円 |
| 連絡用の郵便切手 | 3,000円~5,000円程度 |
| 診断書作成費用 | 5,000円~10,000円程度 |
| (鑑定が必要な場合)鑑定費用 | 5万円~20万円程度 |
この他に、手続きを弁護士や司法書士に依頼する場合は、別途10万円~20万円程度の報酬が必要になります。
成年後見人への報酬
弁護士や司法書士などの専門家が成年後見人に選任された場合、その業務に対する報酬が発生します。この報酬は被後見人の財産から支払われ、金額は家庭裁判所が決定します。
管理する財産額によって変動しますが、基本的な報酬は月額2万円から6万円程度が目安です。さらに、不動産の売却など通常業務以外の特別な行為を行った場合には、基本報酬に上乗せされる「付加報酬」が認められることもあります。この報酬は、被後見人が亡くなるまで継続的に発生するため、長期的な視点で考える必要があります。
「案件ごと」の対応はできないの?制度見直しの動き
「相続の時だけサポートしてほしいのに、ずっと報酬を払い続けるのは負担が大きい…」と感じる方もいらっしゃるかもしれません。実は、こうした声に応えるため、現在、成年後見制度をより使いやすくするための見直しが国で検討されています。
現行制度の課題
現行の制度では、一度後見が始まるとご本人の判断能力が回復しない限り終了しないため、利用者にとって経済的・心理的な負担が大きいという課題が指摘されてきました。特に、遺産分割協議や不動産の売却といった、特定の目的のためだけに後見制度を利用したいというニーズと、制度の仕組みとの間にズレが生じていたのです。
検討されている見直しのポイント
現在、法制審議会(法務大臣の諮問機関)では、より柔軟で利用しやすい制度にするための議論が進められています。具体的には、遺産分割協議などの特定の案件ごとに後見人を利用できる仕組みや、あらかじめ利用期間を区切る「期間制」の導入などが検討されています。もしこれが実現すれば、必要な時に必要なサポートだけを受けられるようになり、利用者にとってより身近な制度になることが期待されます。ただし、これらはまだ検討段階であり、現時点の法律では「案件ごと」の利用はできないという点にご注意ください。
まとめ
今回は、「成年後見人は相続の案件ごとに選ばれるのか?」という疑問について詳しく解説しました。最後に、大切なポイントをもう一度おさらいしましょう。
・成年後見人は「案件ごと」ではなく「被後見人」ご本人につく制度です。
・一度選任されると、原則として被後見人が亡くなるまで役割は継続します。
・相続においては、被後見人の代理人として遺産分割協議に参加し、その権利を守ることが重要な役割です。
・後見人自身も相続人であるなど、利益が相反する場合には「特別代理人」の選任が必要です。
・後見人の選任には時間がかかり、選任後は継続的に報酬が発生します。
相続人の中に判断能力が不十分な方がいる場合、成年後見制度の利用は、相続手続きを適正に進める上で避けては通れない道となることがほとんどです。手続きには時間がかかりますので、相続が発生したら、できるだけ早く弁護士や司法書士といった専門家に相談することをおすすめします。
参考文献
成年後見人と相続に関するよくある質問まとめ
Q.成年後見人は、相続が発生するたびに選任するのですか?
A.いいえ、成年後見人は相続案件ごとではなく、判断能力が不十分な方(被後見人)に対して一度選任されます。一度選任されると、その方が関わる全ての相続手続きや財産管理を継続して行います。
Q.被後見人が複数の相続に関わる場合、後見人はどうなりますか?
A.同じ成年後見人が、被後見人が関わる全ての相続手続きを担当します。例えば、父親の相続と母親の相続が別々に発生した場合でも、同じ後見人がそれぞれの遺産分割協議に参加します。
Q.相続手続きが終わったら、成年後見人の役目は終了しますか?
A.いいえ、終了しません。成年後見人の役割は、相続手続きが完了しても、被後見人が亡くなるか、判断能力が回復するまで続きます。相続はその職務の一部です。
Q.遺産分割協議のために後見人が必要になった場合、いつ選任すればいいですか?
A.遺産分割協議を始める前に、家庭裁判所に成年後見開始の申立てを行い、後見人を選任してもらう必要があります。後見人がいないと、その相続人が参加する遺産分割協議は法的に無効となります。
Q.後見人自身も同じ相続の相続人である場合はどうなりますか?
A.後見人と被後見人の利益が相反するため、そのままでは遺産分割協議に参加できません。この場合、家庭裁判所に「特別代理人」の選任を申し立て、その特別代理人が被後見人の代理として協議に参加します。
Q.成年後見人は、相続においてどのような役割を担うのですか?
A.成年後見人は、被後見人の法定代理人として遺産分割協議に参加し、財産目録の確認や遺産の分配案への同意などを行います。被後見人の権利(法定相続分)が不当に侵害されないよう、本人の利益を守る重要な役割を担います。