「遺言書に『全財産を長男に相続させる』と書かれていた…」「自分には全く遺産が残されないのだろうか…」
こんなとき、残された家族の生活を守るために、法律で保障された最低限の遺産の取り分があります。それが「遺留分(いりゅうぶん)」です。
遺留分は、故人の意思を尊重する遺言よりも優先されることがある、とても強い権利です。しかし、この権利は自分で請求しなければ受け取ることができず、期限も決まっています。
この記事では、遺留分の基礎知識について、「権利者は誰か」「割合はどれくらいか」「どうやって請求するのか」「いつまでに請求すべきか」という4つの大切なポイントに絞って、わかりやすく解説していきますね。
遺留分とは?最低限保障される遺産の取り分
まずはじめに、「遺留分」がどのような制度なのか、基本的なところから見ていきましょう。遺留分を理解することは、ご自身の権利を守るための第一歩になります。
遺留分制度の目的
遺留分とは、一定の範囲の法定相続人に対して、法律で保障された「最低限の遺産取得分」のことです。
本来、故人(被相続人)は遺言によって自分の財産を誰にどのように残すか自由に決めることができます。しかし、例えば「全財産を愛人に遺贈する」といった遺言が残されると、長年連れ添った配偶者やお子さんの生活が立ち行かなくなってしまうかもしれません。
そこで、遺言によって財産の分け方が偏ってしまった場合でも、残された家族の生活を保障し、相続人間の公平性を保つ目的で、この遺留分制度が設けられています。
遺留分と法定相続分の違い
遺留分とよく似た言葉に「法定相続分」がありますが、この二つは全く異なるものです。違いをしっかり理解しておきましょう。
| 項目 | 遺留分 |
| 意味 | 法律で保障された最低限の取り分 |
| 遺言との関係 | 遺言より優先されることがある |
| 権利の発生 | 自分で請求する必要がある |
| 対象者 | 配偶者、子、直系尊属(兄弟姉妹は含まない) |
| 項目 | 法定相続分 |
| 意味 | 遺言がない場合の遺産分割の目安 |
| 遺言との関係 | 遺言があれば遺言が優先される |
| 権利の発生 | 遺産分割協議で話し合う際の基準となる |
| 対象者 | 配偶者、子、直系尊属、兄弟姉妹 |
簡単に言うと、法定相続分はあくまで「目安」ですが、遺留分は遺言の内容に納得がいかない場合に主張できる「最低保証」と考えるとわかりやすいですね。
遺留分の権利者になれる人、なれない人
遺留分は、すべての法定相続人に認められているわけではありません。誰が権利者(遺留分権利者)になれるのか、具体的に確認していきましょう。
遺留分が認められる相続人(権利者)
遺留分の権利が認められるのは、「兄弟姉妹を除く」法定相続人です。具体的には、以下の人たちが対象となります。
- 配偶者(常に相続人)
- 子(第一順位の相続人)
- 父母などの直系尊属(第二順位の相続人)
※父母などの直系尊属が権利者になるのは、亡くなった方に子や孫がいない場合に限られます。
※もし子が先に亡くなっていて孫がいる場合は、その孫が「代襲相続人」として子の遺留分を引き継ぐことができます。
遺留分が認められない人
一方で、以下の人には遺留分は認められていません。
- 兄弟姉妹(およびその代襲相続人である甥・姪)
- 相続放棄をした人
- 相続欠格や相続廃除によって相続権を失った人
特に、兄弟姉妹には遺留分がないという点は重要なポイントなので、覚えておきましょう。
【ケース別】遺留分の割合と計算方法
では、具体的にどれくらいの遺留分を請求できるのでしょうか。遺留分の割合は、相続人の構成によって変わります。ここでは、その計算方法をステップごとに見ていきましょう。
全体の遺留分割合(総体的遺留分)
まず、遺産全体に対してどれくらいの割合が遺留分として確保されるのか(これを「総体的遺留分」といいます)が決まっています。
| 相続人の構成 | 全体の遺留分割合 |
| 相続人が直系尊属(父母など)のみの場合 | 遺留分算定対象財産の1/3 |
| 上記以外の場合(配偶者や子が含まれる場合) | 遺留分算定対象財産の1/2 |
ほとんどのケースでは、遺産全体の「1/2」が遺留分になると考えてよいでしょう。
各相続人の遺留分割合(個別的遺留分)
次に、相続人一人ひとりが請求できる具体的な割合(これを「個別的遺留分」といいます)を計算します。計算式は以下の通りです。
【計算式】各相続人の遺留分割合 = 全体の遺留分割合 × 各相続人の法定相続分
つまり、まず遺産全体の遺留分を算出し、それを法定相続分に応じて分ける、というイメージです。
具体的な計算例
言葉だけだと少し難しいので、具体的なケースで見てみましょう。仮に、遺留分を計算する基礎となる財産が6,000万円だったとします。
| 相続人の組み合わせ | 各相続人の遺留分割合と請求できる金額 |
| 配偶者と子1人 | 配偶者:1/4(6,000万円 × 1/2 × 法定相続分1/2)→ 1,500万円 子:1/4(6,000万円 × 1/2 × 法定相続分1/2)→ 1,500万円 |
| 配偶者と子2人 | 配偶者:1/4(6,000万円 × 1/2 × 法定相続分1/2)→ 1,500万円 子1人あたり:1/8(6,000万円 × 1/2 × 法定相続分1/4)→ 750万円 |
| 子2人のみ | 子1人あたり:1/4(6,000万円 × 1/2 × 法定相続分1/2)→ 1,500万円 |
| 配偶者と父母 | 配偶者:1/3(6,000万円 × 1/2 × 法定相続分2/3)→ 2,000万円 父母1人あたり:1/12(6,000万円 × 1/2 × 法定相続分1/6)→ 500万円 |
| 父母のみ | 父母1人あたり:1/6(6,000万円 × 1/3 × 法定相続分1/2)→ 1,000万円 |
遺留分を請求する方法(遺留分侵害額請求)
遺留分が侵害されていることがわかったら、次は実際に請求する手続きに進みます。以前とは請求方法が変わっている点に注意が必要です。
金銭での支払いが原則に
令和元年7月の民法改正により、遺留分の請求は大きく変わりました。以前は「遺留分減殺請求」と呼ばれ、不動産などの「現物」で取り戻す権利でしたが、現在は「遺留分侵害額請求」という名前に変わり、侵害された額に相当する「金銭」の支払いを求める権利になりました。
これにより、例えば不動産を相続した相手と共有関係になるといった複雑な問題を避けることができ、よりスムーズな解決が期待できるようになっています。
請求の具体的なステップ
遺留分を請求する際は、一般的に以下のステップで進めます。
- 意思表示(内容証明郵便)
まずは、遺産を多く受け取った相手方に対して、「遺留分侵害額を請求します」という意思表示をします。後々のトラブルを防ぐためにも、配達証明付きの「内容証明郵便」を送るのが確実です。これにより、「いつ、誰が、誰に、何を伝えたか」を公的に証明できます。 - 話し合い(交渉)
意思表示をしたら、当事者同士で支払額や支払方法について話し合いを行います。ここで合意できれば、一番円満な解決となります。 - 家庭裁判所での調停
話し合いがまとまらない場合は、家庭裁判所に「遺留分侵害額の請求調停」を申し立てます。調停委員が間に入り、中立な立場で話し合いの解決を目指します。 - 訴訟
調停でも合意に至らない場合は、最終的に地方裁判所(または簡易裁判所)で訴訟を起こし、裁判所の判断を仰ぐことになります。
遺留分請求の期限と時効【知らないと損!】
遺留分は非常に強い権利ですが、永久に主張できるわけではありません。請求には厳しい期限(時効)が定められており、これを過ぎると権利が消滅してしまうため、くれぐれも注意してください。
短い時効:知ってから1年
遺留分侵害額請求権は、以下の2つの事実を両方知った時から1年以内に行使しないと、時効によって消滅してしまいます。
- 相続が開始したこと(=被相続人が亡くなったこと)
- 自分の遺留分を侵害する贈与や遺贈があったこと
例えば、遺言書の内容を見て「自分の取り分が最低限以下だ」と知った時点から、時効のカウントダウンが始まります。1年は意外とあっという間ですので、早めの行動が大切です。
長い時効:相続開始から10年
たとえ遺留分が侵害されていることを知らなかったとしても、相続が開始した時(=被相続人が亡くなった時)から10年が経過すると、権利は完全に消滅してしまいます。これは「除斥期間」と呼ばれ、知っていたかどうかに関わらない絶対的な期限です。
まとめ
今回は、遺留分の基礎知識について、4つのポイントに整理して解説しました。
- 権利者:配偶者、子、直系尊属(兄弟姉妹は除く)
- 割合:原則として遺産の1/2(直系尊属のみの場合は1/3)に法定相続分を掛けたもの
- 請求方法:侵害された額に相当する金銭を請求する(遺留分侵害額請求)
- 期限:遺留分侵害を知った時から1年、または相続開始から10年
遺留分は、法律で認められた大切な権利ですが、自動的にもらえるものではなく、ご自身で期限内に請求する必要があります。もし遺言の内容に納得がいかない場合や、「自分の遺留分は大丈夫かな?」と不安に思った場合は、一人で悩まずに、なるべく早く弁護士などの専門家に相談することをおすすめします。正しい知識を持って、ご自身の権利をしっかりと守りましょう。
参考文献
遺留分のよくある質問まとめ
Q. 遺留分とは、簡単に言うと何ですか?
A. 法律で定められた相続人が最低限受け取れる遺産の取り分のことです。遺言書の内容に関わらず、残された家族の生活を守るために保障されています。
Q. 遺留分を請求できるのは誰ですか?兄弟ももらえますか?
A. 遺留分を請求できるのは、配偶者、子(孫)、父母などの直系尊属です。重要な点として、兄弟姉妹には遺留分の権利がないため請求することはできません。
Q. 遺留分は、具体的にどれくらいの割合をもらえますか?
A. 原則として、遺留分の対象となる財産の合計額の「2分の1」です。ただし、相続人が父母などの直系尊属のみの場合は「3分の1」となります。個人の取り分は、この割合に法定相続分を掛けて計算します。
Q. 遺留分を請求するには、どうすればよいですか?
A. 遺産を多く受け取った相手に対し、「遺留分侵害額請求」を行う意思表示をします。証拠を残すために内容証明郵便を送るのが一般的です。現在は、現物の返還ではなく金銭での支払いを求める権利となっています。
Q. 遺留分の請求に期限はありますか?
A. はい、あります。①遺留分が侵害されていることを知った時から1年、または②相続が開始してから10年のいずれか早い方が経過すると時効となり、請求できなくなりますので注意が必要です。
Q. 父が「全財産を第三者に遺す」という遺言を残しました。家族は何ももらえないのでしょうか?
A. いいえ。配偶者やお子さんには遺留分の権利があります。遺言によって財産がもらえなかった場合でも、遺留分に相当する金額を財産を受け取った第三者に対して請求することができます。