一度は相続人全員で納得してまとめたはずの遺産分割協議。しかし、「後から新たな財産が見つかった」「実は財産を隠されていた」など、後からやり直したいと考えるケースは少なくありません。一度成立した遺産分割協議は法的な効力を持つため、原則としてやり直しはできません。ですが、特定の条件を満たせば、例外的にやり直しが認められることがあります。この記事では、遺産分割協議をやり直せるケースとできないケース、具体的な手続きや知っておくべき税金のリスクについて、わかりやすく解説していきます。
遺産分割協議をやり直せる?原則と例外を解説
遺産分割協議書に相続人全員が署名・押印した時点で、その内容は法的に有効となります。そのため、「気が変わった」といった自己都合で簡単にやり直すことはできません。しかし、すべてのケースでやり直しが不可能というわけではなく、特定の条件下ではやり直しが認められたり、場合によってはやり直さなければならなかったりします。まずは、どのような場合にやり直しが可能なのか、その条件を確認しましょう。
| やり直せる/やり直すべきケース | 原則やり直せないケース |
| ・相続人全員がやり直しに合意している ・詐欺や強迫によって合意してしまった ・協議に重大な勘違い(錯誤)があった ・協議そのものが無効だった |
・家庭裁判所の調停や審判で成立した ・一部の相続人だけがやり直しを希望している |
【やり直せる】相続人全員がやり直しに合意している場合(合意解除)
最も分かりやすいのが、相続人全員が「やり直しましょう」と合意するケースです。これを法的には「合意解除」と呼びます。例えば、「長男が家業を継ぐことを前提に財産を多く相続したけれど、事情が変わって次男が継ぐことになった」など、相続後の状況変化に応じて全員が納得すれば、再度協議を開くことが可能です。ただし、この方法はあくまで相続人の自己都合によるやり直しと見なされるため、後述する税金の面で大きなデメリットが生じる可能性があり、注意が必要です。
【やり直せる】詐欺や強迫などがあった場合(取消し)
もし、遺産分割協議が他の相続人による詐欺(財産隠しなど)や強迫(脅されて無理やり合意させられた)によって行われた場合は、その意思表示を取り消して協議のやり直しを求めることができます。例えば、「他に財産はないと嘘をつかれていた」「この内容で署名しないと、今後一切親族付き合いをしないと脅された」といったケースがこれにあたります。ただし、この「取消権」は、詐欺や強迫の事実に気づいた時から5年間、または遺産分割協議の時から20年間で時効によって消滅してしまうため、気づいた時点ですぐに行動することが重要です。
【やり直さなければならない】協議そのものが無効だった場合
そもそも、行った遺産分割協議が法的に無効だった場合は、必ずやり直さなければなりません。無効な遺産分割協議書では、預貯金の解約や不動産の名義変更といった相続手続きを進めることができないからです。無効となる主なケースは以下の通りです。
- 相続人が一人でも参加していなかった:後から認知された子や、連絡がつかないからと除外してしまった相続人がいる場合、その協議は無効です。
- 判断能力のない相続人が参加していた:重度の認知症の方や未成年者が、適切な代理人を立てずに参加した協議は無効になります。未成年者の場合は親が代理人になりますが、その親も相続人で利益が対立する(利益相反)場合は、家庭裁判所で「特別代理人」を選任する必要があります。
遺産分割協議をやり直す3つのデメリット
やり直しができると分かっても、安易に実行するのは禁物です。やり直しには、思わぬデメリットが伴います。特に税金の問題は深刻になる可能性があるため、実行する前にしっかりと理解しておくことが大切です。
余計な税金がかかるリスク
やり直しによって最も注意すべきなのが税金の問題です。特に、相続人全員の合意によるやり直しの場合、税法上は「最初の相続で得た財産を、他の相続人に贈与または譲渡した」と見なされてしまいます。その結果、以下のような税金が追加で課される可能性があります。
- 贈与税:財産を無償で渡した場合に課されます。相続税よりも税率が高く、大きな負担になることがあります。
- 所得税:財産の対価として金銭を受け取った場合に課されます。
- 不動産取得税・登録免許税:不動産の名義を変更する場合、再度これらの税金がかかります。
一度納めた相続税は戻ってこないため、同じ財産に対して二重に税金がかかる「二重課税」の状態になってしまうのです。これは非常に大きなデメリットと言えるでしょう。
時間と手間がかかる
遺産分割協議のやり直しは、単に話し合いをもう一度するだけでは終わりません。印鑑証明書などの必要書類を集め直し、新しい遺産分割協議書を作成する必要があります。もし不動産の相続登記や預貯金の名義変更が済んでいれば、それらの手続きもすべてやり直すことになり、多大な時間と労力がかかってしまいます。話し合いがスムーズにまとまらなければ、家庭裁判所での調停に発展する可能性もあります。
完全に元通りにできない可能性がある
最初の遺産分割で財産を受け取った相続人が、その財産をすでに第三者に売却してしまっている場合、その財産を取り戻すことは原則としてできません。例えば、相続した家をすでに他人に売ってしまった後で協議をやり直すことになっても、その家を買い主から返してもらうことは困難です。このように、やり直しをしても完全に白紙の状態に戻せるとは限らない点も理解しておく必要があります。
遺産分割協議をやり直す具体的な手続き
では、実際に遺産分割協議をやり直すと決めた場合、どのような手順で進めればよいのでしょうか。進め方は、やり直しの理由によって異なります。
| やり直しの理由 | 手続きの方法 |
| 相続人全員の合意がある | 再度、相続人全員で話し合い、新しい遺産分割協議書を作成する。 |
| 詐欺・強迫・無効などを主張する | 話し合いで解決しない場合、家庭裁判所に調停や訴訟を申し立てる。 |
再度、相続人全員で話し合う
相続人全員がやり直しに合意している場合は、改めて全員で集まり、遺産の分け方を話し合います。話し合いがまとまったら、新しい内容で遺産分割協議書を作成し、相続人全員が署名・実印で押印します。このとき、後々のトラブルを防ぐために、以前作成した遺産分割協議書は破棄しておくことが賢明です。
家庭裁判所に調停などを申し立てる
「財産を隠されていたからやり直したい」といったケースで、相手が話し合いに応じてくれない場合は、家庭裁判所の手続きを利用します。具体的には、以下のような調停や訴訟を申し立てることになります。
- 遺産分割協議無効確認調停・訴訟:協議が無効であることを法的に確定させたい場合に申し立てます。
- 遺産分割協議取消しの意思表示と遺産分割調停:詐欺や強迫を理由に取り消しを求め、改めて遺産分割の話し合いを行うために申し立てます。
これらの手続きでは、詐欺や無効であったことを客観的に証明するための証拠が重要になります。ご自身だけで進めるのは難しい場合が多いため、専門家である弁護士に相談することをおすすめします。
やり直しで発生する税金について
デメリットの項目でも触れましたが、遺産分割協議のやり直しで最も注意すべきは税金です。ここでは、どのような税金が、どのくらいかかるのかを具体的に見ていきましょう。
贈与税
相続人全員の合意によるやり直しで、一度Aさんが相続した財産をBさんが受け取ることになった場合、これはAさんからBさんへの贈与と見なされ、財産を受け取ったBさんに贈与税が課されます。贈与税は基礎控除額である年間110万円を超えた部分にかかり、税率は相続税よりも高めに設定されています。
| 基礎控除後の課税価格 | 税率 |
| 200万円以下 | 10% |
| 400万円以下 | 15% |
| 600万円以下 | 20% |
例えば、評価額2,000万円の土地をやり直しで受け取った場合、税額は585.5万円にも上る可能性があります。一方で、協議の無効や取消しが法的に認められた場合のやり直しでは、贈与税はかかりません。これは、最初の協議が「なかったこと」になるためです。
不動産取得税と登録免許税
すでに相続登記を終えた不動産についてやり直しを行う場合、追加で税金がかかります。通常の相続では不動産取得税はかかりませんが、やり直し(贈与)の場合は不動産評価額の3%~4%の不動産取得税が課されます。また、名義変更のための登記手続きでは、登録免許税も再度納める必要があります。相続登記の登録免許税は評価額の0.4%ですが、贈与の場合は2%と税率が5倍も高くなってしまいます。
不動産登記のやり直し手続き
相続登記が済んでいる不動産をやり直しの対象とする場合、登記手続きもやり直す必要があります。この手続きは少し特殊で、一般的に以下の2段階で行います。
- 最初の相続登記を抹消する(所有権抹消登記):「合意解除」を原因として、最初の相続人(Aさん)への登記を抹消します。
- 新しい内容で相続登記をする:やり直しの結果、新たに相続することになった人(Bさん)が、被相続人から直接相続したとして「相続」を原因とする所有権移転登記を行います。
税法上はAさんからBさんへの移転と見なされますが、登記手続き上は被相続人からBさんへ直接所有権が移転した形をとります。この手続きは複雑なため、司法書士などの専門家に依頼するのが一般的です。
まとめ
遺産分割協議のやり直しは、原則としてできませんが、例外的に可能なケースがあります。しかし、安易なやり直しは、贈与税などの重い税負担や、煩雑な手続きといった大きなデメリットを伴うことを忘れてはいけません。特に、相続人全員の合意によるやり直しは、その影響をよく考え、慎重に判断する必要があります。
| やり直しのポイント | 注意点 |
| 相続人全員の合意があれば可能 | 贈与税などの二重課税リスクが非常に高い |
| 詐欺・強迫・無効の場合はやり直せる(すべき) | 証拠が必要。時効(取消権は5年)にも注意 |
| 調停・審判で決まった場合はやり直し不可 | 裁判所の決定は相続人の意思では覆せない |
もし遺産分割協議のやり直しを検討している場合は、まずどのような理由でやり直したいのかを明確にし、それに伴うリスクを十分に理解することが大切です。税金の問題や法的な手続きのことで少しでも不安な点があれば、ご自身で判断せず、弁護士や税理士などの専門家に相談し、最適な方法を見つけるようにしましょう。
参考文献
国税庁 No.4176 遺言書の内容と異なる遺産分割をした場合の相続税と贈与税
国税庁 No.4208 相続財産が分割されていないときの申告
遺産分割協議のやり直しに関するよくある質問
Q.一度成立した遺産分割協議のやり直しはできますか?
A.原則として、一度有効に成立した遺産分割協議を一方的にやり直すことはできません。ただし、相続人全員が合意すれば、協議を解除してやり直す(再協議する)ことは可能です。
Q.どのような場合に遺産分割協議が無効になりますか?
A.相続人の一部が参加していなかった、相続人に判断能力が不十分な人がいた、詐欺や強迫によって合意させられた、などの重大な問題があった場合、遺産分割協議は無効となる可能性があります。
Q.相続人全員の合意なしで、やり直しは可能ですか?
A.相続人全員の合意がない場合、やり直しは原則としてできません。ただし、前の質問のように協議に法的な無効・取消原因がある場合は、裁判手続きを通じて無効を主張し、結果的にやり直しを求めることが可能です。
Q.遺産分割協議をやり直すと、税金面で注意点はありますか?
A.はい、注意が必要です。最初の協議内容で相続税申告が済んでいる場合、再協議によって当初より多くの財産を得た人には贈与税が課される可能性があります。また、不動産の名義変更をやり直すと、再度、登録免許税や不動産取得税がかかる場合があります。
Q.遺産分割協議をやり直すための手続きを教えてください。
A.まず相続人全員で再協議に合意し、新たな内容で「遺産分割再協議書」を作成します。そして、相続人全員が署名し、実印を押印します。その後、その協議書を使って不動産や預貯金の名義変更手続きを行います。
Q.後から新しい遺産が見つかった場合も、やり直しが必要ですか?
A.必ずしも全ての協議をやり直す必要はありません。新たに見つかった遺産についてのみ、相続人全員で別途、遺産分割協議を行うのが一般的です。もちろん、全員が合意すれば、当初の協議内容も含めて全体をやり直すことも可能です。