マイホームとは違い、賃貸経営のために建物を建築する場合、その費用には多額の消費税がかかります。この消費税、実は建物の種類や少しの工夫によって、後から戻ってくる(還付される)可能性があることをご存知でしょうか?特に「賃貸アパート」と「商業ビル」では、その戦略が大きく異なります。今回は、大家さんが建物を建てるときに知っておきたい、消費税の基本的な仕組みから具体的な戦略まで、わかりやすくお話ししますね。
なぜ建物の建築で消費税戦略が必要なの?
建物を建てるという一大プロジェクト。数千万円、場合によっては数億円という大きなお金が動きます。その建築費用に含まれる消費税も、当然ながら高額になります。例えば、建物価格が1億円(税抜)なら、消費税だけで1,000万円です。この大きな金額を少しでも取り戻せたら、手元資金に余裕が生まれて、次の投資や経営の安定化につなげられますよね。その鍵を握るのが「消費税還付」の知識です。そして、この還付戦略は、賃貸アパート(居住用)を建てるか、商業ビル(事業用)を建てるかで、取るべき道がまったく変わってくるのです。
そもそも消費税の還付ってどんな仕組み?
まず、消費税の基本的な仕組みから簡単におさらいしましょう。事業者は、お客様から預かった消費税(売上にかかる消費税)から、仕入れなどで支払った消費税を差し引いて、残りを国に納めています。これを「仕入税額控除」といいます。
もし、支払った消費税の方が預かった消費税よりも多くなった場合、その差額分を国から返してもらえる、これが「消費税の還付」です。
建物の建築は、非常に高額な「仕入れ(課税仕入れ)」にあたります。そのため、建築した年には支払った消費税が預かった消費税を大きく上回ることが多く、還付を受けられるチャンスが生まれるというわけです。
課税事業者と免税事業者とは?
消費税の還付を受けるためには、大前提として「課税事業者」である必要があります。事業者には「課税事業者」と「免税事業者」の2種類があります。
| 課税事業者 | 原則として、2年前(基準期間)の課税売上高が1,000万円を超える事業者。消費税の申告と納税の義務があります。 |
| 免税事業者 | 原則として、2年前(基準期間)の課税売上高が1,000万円以下の事業者。消費税の納税義務が免除されていますが、還付も受けられません。 |
つまり、還付を受けるためには、たとえ売上が1,000万円以下であっても、自ら「課税事業者になります」と届け出をする必要があるのです。
賃貸経営における「課税売上」と「非課税売上」
ここが最も重要なポイントです。賃貸経営の収入である家賃は、その貸し方によって消費税の扱いが変わります。
| 非課税売上 | アパートやマンションなどの居住用として貸した場合の家賃。消費税はかかりません。 |
| 課税売上 | 店舗や事務所、倉庫など事業用として貸した場合の家賃。消費税がかかります。 |
建物の建築費用という大きな「課税仕入れ」に対して、家賃収入が「非課税売上」なのか「課税売上」なのか。この違いが、消費税戦略を大きく左右するのです。
賃貸アパート(居住用)を建てたときの消費税戦略
結論から言うと、居住用である賃貸アパートを建てた場合、原則として建築費にかかった消費税の還付を受けることは非常に難しいです。なぜなら、家賃収入が「非課税売上」だからです。非課税売上しか生まない資産のために支払った消費税は、仕入税額控除の対象にならない、というのが基本的なルールなのです。
居住用賃貸建物の消費税還付が難しくなった経緯
実は、以前は自動販売機を設置したり、金の売買を行ったりして意図的に課税売上を作り、還付を受けるという方法がありました。しかし、これらの方法は税制改正によって封じられてしまいました。特に2020年度の税制改正では、「居住用賃貸建物」の取得にかかる消費税は、原則として仕入税額控除の対象外とすることが明確に定められました。これにより、居住用アパート単体での消費税還付は、ほぼ不可能になったと考えてよいでしょう。
それでも還付を受けられる例外的なケースは?
原則は難しいですが、可能性がゼロというわけではありません。例えば、以下のようなケースです。
・店舗併用住宅(アパート)にする
建物の1階部分を店舗や事務所として貸し出し(課税売上)、2階以上を居住用アパート(非課税売上)にする方法です。この場合、建物全体のうち事業用として使われる部分の割合に応じて、建築費にかかった消費税の一部が控除の対象になる可能性があります。
・他の課税事業を組み合わせる
敷地内に事業用の駐車場や太陽光発電設備(売電収入)を設置するなど、居住用家賃以外の課税売上を積極的に作ることで、還付の可能性を探る方法もあります。ただし、これらの方法が適用できるかは要件が複雑なため、必ず税理士などの専門家への相談が必要です。
商業ビル(テナント用)を建てたときの消費税戦略
一方、テナントを入れる商業ビルを建てた場合は、消費税還付の王道といえます。店舗や事務所の家賃はすべて「課税売上」になるため、建物の建築費用という大きな「課税仕入れ」と相殺しやすく、消費税の還付を受けられる可能性が非常に高いです。
還付を受けるための具体的なステップ
商業ビルを建築して還付を受けるための、基本的な流れは以下の通りです。
- 「消費税課税事業者選択届出書」を提出する
まず、自ら課税事業者になるための届け出を税務署に提出します。この届け出は、還付を受けたい課税期間の初日の前日までに提出する必要があります。つまり、建物の引き渡しがある年が始まる前に提出しておくのが確実です。 - 確定申告で還付申告を行う
建物の引き渡しがあった年の確定申告の際に、消費税の還付申告を行います。これにより、支払った消費税と預かった消費税の差額が還付されます。
提出期限を一日でも過ぎてしまうと、その年は適用できなくなってしまうため、計画的に進めることが何よりも大切です。
還付を受けた後の注意点「3年縛り」
還付を受けられて一安心、といきたいところですが、大切な注意点があります。それは、高額な資産(税抜1,000万円以上の建物など)を取得して消費税の還付を受けた場合、その後の3年間は課税事業者をやめることができないというルールです。これを「3年縛り」と呼ぶことがあります。
| メリット | 建物の建築時にかかった多額の消費税が還付され、初期投資を抑えることができる。 |
| デメリット(注意点) | 還付を受けた後3年間は、テナントから預かった家賃にかかる消費税を国に納め続けなければならない。 |
つまり、最初の大きな還付金だけでなく、その後の3年間の納税額も考慮した上で、トータルでメリットがあるかどうかを判断する必要があります。
賃貸アパートと商業ビルの消費税戦略比較
ここまでのお話を、一度表で整理してみましょう。ご自身の計画がどちらに近いか、見比べてみてください。
| 項目 | 賃貸アパート(居住用) |
| 家賃収入の扱い | 非課税売上 |
| 建築費の消費税還付 | 原則として不可 |
| 還付の可能性 | 店舗併用など、課税売上を作る工夫が必要 |
| 注意点 | 税制改正により、還付へのハードルが非常に高い |
| 項目 | 商業ビル(テナント用) |
| 家賃収入の扱い | 課税売上 |
| 建築費の消費税還付 | 十分に可能 |
| 還付の要件 | 期限内に「課税事業者選択届出書」を提出すること |
| 注意点 | 還付後、原則3年間は課税事業者を継続する必要がある(3年縛り) |
知っておきたい!インボイス制度との関係
2023年10月から始まったインボイス制度も、特に商業ビルを建てる大家さんには深く関係します。商業ビルのテナントは、ほとんどが法人などの課税事業者です。
テナントは、大家さんに支払った家賃にかかる消費税を「仕入税額控除」したいと考えます。そして、控除を受けるためには、大家さんからインボイス(適格請求書)を発行してもらう必要があります。
このインボイスを発行できるのは「適格請求書発行事業者」だけであり、この事業者になるためには、必ず「課税事業者」になる必要があります。
つまり、商業ビルを経営する場合、テナントのニーズに応えるためにも、消費税還付を受けるためにも、課税事業者になることがスタンダードな選択といえるでしょう。
まとめ
大家さんが建物を建築する際の消費税戦略は、その建物の用途によって大きく異なります。
- 賃貸アパート(居住用):家賃が非課税のため、原則として消費税の還付は受けられません。店舗併用など、課税売上を作る工夫で一部還付の道を探ることになります。
- 商業ビル(テナント用):家賃が課税売上のため、課税事業者になることで建築費の消費税還付を受けやすいです。ただし、還付後の「3年縛り」による納税も考慮した資金計画が重要です。
消費税の還付は、数百万円単位で手元資金に影響を与える非常に重要な戦略です。しかし、届出のタイミングやその後の申告など、専門的な知識が不可欠です。建物の計画を立てる早い段階で、ぜひ一度、税理士などの専門家にご相談ください。あなたの不動産経営のスタートを、より有利なものにできるはずです。
参考文献
国税庁 居住用賃貸建物の取得等に係る消費税の仕入税額控除制度の適正化(PDF)
大家の建物建築における消費税還付のよくある質問まとめ
Q. アパートを建てたときの建築費にかかる消費税は還付されますか?
A. 原則として、居住用アパートの家賃収入は非課税のため、建築費の消費税は還付(仕入税額控除)されません。他に課税売上がある場合などを除き、還付を受けるのは困難です。
Q. テナントを入れる商業ビルを建てた場合、消費税は還付されますか?
A. はい、可能です。商業ビルのテナント料は課税売上となるため、事前に「消費税課税事業者選択届出書」を提出して課税事業者になっていれば、建築費にかかった消費税の還付を受けられます。
Q. 消費税の還付を受けるには、どんな手続きが必要ですか?
A. まず税務署に「消費税課税事業者選択届出書」を提出し、課税事業者になる必要があります。その上で、建物の引き渡しがあった課税期間の確定申告で還付申告を行います。
Q. 居住用アパートでも消費税還付を受ける裏ワザはありますか?
A. かつては金地金の売買や自動販売機の設置などで意図的に課税売上を作り還付を受ける手法がありましたが、税制改正により現在これらの方法は基本的に利用できなくなっています。
Q. 消費税還付のために課税事業者になるデメリットはありますか?
A. デメリットはあります。一度課税事業者になると、還付を受けた後も一定期間(高額な建物の場合は3年間)は免税事業者に戻れません。この期間は消費税の納税義務が発生します。
Q. アパートと店舗が一体の「賃貸併用住宅」の場合、消費税はどうなりますか?
A. 建物全体にかかった消費税を、居住用(非課税)部分と事業用(課税)部分の面積比などで按分します。事業用部分に対応する消費税については、課税事業者であれば還付の対象となります。