「消費税の簡易課税制度選択届出書」を提出したものの、決算をしてみたら「原則課税の方が有利だった…」と気づくケースは少なくありません。大きな設備投資をした年などは、特にそう感じることが多いかもしれませんね。では、このような場合、決算時に原則課税に変更することはできるのでしょうか?この記事では、消費税の課税方式の変更に関するルールや、有利・不利の判断基準について、わかりやすく解説していきます。
結論:決算時に課税方式を変更することはできません
残念ながら、結論からお伝えすると、決算時にその課税期間の消費税の計算方法を簡易課税から原則課税に変更することはできません。消費税の申告方法は、課税期間が始まる前にどちらの方法を選択するかを決め、事前に届け出る必要があるためです。「こちらのほうが有利だったから」という理由で、後から変更することは認められていないのです。まずは、なぜ変更できないのか、その基本的なルールから見ていきましょう。
課税方式の選択は「事前届出」が絶対的なルール
消費税の計算には、実際に支払った消費税額をもとに計算する「原則課税」と、売上からみなしの仕入率で計算する「簡易課税」の2種類があります。どちらを選択するかは、事業者が適用を受けたい課税期間が始まる前に、税務署へ届出書を提出して意思表示をしなければなりません。一度選択した課税方式は、その課税期間中ずっと適用されるため、期中の取引がすべて終わった決算のタイミングで変更することはできないのです。
届出書の提出期限はいつ?
課税方式を変更するための届出書には、それぞれ提出期限が厳密に定められています。うっかり忘れてしまうと、次の課税期間も変更できなくなってしまうので注意が必要です。
| 届出書の種類 | 提出期限 |
| 消費税簡易課税制度選択届出書 (原則課税 → 簡易課税) |
適用を受けたい課税期間の初日の前日まで |
| 消費税簡易課税制度選択不適用届出書 (簡易課税 → 原則課税) |
適用をやめたい課税期間の初日の前日まで |
例えば、個人事業主(1月1日〜12月31日が課税期間)が令和7年分から原則課税に戻したい場合は、令和6年12月31日までに「消費税簡易課税制度選択不適用届出書」を提出する必要があります。
一度選択したら2年間は変更できない「2年縛り」に注意
さらに、簡易課税制度にはもう一つ重要なルールがあります。それは、一度簡易課税を選択すると、原則として2年間は継続して適用しなければならないというものです。これを「2年縛り」と呼びます。
例えば、令和6年分から簡易課税の適用を開始した場合、令和6年分と令和7年分は必ず簡易課税で申告しなければなりません。原則課税に戻すための「消費税簡易課税制度選択不適用届出書」を提出できるのは、令和8年分の課税期間が始まる前(令和7年12月31日)からとなります。将来の設備投資などを計画する際は、この2年縛りを考慮に入れておくことがとても大切です。
なぜ決算時に変更したくなる?原則課税が有利になるケース
では、なぜ「原則課税の方が有利だった」という状況が起こるのでしょうか。それは、原則課税と簡易課税の「仕入控除税額(仕入れや経費にかかった消費税として差し引ける金額)」の計算方法の違いに理由があります。
原則課税と簡易課税の計算方法の違い
それぞれの計算方法を簡単に見てみましょう。この「仕入控除税額」が大きいほど、納める消費税は少なくなります。
| 計算方式 | 仕入控除税額の計算方法 |
| 原則課税 | 実際に支払った仕入れや経費にかかる消費税額を合計する |
| 簡易課税 | 売上にかかる消費税額 × 事業区分ごとの「みなし仕入率」 |
つまり、「実際に支払った消費税」が「みなしで計算した消費税」よりも大きい場合に、「原則課税の方が有利だった」と感じることになります。
ケース1:多額の設備投資をした
原則課税が有利になる最も典型的なケースが、高額な設備投資を行った場合です。例えば、店舗の内装工事に1,100万円(うち消費税100万円)、新しい機械の購入に550万円(うち消費税50万円)を支払ったとします。この場合、原則課税であれば、合計150万円の消費税を仕入控除税額に含めることができます。しかし、簡易課税では、これらの大きな支出は計算に直接反映されず、売上を基準に計算されるため、納税額が不利になる可能性が高まります。
ケース2:課税仕入れの割合が「みなし仕入率」より高い
設備投資のような特別な支出がなくても、事業内容によっては原則課税が有利になることがあります。それは、実際の課税仕入れの割合が、簡易課税の「みなし仕入率」を上回る場合です。
例えば、ウェブデザイナー(第五種事業:みなし仕入率50%)が、広告宣伝費や外部のプログラマーへの業務委託費(外注費)を多く支払っている場合、実際の仕入れや経費の割合が50%を超えることがあります。このような場合も、実際に支払った経費をもとに計算する原則課税の方が有利になります。
ケース3:赤字で消費税の還付を受けたい
事業が赤字で、預かった消費税額よりも支払った消費税額の方が多くなった場合、原則課税ではその差額を還付してもらうことができます(消費税の還付申告)。特に、事業開始年度の設備投資がかさんだ場合や、輸出業を営んでいる場合などが該当します。
一方、簡易課税制度では、計算の仕組み上、消費税が還付されることは絶対にありません。還付を受けられる可能性がある場合は、原則課税を選択する必要があります。
簡易課税のままでも有利になるケース
もちろん、原則課税が常に有利というわけではありません。簡易課税を選択していてよかった、というケースも多くあります。
課税仕入れの割合が「みなし仕入率」より低い
実際の課税仕入れの割合が、みなし仕入率よりも低い場合は、簡易課税の方が納税額は少なくなります。代表的な例は、経費の大部分を人件費(給与)が占める事業です。給与の支払いには消費税がかからないため、原則課税では仕入税額控除の対象になりません。このような事業では、みなし仕入率を使って計算できる簡易課税が有利に働くことが多いです。
事務負担が圧倒的に軽い
簡易課税の最大のメリットは、経理の事務負担を大幅に軽減できる点です。原則課税では、仕入れや経費に関するすべての請求書や領収書(インボイス)を保存し、それが消費税の課税対象かどうかを一つひとつ管理する必要があります。一方、簡易課税は課税売上高さえ正確に把握できていれば納税額を計算できるため、日々の経理処理や確定申告の準備が格段に楽になります。
来期のために!今からできること
今期の申告は簡易課税で行うしかありませんが、来期以降に同じ後悔をしないために、今から準備できることがあります。
来期の事業計画と損益をシミュレーションする
来期に大きな設備投資の予定はないか、売上や経費の構成はどのように変化しそうか、といった事業計画を立ててみましょう。その計画をもとに、原則課税で申告した場合と簡易課税で申告した場合の納税額をシミュレーションすることで、どちらが有利になるか予測を立てることができます。
届出書の提出期限を忘れない
シミュレーションの結果、来期から原則課税に戻すことを決めたら、「消費税簡易課税制度選択不適用届出書」の提出を忘れないようにしましょう。提出期限は、来期の課税期間が始まる前日です。手帳やカレンダーに書き込むなどして、確実に提出できるように準備しておきましょう。
例外:自動的に原則課税になるケース
自分の意思とは関係なく、簡易課税から原則課税に強制的に変更されるケースもありますので、知っておきましょう。
基準期間の課税売上高が5,000万円を超えた場合
簡易課税制度を適用できるのは、基準期間(個人事業主の場合は前々年、法人の場合は前々事業年度)の課税売上高が5,000万円以下の事業者に限られます。もし基準期間の課税売上高が5,000万円を超えた場合、その課税期間は届出書の提出状況にかかわらず、自動的に原則課税が適用されます。
注意したいのは、その後、再び基準期間の課税売上高が5,000万円以下になった場合です。このときは、不適用届出書を提出していなければ、自動的に簡易課税に戻ります。この点を忘れて原則課税で申告してしまうと、後から税務署に指摘され、修正申告が必要になる可能性があるので気をつけましょう。
まとめ
今回のポイントをまとめます。
- 決算時に原則課税が有利だと判明しても、その課税期間の申告方法を後から変更することはできません。
- 消費税の課税方式の選択は、課税期間が始まる前日までの事前届出が必要です。
- 簡易課税制度には原則2年間の継続適用(2年縛り)があるため、計画的な選択が重要です。
- 多額の設備投資や赤字による還付が見込まれる場合は、原則課税が有利になる可能性が高いです。
- 来期以降に最適な選択をするため、事業計画を立てて納税額をシミュレーションし、届出書の提出期限を忘れないようにしましょう。
消費税の課税方式の選択は、納税額だけでなく、経理の負担にも大きく影響します。自社の事業内容や将来の計画をよく見据えて、最適な方法を選択してくださいね。
参考文献
消費税の簡易課税と原則課税の変更に関するよくある質問
Q.簡易課税の届出後、決算で原則課税が有利と判明した場合、変更できますか?
A.いいえ、できません。消費税の計算方法は課税期間が始まる前に事前に選択するものであり、一度選択した課税期間の途中で変更することは認められていません。
Q.なぜ課税期間の途中で有利な計算方法に変更できないのですか?
A.租税の公平性を保つためです。納税者が申告時に常に有利な方を選択できると、納税額を意図的に操作できてしまうため、事後的な変更は認められていません。
Q.簡易課税から原則課税に戻したい場合、いつまでに手続きが必要ですか?
A.原則課税に戻したい課税期間の開始の日の前日までに「消費税簡易課税制度選択不適用届出書」を税務署に提出する必要があります。さらに、一度簡易課税を選択すると、原則として2年間は継続して適用しなければならないという重要なルールがあります。
Q.原則課税が有利になるのは、どのようなケースですか?
A.多額の設備投資や輸出取引がある場合、仕入税額控除が大きい、または還付が見込まれるため、原則課税が有利になる傾向があります。
Q.簡易課税を選択したらずっと簡易課税のままですか?
A.いいえ。「消費税簡易課税制度選択不適用届出書」を提出しない限り、簡易課税の適用が継続されます。また、基準期間の課税売上高が5,000万円を超えた場合は、届出の有無にかかわらず原則課税となります。
Q.有利不利の選択ミスを防ぐにはどうすればよいですか?
A.課税期間が始まる前に、翌期の事業計画(大きな仕入れや設備投資の有無など)を考慮し、納税額をシミュレーションすることが最も重要です。