大切なご家族やパートナーがHIVやAIDSと共に生きていて、将来的に介護が必要になったとき、どうすれば良いのだろうと不安に思われるかもしれませんね。治療法の進歩によって、HIV陽性者の方も健康な方と同じように長く人生を送れる時代になりました。だからこそ、加齢や他の病気に伴う介護について、今のうちから知っておくことが大切です。この記事では、HIV/AIDS罹患者の方の介護について、基本的な知識から利用できる公的制度、そして心のケアまで、優しく分かりやすく解説していきます。
HIV/AIDSとは?介護の前に知っておきたい基礎知識
まずはじめに、介護を行う上で最も大切な「正しい知識」についてお話しします。誤解や偏見が、ご本人や介護をする方を傷つけてしまうことがあります。基本的なことをしっかり理解して、安心してケアに臨みましょう。
HIVとエイズの違いって?
「HIV」と「エイズ(AIDS)」は、よく混同されがちですが、意味が異なります。HIV(ヒト免疫不全ウイルス)はウイルスの名前です。このウイルスに感染すると、私たちの体を病気から守ってくれる免疫の力が少しずつ弱くなっていきます。そして、免疫力がとても低くなった結果、健康なときにはかからないような特別な感染症(日和見感染症など)を発症した状態のことをエイズ(後天性免疫不全症候群)と呼びます。今では素晴らしいお薬がたくさん開発されたおかげで、HIVに感染しても、きちんと治療を続ければエイズを発症することなく、元気に日常生活を送ることができます。
主な感染経路と日常生活での注意点
HIVの感染経路は、主に次の3つに限られています。
- 性的接触
- 血液を介しての感染(注射器の共有など)
- 母子感染(お母さんから赤ちゃんへ)
そのため、握手、咳やくしゃみ、一緒にお風呂に入る、食器やタオルを共有する、トイレを一緒に使うといった日常生活の場面で感染することはありません。介護の場面でも、過度に怖がる必要はなく、基本的な衛生管理を心がければ大丈夫ですよ。
治療の進歩と「U=U」
抗HIV療法という治療法は目覚ましく進歩しています。毎日きちんとお薬を飲むことで、体内のウイルス量を血液検査で検出できないレベルまで抑えることが可能です。この状態を「U=U(Undetectable = Untransmittable)」と言い、「検出できないレベルであれば、性行為によって他の人に感染させるリスクはゼロになる」ということが科学的に証明されています。治療を続けていれば、感染のリスクを心配することなく、安心して生活を送ることができるのです。
HIV/AIDS罹患者の在宅介護で気をつけること
ご自宅で介護を行う場合、どのような点に注意すれば良いのでしょうか。大切なのは、HIVだからと特別なことをするのではなく、誰に対しても行うべき基本的な感染予防策と、ご本人の体調に合わせたケアです。
標準予防策(スタンダードプリコーション)を徹底しましょう
標準予防策(スタンダードプリコーション)とは、「すべての人の血液や体液は、感染症の有無に関わらず感染の可能性があるものとして扱う」という考え方です。これは、HIV陽性者の方だけでなく、すべての方へのケアで基本となる感染対策です。例えば、傷口の手当てで血液に触れる可能性がある場合は手袋を着ける、排泄物の処理をした後はしっかり手洗いをするなど、基本的なことを守るだけで、介護する側もされる側も安全に過ごすことができます。
日和見感染症の予防と早期発見
HIV感染症により免疫力が低下していると、健康な人なら問題にならないような弱い病原菌でも病気を引き起こす「日和見感染症」にかかりやすくなることがあります。介護をする上では、発熱、長引く咳、下痢、急な体重減少といった体調の変化にいち早く気づいてあげることが大切です。いつもと違うなと感じたら、すぐに主治医や訪問看護師に相談しましょう。
お薬の管理はとても大切
抗HIV薬は、毎日決まった時間に正しく飲み続けることが非常に重要です。飲み忘れが続くと、お薬が効きにくくなってしまう可能性があります。ご本人が自分で管理するのが難しい場合は、「お薬カレンダー」を使ったり、飲む時間に声をかけてあげたりするなど、優しくサポートしてあげてくださいね。
利用できる公的な介護・福祉サービス
介護は身体的にも精神的にも、そして経済的にも大きな負担がかかることがあります。一人やご家族だけで抱え込まず、国や自治体が用意しているサポート制度を上手に活用しましょう。
介護保険サービス
介護保険は、介護が必要になった方を社会全体で支えるための制度です。
| 区分 | 対象者 |
|---|---|
| 第1号被保険者 | 65歳以上の方で、市区町村から要介護・要支援認定を受けた方 |
| 第2号被保険者 | 40歳以上65歳未満の医療保険加入者で、特定の疾病(※)により要介護・要支援認定を受けた方 |
(※HIV感染症そのものは特定疾病には含まれていませんが、脳血管疾患や関節リウマチなど、他の特定疾病が原因で介護が必要になった場合に利用できます。)
お住まいの市区町村の窓口で申請し、要介護認定を受けると、所得に応じて原則1割の自己負担で、訪問介護(ホームヘルプ)や通所介護(デイサービス)、福祉用具のレンタルなどのサービスを利用できます。
障害福祉サービス
HIVによって免疫機能に障害があると判定された場合、身体障害者手帳(免疫機能障害)を取得できることがあります。この手帳があると、障害者総合支援法に基づく様々な福祉サービスが利用可能になります。例えば、自宅での入浴や排泄の介助を受けられる「居宅介護」や、日常生活を便利にするための用具(特殊寝台など)の給付が受けられる場合があります。詳しくは市区町村の障害福祉担当窓口にご相談ください。
医療費の負担を軽くする制度
抗HIV療法は継続的な治療が必要なため、医療費が心配になる方もいらっしゃるでしょう。その負担を軽減するための制度があります。
- 自立支援医療(更生医療):身体障害者手帳(免疫機能障害)をお持ちの方が、治療にかかる医療費の自己負担を軽減できる制度です。
- 高額療養費制度:1か月の医療費の自己負担額が上限を超えた場合、その超えた分が払い戻される制度です。
これらの制度を利用することで、経済的な不安を和らげながら安心して治療を続けられます。
医療機関や支援機関との連携
安心して介護を続けるためには、専門家とのつながりが欠かせません。困ったときに相談できる場所を知っておくだけで、心の負担がずっと軽くなりますよ。
エイズ治療拠点病院との連携
全国には、HIV/AIDSの専門的な治療や相談ができるエイズ治療拠点病院が指定されています。主治医や看護師、ソーシャルワーカーなどがチームとなって、治療だけでなく生活面の相談にものってくれます。ケアマネジャーや訪問看護師と拠点病院がしっかり情報を共有することで、ご本人にとって最適なサポート体制を築くことができます。
地域包括支援センターや保健所の役割
「介護のことで、どこに相談したらいいかわからない…」そんなときは、まず地域包括支援センターに連絡してみましょう。高齢者の介護に関する総合相談窓口で、ケアマネジャーや社会福祉士などの専門家が親身に相談にのってくれます。また、保健所ではHIVに関する専門的な相談や検査を無料・匿名で受け付けており、正しい情報を提供してくれます。
介護する側・される側の心のケア
介護は、身体のケアと同じくらい、心のケアが大切です。病気への不安や、時には社会の偏見に心を痛めることもあるかもしれません。お互いを思いやり、支え合うことが何よりも重要です。
偏見や差別との向き合い方
残念ながら、HIV/AIDSに対する誤った知識からくる偏見や差別はまだ存在します。介護施設や医療機関でサービスの提供を拒否されるといった問題も報告されていますが、厚生労働省は「正当な理由なく診療やサービスの提供を拒否することは、偏見・差別に当たる」とはっきりと示しています。もし困ったことが起きたら、一人で悩まずに拠点病院のソーシャルワーカーや保健所、支援団体に相談してください。正しい知識を持つことが、ご本人とご家族を不要なストレスから守る一番の力になります。
ご本人のプライバシーへの配慮
病気のことを誰に、どこまで伝えるかは、ご本人の意思を最大限に尊重することが大切です。介護サービスを利用する際には、ケアマネジャーやヘルパーなど、支援に必要な関係者に情報を伝える必要がありますが、その範囲については事前にご本人としっかり話し合っておきましょう。「この人には伝えてほしくない」という気持ちに寄り添い、プライバシーを守ってあげることが信頼関係につながります。
介護者のためのサポート
介護をする方が元気でいることも、良いケアを続けるためには不可欠です。「自分が頑張らなきゃ」と一人で抱え込まず、時には自分のための時間も大切にしてください。同じ立場の人たちと話せる家族会や、ピアサポート(同じ経験を持つ仲間による支え合い)を行っているNPO法人などの支援団体もあります。悩みを共有することで、心が軽くなることもありますよ。
まとめ
HIV/AIDS罹患者の方の介護は、決して特別なことばかりではありません。正しい知識を持ち、標準予防策のような基本的な感染対策を徹底すれば、誰でも安全にケアを行うことができます。治療の進歩のおかげで、ご本人は長く健やかな人生を送ることが可能です。介護が必要になったときには、一人で抱え込まず、介護保険や障害福祉サービスを積極的に活用し、医療機関や支援機関とチームになって支えていきましょう。そして何よりも、ご本人の気持ちに寄り添い、尊厳を守りながら、温かいサポートを続けていくことが大切です。
参考文献
HIV・AIDS罹患者の介護に関するよくある質問まとめ
Q.HIV陽性者の介護をする際に、感染するリスクはありますか?
A.日常生活では感染しません。HIVは血液や一部の体液を介して感染しますが、汗や唾液、涙、尿、便などからは感染しません。食事や入浴の介助、着替えの手伝いなどで感染する心配はありません。ただし、血液などに触れる可能性がある場合は、手袋を着用するなどの標準予防策を徹底しましょう。
Q.介護の際、特別な消毒は必要ですか?
A.血液などが付着した場合を除き、特別な消毒は不要です。普段の掃除は通常通りで問題ありません。もし血液などが付着した場合は、家庭用漂白剤(次亜塩素酸ナトリウム)を薄めたものや消毒用アルコールで拭き取ってください。リネン類に付着した場合は、通常通り洗濯機で洗濯して大丈夫です。
Q.食事の準備や介助で気をつけることは何ですか?
A.免疫力が低下している場合があるため、食中毒の予防が重要です。食材は十分に加熱し、調理器具は清潔に保ちましょう。生もの(刺身、生卵など)は避けた方が安全な場合があります。食器や箸を共用しても感染することはありません。
Q.HIV陽性者の方はどのような介護サービスを利用できますか?
A.他の疾患を持つ方と同様に、介護保険サービスや障害者総合支援法に基づくサービスを利用できます。免疫機能障害で身体障害者手帳を取得している場合は、様々な福祉サービスが受けられます。まずは市区町村の窓口や地域包括支援センターなどにご相談ください。
Q.HIVに感染していることを介護スタッフに伝えるべきですか?
A.告知の義務はありませんが、より安全で適切なケアを受けるために、信頼できる医療・介護スタッフに伝えることが望ましい場合もあります。医療・介護従事者には守秘義務がありプライバシーは守られます。また介護現場では、感染症の有無にかかわらず標準予防策を徹底することが基本です。
Q.精神的なサポートや接し方で大切なことは何ですか?
A.病気への不安や社会的偏見から精神的なストレスを抱えている方が少なくありません。特別な接し方は必要なく、一人の人間として尊重し、話を傾聴し気持ちに寄り添う姿勢が大切です。プライバシーに配慮し、本人の意思を尊重することを心がけましょう。