先代経営者から事業承継税制(特例措置)を使って非上場株式の贈与を受け、いざ事業に集中しようと思っていた矢先、先代がお亡くなりになり、他の相続人から遺留分を請求されてしまった…。事業承継税制の相続税の納税猶予はどうなってしまうのか、不安に感じていらっしゃいませんか?この特例は要件が複雑で、一度打ち切りになると多額の税金を一括で納付する必要が出てくる可能性があり、会社の経営にも大きな影響を与えかねません。この記事では、非上場株式等の特例贈与者が死亡し、相続税の納税猶予を受けている後継者が遺留分侵害額請求を受けた場合の注意点と、納税猶予を継続するための正しい対処法を分かりやすく解説します。
事業承継税制と遺留分侵害額請求の基本
まず、今回の問題を理解するために、それぞれの制度の基本的な内容からおさらいしておきましょう。どちらも事業承継においては非常に重要な制度です。
非上場株式等の納税猶予の特例(事業承継税制)とは?
事業承継税制とは、後継者が会社の非上場株式等を先代経営者から贈与または相続によって取得した場合に、一定の要件を満たすことで、その株式にかかる贈与税や相続税の納税が猶予され、最終的には免除される制度のことです。特に、平成30年度の税制改正で創設された「特例措置」は、対象株式数の上限撤廃や納税猶予割合が100%になるなど、非常に使いやすい制度になっています。この制度のおかげで、後継者は税負担を気にすることなく、スムーズに事業を引き継ぐことができるようになりました。
特例贈与者が死亡した場合の手続き
特例措置を利用して非上場株式の「贈与」を受け、贈与税の納税猶予を受けている間に贈与者(先代経営者)が亡くなった場合、いくつかの手続きが必要になります。猶予されていた贈与税は免除されますが、その代わりに、猶予を受けていた株式を相続によって取得したものとみなして、他の相続財産と合算し、相続税を計算し直します。そして、計算された相続税額について、新たに「相続税の納税猶予」を申請することになります。つまり、贈与税の納税猶予から相続税の納税猶予へと切り替える手続きが必要になるのです。この切替手続きは、贈与者の死亡を知った日の翌日から10か月以内に行う必要があります。
遺留分侵害額請求とは?
遺留分とは、兄弟姉妹以外の法定相続人に法律上保障されている、最低限の遺産の取り分のことです。遺言や生前贈与によって、この遺留分が侵害された場合、相続人は財産を多く受け取った人に対して、侵害された分に相当する金銭を請求することができます。これを「遺留分侵害額請求」といいます。2019年7月1日の民法改正により、それまでの「遺留分減殺請求(遺産そのものを取り戻す権利)」から、金銭の支払いを求める「遺留分侵害額請求」へと変わりました。この「金銭請求」に変わった点が、事業承継税制の納税猶予において非常に重要なポイントになります。
納税猶予中に遺留分侵害額請求を受けるとどうなる?
それでは、本題である相続税の納税猶予を受けている間に、他の相続人から遺留分侵害額請求をされた場合、納税猶予はどうなるのでしょうか。結論から言うと、対応方法を間違えなければ納税猶予は継続できますが、誤った対応をすると打ち切りになってしまうリスクがあります。
納税猶予が打ち切り(期限の確定)となるケース
相続税の納税猶予が打ち切りになる(これを「納税猶予期限の確定」と呼びます)最も注意すべきケースは、遺留分侵害額の支払いのために、納税猶予の対象となっている非上場株式そのものを他の相続人に渡してしまう(譲渡する)ことです。事業承継税制は、後継者が会社の経営を継続することを前提とした制度です。そのため、猶予の対象となっている株式を譲渡することは、原則として認められていません。もし遺留分侵害額の支払いに代えて株式を渡してしまうと、それは「譲渡」とみなされ、納税猶予が打ち切りとなってしまいます。
| やってはいけない対応(納税猶予が打ち切りになる) | 遺留分侵害額の支払いの代わりに、納税猶予の対象となっている非上場株式を渡すこと(代物弁済)。 |
| 正しい対応(納税猶予が継続できる) | 遺留分侵害額を、後継者個人の現金預金など(固有の財産)から支払うこと。 |
猶予されていた税額の納付義務が発生
もし納税猶予が打ち切りになった場合、その後継者は、猶予されていた相続税の全額と、納税猶予期間に応じた利子税を、原則として2か月以内に一括で納付しなければなりません。非上場株式の評価額は高額になることが多く、猶予されていた税額もそれに伴い非常に大きな金額になる可能性があります。この突然の税負担は、後継者個人だけでなく、会社の経営にも深刻なダメージを与える危険性があるため、絶対に避けなければなりません。
納税猶予を継続するための正しい対処法
遺留分侵害額請求を受けても、納税猶予を継続するためには、正しい方法で金銭を支払うことが不可欠です。ここでは、その具体的な方法と注意点を解説します。
遺留分侵害額は「自己の固有財産」から支払う
最も重要なポイントは、遺留分侵害額の支払いを、後継者自身の現金預金や、納税猶予の対象となっていない他の資産(自己の固有財産)から行うことです。民法改正により、遺留分侵害額請求は金銭の支払いを求める権利になりました。したがって、請求してきた相続人に対しては、現金で支払うのが原則です。後継者個人の財産から支払うのであれば、納税猶予の対象となっている株式には何の影響もありませんので、納税猶予は問題なく継続されます。
支払い原資をどう準備するか
問題は、請求された金銭を支払うための原資をどう準備するかです。すぐに支払えるだけの現金がない場合も多いでしょう。考えられる方法としては、以下のようなものがあります。
- 役員報酬や配当金から準備する
- 金融機関から個人的に借り入れを行う
- 納税猶予の対象となっていない個人資産(不動産や有価証券など)を売却する
いずれの方法をとるにしても、会社の経営に影響が出ないよう、慎重に計画を立てる必要があります。安易に会社の資金を流用することはできませんので注意が必要です。
遺留分侵害額請求への対応で生じる税務上の注意点
万が一、誤って納税猶予対象の株式で支払い(代物弁済)をしてしまった場合、納税猶予の打ち切りだけでなく、別の税金の問題も発生します。
猶予対象株式を代物弁済した場合の譲渡所得税
もし、遺留分侵害額の支払いのために、納税猶予の対象となっている非上場株式を渡してしまった場合、税務上は「その株式を時価で売却し、その売却代金で支払いをした」とみなされます。これにより、株式の取得価額と売却時価との差額に対して譲渡所得税が課税される可能性があります。相続税の納税猶予が打ち切りになる上に、さらに所得税まで課税されるという、非常に厳しい結果になってしまいます。
相続税申告への影響
遺留分侵害額を支払った場合、その支払いによって各相続人が最終的に取得した財産の価額が変動します。そのため、当初の相続税申告の内容を修正する必要が出てくることがあります。遺留分侵害額を支払った後継者は、納めすぎた相続税を還付してもらうための「更正の請求」を、金銭を受け取った相続人は、追加で納税するための「修正申告」を行うことになります。これらの手続きは、遺留分侵害額が確定したことを知った日の翌日から4か月以内に行う必要があります。
事前にできる遺留分対策
このようなトラブルを避けるためには、先代経営者が元気なうちから、遺留分に関する対策を講じておくことが非常に重要です。後継者が経営に専念できる環境を整えるためにも、生前の対策は不可欠です。
遺留分に関する民法の特例(除外合意・固定合意)
経営承継円滑化法には、遺留分に関する民法の特例が定められています。これは、後継者を含む推定相続人全員の合意を得て家庭裁判所の許可を受けることで、後継者に贈与等された自社株式を遺留分の計算対象から除外したり(除外合意)、その評価額を合意時の価額で固定したり(固定合意)できる制度です。この特例を活用することで、将来の遺留分トラブルを未然に防ぐことができます。
その他の生前対策
民法の特例以外にも、以下のような対策が考えられます。
- 遺言書の作成: なぜ後継者に株式を集中させる必要があるのか、付言事項として想いを記し、他の相続人には株式以外の財産(預貯金や不動産など)を相続させるなど、遺留分に配慮した内容の遺言書を作成しておく。
- 生命保険の活用: 先代経営者を被保険者、後継者以外の相続人を受取人とする生命保険に加入しておく。死亡保険金は受取人固有の財産となり、原則として遺産分割の対象外となるため、遺留分の支払い原資として活用できます。
- 生前贈与: 遺留分の対象とならない孫への贈与や、相続開始前10年より前(相続人への特別受益にあたる贈与の場合)に贈与を行うなど、計画的な生前贈与も有効です。
どの方法が最適かは、会社の状況や家族構成によって異なりますので、専門家と相談しながら進めることをお勧めします。
まとめ
事業承継税制の特例贈与者が死亡し、相続税の納税猶予を受けている後継者が遺留分侵害額請求を受けた場合、その対応は非常に重要です。絶対にやってはいけないのは、納税猶予の対象となっている非上場株式で支払いをしてしまうことです。必ず、後継者自身の現金預金などの固有財産から金銭で支払うようにしてください。これを守れば、納税猶予は継続できます。しかし、支払い原資の確保や、その後の税務申告など、専門的な知識が必要な場面が多くあります。不安な点があれば、相続や事業承継に詳しい税理士などの専門家に早めに相談し、最善の解決策を見つけることが、あなた自身と大切な会社を守ることに繋がります。
事業承継税制と遺留分に関するよくある質問
Q. 事業承継税制の納税猶予中に遺留分を請求されたら、猶予は必ず打ち切りになりますか?
A. いいえ、必ず打ち切りになるわけではありません。遺留分侵害額を、納税猶予の対象となっている非上場株式以外の財産(後継者個人の現金預金など)から支払えば、納税猶予は継続できます。株式そのものを渡してしまうと「譲渡」とみなされ、納税猶予が打ち切りになるので注意が必要です。
Q. 遺留分を支払うお金がない場合、納税猶予の対象となっている株式を渡してもいいですか?
A. 絶対にいけません。納税猶予の対象となっている株式を渡すこと(代物弁済)は、納税猶予が打ち切りになる典型的なケースです。猶予されていた相続税と利子税の一括納付義務が生じるため、金融機関からの借り入れや他の個人資産の売却など、別の方法で支払い原資を準備する必要があります。
Q. 特例贈与者である先代経営者が亡くなった後は、どのような手続きが必要ですか?
A. 贈与税の納税猶予を受けていた場合、その贈与税は免除されます。その代わり、猶予対象だった株式を相続財産に含めて相続税を計算し直し、「相続税の納税猶予」に切り替える手続きが必要です。この手続きは、相続の開始があったことを知った日の翌日から10か月以内に行う必要があります。
Q. 遺留分を支払った場合、相続税の申告はどうなりますか?
A. 支払いによって各相続人が取得する財産の価額が変わるため、税務申告の修正が必要です。遺留分を支払った後継者は、納めすぎた税金の還付を求める「更正の請求」を、金銭を受け取った相続人は追加納税のための「修正申告」を行います。この手続きは、事由が生じたことを知った日の翌日から4か月以内に行う必要があります。
Q. 将来、後継者が遺留分で困らないように、生前にできる対策はありますか?
A. はい、あります。「経営承継円滑化法」に定められた遺留分に関する民法の特例(除外合意・固定合意)を活用するのが最も効果的です。その他にも、他の相続人の遺留分に配慮した遺言書を作成したり、生命保険を活用して支払い原資を準備したりする方法があります。
Q. 株式を代物弁済して納税猶予が打ち切りになった場合、他に税金はかかりますか?
A. はい、かかる可能性があります。株式を代物弁済すると、税務上は「時価で株式を売却した」とみなされるため、株式の取得費と時価との差額(譲渡益)に対して譲渡所得税が課税されることがあります。相続税の一括納付に加えて所得税も課税される二重の負担となるリスクがあります。