会社のオーナー経営者様にとって、事業承継や相続対策はとても重要な課題ですよね。特に、ご自身が大切に育ててきた会社の株式(自社株)をどう引き継ぐかは、頭を悩ませるポイントではないでしょうか。その有効な対策の一つとして、会社が自社の株式を買い取る「自己株式の取得(金庫株)」という方法があります。しかし、この方法には会社法で定められた「財源規制」という大切なルールが存在します。今回は、この財源規制について、できるだけ専門用語を避けて、わかりやすくご説明していきますね。
自己株式(金庫株)の買い取りとは?相続対策での活用法
まず、「自己株式(金庫株)」とは、会社が発行した自社の株式を、株主から買い取って保有している状態の株式のことを指します。「会社の金庫にしまっておく株式」といったイメージですね。この仕組みが、相続対策において非常に役立つことがあるんです。
なぜ相続対策で活用されるの?
中小企業の自社株は、業績が良いほど評価額が高くなります。オーナー経営者が亡くなり、後継者であるご家族がその高額な株式を相続すると、多額の相続税が発生してしまうケースが少なくありません。後継者が個人的に納税資金を用意するのは大変ですよね。そんな時、会社が後継者から相続した株式を買い取ってあげれば、後継者はその売却代金を相続税の納税資金に充てることができます。これにより、スムーズな事業承継を助けることができるのです。また、後継者以外の相続人に株式が渡った場合、その株式を会社が買い取ることで、株式の分散を防ぎ、経営権を後継者に集中させる効果も期待できます。
「生前の買い取り」と「相続後の買い取り」の違い
自己株式の買い取りは、オーナー経営者がご存命のうち(生前)に行うか、相続が発生した後に行うかで、目的や税金の扱いが変わってきます。それぞれの特徴を簡単に見てみましょう。
| タイミング | 生前の買い取り |
| 主な目的 | 後継者以外の株主から株式を集約し、経営権を安定させる。 |
| 税務上の注意点 | 売却益に「みなし配当課税」が適用され、税負担が重くなる可能性がある(最大で約55%)。 |
| タイミング | 相続後の買い取り |
| 主な目的 | 相続人が株式の売却代金を相続税の納税資金に充てる。 |
| 税務上の注意点 | 相続開始から3年10ヶ月以内の売却など、一定の要件を満たせば「みなし配当課税」が適用されない特例がある。 |
自己株式を買い取るメリット・デメリット
この制度には、もちろん良い点と注意すべき点があります。両方をしっかり理解しておくことが大切です。
| メリット | ・後継者の納税資金を確保できる ・株式の分散を防ぎ、経営権を安定させられる ・後継者以外の相続人にとっては、換金しにくい自社株を現金化できる |
| デメリット | ・会社の現金が流出するため、資金繰りが悪化する可能性がある ・買い取り価格によっては、他の株主とトラブルになる可能性がある ・会社法で定められた「財源規制」の範囲内でしか買い取れない |
最重要ポイント!会社法の財源規制とは
さて、ここからが本題です。会社が自己株式を買い取る際には、無制限に好きなだけ買い取れるわけではありません。会社法という法律で、「これ以上は株主に払戻しをしてはいけませんよ」という上限が定められています。これが「財源規制」です。なぜこのような規制があるかというと、会社のお金を株主に渡しすぎて会社の財産が空っぽになってしまうと、会社と取引している金融機関や取引先(これらを「会社債権者」と呼びます)が代金を回収できずに困ってしまうからです。会社債権者を保護するために、このルールが設けられています(会社法第461条)。
財源規制のキホン「分配可能額」
財源規制の具体的な内容は、「分配可能額」という金額の範囲内でしか自己株式を買い取れない、というものです。この「分配可能額」は、ざっくり言うと、会社がこれまで稼いできた利益の蓄積である「剰余金」がベースになります。会社の資本金や資本準備金は、会社の基本的な体力を示すものであり、債権者のための担保のような役割を持っているので、これを取り崩して株主に払戻しをすることは原則として認められていません。
分配可能額の計算方法
分配可能額の計算は少し複雑ですが、基本的な考え方は以下のようになります。
分配可能額 = (その他資本剰余金の額 + その他利益剰余金の額) - (自己株式の帳簿価額 など)
貸借対照表の「純資産の部」にある項目が関係してきます。正確な計算は、会計や税務の専門知識が必要になるため、必ず税理士などの専門家にご相談ください。ポイントは、「会社の利益の蓄積が多いほど、自己株式を買い取れる枠も大きくなる」ということです。
分配可能額が不足している場合の対策
「いざ買い取ろうとしたら、分配可能額が足りなかった!」ということもあり得ます。その場合は、以下のような対策が考えられます。
- 利益を計上する: 日々の事業で利益を出し、利益剰余金を増やすのが最も基本的な対策です。
- 資本準備金・利益準備金の減少: 株主総会の決議を経て、資本準備金や利益準備金を取り崩し、「その他資本剰余金」に振り替えることで、分配可能額を増やすことができます。
自己株式を買い取るための具体的な手続き
実際に自己株式を買い取るには、会社法で定められた手続きを踏む必要があります。特に相続対策のように、特定の株主から買い取る場合には、丁寧な手続きが求められます。
特定の株主から買い取る場合の手続き
相続人など、特定の株主からだけ株式を買い取る場合、他の株主との公平性を保つために、原則として株主総会の「特別決議」が必要になります。特別決議は、通常の決議(普通決議)よりも可決のハードルが高く、以下の要件を満たす必要があります。
- 議決権の過半数を有する株主が出席すること
- 出席した株主の議決権の3分の2以上の賛成があること
この決議で、「誰から」「何株」「いくらで」買い取るかを決定します。
株主への通知と「売主追加請求権」
特定の株主から買い取ることを決議する場合、会社は他のすべての株主に対して、「〇〇さんから株式を買い取ることになりました」とお知らせしなければなりません。このとき、他の株主には「私の株も同じ条件で買い取ってください!」と請求する権利があります。これを「売主追加請求権」と呼びます。もし多くの株主からこの権利が使われると、会社が想定していた以上の資金が必要になり、計画が狂ってしまう可能性があるので、事前に他の株主の意向を確認しておくなどの配慮が重要になります。
税務上の注意点と特例
自己株式の買い取りは、税金の問題も非常に重要です。特に、株主側(売り手)の税金がどうなるかは、しっかり押さえておく必要があります。
原則は「みなし配当課税」
株主が会社に自社株を売却した場合、その売却代金のうち、会社の「資本金等の額」を超える部分は、税務上「配当」とみなされます。これを「みなし配当」と呼びます。このみなし配当は、給与などと同じ「総合課税」の対象となり、所得が高い人ほど税率も高くなります。所得税と住民税を合わせると、最大で約55%もの税金がかかる可能性があるのです。
相続時の特例で税負担を軽減!
しかし、相続対策で自己株式を買い取る場合には、非常に有利な税金の特例があります。それは、相続で取得した株式を、相続が始まってから3年10ヶ月以内にその発行会社に売却した場合、「みなし配当」とはならず、売却代金の全額が「株式の譲渡所得」として扱われるというものです(租税特別措置法第9条の7)。株式の譲渡所得にかかる税率は、所得税・復興特別所得税・住民税を合わせて約20.315%です。みなし配当課税と比べると、税負担を大幅に抑えることができる、とても大きなメリットです。
特例を受けるための要件
この有利な特例を受けるためには、いくつかの要件を満たす必要があります。
| 主な要件 | 内 容 |
| 取得原因 | 相続または遺贈により株式を取得した個人であること。 |
| 相続税の納税 | その相続において、相続税を納める義務があること。 |
| 譲渡期限 | 相続開始のあった日の翌日から、相続税の申告期限(10ヶ月)の翌日以後3年を経過する日まで(合計3年10ヶ月以内)に譲渡していること。 |
| 事前の届出 | 株式を譲渡する日までに、所定の届出書を発行会社に提出し、会社がそれを税務署に提出すること。 |
計画的な準備が成功のカギ
相続対策としての自己株式買い取りをスムーズに進めるためには、事前の計画的な準備が何よりも大切です。
買取資金の準備方法
いざという時に、会社に数千万円、数億円といった買取資金がなければ、この制度は活用できません。日頃から利益を積み上げて内部留保を厚くしておくことが基本ですが、それと並行して、役員向けの生命保険を活用するのも有効な手段です。オーナー経営者を被保険者として会社が生命保険に加入しておけば、万が一の際に会社が死亡保険金を受け取れます。この保険金は、自己株式の買取資金として直接活用できるだけでなく、会社の利益(雑収入)となるため、分配可能額を増やす効果もあります。資金確保と財源規制クリアを同時に実現できる、非常に合理的な方法です。
定期的な株価評価の重要性
非上場株式の株価は、会社の業績や資産状況によって常に変動します。「今、自社の株価はいくらなのか」「将来、どれくらいの買取資金が必要になりそうか」を把握するために、定期的に専門家に依頼して株価を評価し、シミュレーションしておくことが重要です。計画的に対策を進めることで、いざという時に慌てずに対応することができます。
まとめ
相続対策としての自己株式の買い取りは、後継者の納税資金問題を解決し、スムーズな事業承継を実現するための非常に有効な手段です。しかし、その実行には、会社法の「財源規制」という絶対的なルールがあり、買い取り額は会社の利益の蓄積である「分配可能額」の範囲内に限られます。また、手続きには株主総会の特別決議が必要になるなど、注意すべき点も少なくありません。税務面では、原則として税負担の重い「みなし配当課税」の対象となりますが、相続開始後3年10ヶ月以内に売却すれば、税率の低い「譲渡所得」として扱われる有利な特例があります。この制度を最大限に活用するためには、買取資金の計画的な準備や定期的な株価評価が不可欠です。ご自身の会社に合った最適な方法を見つけるために、ぜひ一度、相続や事業承継に詳しい税理士などの専門家にご相談されることをお勧めします。
参考文献
国税庁 No.1477 相続により取得した非上場株式をその発行会社に譲渡した場合の課税の特例
自己株式(金庫株)の買い取りに関するよくある質問まとめ
Q. 自己株式(金庫株)とは何ですか?
A. 会社が自ら発行した株式を、株主から買い取って保有している株式のことです。相続対策では、後継者が相続した株式を会社が買い取り、その後継者が納税資金を確保する目的などで活用されます。
Q. なぜ自己株式の買い取りに財源規制があるのですか?
A. 会社が株主に財産を渡しすぎてしまい、会社の経営が不安定になるのを防ぐためです。特に、金融機関や取引先といった会社の債権者が、売掛金などを回収できなくなる事態を避ける目的で、会社法に定められています。
Q. 分配可能額とは簡単に言うと何ですか?
A. 会社が株主に対して配当や自己株式の買い取りとして支払うことができる上限額のことです。基本的には、会社がこれまでに稼いできた利益の蓄積である「剰余金」の範囲内となります。
Q. 自己株式を買い取るには、必ず株主総会が必要ですか?
A. はい、原則として株主総会の決議が必要です。特に、相続人のような特定の株主から買い取る場合は、他の株主との公平性を保つため、議決要件が厳しい「特別決議」が必要となります。
Q. 「みなし配当課税」とは何ですか?
A. 株主が会社に株式を売却した代金のうち、会社の資本金等を超える部分が税務上「配当」とみなされて課税される制度です。通常の株式譲渡益よりも税率が高くなる(最大約55%)ため注意が必要です。
Q. 相続した株を会社に買い取ってもらう場合、税金は安くなりますか?
A. はい、有利な特例があります。相続が始まってから3年10ヶ月以内に会社に売却するなど一定の要件を満たせば、「みなし配当課税」が適用されず、税率が低い「譲渡所得」(約20.315%)として扱われるため、税負担を大幅に軽減できます。