突然のことで、日本の家族に相続が発生したものの、ご自身はフランスにお住まい…。そんな時、何から手をつけて良いか分からず不安になりますよね。物理的な距離や時差、さらには法律の違いなど、国際相続には特有の難しさがあります。この記事では、フランスにお住まいの相続人の方が、日本の相続手続きをスムーズに進めるためのポイントを、分かりやすく解説していきます。
国際相続の基本:どの国の法律が適用される?
まず最初に押さえておきたいのが、どの国の法律に基づいて相続手続きを進めるか、という「準拠法」の問題です。日本とフランスでは考え方が異なるため、ここを理解することが国際相続の第一歩になります。
日本の考え方(国際私法)
日本の法律では、「相続は、亡くなった方(被相続人)の国籍がある国の法律に従う」のが原則です。これを「本国法主義」といいます。例えば、亡くなった方が日本国籍であれば、たとえフランスに財産があったとしても、基本的には日本の民法に従って相続人が決まり、相続分が計算されます。
フランスの考え方(EU相続規則)
一方、フランスを含むEU加盟国では、「相続は、亡くなった方が最後に住んでいた場所(常居所地)の法律に従う」のが原則です。これを「常居所地法主義」といいます。例えば、日本国籍の方が長年フランスに住んでいて、フランスで亡くなった場合、フランスの法律が適用される可能性があるのです。ただし、遺言で「日本の法律を適用する」と指定することも可能です。
不動産は特別なルール
注意したいのが不動産です。不動産については、その不動産がある場所の法律が適用されるのが一般的です。例えば、亡くなった方が日本国籍で、フランスに不動産を持っていた場合、その不動産の相続手続きはフランスの法律に従うことになります。逆に、フランス在住の方が日本の不動産を相続する場合も、日本の法律に従って手続きを進める必要があります。
フランス在住の相続人が日本の相続手続きを進める流れ
具体的に日本の相続手続きはどのように進むのでしょうか。フランスにお住まいでも、基本的な流れは日本国内の相続と大きくは変わりませんが、国際的なやり取りが必要になる点が特徴です。
STEP1: 遺言書の確認と相続人の確定
まずは、亡くなった方が遺言書を残しているかを確認します。遺言書があれば、その内容が最優先されます。遺言書がない場合は、法律で定められた相続人(法定相続人)を確定させる必要があります。日本の戸籍謄本(除籍謄本、改製原戸籍謄本など)を、亡くなった方の出生から死亡まですべて集めて、誰が相続人になるのかを証明します。
STEP2: 相続財産の調査と評価
次に、亡くなった方がどのような財産をどれくらい持っていたかを調査します。預貯金、不動産、株式、生命保険など、プラスの財産だけでなく、借金などのマイナスの財産もすべて洗い出します。フランスから日本の金融機関や役所に問い合わせる必要があるため、時間と手間がかかることが多いです。
STEP3: 遺産分割協議と遺産分割協議書の作成
相続人全員で、誰がどの財産をどれだけ相続するのかを話し合います。これを遺産分割協議といいます。フランスにお住まいの場合、他の相続人と直接会って話すのが難しいことも多いでしょう。その場合は、電話やビデオ会議、メールなどで話し合いを進めます。全員の合意が得られたら、その内容を「遺産分割協議書」という書類にまとめます。
STEP4: フランスで必要になる書類の準備
遺産分割協議書には、相続人全員が署名し、実印を押すのが一般的です。しかし、フランスには印鑑登録の制度がありません。そのため、フランスにお住まいの方は、日本の実印の代わりに「サイン証明書(署名証明書)」を取得する必要があります。これは、在外公館(在フランス日本国大使館や総領事館)で、領事の目の前で書類に署名することで、その署名が本人のものであることを証明してもらうものです。また、住所を証明するために「在留証明書」も必要になります。
相続税の納税義務:フランス在住でも申告は必要?
相続手続きと並行して考えなければならないのが、相続税の問題です。フランスにお住まいでも、日本の財産を相続した場合には、日本の相続税が課される可能性があります。どのような場合に納税義務が生じるのか、見ていきましょう。
日本の相続税の課税対象
日本の相続税では、相続人の居住地や国籍によって、課税される財産の範囲が変わります。フランスにお住まいの相続人の方に関わる主なパターンは以下の通りです。
| 条件 | 課税対象となる財産 |
| 亡くなった方が日本に居住していた場合 | 日本国内・国外のすべての財産 |
| 亡くなった方も相続人も10年以上海外に居住している場合 | 日本国内にある財産のみ |
このように、亡くなった方(被相続人)が亡くなった時に日本に住んでいた場合は、たとえ相続人がフランスに住んでいても、原則として全世界の財産が日本の相続税の対象となります。一方で、亡くなった方も相続人も長期間(相続開始前10年以内)日本に住所がない場合は、日本国内の財産だけが課税対象となります。(※条件は細かく規定されているため専門家への確認が必要です)
日本の相続税申告と納税
日本の相続税の申告と納税は、亡くなったことを知った日の翌日から10ヶ月以内に行う必要があります。フランスにお住まいの場合、書類の準備や送付に時間がかかるため、早めに準備を始めることが大切です。申告や納税手続きをスムーズに行うために、日本にいる親族や専門家に協力してもらい、「納税管理人」を選任することをおすすめします。「納税管理人」は、本人に代わって税務署からの書類を受け取ったり、税金を納付したりすることができます。
日本とフランスでの二重課税のリスク
国際相続で最も気になる点の一つが、二重課税の問題ではないでしょうか。つまり、同じ財産に対して日本とフランスの両方で相続税が課されてしまう可能性です。
日仏間の租税条約
残念ながら、2024年現在、日本とフランスの間には相続税に関する租税条約が結ばれていません。そのため、両国の課税要件を満たしてしまうと、二重に課税されるリスクがあります。
フランスの相続税
フランスの相続税は、亡くなった方がフランスに居住していた場合、または相続人がフランスに居住している場合に課税される可能性があります。特に、相続人が相続開始時にフランスに居住しており、かつ過去10年間のうち6年以上フランスに居住していた場合は、全世界の財産がフランスの相続税の対象となることがあります。ただし、配偶者は相続税が全額免除されるなど、日本とは異なる特徴があります。
二重課税を調整する「外国税額控除」
もし二重課税が生じた場合、その負担を調整するために、日本では「外国税額控除」という制度が利用できます。これは、フランスで支払った相続税額のうち、一定の計算式で算出された金額を、日本の相続税額から差し引くことができる制度です。これにより、二重課税による負担をある程度軽減することが可能になります。ただし、計算が複雑なため、専門家への相談が不可欠です。
手続きをスムーズに進めるためのポイント
物理的な距離や制度の違いがある国際相続を円滑に進めるためには、いくつかのポイントがあります。
専門家への早期相談
国際相続は、日本の税法だけでなく、フランスの法律も関わってくる非常に専門的な分野です。手続きが複雑で、判断を誤ると予期せぬ税金が発生することもあります。国際相続に詳しい税理士や弁護士などの専門家に、できるだけ早い段階で相談することが、トラブルを避け、スムーズに手続きを進めるための最も確実な方法です。
必要書類の早めの準備
フランスで「サイン証明書」や「在留証明書」を取得するには、在外公館へ出向く必要があります。また、日本の戸籍謄本などをフランスへ郵送し、返送してもらうのにも時間がかかります。特に相続税の申告期限は10ヶ月と限られていますので、必要となる書類は何かを事前にリストアップし、計画的に準備を進めましょう。
相続人同士の密なコミュニケーション
時差や距離があると、他の相続人とのコミュニケーションが不足しがちです。遺産分割協議が難航する原因にもなりかねません。定期的にビデオ会議の時間を設けるなど、意識的に情報共有を行い、良好な関係を保ちながら話し合いを進めることが大切です。
まとめ
相続人がフランスに居住している場合の日本の相続手続きは、準拠法の確認、フランスで取得する特殊な書類の準備、そして日仏両国の税金の問題など、注意すべき点が多くあります。特に、相続税の申告期限は厳格ですので、手続きの全体像を把握し、計画的に進めることが重要です。ご自身だけで抱え込まず、日本にいるご親族や国際相続に精通した専門家の力を借りながら、一つひとつ着実に手続きを進めていきましょう。
参考文献
フランス在住の相続に関するよくある質問まとめ
Q. フランス在住ですが、日本の遺産分割協議書にどうやって署名すればいいですか?
A. フランスには印鑑登録制度がないため、実印の代わりに「サイン証明書(署名証明書)」を使用します。在フランス日本国大使館や総領事館で、領事の目の前で遺産分割協議書に署名することで、ご本人の署名であることを証明してもらえます。
Q. 日本の相続税の申告期限はいつまでですか?
A. 日本の相続税の申告・納税期限は、被相続人が亡くなったことを知った日の翌日から10ヶ月以内です。海外からの手続きには時間がかかるため、早めの準備が必要です。
Q. フランスに住んでいれば、日本の相続税はかかりませんか?
A. いいえ、かかります。亡くなった方が日本に住んでいた場合、原則として全世界の財産が日本の相続税の対象となります。亡くなった方も相続人も長期間海外在住の場合でも、日本国内の財産は課税対象です。
Q. 日本とフランスで二重に相続税を支払う可能性はありますか?
A. はい、その可能性はあります。日仏間には相続税に関する租税条約がないため、両国の課税要件を満たすと二重課税が生じるリスクがあります。その場合、日本の「外国税額控除」制度で調整を図ります。
Q. 手続きが複雑なので、日本にいる代理人を立てたいのですが。
A. はい、可能です。特に相続税の申告・納税手続きのために「納税管理人」を選任することをおすすめします。納税管理人届出書を税務署に提出することで、ご本人に代わって税務署とのやり取りや納税を行ってもらえます。
Q. フランスの相続法と日本の相続法、どちらが適用されますか?
A. ケースバイケースです。日本の法律では亡くなった方の「国籍」、フランス(EU)では「最後の居住地」の法律が適用されるのが原則です。また、不動産はその所在地法が適用されるなど、財産の種類によっても異なります。専門家への確認が必要です。