家族信託(民事信託)は、認知症などによる判断能力の低下に備えて、あらかじめ信頼できる家族に財産の管理や処分を託しておく仕組みです。成年後見制度と比べて柔軟な財産管理が可能である一方、契約書の作成や不動産の登記に一定の費用がかかり、制度上のデメリットも存在します。この記事では、家族信託にかかる費用の内訳と、契約前に理解しておくべきデメリットを、公的な根拠にもとづいて解説します。
家族信託の基本的な仕組み
家族信託は、財産を託す委託者、財産を預かって管理する受託者、財産から生じる利益を受け取る受益者の三者を基本とする契約です。信託とは、特定の者が一定の目的に従い財産の管理または処分等をすべきものとすることをいい、その方法や当事者の権利義務は信託法に定められています[信託法 | e-Gov 法令検索]。
委託者と受益者を同一人物(親自身)とし、受託者を子とする形が生前対策では一般的です。この形であれば、財産の実質的な利益は親に残したまま、管理や処分の権限だけを子へ移すことができます。認知症になった後も受託者である子が財産を管理できるため、資産の凍結を避けられる点が家族信託の大きな特徴です。認知症に備えた生前対策全般については、以下の記事もご参照ください。
家族信託にかかる費用の内訳
家族信託の費用は、大きく分けて「専門家に支払う報酬」と「手続きそのものにかかる実費」で構成されます。専門家報酬は各事務所が独自に設定しており、公的に定められた相場はありません。一方で、公正証書の作成費用や不動産の登録免許税は、法令や制度にもとづいて金額の考え方が決まっています。
信託契約書の作成に関するコンサルティング費用
家族の状況や財産の内容に応じて信託の設計を行い、契約書を作成するための費用です。弁護士や司法書士などの専門家に依頼する場合の報酬にあたり、財産額や信託の複雑さに応じて金額が変動します。この費用は事務所ごとに設定が異なり、公的機関が金額を定めているものではないため、依頼前に見積もりを確認することが重要です。
信託契約書を公正証書にする費用
信託契約書は私文書でも有効ですが、紛失や改ざんを防ぎ証明力を高めるため、公証役場で公正証書として作成することが一般的です。公正証書の作成手数料は、目的の価額(信託する財産の額)に応じて法令で定められた基準にもとづき算出されます。財産額が大きいほど手数料も高くなる仕組みです。
不動産を信託する場合の登録免許税と登記費用
信託財産に不動産が含まれる場合、その不動産の名義を受託者へ変更するための信託の登記が必要になります。この登記には登録免許税がかかり、税率は登記の原因によって定められています[No.7191 登録免許税の税額表|国税庁]。登録免許税の課税標準や軽減措置の適用については、法務局も案内を公表しています[平成29年4月1日以降の登録免許税に関するお知らせ]。
参考として、信託ではなく通常の名義変更(所有権移転)の登記にかかる登録免許税の税率は、原因によって次のとおり定められています[No.7191 登録免許税の税額表|国税庁]。
| 登記の原因 | 登録免許税の税率 |
|---|---|
| 相続による所有権の移転 | 不動産の価額の1000分の4 |
| 贈与・交換などによる 所有権の移転 |
不動産の価額の1000分の20 |
信託の登記は上記の所有権移転とは別の税率区分が適用されるため、実際に不動産を信託する際は、対象となる不動産の固定資産評価額をもとに登録免許税を試算しておくことが望ましいといえます。あわせて、登記手続きを司法書士に依頼する場合の報酬も実費として必要になります。
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家族信託の主なデメリット
家族信託は柔軟な財産管理を可能にする制度ですが、万能ではありません。制度の性質上、対応できない事項や、他の相続人との関係で注意すべき点があります。費用をかけて設計する前に、以下のデメリットを理解しておくことが重要です。
身上監護の権限が含まれない
家族信託で受託者が担うのは、あくまで財産の管理と処分です。介護施設への入所契約や医療に関する手続きといった、本人の身の回りに関する事項(身上監護)は、家族信託の対象になりません。これらの権限が必要な場合は、成年後見制度の利用を別途検討する必要があります。判断能力が低下した後の身上監護を含めた備えについては、以下の記事も参考になります。
認知症の相続対策|相続人が認知症の場合の手続きと生前の備えを解説
遺留分侵害額請求の対象となり得る
信託を利用して特定の家族に多くの財産を承継させる設計にした場合でも、他の相続人が有する遺留分が失われるわけではありません。遺留分とは、兄弟姉妹以外の相続人に保障された最低限の取り分であり、これを侵害された相続人は、侵害額に相当する金銭の支払いを請求できます[民法 | e-Gov 法令検索]。信託の内容が遺留分を侵害している場合、受益権などをめぐって遺留分侵害額請求の対象となる可能性があるため、他の相続人への配慮を欠いた設計はトラブルの原因になります。
損益通算ができない
信託した収益不動産から損失が生じた場合、その損失は税務上ないものとみなされます。そのため、信託財産である不動産の赤字を、信託していない他の不動産所得や給与所得などと相殺する損益通算ができません。複数の収益物件を保有し、赤字の物件と黒字の物件がある場合には、信託の対象範囲によって課税額が変わり得るため、事前の検討が欠かせません。
受託者の負担と信頼関係への依存
受託者となる家族には、信託財産を適切に管理する義務が生じます。受託者は信託事務を処理するにあたり善良な管理者の注意をもって行う義務を負い、信託財産と自身の固有財産を分けて管理する分別管理義務なども課されます[信託法 | e-Gov 法令検索]。帳簿の作成や報告といった継続的な事務負担が受託者にかかる点は、家族信託を長期にわたって運用するうえでのデメリットといえます。また、制度が受託者への信頼を前提とする以上、家族間の信頼関係が損なわれると運用が難しくなります。
制度に精通した専門家が限られる
家族信託は比較的新しい制度であり、設計を誤ると意図した財産承継が実現できなかったり、税務上の不利益が生じたりするおそれがあります。制度に精通した専門家はまだ限られているため、依頼先の選定を慎重に行う必要があります。この点も、費用面と並んで検討すべきデメリットです。
まとめ
家族信託の費用は、専門家へのコンサルティング報酬、公正証書の作成手数料、不動産がある場合の登録免許税と登記費用などで構成されます。このうち専門家報酬には公的な相場がないため、依頼前の見積もり確認が欠かせません。一方で、身上監護に対応できないこと、遺留分侵害額請求の対象となり得ること、損益通算ができないこと、受託者に継続的な負担がかかることといったデメリットもあります。費用とデメリットの双方を正しく理解したうえで、成年後見制度など他の選択肢とも比較しながら検討することが大切です。判断に迷う場合は、相続と信託に詳しい専門家へ早めに相談することをおすすめします。
本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、個別の事案における税務・法務上の判断を保証するものではありません。具体的な取り扱いについては、税理士等の専門家にご相談ください。
参考文献
家族信託の費用とデメリットに関するよくある質問まとめ
Q. 家族信託の費用にはどのようなものがありますか。
A. 主に専門家へのコンサルティング報酬、信託契約書を公正証書にする際の作成手数料、不動産を信託する場合の登録免許税と登記費用で構成されます。専門家報酬には公的な相場がないため、依頼前に見積もりを確認することが重要です。
Q. 信託契約書を公正証書にする費用はどのように決まりますか。
A. 公正証書の作成手数料は、信託する財産の価額に応じて法令で定められた基準にもとづき算出されます。財産額が大きいほど手数料も高くなります。
Q. 不動産を信託すると登録免許税はかかりますか。
A. かかります。不動産の名義を受託者へ変更する信託の登記が必要となり、登記の原因に応じた税率で登録免許税が課されます。対象不動産の固定資産評価額をもとに試算しておくことが望ましいといえます。
Q. 家族信託では身の回りの手続きも任せられますか。
A. 任せられません。家族信託で受託者が担うのは財産の管理と処分であり、介護施設の入所契約や医療に関する手続きなどの身上監護は対象外です。必要な場合は成年後見制度の利用を別途検討します。
Q. 家族信託は遺留分の対象になりますか。
A. 信託を利用しても他の相続人の遺留分が失われるわけではありません。信託の内容が遺留分を侵害している場合、遺留分侵害額請求の対象となる可能性があるため、他の相続人への配慮が必要です。
Q. 信託した不動産の赤字は他の所得と相殺できますか。
A. 相殺できません。信託財産である不動産から生じた損失は税務上ないものとみなされ、信託していない他の所得との損益通算ができない点に注意が必要です。