ご家族が亡くなった後の相続手続きは、戸籍の収集から預貯金の解約、不動産の名義変更、税金の申告まで多岐にわたります。費用を抑えるために相続手続きを自分で進めたいけれど、どこまで対応できるのか分からないという声を、私たちは数多くいただきます。結論から申し上げますと、多くの手続きはご自身で進められますが、不動産の登記や相続税の申告など、専門家の関与を検討したほうがよい場面もあります。
大切なのは、すべてを自分で行うか、すべてを任せるかの二択で考えないことです。手続きごとに難易度も期限も大きく異なりますので、負担の軽いものはご自身で進め、判断に迷うものだけ依頼するという分け方が現実的です。この記事では、手続き別の難易度と、専門家が必要になる具体的な場面を、公的機関が公表している情報にもとづいて整理します。
相続手続きを自分で行う場合の全体像
相続手続きは、大きく分けて「相続人と財産を確定させる手続き」「財産の名義を移す手続き」「税金の手続き」の三つで構成されます。このうち最初の二つは、時間をかければご自身で進められるものが中心です。一方で、法的な判断や評価が必要になる部分では、専門家の力を借りたほうが結果的に負担が軽くなる場合があります。
自分で進められる手続きと専門家に任せる手続き
ご自身で進めやすいのは、市区町村や金融機関の窓口で案内どおりに書類を出せば完了する手続きです。死亡届の提出、健康保険や年金の届出、預貯金の解約、公共料金の名義変更などが代表例になります。これらは書類の枚数こそ多いものの、判断を求められる場面は限られます。
反対に、専門家の関与を検討したいのは、法律上の解釈や財産の評価が結論を左右する手続きです。不動産の相続登記、相続税の申告、相続放棄の判断などが該当します。誤った内容で提出すると、やり直しや追加の負担が生じるおそれがあるためです。
手続き別の難易度
手続きごとの難易度を、ご自身で対応する前提で整理すると次のとおりです。あくまで一般的な目安であり、相続人の人数や財産の内容によって難易度は変わります。
| 手続き | 自分で対応する場合の 難易度 |
|---|---|
| 死亡届・健康保険・年金の届出 | 低い |
| 戸籍の収集と相続人の確定 | やや高い |
| 預貯金の解約・払戻し | 低い |
| 遺産分割協議書の作成 | やや高い |
| 不動産の相続登記 | 高い |
| 相続税の申告 | 高い |
| 相続放棄の申述 | やや高い |
それぞれの手続きには法律で定められた期限があるものも含まれます。期限の全体像を先に押さえておきたい方は、次の記事もあわせてご覧ください。
関連コラム相続手続きの期限一覧|死亡後にやること全体像を税理士が解説▸
相続手続きの流れと必要書類
どの手続きを自分で行う場合でも、出発点は共通しています。相続人が誰であるかを確定し、遺言書の有無を確認し、財産と債務を洗い出すという順序です。この土台がずれていると、後の名義変更や申告をすべてやり直すことになりかねません。
相続人の確定と戸籍の収集
相続人の確認は、亡くなった方と相続人の本籍地から戸籍謄本を取り寄せて行います国税庁 No.4202 相続税の申告のために必要な準備。ここで必要になるのは、亡くなった方の出生から死亡までの連続した戸籍です。転籍や婚姻で本籍が移っていると、複数の市区町村に順番に請求していく作業が発生します。
戸籍の収集は、書類を読み解く根気が要るものの、特別な資格は不要です。過去の戸籍は手書きの記載も多く、読み取りに時間がかかる点だけ心づもりをしておくと安心です。前の戸籍がどこにあるかは記載から追えますので、一通ずつさかのぼっていけば必ず出生までたどり着きます。
あわせて確認したいのが遺言書の有無です。遺言書がある場合は、開封する前に家庭裁判所で検認を受ける必要があります。ただし、公正証書による遺言と、法務局に保管された自筆証書遺言については検認は不要です。
法定相続情報証明制度の活用
戸籍の束を金融機関や法務局へ何度も出し直す手間を減らせるのが、法定相続情報証明制度です。相続関係を一覧にした図と戸籍謄本等を登記所に提出し、登記官が内容を確認したうえで、認証文の付いた写しを無料で交付する制度です法務局 「法定相続情報証明制度」について。
交付された一覧図の写しは、相続登記の申請だけでなく、亡くなった方名義の預金の払戻し、相続税の申告、死亡に起因する年金等の手続きにも利用できます。手続き先が複数ある場合ほど効果が大きく、ご自身で相続手続きを進める方にとって心強い仕組みです。
遺産と債務の把握
財産の全体像がつかめていないと、遺産分割も税金の判断もできません。預貯金、不動産、有価証券などのプラスの財産に加えて、借入金などの債務も調べて目録を作っておきます国税庁 No.4205 相続税の申告と納税。葬式費用も遺産額から差し引けますので、領収書は保管しておいてください。
遺言書がない場合は、相続人全員で遺産の分割について協議を行い、まとまった内容を遺産分割協議書として書面にします。相続人のなかに未成年者がいる場合は、家庭裁判所で特別代理人の選任を受けなければならないことがあります。
自分で対応しやすい手続き
ここからは、ご自身で進めやすい手続きを具体的に見ていきます。共通しているのは、窓口が用意した書式に沿って記入すれば足り、法的な判断をご自身で行う必要が少ないという点です。
預貯金や公共料金の名義変更
預貯金の解約や払戻しは、金融機関ごとに所定の相続手続依頼書があり、案内に従って戸籍等と印鑑証明書を添えれば進められます。金融機関の数だけ同じ作業を繰り返す点は負担ですが、内容そのものは難しくありません。法定相続情報一覧図の写しを用意しておくと、必要書類をまとめやすくなります。
電気やガス、水道、携帯電話などの契約変更も、電話やオンラインで完結するものが増えています。期限が定められているわけではありませんが、口座凍結による引き落とし不能を避けるため、早めに着手しておくと安心です。
準確定申告
亡くなった方に一定の所得があった場合は、相続人が代わりに所得税の申告を行います。これを準確定申告といい、1月1日から死亡した日までに確定した所得金額と税額を計算して、相続の開始があったことを知った日の翌日から4か月以内に申告と納税をしなければなりません国税庁 No.2022 納税者が死亡したときの確定申告(準確定申告)。
会社員で年末調整だけを受けていた方のように、そもそも申告が不要なケースもあります。給与や年金以外の収入がなかった場合は対象外となることが多いため、まずは収入の内訳を確認してみてください。医療費控除の対象は死亡の日までに亡くなった方が支払った医療費に限られるなど、通常の確定申告とは異なる取扱いがある点にはご注意ください。
専門家への依頼を検討すべき場面
次に、ご自身での対応が難しくなりやすい手続きを整理します。判断を誤ったときの影響が大きい、あるいは期限に間に合わないと不利益が生じる手続きが中心です。
不動産の相続登記
2024年4月1日に民法や不動産登記法等が改正され、不動産の相続登記が義務化されました。相続人は不動産の取得を知った日から3年以内に相続登記をしなければならず、遺産分割協議を経て取得した場合は、遺産分割が成立した日から3年以内にその内容を踏まえた登記が必要です。正当な理由なく登記を行わない場合は、10万円以下の過料の適用対象となります政府広報オンライン 不動産の相続登記義務化!過去の相続分は?所有不動産を一覧的にリスト化する新制度も開始!。
登記申請そのものは、法務局が申請書の様式や記載例を公開しており、ご自身で行うことも可能です法務局 相続登記・遺贈の登記の申請をされる相続人の方へ(登記手続ハンドブック)。ただし、対象の不動産が複数の管轄にまたがる場合、相続人の数が多い場合、何代も前の相続が未処理のまま残っている場合などは、調査量が一気に増えます。
登記の専門家は司法書士です。全国の司法書士会には相談窓口が設けられていますので、ご自身で進めるか依頼するかを決めかねている段階でも、相談してみる価値があります日本司法書士会連合会 司法書士を知る。
相続税の申告
相続税の申告と納税は、亡くなったことを知った日の翌日から10か月以内に行います。申告書の提出先と納税先は、いずれも亡くなった方の住所地を所轄する税務署であり、相続人の住所地ではありません。まず判断すべきは、そもそも申告が必要かどうかです。課税価格の合計額から基礎控除額を差し引いて課税遺産総額を計算します国税庁 No.4152 相続税の計算。
財産の合計が基礎控除額の範囲に収まっていれば、原則として申告は不要です。難しいのは、財産の合計額を出すために不動産や非上場株式の評価が必要になる点、そして特例を使うことで結果が変わる点にあります。評価の考え方は相続税法と財産評価基本通達で定められており、土地の形状や利用状況によって金額が動きます。
相続税の申告をご自身で行う場合の手順や必要書類については、次の記事で詳しく解説しています。
関連コラム相続税申告は自分でできる?手順・必要書類と判断基準▸
相続放棄の判断
借金などの債務が多い場合に検討するのが相続放棄です。相続人は、権利も義務もすべて受け継ぐ単純承認、一切受け継がない相続放棄、得た財産の限度で債務を受け継ぐ限定承認の三つから選択できます。相続放棄をするには家庭裁判所への申述が必要で、自己のために相続の開始があったことを知ったときから3か月以内に行わなければなりません裁判所 相続の放棄の申述。
申述先は亡くなった方の最後の住所地の家庭裁判所で、費用は申述人1人につき収入印紙800円と連絡用の郵便切手です。手続き自体は書類を整えれば進められますが、期限が短いうえ、財産の一部を処分すると単純承認とみなされるおそれがあります。債務の有無がはっきりしない段階では、早めに専門家へ相談することをおすすめします。
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相続手続きを自分で行う際の注意点
ご自身で進めると決めた場合でも、いくつか押さえておきたい点があります。費用を抑えられる一方で、時間と手間という別のコストがかかることを理解しておくと、途中で無理が生じにくくなります。
自分で行う場合の主な負担
| 時間 | 戸籍の収集や金融機関ごとの手続きで、平日の日中に動く場面が繰り返し発生します。 |
|---|---|
| 費用 | 専門家への報酬は不要ですが、戸籍謄本や登記事項証明書などの実費、登録免許税は必要です。 |
| やり直しの リスク |
相続人の確定漏れや財産の評価誤りがあると、名義変更や申告をやり直すことになります。 |
期限の管理
相続手続きには、過ぎてしまうと取り返しがつかない期限が複数あります。相続放棄は3か月以内、準確定申告は4か月以内、相続税の申告と納税は10か月以内、相続登記は取得を知った日から3年以内です。ご自身で進める場合は、着手した日をカレンダーに記録し、逆算して動く習慣をつけてください。
特に注意が必要なのは、相続税の申告期限までに遺産分割がまとまらないケースです。期限までに分割できなかったときは、民法に規定する相続分で相続財産を取得したものとして申告することになります。この場合、適用を見送らざるを得ない特例もあるため、分割協議が長引きそうなときは早い段階で相談されることをおすすめします。
依頼する範囲の切り分け
専門家への依頼は、すべてを任せる形だけではありません。戸籍の収集と金融機関の手続きはご自身で行い、相続登記だけ司法書士へ、相続税の申告だけ税理士へ依頼するという分け方も可能です。この形であれば、費用を抑えながら、判断を誤ると影響の大きい部分だけを確実に押さえられます。
判断の目安としては、財産の合計が基礎控除額に近い、不動産が複数ある、相続人が疎遠または多数である、債務の有無が不明である、といった事情が一つでも当てはまるなら、早めに相談しておくと安心です。相談の段階で全体の見通しが立てば、ご自身で進める範囲もはっきりします。
まとめ
相続手続きは、その多くをご自身で進められます。死亡届や年金の届出、預貯金の解約、公共料金の名義変更などは、窓口の案内に沿って書類を整えれば完了します。準確定申告も、収入の内容がシンプルであればご自身で対応できる範囲です。
一方で、不動産の相続登記、相続税の申告、相続放棄の判断は、法律上の解釈や財産評価が結論を左右します。相続登記は2024年4月1日から義務化され、3年以内という期限と10万円以下の過料の定めがあります。相続税の申告期限は10か月、相続放棄は3か月と、いずれも準備に十分な余裕があるとはいえません。
すべてを自分で行うか、すべてを任せるかで悩むのではなく、手続きごとに切り分けて考えることが、負担を抑える一番の近道です。戸籍の収集や名義変更はご自身で、判断が難しい部分は専門家へという形が、多くのご家庭にとって現実的な選択になります。
本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、個別の事案における税務上の判断を示すものではありません。財産の内容や相続人の状況によって、必要な手続きも結論も変わります。具体的なケースは税理士へのご相談をおすすめします。
お問い合わせはこちら ▸参考文献
- 国税庁 No.4202 相続税の申告のために必要な準備
- 法務局 「法定相続情報証明制度」について
- 国税庁 No.4205 相続税の申告と納税
- 国税庁 No.2022 納税者が死亡したときの確定申告(準確定申告)
- 政府広報オンライン 不動産の相続登記義務化!過去の相続分は?所有不動産を一覧的にリスト化する新制度も開始!
- 法務局 相続登記・遺贈の登記の申請をされる相続人の方へ(登記手続ハンドブック)
- 日本司法書士会連合会 司法書士を知る
- 国税庁 No.4152 相続税の計算
- 裁判所 相続の放棄の申述
相続手続きを自分で行う場合のよくある質問まとめ
Q.相続手続きはどこまで自分でできますか。
A.死亡届や年金の届出、預貯金の解約、公共料金の名義変更などは、窓口の案内に沿って書類を整えればご自身で完了できます。戸籍の収集や遺産分割協議書の作成も、時間をかければ対応可能です。一方で、不動産の相続登記や相続税の申告は、法的な判断や財産評価が必要になるため、専門家への依頼を検討することをおすすめします。
Q.相続手続きを自分で行う場合、まず何から始めればよいですか。
A.相続人の確定から始めます。亡くなった方と相続人の本籍地から戸籍謄本を取り寄せ、出生から死亡までの連続した戸籍で相続人を確認します。あわせて遺言書の有無を確認し、預貯金や不動産などの財産と借入金などの債務を洗い出して目録を作成します。この土台がずれていると、後の手続きをやり直すことになります。
Q.戸籍を何度も提出する手間を減らす方法はありますか。
A.法定相続情報証明制度を利用する方法があります。相続関係を一覧にした図と戸籍謄本等を登記所に提出し、登記官が確認したうえで認証文付きの写しが無料で交付されます。この写しは相続登記のほか、預金の払戻し、相続税の申告、年金等の手続きにも利用でき、戸籍の束を何度も出し直す必要がなくなります。
Q.相続登記は自分で申請できますか。
A.法務局が申請書の様式や記載例を公開しているため、ご自身で申請することも可能です。ただし、不動産が複数の管轄にまたがる場合、相続人が多い場合、何代も前の相続が未処理のまま残っている場合は調査量が大きく増えます。相続登記は2024年4月1日から義務化され、取得を知った日から3年以内という期限がありますので、難しいと感じたら司法書士へご相談ください。
Q.相続税の申告が必要かどうかはどう判断しますか。
A.課税価格の合計額が基礎控除額を超えるかどうかで判断します。基礎控除額は3,000万円に600万円へ法定相続人の数を掛けた金額を加えて計算します。財産の合計が基礎控除額の範囲に収まっていれば原則として申告は不要です。ただし不動産や非上場株式の評価が必要な場合や、特例の適用を検討する場合は、専門家に確認されることをおすすめします。
Q.相続手続きの一部だけを専門家に依頼することはできますか。
A.できます。戸籍の収集や金融機関の手続きはご自身で行い、相続登記だけを司法書士へ、相続税の申告だけを税理士へ依頼するという分け方も可能です。費用を抑えながら、判断を誤ると影響の大きい部分だけを確実に押さえられます。財産の合計が基礎控除額に近い場合や、不動産が複数ある場合は早めにご相談ください。