生前贈与は、相続財産を計画的に減らし、次の世代へ資産を円滑に引き継ぐための有効な手段です。しかし、実行の方法を誤ると、相続税の税務調査で贈与そのものが否認され、亡くなった方(被相続人)の財産(名義預金)とみなされて相続税が課されるおそれがあります。否認を避けるうえで実務的に最も重要なのが、贈与の事実を客観的な証拠として残すことです。
この記事では、生前贈与を確実な証拠とともに実行する具体的な手段として、銀行振込を使ったやり方を中心に解説します。なぜ現金手渡しではなく銀行振込が推奨されるのか、そして振込に加えてどのような証拠を整えておくべきかを、順を追って説明します。
生前贈与が税務調査で否認される仕組み
生前贈与を銀行振込で行う理由を理解するためには、まず贈与がどのような場合に否認されるのかを押さえる必要があります。
贈与の成立には意思表示の合致が必要
贈与は、財産を渡す側(贈与者)が無償で財産を与える意思を表示し、受け取る側(受贈者)がそれを受諾することによって初めて成立します[e-Gov法令検索 民法第549条]。つまり、贈与は「あげます」「もらいます」という双方の意思が合致してはじめて効力を生じる契約です。
親が子の名義で口座を作り、子に知らせないままお金を積み立てていたようなケースでは、受贈者側の「もらいます」という意思が存在しません。このような場合は贈与が成立しておらず、その預金は名義上は子のものでも、実質的には親の財産と判断されます。
名義預金と判定されると相続税の対象になる
被相続人が亡くなったときに残っていた財産は、原則として相続税の課税対象となります[国税庁 No.4105 相続税がかかる財産]。ここで問題になるのが名義預金です。名義預金とは、口座の名義人と実際にそのお金を出して管理している人が異なる預金を指します。贈与が成立していないと判断されると、名義が子や孫であっても被相続人の相続財産に含められ、相続税が課されます。
名義預金と判定される具体的な理由や、税務調査でどのように発覚するのかについては、以下の記事で詳しく解説しています。あわせてご確認ください。
生前贈与で銀行振込が推奨される理由
贈与が成立していることを税務署に対して客観的に示すには、資金の移動が記録として残る形をとることが有効です。ここで現金手渡しと銀行振込を比較します。
現金手渡しと銀行振込の比較
現金手渡しは手軽な一方で、いつ、誰から誰へ、いくら渡したのかを客観的に証明する記録が残りません。これに対して銀行振込では、金融機関の記録として資金移動が残るため、贈与の事実を裏づける有力な証拠になります。
| 現金手渡し | 銀行振込 |
|---|---|
| 資金移動の日付・金額・当事者を示す 客観的な記録が残らない |
贈与者の口座から受贈者の口座へ 資金が移った記録が金融機関に残る |
| 贈与の事実を証明しづらく、 否認されるリスクが高い |
通帳や取引明細で事実を裏づけられ、 否認されにくい |
| 受贈者が実際に受け取り管理した ことを示しにくい |
受贈者名義の口座への着金により 受領の事実を示しやすい |
証拠を残すという観点では、銀行振込のほうが明確に優れています。生前贈与を実行する際は、原則として銀行振込を選択することをおすすめします。
銀行振込で生前贈与を行う具体的なやり方
銀行振込を使えば自動的に贈与が認められるわけではありません。振込という手段に加えて、贈与の合意と受贈者による管理の実態を整えることが不可欠です。以下の手順で進めます。
手順1 贈与契約書を作成する
まず、贈与者と受贈者の双方で贈与契約書を作成します。贈与契約書には、いつ、誰が誰に、どの財産を、いくら贈与するのかを明記し、双方が署名・押印します。これにより「あげます」「もらいます」という意思表示の合致を書面で残すことができ、贈与が口約束ではなかったことを示せます。
贈与契約書の正しい書き方や、署名と記名の違いなど作成上の注意点については、以下の記事で詳しく解説しています。
贈与契約書は署名が必須?記名との違いや正しい書き方を徹底解説
手順2 受贈者本人名義の口座へ振り込む
贈与契約書の内容にしたがって、贈与者の口座から受贈者本人が日常的に使っている口座へ振り込みます。受贈者が普段使っている口座に振り込むことで、受贈者が実際にその資金を受け取り、自由に使える状態になったことを示せます。契約書に記載した日付・金額と振込の記録を一致させておくと、証拠としての整合性が高まります。
手順3 通帳・印鑑・キャッシュカードを受贈者が管理する
振り込んだ後は、その口座の通帳・印鑑・キャッシュカードを受贈者本人が保管し、口座を受贈者自身が管理・使用することが重要です。通帳や印鑑を贈与者が握ったままにしていると、名義は受贈者でも実際に支配しているのは贈与者だと判断され、名義預金と認定されるおそれがあります。口座の開設や届出印の設定も、受贈者本人が行うことが望まれます。
手順4 贈与税の申告が必要か確認する
暦年課税では、その年の1月1日から12月31日までの1年間に受け取った財産の合計額が110万円以下であれば、贈与税はかからず申告も不要です。合計額が110万円を超える場合は、翌年の2月1日から3月15日までに贈与税の申告と納税が必要です[国税庁 No.4402 贈与税がかかる場合]。あえて基礎控除額を少し超える贈与を行い、贈与税を申告・納税した記録を残すことで、贈与の事実をより強く裏づける方法もあります。
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証拠を残すうえで注意すべき点
銀行振込と契約書だけを整えても、実態が伴わなければ贈与は認められません。次の点に注意してください。
毎年同じ時期・同額の贈与は避ける
毎年決まった時期に同じ金額を贈与し続けると、当初からまとまった金額を贈与する約束があったとみなされ、一括で贈与税が課される可能性があります。これを避けるには、贈与の都度その年ごとに契約書を作成し、金額や時期に一定の幅を持たせることが有効です。
受贈者が贈与を認識していることが前提
受贈者が贈与の事実を知らなければ、意思表示の合致がないため贈与は成立しません。受贈者が未成年者の場合は、親権者が代わりに受諾しますが、その場合でも贈与契約書を作成し、資金を受贈者名義の口座で管理しておくことが求められます。
まとめ
生前贈与を税務調査で否認されないためには、贈与の事実を客観的な証拠として残すことが欠かせません。証拠を残す手段としては、記録が残らない現金手渡しではなく、資金移動が金融機関の記録として残る銀行振込が推奨されます。
実務上は、贈与契約書の作成、受贈者本人名義の口座への振込、通帳・印鑑・キャッシュカードを受贈者が保管し口座を自ら管理すること、必要に応じた贈与税の申告という一連の手順を踏むことが重要です。これらをそろえることで、名義預金と判定されるリスクを大きく下げることができます。生前贈与の進め方に不安がある場合は、相続税に精通した専門家への相談をおすすめします。
本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、個別の税務判断を保証するものではありません。具体的な対応については税理士等の専門家にご相談ください。
参考文献
生前贈与を銀行振込で行う方法に関するよくある質問まとめ
Q. 生前贈与は現金手渡しと銀行振込のどちらがよいですか。
A. 証拠を残すという観点では銀行振込が推奨されます。現金手渡しは資金移動の日付・金額・当事者を示す客観的な記録が残らないのに対し、銀行振込は贈与者の口座から受贈者の口座へ資金が移った記録が金融機関に残り、贈与の事実を裏づけられるためです。
Q. 銀行振込をすれば生前贈与は必ず認められますか。
A. 振込だけで必ず認められるわけではありません。贈与契約書による意思表示の合致と、受贈者本人が口座を管理・使用している実態があってはじめて贈与として認められます。
Q. 受贈者名義の口座に振り込む際の注意点はありますか。
A. 受贈者本人が日常的に使っている口座に振り込み、通帳・印鑑・キャッシュカードを受贈者本人が保管して口座を自ら管理することが重要です。通帳や印鑑を贈与者が握ったままだと名義預金と判定されるおそれがあります。
Q. 贈与契約書は毎回作成する必要がありますか。
A. 贈与の都度、その年ごとに作成することをおすすめします。毎年同じ時期に同額を贈与し続けると当初からまとまった贈与の約束があったとみなされる可能性があるため、契約書を都度作成し金額や時期に幅を持たせることが有効です。
Q. 贈与税の申告はいつ必要になりますか。
A. 暦年課税では1年間に受け取った財産の合計額が110万円以下であれば申告は不要です。110万円を超える場合は翌年の2月1日から3月15日までに贈与税の申告と納税が必要です。
Q. 受贈者が贈与を知らない口座への振込でも有効ですか。
A. 有効とはいえません。贈与は双方の意思表示の合致によって成立するため、受贈者が贈与を認識していない場合は贈与が成立せず、名義預金と判断されるおそれがあります。