相続税の負担を大きく左右するのが、自宅や事業用の土地をいくらで評価するかという問題です。都市部に土地をお持ちの場合、それだけで基礎控除を超えてしまうことは珍しくありません。「土地を売らないと相続税が払えないのではないか」と不安に感じる方も多いはずです。
そうした事態を防ぐために設けられているのが小規模宅地等の特例です。一定の要件を満たす宅地等について、相続税の計算上の評価額を最大80%減額できる、相続税の特例の中でも特に効果の大きい制度です。
この記事では、小規模宅地等の特例の全体像を、4つの区分ごとの限度面積と減額割合、減額される金額の計算方法、複数の宅地を併用する場合の調整計算、そして申告手続きの要件まで一通り整理してご説明します。自宅だけでなく、賃貸アパートや事業用の土地をお持ちの方にも役立つ内容です。
小規模宅地等の特例とは
小規模宅地等の特例とは、被相続人(亡くなった方)または被相続人と生計を一にしていた親族が、事業用または居住用に使っていた宅地等について、相続税の課税価格に算入する価額を一定割合減額できる制度です。根拠となる法令はe-Gov法令検索 租税特別措置法第69条の4で、国税庁も適用要件を詳しく公表しています国税庁 No.4124 相続した事業の用や居住の用の宅地等の価額の特例(小規模宅地等の特例)。
ここで大切なのは、この特例が相続税を直接安くする制度ではなく、土地の評価額そのものを引き下げる制度だという点です。評価額が下がった結果として課税価格が縮み、相続税額が減ります。したがって、遺産全体の構成や法定相続人の人数によって、実際の減税効果は変わってきます。
制度の趣旨と対象となる宅地等
この特例が設けられている理由は、生活や事業の基盤となっている土地に高額な相続税がかかると、遺族が住まいを失ったり、事業の継続が難しくなったりするおそれがあるためです。そこで、生活や事業の基盤といえる一定面積までの土地に限って、大幅な評価減が認められています。
対象になるのは、建物または構築物の敷地として使われている宅地等です。農地や採草放牧地、販売用として保有している棚卸資産は対象外となります。つまり、何も建っていない完全な更地や、青空駐車場のうち構築物のないものは、原則としてこの特例を使えません。
4つの区分と限度面積・減額割合
小規模宅地等の特例は、相続開始の直前にその宅地等がどのように使われていたかによって、4つの区分に分かれます。区分ごとに、減額の対象にできる面積の上限(限度面積)と減額割合が次のように定められています。
| 宅地等の区分 | 限度面積と 減額割合 |
|---|---|
| 特定居住用宅地等 | 330㎡まで80%減額 |
| 特定事業用宅地等 | 400㎡まで80%減額 |
| 特定同族会社事業用宅地等 | 400㎡まで80%減額 |
| 貸付事業用宅地等 | 200㎡まで50%減額 |
表のとおり、賃貸に出していた土地だけが200㎡・50%と条件が厳しく、それ以外の3区分は80%という大きな減額を受けられます。同じ土地でも使い方が違うだけで結果が大きく変わるため、まずご自身の土地がどの区分に当たるかを正しく見極めることが出発点になります。
特定居住用宅地等の概要
被相続人または被相続人と生計を一にしていた親族が住んでいた家屋の敷地が、特定居住用宅地等です。330㎡まで評価額を80%減額できます。ただし、その宅地等を誰が取得したかによって求められる要件が異なります。
配偶者が取得した場合は、取得者ごとの追加要件はなく、居住を続けるかどうかにかかわらず適用を受けられます。同居していた親族が取得した場合は、相続開始の直前から相続税の申告期限まで引き続きその建物に居住し、かつその宅地等を申告期限まで保有していることが必要です。別居していた親族についても、被相続人に配偶者がおらず同居の相続人もいないなど、いわゆる家なき子の要件をすべて満たせば適用の余地があります。
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特定事業用宅地等の概要
被相続人等が個人事業を営んでいた土地が、特定事業用宅地等です。400㎡まで80%減額できます。町工場や店舗、クリニックの敷地などがこれに当たります。ただし、不動産貸付業、駐車場業、自転車駐車場業、および事業と称するに至らない不動産の貸付け(準事業)は、この区分から除かれ、後述の貸付事業用宅地等として扱われます。
要件は、被相続人の事業を相続税の申告期限までに引き継ぎ、申告期限までその事業を営んでいること(事業承継要件)と、その宅地等を申告期限まで保有していること(保有継続要件)です。生計を一にしていた親族の事業用地の場合は、相続開始の直前から申告期限まで引き続きその宅地等の上で事業を営んでいることが求められます。
特定同族会社事業用宅地等の概要
被相続人が所有していた土地を、被相続人やその親族等が発行済株式の50パーセント超を保有する同族会社に貸し、その会社が事業に使っていた場合の区分です。400㎡まで80%減額できます。個人名義の土地の上に自社の工場や事務所が建っているケースが典型です。
要件は、その宅地等を取得した親族が相続税の申告期限においてその法人の役員であること(法人役員要件)と、その宅地等を申告期限まで保有していること(保有継続要件)です。なお、その法人の事業が不動産貸付業などである場合は、この区分ではなく貸付事業用宅地等の扱いになります。
貸付事業用宅地等の概要
被相続人等が不動産貸付業、駐車場業、自転車駐車場業、準事業に使っていた土地が貸付事業用宅地等です。200㎡まで50%減額と、他の区分に比べて限度面積も減額割合も抑えられています。賃貸アパート、賃貸マンション、貸駐車場、貸店舗の敷地などが該当します。
要件は、被相続人の貸付事業を相続税の申告期限までに引き継ぎ、申告期限までその貸付事業を行っていること、およびその宅地等を申告期限まで保有していることです。相続後すぐに賃貸物件を売却してしまうと保有継続要件を満たさなくなるため、売却の時期には十分な注意が必要です。
減額される金額の計算方法
減額される金額は、その宅地等の相続税評価額に減額割合を掛けて求めます。相続税評価額は、市街地であれば路線価方式、それ以外の地域であれば倍率方式で計算した金額です。まずは限度面積の範囲に収まる、シンプルな例で見てみましょう。
限度面積内に収まる場合の計算例
被相続人が住んでいた自宅の敷地が280㎡、相続税評価額が6000万円で、同居していた長男が取得し、特定居住用宅地等の要件をすべて満たすケースを考えます。280㎡は限度面積330㎡の範囲内なので、敷地全体が減額の対象になります。
6000万円だった土地が1200万円として計算されるため、課税価格が4800万円圧縮されます。基礎控除額を下回って相続税がかからなくなるケースも十分に考えられる、大きなインパクトです。
限度面積を超える場合の計算例
敷地が限度面積を超える場合は、限度面積までの部分だけが減額の対象になります。自宅の敷地が400㎡、相続税評価額が8000万円のケースで計算してみます。まず1㎡あたりの評価額を出し、それに限度面積330㎡を掛けて減額対象となる部分の評価額を求めます。
限度面積を超えた70㎡分(評価額1400万円)については減額がありません。土地が広い場合ほど、限度面積の枠をどの土地に割り当てるかという判断が重要になります。
貸付事業用宅地等の計算例
賃貸アパートの敷地200㎡、相続税評価額4000万円を長男が取得し、貸付事業を引き継いで申告期限まで継続・保有した場合は、減額割合が50%になります。
同じ4000万円の土地でも、自宅として使っていれば3200万円の減額、賃貸していれば2000万円の減額と、1200万円の差が生じます。どの土地に特例を使うかで納税額が変わる理由が、ここにあります。
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複数の宅地を併用する場合の限度面積
自宅と店舗、自宅と賃貸アパートのように、対象となる宅地等を複数お持ちの場合、どこまで併用できるのかが実務上の大きな論点になります。併用の可否は、選択する宅地等に貸付事業用宅地等が含まれるかどうかで、まったく扱いが変わります。
貸付事業用宅地等を含まない場合の最大730㎡
選択する宅地等が、特定事業用宅地等・特定同族会社事業用宅地等と特定居住用宅地等だけであれば、面積の食い合いは起こりません。それぞれの限度面積をフルに使えるため、合計で最大730㎡まで80%減額の対象にできます。
たとえば自宅の敷地330㎡と、被相続人が経営していた工場の敷地400㎡を、それぞれ要件を満たす相続人が取得した場合、両方について80%の減額を受けられます。これは完全併用と呼ばれ、事業を営むご家庭にとって非常に効果の大きい取扱いです。
貸付事業用宅地等を含む場合の調整計算
一方、選択する宅地等に貸付事業用宅地等が1㎡でも含まれる場合は、次の算式による調整計算が必要になり、全体として200㎡の枠を分け合う形になります。
具体的に見てみましょう。自宅の敷地165㎡について特定居住用宅地等として特例を選択した場合、その165㎡が200㎡の枠をどれだけ消費するかを計算します。
つまり、自宅165㎡に特例を使うと、賃貸アパートの敷地には100㎡までしか特例を使えません。自宅にどこまで枠を割り当て、賃貸物件にどこまで残すかによって納税額が変わるため、あらかじめ複数のパターンを試算して比較する必要があります。
有利選択の考え方
どの宅地等を選ぶかを決める際は、面積ではなく1㎡あたりの減額金額で比べるのが基本です。1㎡あたりの評価額に減額割合を掛けた金額が大きい土地から優先的に枠を使うと、減額の総額が大きくなります。
たとえば1㎡あたり50万円の自宅(減額割合80%)は1㎡あたり40万円の減額、1㎡あたり100万円の貸店舗敷地(貸付事業用で減額割合50%)は1㎡あたり50万円の減額となり、この場合は貸付事業用を優先したほうが有利になります。減額割合だけを見て自宅を選ぶと損をすることもあるため、必ず金額ベースで比較してください。
適用を受けるための手続き要件
小規模宅地等の特例は、要件を満たしていれば自動的に適用されるものではありません。期限内の申告手続きが適用の条件になっており、ここを誤ると特例そのものを受けられなくなります。
相続税の申告書の提出
この特例の適用を受けるには、相続税の申告書にその旨を記載し、小規模宅地等に係る計算の明細書や遺産分割協議書の写しなど、一定の書類を添付して提出する必要があります。相続税の申告期限は、被相続人が死亡したことを知った日の翌日から10か月以内です国税庁 No.4205 相続税の申告と納税。
ここで特に見落とされやすいのが、特例を適用した結果として相続税額が0円になる場合でも、申告書の提出は必要だという点です。申告が必要かどうかを判定する際の課税価格は、小規模宅地等の特例を適用しない状態の金額で計算します。申告しなければ特例は適用されず、後から高額な本税と加算税を求められる事態にもなりかねません。
申告期限までの遺産分割
もう一つの重要な条件が、遺産分割です。特例の対象になり得る宅地等を取得した相続人等が2人以上いる場合には、どの宅地等について特例を選択するかについて全員の同意が必要で、かつ原則として相続税の申告期限までにその宅地等が分割されていなければなりません。
遺産分割協議がまとまらないまま申告期限を迎えると、法定相続分で取得したものとして計算した申告となり、その申告では小規模宅地等の特例や配偶者の税額軽減を適用できません国税庁 No.4208 相続財産が分割されていないときの申告。土地が未分割のままだと、いったん減額なしの高い税額で納税することになります。
未分割の場合の分割見込書
それでも救済の道は用意されています。申告期限までに分割が終わらない場合は、相続税の申告書とあわせて申告期限後3年以内の分割見込書を提出しておきます国税庁 B1-5 相続税の申告書の提出期限から3年以内に分割する旨の届出手続。
この書類を出しておけば、原則として申告期限から3年以内に分割が成立した時点で、更正の請求によって特例を適用し、納めすぎた相続税の還付を受けられます。更正の請求ができるのは分割のあったことを知った日の翌日から4か月以内と期間が限られているため、分割成立後は速やかに動く必要があります。提出を忘れると特例を使う道が閉ざされてしまうので、未分割のまま申告する場合は必ず添付してください。
関連コラム申告期限後3年以内の分割見込書とは|未分割申告の手続きと注意点▸
相続開始前3年以内の貸付・事業供用に関する制限
相続税を減らす目的で駆け込み的に土地の使い方を変える対策を防ぐため、相続開始前3年以内に新たに始めた貸付事業・事業については、原則として特例の対象から外す規定が置かれています。
貸付事業用宅地等の3年以内貸付宅地等
相続開始前3年以内に新たに貸付事業の用に供された宅地等は、3年以内貸付宅地等として貸付事業用宅地等から除かれます。相続が近づいてから空き地にアパートを建てて評価減を狙う、といった対策が封じられていると考えるとわかりやすいでしょう。
ただし例外があります。相続開始の日まで3年を超えて引き続き特定貸付事業(貸付事業のうち準事業以外のもの、いわゆる事業的規模の貸付け)を行っていた被相続人等が、その特定貸付事業の用に供した宅地等については、3年以内貸付宅地等に該当しません。もともと本格的に不動産賃貸業を営んでいた方が物件を買い増した場合などは、対象から外れないという趣旨です。
特定事業用宅地等の3年以内事業宅地等
特定事業用宅地等についても同様に、相続開始前3年以内に新たに事業の用に供された宅地等は、3年以内事業宅地等として対象から除かれます。こちらにも、一定規模以上の事業を行っていた場合の例外が設けられています。
具体的には、その宅地等の上にある建物・構築物や、その事業に使われている減価償却資産のうち被相続人等が有していたものの相続開始時の価額の合計額が、新たに事業の用に供された宅地等の相続開始時の価額の15%以上である場合には、3年以内事業宅地等に該当しません。
設備投資を伴う実質的な事業であれば救済されますが、名目だけの事業では認められません。生前対策として土地の用途変更を検討される場合は、この3年という期間を必ず意識してください。
よくある誤解と注意点
小規模宅地等の特例は要件が細かく、思い込みによる判断ミスが起こりやすい制度です。実務でよく見かける誤解を整理しました。
| 税額0なら申告不要という誤解 | 特例の適用には申告書の提出が必須です。税額が0円でも申告しなければ特例は適用されません。 |
|---|---|
| 名義や登記で決まるという誤解 | 判定の基準は相続開始の直前の利用状況です。ただし二世帯住宅では建物の区分所有登記の有無が結論を左右します。 |
| すぐ売却してよいという誤解 | 配偶者が取得した居住用宅地等を除き、申告期限までの保有継続が要件です。申告期限前の売却で適用を失うことがあります。 |
| 更地や青空駐車場も対象という誤解 | 対象は建物または構築物の敷地に限られます。アスファルト舗装等のない完全な更地は対象外です。 |
| 同居していないと使えないという誤解 | 配偶者が取得する場合は同居の有無を問いません。別居の子でも家なき子の要件を満たせば適用の余地があります。 |
特に二世帯住宅や、被相続人が老人ホームに入居していたケースは、判断を誤ると数千万円単位で税額が変わります。該当する可能性がある方は、個別の要件を丁寧に確認してください。
関連コラム二世帯住宅と小規模宅地の特例|区分所有登記で決まる80%減額▸
まとめ
小規模宅地等の特例は、特定居住用宅地等が330㎡まで80%、特定事業用宅地等と特定同族会社事業用宅地等が400㎡まで80%、貸付事業用宅地等が200㎡まで50%の減額を受けられる制度です。評価額そのものを引き下げるため、適用の可否によって相続税額は大きく変わります。
複数の宅地をお持ちの場合は、貸付事業用宅地等を含めるかどうかで併用の枠が変わり、含めなければ最大730㎡、含める場合は200㎡ベースの調整計算になります。1㎡あたりの減額金額で比較して有利な組み合わせを選ぶことが、納税額を抑える鍵です。
あわせて、申告期限までの遺産分割と相続税の申告書の提出という手続き要件、そして相続開始前3年以内に始めた貸付け・事業に関する制限も忘れてはなりません。要件を一つ落とすだけで特例が使えなくなるため、早めの確認をおすすめします。
土地の利用状況や取得者の状況は一件ごとに異なり、有利選択の判断には詳細な試算が欠かせません。具体的なケースについては、相続税を専門とする税理士へのご相談をおすすめします。
お問い合わせはこちら ▸参考文献
- 国税庁 No.4124 相続した事業の用や居住の用の宅地等の価額の特例(小規模宅地等の特例)
- 国税庁 No.4205 相続税の申告と納税
- 国税庁 No.4208 相続財産が分割されていないときの申告
- 国税庁 B1-5 相続税の申告書の提出期限から3年以内に分割する旨の届出手続
- e-Gov法令検索 租税特別措置法第69条の4
小規模宅地等の特例のよくある質問まとめ
Q. 小規模宅地等の特例とはどのような制度ですか。
A. 被相続人等が事業用または居住用に使っていた宅地等について、相続税の課税価格に算入する評価額を最大80%減額できる制度です。相続税額を直接控除するのではなく、土地の評価額を引き下げることで課税価格を圧縮します。
Q. 限度面積と減額割合はどのようになっていますか。
A. 特定居住用宅地等は330㎡まで80%、特定事業用宅地等と特定同族会社事業用宅地等は400㎡まで80%、貸付事業用宅地等は200㎡まで50%です。区分によって条件が大きく異なります。
Q. 自宅と賃貸アパートの両方に特例を使えますか。
A. 併用は可能ですが、貸付事業用宅地等を含める場合は調整計算が必要です。特定居住用宅地等の面積に200/330を掛けた面積と貸付事業用宅地等の面積の合計が200㎡以内に収まる範囲で選択します。
Q. 特例を使って相続税が0円になれば申告は不要ですか。
A. 申告は必要です。申告義務の判定は小規模宅地等の特例を適用しない状態の課税価格で行い、申告書に特例の適用を受ける旨を記載して提出しなければ特例は適用されません。
Q. 申告期限までに遺産分割がまとまらない場合はどうなりますか。
A. 未分割のままでは特例を適用できません。申告書とあわせて申告期限後3年以内の分割見込書を提出しておけば、原則として3年以内に分割が成立した時点で更正の請求により特例を適用し、還付を受けられます。
Q. 相続開始前3年以内に始めた賃貸は対象になりますか。
A. 原則として貸付事業用宅地等から除かれます。ただし相続開始の日まで3年を超えて事業的規模の特定貸付事業を行っていた被相続人等については、その特定貸付事業に供した宅地等は除外されません。